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ラクセイリアの一人と二人  作者: 轟 響
第五章:勇者の召喚
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酒と兄弟

副題は、間柄

 笑いだったり怒声だったり、何にしても大きな声が響くことが多いのが酒場というやつだ。ティーラウスの酒場もまた類に漏れず今宵も大きな笑い声が響いている、そして一際大きな声で笑う男がいた。


「かーっ、美味いねえ!! マスター、もう一杯!」

「あいよ」

「兄さん、飲み過ぎじゃないかい?」


 笑いながら酒を飲む男をたしなめる同じ歳ぐらいの男性、しかし男は笑いながら彼の背中を叩く。


「なーにを言っているんだ、こんな時は喜びのまま呑むに限るんだよ!!」

「…ま、兄さんが喜んでくれるなら良いよ」

「おう、じゃあ乾杯!」

「乾杯」


 コップを打ち付け乾杯する二人、酒を飲む二人の様子は実に楽しそうである。それを見ていたこの酒場の店主はかなり上機嫌な男に声をかける。


「それにしても随分とご機嫌だね、何かあったのかい?」

「おう、実はこの弟がな、商人をやっているんだけどよ。何と、セントラルで大成功したんだよ!」

「ほう、そいつはよかったじゃねえか」

「んでな? セントラルで一緒に暮らさないかって、俺に言いに来てくれたんだよ。こんなに嬉しいことはねえよ!」

「おー、そいつは」


 男の説明に店主は納得の声をあげる。なるほど、確かにその状況なら兄が大喜びするのも分かる。


「兄さん、声が大きいってば」

「だってよお、あんなに小さかったお前が、いまやこんなに大きくなって、俺を誘いに来てくれたんだぜ? …俺はな、途中で夢敗れた半端ものだ。だからこそお前が成功するのを自分の夢のように思ってきたんだ。そしてお前は本当にやってくれたんだ、偉い! お前はすごいやつだよ、俺の自慢の弟だ!!」

「兄さん…」


 笑いながら、そして僅かに目に涙を浮かべながら思いのたけを話す兄に弟もまた感極まったのか目を潤ませている。


「ははっ、じゃあその兄弟愛に一杯おごってやるよ」

「すまねえな、マスター。今日は呑むぞ、俺のおごりだからな!」

「まったく、兄さんってば…」


 騒ぐ兄と窘める弟、とはいえ二人ともそれを楽しんでいるのは言うまでも無いだろう。しかし、そんな二人を嫌な目つきで見る者達も存在していたのであった。



「んー……」

「兄さん、しっかりしてよ」


 大体二時間ほどであろうか、酒場で酒を浴びるように楽しんだ兄は弟と共に店を出て道を歩いていた。正確には弟に肩を貸してもらいながらではあったが。


「だーいじょうぶだ、しっかりしてっから」

「そういうのなら一人で歩いてほしいなあ。…ん?」


 ふらふらと歩いている二人の前に人影が現れる、あまり道幅の大きく無い路地裏をふさぐように立つ彼らに弟は軽く目を鋭くさせる。


「んあ? おーい、お前ら。ちょっとどいちゃあくれんかね?」

「そうはいかねえな」

「…どういうこった?」


 弟とは違ってぼんやりとした顔で話しかける兄であったが目の前の男の発言にいぶかしげな声をあげる。


「あんなに大声で言やあ嫌でも耳に入るってもんよ、成功者の兄弟さんたちよ?」

「…まさか」


 気付いたのであろう弟にニヤリと笑いながら男が軽く手あげる、すると兄弟を囲うように大体十名ほどの人影がそこいらから現れる。手に持っている光物を見ればどうやっても話し合いに来たというわけではないというのが分かる。


「有り金全部、で済ます気はねえ。王都にある金も根こそぎ頂くぜ」

「人質として必要なのは弟君だけだからよお、兄貴の方はここで殺しちまっても良いんだが、そうなると弟君への人質がなくなるからな」

「ただ、最悪死んじっても俺たちの懐は別に痛まねえ。抵抗しない方が身のためだと思うぜ?」


 ははは、と汚い声で笑う男たち。そんな彼らの様子を見ていた弟の方であったが、兄に貸していた肩を外しながら口を開く。


「…君達がここ最近ここらを騒がせている馬鹿共かな?」

「おいおい、俺たちの事を知っていてあんな軽率な真似をしたのか? どっちが馬鹿なのかねえ?」

「決まってらあ」


 黙りこくっていた兄が口を開く、と同時にバチン! と大きな音と咄嗟に目を閉じてしまうほどの光が路地裏を満たす。


「お前らさね」

「…は?」


 男が目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。先ほどまで共に優位に立っていたはずの仲間が全員倒れており、獲物であった兄弟が立っていた場所には見たことの無い二人の男が立っていたのだから。


