ヴァンパイア
副題は調査準備
「何と…、知らずにヴァンパイアを雇っていたとは…」
「グルム男爵、彼女は誰の紹介で雇いましたか?」
貴族の家が飛び入りを雇う可能性は低い、基本的にはどこかからの紹介を受けて雇われたはず。
「私が懇意にしている商人の推薦だ、…まさか奴もそうだと!?」
「…どうでしょうね、彼女がヴァンパイア化した時期が分からない以上は何とも言えません」
実際彼女が何処から来たとしても、その上がヴァンパイアもしくはそれと繋がりが無いと単なる偶然の可能性が高い。とりあえず聞いてはみたけどやっぱり意味は無いか?
「ナル、彼女以外にもこの屋敷にヴァンパイアが居る可能性は?」
なるほど、その可能性もあるか。いい目の付け所です、ニル男爵。
「無くは無いです、とは言え彼女がヴァンパイア化させた人がいたらすでに灰となっているでしょう。ヴァンパイアが消滅すると自身が変異させたものも同時に消滅しますから。ただ彼女がこの屋敷における一次感染者かは分からないので結局見て回らないといけませんね。クエラさんは彼女に気付けましたか?」
「なんかは感じたが気のせいで片付くレベルだった、正直自信は無いな」
「となると僕が見てまわらないと無理ですね、…面倒だなあ」
さすがに一人で全部は面倒だ。しかしクエラさんですら微妙なら他の人は無理だな。
「すまないが頼めるか? 私の屋敷を魔物が闊歩しているなどぞっとする」
「かまいませんよ、ここまできて放り出したりはしません」
乗りかかった船から飛び降りるほど薄情では無いつもりだ、…ユウなら見捨てるかな? ま、放っておくと伍月さんにも危害が及びかねないしね。
「助かる」
「…せ、ナルさん、一ついいですか?」
「い、ミチさん? 何かあったかい?」
二人して周りに配慮しなければならないことを思い出すのが遅い、会話の頭がかなり不自然になっちゃったよ。
「そもそもどうしてヴァンパイアはグルム男爵家に来たのでしょう?」
「うーん、…男爵家の乗っ取りとか?」
何が目的かなんてさっぱりだよ、やっぱり頭脳労働はケイの専門だね。
「そのようなことを魔物がするのか?」
「魔物と言ってもヴァンパイアは理性的ですよ、人と同じように思考し己が利益を追求する。大体ヴァンパイアだって生まれついての者も居ればギーガ達のように後天的になったものも居る、人のときと同じ欲求を持っていてもおかしくは無いでしょう」
「なるほど…、そういうものなのか」
「おい、ナル」
「キャルア? なに?」
今までまったく喋らなかったのにいきなり何だ?
「アンデッド化したら頭が悪くなるんじゃなかったのか? だからアイツが元から馬鹿なのか確かめたりしたんだろう?」
「そうだよ、それがどうかした?」
「アイツはともかくとしてもだ、その女とは少し話をしたが特に頭が悪いようには感じなかったが?」
「そうだな、彼女は特にミスもなく仕事を果たしていた」
「ああ、それですか。そうですね、思考能力が落ちるのはアンデッドの共通要素です、ただヴァンパイアの場合は少々異なる。前提としてヴァンパイアの中にも格があります、そしてあるヴァンパイアが他の人をヴァンパイア化させたらそいつはそのヴァンパイアの一つ下のそれになるんです。たぶん彼女は下から一つ上のノーマルヴァンパイアだったんでしょう、そして彼女に噛まれたギーガはレッサーヴァンパイアとなった。レッサーは他のそれと比べるとヴァンパイア化までの期間が格段に長い、そして変異中とその直後は思考能力が落ちると聞いたことがあります。たぶんギーガは僕達がこの街に来る少し前に彼女に噛まれ、ゆっくりと変異していっていたのでしょう。だからここ数日とおそらく完全に変異した決闘直後は頭が悪くなっていたのだと思います」
だからこそニル男爵を堂々と襲ったり、僕に喧嘩を売ったりしたんだろう。そうでなければさすがにあんな悪手は打たない、よな?
