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ラクセイリアの一人と二人  作者: 轟 響
第二章:ユウの契約
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過去の最悪

副題は過去語り


 ………。

「そろそろだな、ニッヘレン」

「ヒヒン」

「…え? 何がですか?」

「いや、そろそろ降りないと時間がな」

「…あ、もう夕方でしたか」


 まったく気付きませんでした、碌に記憶がありません、どうやら私と空は相性が悪いようですね。


「予想以上に空の旅は堪えたか?」


 からかう様な口調でユウさんが問いかけてくる、意地の悪い人ですね。


「ええ、私もこのような弱点があったとは思ってもみませんでした」

「言っとくがこれは止めんぞ、あくまでアンタがついて来た側だからな。こちらの動きに従ってもらう」

「ええ、それはかまいませんよ」


 いくら罰則依頼とはいえ監視に合わせる通りは無いですよね、…はあ。


「とりあえず降りるぞ、一応掴まっておけ」

「はい」


 ニッヘレンが降下を開始する。上昇と比べるとゆっくりとした速さで降りていくが、しかしさして時間のかけずに着陸する。やっと降りられますか。


「…ふう、どうにも私は陸の方が良いですね」

「帰りも含めると最低でもあと三回は空の住人の仲間入りだがな」

「…はあ」

「ヒン?」

「ああ、君のせいではないよニッヘレン」


 だからそのつぶらな瞳で覗き込まないでください、どうにも罪悪感が沸きます。


「いいから野営の準備をするぞ、食事の支度はしているな?」

「ええ、アイテムボックスの中に。…そういえば一日中乗っていたのですね、食事も取っていない」


 普通なら昼休憩ぐらいは取るものですからね、まさか一日中乗っていたとは。


「声はかけたんだがね、どうにも生返事ばかりだし面倒くさかったから一人と一匹だけで空中の食事を取らせてもらったよ」

「そうでしたか、いえ、ありがたかったです」


 何度も空と陸を行き来していると私の精神が持ちません、確実に。


「それじゃ火はおこすから食事は各自で」

「分かりました」


 周囲の軽い調査の後、火をおこし食事を始める。ふむ、朝方に作ったサンドイッチですが少々塩気が効き過ぎてますね、もう少しレシピを変えないといけませんか。ユウさんは串焼きですか、ギルド前で売っているものと同じですね。…そういえば。


「数日前にギルド前の串焼き屋で朝から40本ほどはけたと聞きましたが、貴方の仕業だったりします?」

「ん? うん、俺」

「やはり」


 どうにもこの人は普段から自重をしないようですね、これが常識外クラスと呼ばれる人々の生き方なのでしょうか? 若い頃に知らなくて良かったかもしれません。


「ほーら、ニッヘレン。飯だぞー」

「ヒヒン」

「おいしいかー?」

「ヒン」

「そうかそうか、もっと食うといい。明日も働いてもらわにゃいかんからな」

「ヒン!」


 …やはりこの仕事が終わり次第癒しを飼いましょう、ええ、そうしましょう。


「そういえば、アンタの魔法について聞きたいんだが」

「私の? 惑いの霧のことですか?」

「ああ、あそこまで周囲の状況が分からなくなったのは始めてだ。あれはアンタのオリジナル魔法か?」

「仮にも冒険者が自分の手の内をさらすとでも?」


 現役を退いているとはいえあまり自分の手の札を見せることは好ましくありませんからね。


「教えてくれるならあんたの質問にも答えるが?」

「質問交換ですか」

「別に理屈を教えろとはいわん、概要だけでかまわんさ」

「…」


 どうしましょうか、正直彼についても一つ訊きたい事がありますからね、ふーむ。


「わかりました、あれは私の固有魔法ですよ」

「固有魔法か」

「ええ、私の望む霧を発生させます。昨日使ったのは五感を奪うものですよ」

「あれは参った、視覚もだが聴覚も何処から声が聞こえているか分からなかったからな、ついでに嗅覚もやられていた。望む霧と言うことは他にも?」

「ええ、他にも範囲内の生物を弱らせたり混乱させたりと色々出来ます。私には一切の影響を与えずに他者にのみ作用しますから現役時代は随分重宝しましたよ」

「ほう、“濃霧翻弄”ってのはそこから付けられた二つ名か」

「ご存知でしたか。ええ、私は直接戦闘よりも囮や威力偵察、撤退時の殿などを主に務めていましたから。霧を使って相手を煙に巻いているうちにね」


 Aクラスのものですら全員が持っているわけではない二つ名を得たときには随分と喜んだものです、彼らと共に。


「そういやアンタは何歳だ?」

「23ですが、貴方は?」

「26、どうしてその若さで現役を引退したんだ?」


 …理由、ですか。


「…私はかつてハザード級に会ったことがあります」

「うん?」

「本当は単純な調査依頼の筈でした、私の後輩達が受けた不審な影の調査に教習目的で仲間と共に同行したときの話です。調査はすぐに終わりその影は脅威の低い魔物だったため後輩達に始末を任せ、それが済み帰ろうとしていた時です。私の前を歩いていた仲間の姿が消えました、何事かと全員で周囲を警戒したところ上空にアレが居ました」

「アレって?」

「4ムルほどの巨大なクモ、あの時は知りませんでしたが後にアサシンスパイダーだと知りました」


 木々の上に在ったあの不快な姿、そしてその足にとらわれている人間大の繭、一瞬で理解しましたよ。…理解などしたくは無かったですがね。


「アサシンスパイダーっていえば戦闘能力こそ低いもののその敏捷性と隠密性から討伐の難しい奴だな。しかも繁殖能力が高く一匹倒しても後ろから何匹も出てくることもあるという特性からハザード級に分類されているな」

