もう一人の運命
副題は、集う役者
(これは無理だ!)
その恐るべき速度にザインはそう思った、どう足掻いても自分では対処できないと。仮にもAクラスであるので思考そのものは間に合うが身体がそれについていけない、いやむしろ仮に身体がついていったとしてもどうやっても防御しきれない。
(ソフィアさん!)
(…くっ!?)
避けるか、防御するか、それともカウンターをかけるか。どれを選ぶべきかとソフィアは一瞬だけ悩む。普通であれば躊躇うことなく避けるなりカウンターを仕掛けるなりするのだが、冒険者ギルドの中で戦闘に入ってしまえば確実に面倒なことになる。避ければ周囲に戦闘を行っていると知られる可能性がある以上一先ず防御に徹するのが良さそうに思えるが、目の前の相手が繰り出す一撃はどうにも完璧に防げるような気がしない。人間体とはいえエンシェントドラゴンである自分の防御を突き抜ける、彼女の勘がそう告げていた。故に彼女が選んだのは。
(一瞬で終わらせる!)
最速のカウンターで相手を沈める、矛盾しているようだが戦闘を知られないためにも周囲が悟るよりも早く打ち倒すのが最善だと判断したのだ。しかしその判断を下したのは目の前の彼女が攻撃を仕掛けてきてから数瞬経った後、迎撃が間に合うかは微妙なところだと動きながら彼女は思った。だがしかし。
(負けるわけにはいかんのだ!)
後ろに控えている己が主、その主にみっともない姿を見せるわけにはいかない。だからこそソフィアは拳を前の彼女に突きたてようとしたのだが。
「そこまで」
その言葉とともに二人の腕ががっちりとつかまれる。尋常でない速度であった二人の腕を掴む者、それはユウであった。
「主殿!?」
「まったく何をやっているんだが。お前の仕業か?」
「はい、一目見て分かったので力量を知ろうと思いまして」
「だからと言ってギルドで暴れるんじゃねえ、お前もよく知っているだろうが」
「申し訳ありません、ご主人様」
「…は? ご主人様?」
「おう、そのあたりの説明をしないといけないな。まあそれも含めて、だ」
二人の腕から手を離し、満面の笑みを浮かべてユウは言った。
「久しぶりだな、ライカ」
「お久しぶりです、ご主人様」
それからユウがソフィアたちにした説明をざっくりと纏めてしまうと。
「つまり…、そやつが主様の言っていた他の契約相手だと?」
「そういうこった、つまりこれだな」
そう言ってユウは左手の契約陣を、その中に描かれている牙を見せる狼の絵を示す。その横で女性、ライカが挨拶をする。
「我が主、ユウ様にお仕えする者、ライカと申します。以後お見知りおきを、ご主人様のお仲間様方。そして」
話している途中で下げた頭を上げ、彼女はソフィアをまっすぐ見て言った。
「これからよろしくお願いします、ドラゴン殿」
「…ソフィアじゃ、オオカミよ」
「ではソフィアと呼ばせて貰います、私の事もライカで結構です」
「…よろしく頼むぞ、ライカ」
その後ぼちぼちと、ノエル達が控えめにユウとライカに質問をし、それを二人が答えるということをしていると挨拶を終えたのだろうケイとナルがやってきた。
「久しぶりだなライカ」
「お久しぶり、ライカさん」
「お久しぶりにございます、ケイ様、ナル様」
再びきっちりとした挨拶をした彼女に懐かしさを覚える二人、これでも数年前まではともに行動していた仲間であったのだ。となると気になるのはこれからのことだが。
「ライカ、君は以降私達と?」
「久方ぶりに出会えましたし、ご主人様が許可なさるのであれば」
向けられた視線にユウは考えるようなそぶりも見せずすぐさま頷く。
「もう社会勉強の必要も無いだろう、これからは俺の傍で仕えろ」
「もったいなきお言葉、全身全霊を持ってお仕えさせてもらいます」
「ふむ、歓迎しようライカ」
「また旅が出来るようで嬉しいよ」
「はい、私もです」
こうしてまた新しく一人、かつての仲間がここに加わったのである。
そんなことがあっている中、ノックスの外では二人の冒険者が必死に地を駆けていた。
「くそっ、なんだってんだありゃ!?」
「黙っていろ! 今は口より足を動かせ!」
そう言いつつ彼もまた内心ではこのふざけた現状に対し口汚く罵っていた。何だあの化け物は、あんなものは今だかつて見たことがない。いや、正確にはそれそのものは知っている。ここいらでは珍しくもない魔物ではっきり言って強くなどはない。
なのにあれは何だ? まるで水晶のように透明な体表を持ち、その中でうごめいている真っ黒い何か。こんなものこれまでの人生の中で一度たりとも見たことはなかった、いやむしろこれからも見ることは絶対になかったはずの異形の存在。何処でボタンをかけ間違えてしまったのか、これ以上ない不運に彼らは巻き込まれてしまった。
「! まだ追って来るぞ!!」
「ふざけやがって!! アイツらを食っておいてまだ食う気かよ!?」
この森に入るまでは五人いた仲間も、今はたったの二人だけ。残りの三人は後ろから迫っている災厄に食べられてしまった。感傷に浸る暇もなく今はただ走るしかない、自分達まで食われてしまわないように。
「森を抜けるぞ!」
「このまま走れ!」
森を抜け視界が開ければ他の冒険者達に見つけてもらえる可能性も増える、その信じて二人は必死で森の外へと走る。あと少し、あと少し。そう信じ後ろから聞こえてくる足音の恐怖に耐えながら全力で走る。そう信じて走った結果、やっと二人は森を抜け出す。
そうして疲労で止まってしまいそうな足を無理やりに動かしてさらに走る二人であったが、途中で異変に気がついた。
「…おい、おい!!」
「何だ!?」
「足音が遠ざかっていくぞ!」
「あ?!」
確かに言われてみれば奴の足音が遠ざかっているように聞こえる、意を決し立ち止まり振り向いてみれば何故かこちらを追うのをやめていた。むしろ森の奥を向いてその場から去ろうとしている、まるでこちらへの興味を失ったか、はたまたそれ以上出られないのかという風に。
「…どういうことだ?」
「分からん、ともかく俺達はギルドにこのことを伝えよう。それが俺達の義務だ」
「そう…、だな」
かつてあった一国を滅ぼした重大事件、その再来たる災厄が今、人々にも知られようとしている。その先にあるのは……。
…そして、今ここに。
「勇者様、あちらがノックスです」
「そうですか、では参りましょう」
ここノックスに、役者が揃おうとしていた…。
ではまた。