「…つまり、最下級以外のヴァンパイアは人と同じ思考能力があるということですか?」
「たぶんね、僕も昔本で読んだっきりだけど。いままでヴァンパイア退治の依頼を受けたことがなかったからなあ」
考えてみればアンデッド討伐の依頼を受けたことがほとんど無いなあ、ケイ達が別にそこの経験を積む必要無いって言ってたからねえ。こうなると受けといた方が良かったか? いや、一応知識はあるんだ、そこまで問題にはならないだろう。いざとなればギルドで調べなおせばいい。
「しかしそうなると厄介だな、少なくとも言動でヴァンパイアだと見破るのは至難のわざと言うことだ」
「そうなります、さすがに街中の人の真偽を見破れと言われても御免被りますよ」
いくらなんでもそれは無理だ、ケイ達も居るならともかく僕一人じゃ物理的に無理。
「さすがにそのようなことは言わん、それよりもいざというときの対処法を聞きたい」
「対処法ですか、基本的にヴァンパイアはいくら傷つけても修復します。ですから弱点である心臓か脳をピンポイントで壊すか体全体を消滅させないと駄目です。と言ってもよっぽど上位のそれで無い限り前者安定です、そもそも後者は実行できる人が少ないでしょうし」
僕やケイも基本的には前者だね、ユウはむしろ後者ばっかりになりそうだ。あれだけ魔力があるくせに精霊魔法に関してはほぼ消費無しとかうらやましい限りだよ。
「だな、とは言え前者でもそれなりの腕が無いとあの身体能力を潜り抜けるのは厳しいな」
「元がへぼければ高が知れますし実力者はそもそもレッサーやノーマル程度にはやられないでしょう」
「そうかも知れんな」
「あ、レッサーに噛まれるとどうなるんですか?」
「ああ、それ? たしかその人もレッサーになるんじゃなかったかな」
だった気がする、あんまり覚えてないなあ。
「しかし、結局のところ何故ヴァンパイアは息子を噛んだのだ?」
「何かに利用するためじゃねえか? 理由無くってのは考えづらい気がするが」
「何だったのでしょうね、正直情報が無いので想像の域を出ない推測しか出来ません」
ヴァンパイアの行動原理なんか知らないからなあ、元人間なら金品にこだわったりするか? でも裏に誰か居るとして、それが人間から変異した奴じゃない可能性もあるしなあ。
「テメエがあの女を殺したのはまずかったんじゃねえか?」
「ヴァンパイアは自分を変異させたものの命令には逆らえない、親ヴァンパイアが黙秘を命じれば決して口を割らないよ。それを踏まえると彼女を捕らえても扱いに困るだけさ」
「チッ、そう簡単には事は運ばねえか」
「君、ヴァンパイアについてあんまり知らないの? そもそもどうして乗り気なんだい?」
こんなにキャルアと殺気なく話をするのは初めてだ、まあこれ以降関わりあうのは気乗りしないからこれっきりだろうけど。
「俺はほぼ対人専門だ、アンデッド退治なんかしたことねえんだよ。あと乗り気の理由は単純に気に入らねえからだ」
「何が?」
「魔物なんぞの依頼を受けちまったこととアイツやあの女がヴァンパイアである事に気付けなかったことだ、Sクラスとしてはどうにも気に入らん」
あー、そういうことか。確かにそこまで上り詰めておきながら魔物に騙されるのは屈辱的だろうな、僕も同じ立場になったら似たようなことを考えるかもなあ。
「なるほどね、でもそれでどうやって行動するのさ?」
「こうしたのはお前だがな」
「馬鹿言わないでよ、それは君の自業自得でしょ? そもそも君はどうして目を治してないのさ? Sクラスなら金はあるだろうに」
「貴様への復讐心を忘れんためにだ、…もはや何の意味も無いがな。これが終わったら手足も含めて治すとしよう」
うーん、冒険者としてそれはよろしくないなあ。冒険者は現実主義者の方がいいと思うけど。過去に拘り過ぎると思わぬ所で足をすくわれるもの、ってもう遅いか。
「え? その状態から治るものなのですか?」
「上位の治癒魔法なり人工魔具なりを用いれば手足を生やすことや義手を付ける事は出来るよ、お金はかなり必要だけど」
その辺りは地球と比べてかなり進んでいるからなあ、魔法ってかなり便利だよねえ。ま、向こうでは出来てこっちでは出来ないものもあるからどっちもどっちだけど。
「Sである以上はそれなりの蓄えがあるからな、その気になれば探す伝手もある。今回は報酬も無く、失ったものばかりだったな」
「くだらない復讐に取り付かれたままよりはましだろうと思うけどね」
