夜の告白
副題は卑怯者
「お待たせしました、ご注文の品になります」
「あれ? ここに男の従業員も居たの?」
「いえ、僕は臨時で手伝っているだけですよ」
「そうだったのか、うらやましいなあ」
「え?」
「だってよ、ミチちゃんやニーナちゃん、キッカちゃんと一緒に働けるとかうらやましいじゃねえか」
「ははは、皆美人ですからね。では失礼します」
「ああ、ありがとうな」
ふう、なかなか大変だね。
「あ、ナルさん。すみません、お手を煩わせてしまって」
「かまいませんよ、キッカさん。三人でこれは少しきついでしょう?」
「そういってもらえると助かります」
僕は今この店のもう一人の従業員であるキッカさんの手伝いをしている。ここ最近のギーガ騒ぎのせいでお昼に入れなかった人たちが夜にくるようになったらしく、伍月さん達は厨房を離れられずにキッカさん一人に接客を任せざるを得なかったそうだ。それでてんてこ舞いの皆を放って置けなかったので、こうして僕もお店の手伝いをすることにしたのだ。店の規模が大きくないとはいえこれを二人で回すのは結構キツイな、今までこれを一人でしていたとかすごいね本当。
「キッカ、次の料理がって、ナル様? どうしてこちらに?」
「ああ、ニーナさん。どうにもお忙しそうだったから手伝いを」
「それは、申し訳ありません。ナル様もお客様のようなものであるのに」
「気にしないでください、どうにもただ飯食らいというのは性に合わないもので」
「そのような事はありませんが…ここは素直に協力をお願いできますか?」
「ええ、かまいませんよ」
「ありがとうございます、ではこれを運んでもらえますか?」
「分かりました」
さーて、もう一頑張りしましょうか。
「ふう、なかなか疲れた一日だったね」
用意された部屋で今日の疲労を振り返る。いつものような戦闘の疲れじゃなくて、労働の疲れって言ったところか。なかなかに心地よい疲れ方だめ、生まれ変わってからはあまりその機会がなかったからなあ。前世では多少のバイト経験もあったけど、こっちだとこういった事はほとんどやって無かったか。結論としては結構有意義な一日だったね、夕食も遅くはなったけど懐かしい味で満足だったし。
…うん? 気配が一人分近づいてくるね、誰かな?
「先輩、私です。開けて貰えますか?」
伍月さんか、拒む理由は無いね。
「鍵はかけて無いよ、入ってきて」
「失礼します」
入ってきた伍月さんの格好はさっきまでのそれと異なり、もう少しラフで部屋着の類だった。こういう伍月さんを見るもの久しぶり、か。
「それで、どうしたの?」
明日の仕込みもあるから早く休むものだと思っていたけれど。
「えっと、その、あの…」
来てはみたけど言うことが纏っていないのか、こういうときは少し待ってみるのがいいかな。
「…先輩、貴方は私のことをどう思っていますか?」
「君の事を? そうだね、大事な友達、かな?」
「友達、ですか…。もし、私が先輩のことが好きだといったら、どうしますか?」
そう、か。それだったか。
「……ごめんなさいとしか言えないよ」
「!! そう、ですか。私では、駄目ですか?」
伍月さんが顔を曇らせる、そうだ、そういう選択を僕はした。
「違うよ、君じゃなくても僕は断った。その理由があるから」
理由はある、でもそれは理由にならない。そうだとしても僕はこれを押し通す。
「理由? それは何です? 私を!」
「天月さんだ」
「え?」
「僕はあの日の前日に彼女から告白された」
あの日の前日、僕は天月さんに呼び出されて好きだと告白された。もっとも、それに対する返答は最低なものだったけどね。
「?! そう、でしたか。だから…」
「言っておくけど、僕はその告白を受けいれては居ないよ」
「…どうして?」
「怖かったから」
「怖かった?」
「誰かと恋愛をするのが、かな」
「どういう意味です?」
どういう意味、か。その通りの意味だけどね、説明しないと分からないのは当然か。…あまり、思い出したくは無い過去だ。