「アレの戦闘能力を低いと言いますか」

「実際今から見に行くドラゴンなんか比べると雲泥だぞ、アレはあくまで数が厄介なだけで一匹だけならS級が精々の魔物でしかない」

「討伐経験があるのですか?」

「昔な、わらわらとうざったかった」

「そうですか…、私達はあの一匹すら倒せませんでした。最初は仲間を助けようとしました、しかし私達ではアレを捉えられず、一人また一人と仲間がやられていきました。最後には私と幼馴染、後輩達となり、もうどうしようもないと逃げの一手を選んだときに更なる最悪が現れました」

「最悪?」

「ええ、私達が逃げる先に現れました。後方のアレよりもさらに大きな姿、長い体に口から伸びる舌、…バジリスク、でした」


 ハザード級においてドラゴンを空の王とするのならば、バジリスクは陸の王。その戦闘能力はドラゴンと共にトップクラスであり、その口から放たれる炎は用意無しに食らえば石と化してしまう。最悪の蛇の王。


「…おいおい、そりゃ誰が書いた筋書きだよ」

「まったく、最悪な物語ですよ。あの時ばかりは神々を罵りましたね、神の試練にも限度があると。それの出現によって私の思考は止まりました、気付けば幼馴染はバジリスクの尾によってその身を弾かれ、後ろの後輩達は奴の炎を浴びて石となっていました。…その後すぐに私の目の前でアサシンスパイダーによって砕かれましたが。私の心には最早恐怖しか存在しなかった、目の前の圧倒的な力と後ろから迫りくる音に思考をかき乱された。…私は惑いの霧を最大展開して逃げ出しました、仮にも20歳という若さでAクラスまで昇り上がった冒険者として評価されておきながら、結局は仲間も後輩も、幼い頃から互いに切磋琢磨してきた親友も見捨てて」

「仕方ねえと思うがねえ、さすがにその状況なら俺らみたいな奴らでも無い限り逃げるのは仕方ないだろう? 自分の命は大事さ」

「かもしれません、逃げること自体は間違っていないのでしょう。しかし私は見捨てたのです、助けられたかもしれない人たちを。惑いの霧を使えばまだ生きているかもしれない仲間も逃げられなくなるのに、自分の命惜しさに自分が助かるためだけに霧を展開した」

「だから」

「言われたのですよ」

「?」

「親友の恋人に、どうして、と」


 彼女はその言葉を口に出しただけで私を責めなかった、しかしあの目は…。


「そいつは、キツイな」

「ええ」


 未だに夢に見るときがあります、あの目を。どれほどの時間が経とうともあの目が私を離してくれない、彼女が彼の後を追った後も、未だに私を縛り続けている。


「それがアンタが冒険者を辞めた理由か」

「ええ、あれ以来私の中の恐怖が消えないのです、私のレベルなど所詮その程度なのだと諦めてしまった。心の内にある何か重要なものが折れてしまっているのですよ」

「そうか、それでサブマスターに?」

「ええ、私が拠点としていた町には居辛かったのでシュタットにまで逃げてきました。そこで冒険者を辞めて何か別の仕事をしようと思ったのですがね、たまたま募集していたギルド職員の仕事を受けてみたら合格しまして。その後なんとなく生きていたら今の地位になっていましたよ」


 業なのでしょうかね、あの命の奪い合いの場から逃げ出しておきながら未だにその近くで生き続けて、それでいて自分の命を賭けないのですから。


「なんとなくでサブマスターとはね、まあいいや。結局俺はあんたに二つの質問をした、あんたは俺に二つ質問してかまわんぞ」

「ふむ」


 二つですか、少々喋り過ぎたようですね。とりあえずこの質問をしてしまいましょうか。


「ではあなたの、“蹂躙闊歩”の代名詞とも言われる三黒とは何なのですか?」


 SSクラスに限らず有名な二つ名持ちには何かしらの噂が出回ります。“蹂躙闊歩”の名と共に巡る噂が三黒と呼ばれる武器の存在、黒く巨大な武器だとは聞いていますが彼はあの大暴れのときにそれらしきものは出さなかった、一体どのようなものなのでしょうか?


「三黒か、アレは俺が昔手に入れた武器だよ。その名の通り黒い姿を持ち、三つで一つの存在となっている」

「三つで一つ?」

「三黒は三つの武器の総称だよ。もともとは三つの黒い玉だったんだがな、俺が触れたときに俺の内に在った武器の姿となった」

「どのような姿なのですか?」

「ドラゴンがいたら使ってやるさ、アレはその辺の雑魚に使うような武器でもないからな。正確にはアレはデカブツ相手に使うのが一番いいからだけど」

「でしたら今は訊かない事にします」

「もう一つは?」

「うーん、…とりあえず保留でお願いします。今は特に何も思いつきませんから」


 そのうち何か思いつくでしょう、どうせこの人にはあと数日ついていなければなら無い以上。


「じゃ、とりあえずそうしとくか。なら休息をとるとしよう、先に俺が休憩してもいいか? 代わりにニッヘレンをつける」

「分かりました、よろしくニッヘレン」

「ブルル」

「それじゃお休み、4時間ほどで起きるから」

「ええ」


 それでは私は火の番を続けることとしましょう、どうにも懐かしいですね。…懐かしいですか、やはり私は未だに未練でもあるのでしょうか。感情と理性、そして記憶が私の中で未だにせめぎ合っている。それらは一つにならず分裂したまま現状維持を続けている、…どうすればいいのでしょうかね。



さっさと話を進めようと思ったけどこの辺りも話しておかないと後々困りそうだったので書いときます。そろそろ投稿し出して一ヶ月ぐらいになるのかな? その割には未だに主人公のターンが来ない、さっさとこの章を終わらせないと。


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