これ以降暴走で冒険者としての格が下がることがなくなったんだからいいとも思うけどねえ、それに僕としてはこれ以上付きまとわれなくなるなら何でもいいし。
「む? 息子は君に報酬を払っていなかったのか?」
「ん? ああ、全額後払いだと言われた。元より金額は低かったがな」
そういえばそんなことも言っていたなあ、それで納得したんだからどれだけ僕に執着してたんだって話だけど。
「ふむ、仮にもSクラスの冒険者を雇っておきながら前金すら払っていなかったのか。ならば私から君に報酬を支払おう」
「あん? 待て待て、依頼人以外から報酬を受け取る気はねえぞ。依頼人が死んじまった以上は依頼も報酬も無しだ」
「意外と真面目だね、君」
戦闘時以外は結構普通の冒険者だな、やっぱり復讐に取り憑かれるってのは怖いね。普段とまるで変わってしまうってことか。
「言っただろうが、俺は対人専門だって。その辺りはきっちりしとかねえと後々面倒なんだよ」
「だったら別件で私が君に依頼を出そう」
「依頼だ?」
「ああ、この一件に片がつくまでの護衛を頼みたい」
へえ、そうきたか。
「何でこの状態の俺を雇おうとするんだ?」
「魔法を使うのには問題は無いだろう? それに当面私はこの屋敷を出るつもりは無いから動けなくともそこまで問題にはならん、移動の際はうちの騎士達に運ばせよう」
…いや、今騎士の人たちが貴方の後ろでえっ!?て顔していますよ? こんな男運ぶのは嫌だと思いますが。
「……分かった。どうせこれを治すのに金が要るんだ、稼げるところで稼ぐとしよう」
「うむ、では後で依頼料の詰めをしよう」
「ああ」
「そういえば私もナルに報酬を払っていないな」
「はい?」
報酬って何のことだ?
「私の娘を護ってもらった報酬だ、君のおかげでミチはアヤツのものにならずに済んだからな。もしそうなっていたら今頃ミチは…」
…そうか、もしそうなっていたら伍月さんがヴァンパイア化していた可能性があるのか。偶然とはいえこの街に来たことは喜ぶべきことだったか。
「理解は出来ましたがそれは僕が勝手にやったことです、それで報酬を受け取るわけには行きません」
勝手に護っておいて報酬を受け取るってのは違う気がするんだよねえ。
「そう言うな、私の気が済まんのだ」
「そう言われましても…」
「…ならば私も君に依頼することにしよう」
「はい?」
貴方もですか? …って、ああ、そういうことね。
「今回の事件の調査及び解決ですか?」
「そうだ、一貴族としてこの街をヴァンパイアの好きにさせるわけにいかん。頼めるか?」
「…ふむ」
伍月さんをちらりと見る、彼女の目は僕を見つめ、その瞳には不安の色がある。…考えるまでも無いか。
「分かりました、お受けします」
「感謝する、依頼料には色をつけておく」
そこで伍月さんの件の報酬も払うと。ここまでされたら素直に受け取っておく方がいいか。
「それで、これからどうする?」
「そうですね…」
どうしたものかなあ? そもそもこの街にヴァンパイアまだ居る確証も無いしなあ、彼女が一次感染者だった可能性もあるし。うーん…。
「とりあえずは彼女を推薦した商人でも調べてみますか、彼女のこれでの行動が分かれば何か手がかりになるかもしれませんし」
「だったら私の手の者に案内させよう、私が懇意にしている商人の元に向かうのだからな」
「そうですね、ですがその前にこの屋敷の人間を調べておきましょう」
僕が屋敷を出る前に調べておかないとね。
「む、そうだったな。…グエン、お前の関係者もこの屋敷に呼んでおけ。ここに全員纏めておいた方が安全だ」
「ふむ、そうだな、すまんが世話になる。クエラ、ニーナたちを連れてきてくれ」
「分かった、行って来る」
「あ、二人に当分の間休業にするのでそのようにしておいてと伝えてくれますか?」
「ああ、伝えておく」
「では今の間に僕がこの屋敷の安全確保をしてしまいましょう」
「ああ、頼むぞ」
たぶん居ないとは思うけど万全を期しておかないと不安だからね、手堅く確実に行こう。
うーん、切り所がなかなか見つからずにちょっと長くなってしまった。しかしこの執筆スピードだといよいよ毎日更新は無理っぽいな、どうしたものか。
うーん、これからは7時投稿固定にしようかな? 6時か8時でもいいけど。少なくとも12時は無いな。…すいません、前話は投稿時間間違えてました。なんで12時になってたんだろうか。
それと今頃PVとユニークの存在に気がつきました。しかし見ても良く分かりませんね。ま、とりあえずは気にしないでおきますか。気にしたところで増えるわけでも有りませんし。