「君も知っての通り、前世の僕の家の家庭環境は悪かった。その理由は話したっけ?」
「えっと、確か聞いたことは無いかと。でもそれが何か?」
「だったら話しておこうか、僕は、いや、成宮 勝は正式な成宮家の息子じゃなかった。僕は母の不倫の元に生まれた子供だ」
それを僕は小学校に上がる前から知っていた、当時は意味など分からなかったがそれが普通で無いことは理解できた。だからうちはこうも冷たいのだと納得できた。
「…え?」
「父と母は恋愛結婚だったらしい、でもその愛情はすぐに冷め両親は互いに浮気に走り、その結果僕という人間が生まれた。二人とも世間体を気にして正式な子供とはしたものの、それで良好な家庭が維持出来るはずが無い。僕は生まれてから死ぬまで愛情というものが分からずに育ってきた」
誰もが無関心を貫き、時折家族を演じる、そんな家庭だった。だから僕には恋愛や家族愛を扱った作品が理解できなかった。知らないものは理解できないのだと、強く実感したものだった。
「それが、どうして私達の告白を断る理由になるのですか!?」
「僕は愛を知らない、そんな僕が人と恋をすることが出来るのか? 僕にはそう思わずにはいられなかった、誰かと家庭を持ったとしてもすぐに壊れてしますのではないかと思った。そんな未来に彼女を巻き込みたくなかった」
たとえその一時は幸せかもしれない、でもいずれは壊れてしまう。そうとしか僕には思えなかった。それは彼女を傷つけるだけだから、断る方が浅くなると思った。
「だから、聖の告白を断ったのですか?」
「正確には保留にしたんだ。僕の返しを聞いた彼女は一年後にもう一度告白をさせて欲しいと言ってきた、その時までに僕の気持ちを変えてみせるってね」
彼女は諦めなかった、その目に涙と湛えつつも僕に笑顔を見せた。その行動が理解できない以上、やはり僕には愛は分からない。
「…先輩は、結局聖のことが好きなのですか? だから、今私の告白を断ったのですか?」
「違うよ、正直にいうと僕は君達のどちらかだけに何かを抱いているわけじゃない。僕が今君の告白を断るのは天月さんへの返事を返せていないからだよ、あれから一年が経っているというのなら、改めて僕の意思を伝えたい。君をあちらに送り返した時に彼女に伝言を頼みたいと思っている」
身勝手な話だ、僕都合のみで彼女を悲しませる。こんなことを言えばユウには殴られそうだな、彼はこういった悲恋を嫌うから。
「それが、先輩の望みなのですか? 私と聖、先輩はどちらも選ばないつもりですか?」
「そう、だね。勝手なことを言っているのは重々承知している。でも、僕があちらにいくつもりが無い以上はそうなるよ」
「だったら! 私がここに残れば!!」
それは、駄目だ。それを選べば、彼女が死ぬ。
「…君に、天月さんが見捨てられるかい?」
「?! そ、れは…」
「必要だよ、彼女を支えてあげられる人が」
卑怯者だな、僕は。自分の責任でもあるくせに、全てを押し付けている。
「…でも! せっかく先輩と再会できたのに、それは…」
「ごめん」
「っ!?」
伍月さんが部屋を飛び出す、そうなるように僕が話を持っていったから。
「これが、彼女たちの為になるのか?」
一人になった部屋で自分に問いかける。たとえ答えなど決まっていても、弱い自分がそう聞かずにはいられない。
「これで、よかったのか?」
分からない、僕には分からない。唯一つ分かっていることは。
「僕が」
外道ということだけだ。
ここで主人公の前世の名前が登場、読み方は、なりみや すぐる。なんかこの章の中で上手く出てくるか怪しかったので先に説明しておくと、彼は友人たちから名前の前後をとってナルと呼ばれていました。それでは何故今世でもナルと呼ばれているのか? それはまたの機会ですね。どうにも名前の呼び方や渾名の理由等が出てくるのは先になりそうだったので、これくらいはかまわないかと思ってここに説明しておきます。ま、振り仮名振ればいいだけの話なんですがね、この辺りは私の横着です。こっちの方が手間かかってるでしょうがね。