「な、何が」

「はい、おしまい」


 呆然としている男に拳を叩き込む、何の抵抗もなく男が倒れたのを確認してナルはユウのほうを振り向いた。


「ちゃんと全部やってよ、ユウ」

「いいじゃねえか、あれくらいの遊びはよ」

「まったく…」


 大方ペラペラと調子に乗って話していた男に現実を見せる為であろう、彼が良くやる手口である。


「そんなことよりもナル、付近に気配は感じるか?」

「特には、そっちもだよね?」

「ああ、とりあえずこれで全員だと思っておくか。アジトなんかにいる可能性もあるっちゃあるが」

「まあそこはギルドに任せて良いでしょ、場合によっては僕らも動くけどさ。とりあえずケイに連絡するね」

「あいよ、その間にこいつらを縛っとくわ」


 アイテムボックスから取り出した縄で男たちを縛るユウをちらっと見ながらナルは通話の魔具を起動させる。


「ケイ、聞こえる?」

『…ああ、問題ない。確保に成功したのだな?』

「うん、そっちは何かあったりする?」

『いや、特に何も。ともかく急ぎお前達のところに向かう、何処にいる?』

「ああ、僕達は…」


 と、今いる場所の説明を行うナル、当然のことながらケイもその場所が何処か把握できたようだ。


『では少し待て、すぐに行く』

「ん、待っているよ」


 ノエルたちもいるから十数分くらいかな、そんなことを思いながらナルはユウのほうを振り向く。


「すぐに来るって」

「みてえだな、これで依頼は達成だ」


 ギルドマスターから提示された三つの依頼、その中から選んだそれの内容は最近ここいらを騒がせている追いはぎどもの確保であった。今回そいつらの確保として選んだ作戦が、いわゆる囮捜査というやつであったのだ。ナルとユウが金持ちのふりをして馬鹿共を誘い、それをカウンターで確保するという作戦。顔を知られている可能性もあったので念のため変装の上でことに及んでいたのであるが、こんなに単純なやつらなら必要なかったかもしれない。


「…」

「? どうしたの?」


 ナルがそんなことを考えていると珍しく黙りこくっているユウに気付いた、いつもの彼であれば適当なことを喋るか少なくとも手遊びの一つぐらい逸っているはずなのに。


「ああ、いや。お前さんに兄さんって言われたのが思いの外な。…お前さんを拾ってしばらくしてのことだったか、家族にならねえかって誘ったことがあったよな」

「…あったね」


 確かに覚えている、これからも忘れることの無いであろう思い出だ。


「あんときは断られちまったが、もしナルが俺の弟になっていたら、そんな風に思っちまったのさ」


 しみじみと呟きながらユウは何処か遠くを見ている、いつも年齢より若く見られる言動をしている彼であるのに今の彼は逆に老けて見える。そんな友人の姿を見たナルは語っていなかった本心を告げることにした。


「…僕はね、ユウ。君と、君のご両親には多大な恩を感じている、勿論ケイとあの方々にもね。僕は幸せ者だと思っているよ、君たちに出会って、君たちの友になれて」

「そうかい」

「家族ではないけれど僕達は仲間だ、それでいいんじゃないかな?」


 常に信頼し合い、互いのために力を尽くす。それは家族であろうが仲間であろうが、決して変わる事は無い。関係の名称などどうでもいい、彼らの間にあるそれの本質は同じなのだから。


「…ま、そうだな。お前がそう思っていてくれる、それだけで俺は十分さね。……ナル」

「なんだい?」


 ポン、とユウはナルの頭に手を乗せる。彼らが冒険者として行動し始めてからは初めてかもしれない、懐かしい行動であった。


「お前さんは誰かを愛せるさ、俺がそれを保証してやる。だからたまには暴れてみな、一時の感情に身を任せてみるからこそ見えるもんもあるだろうさ」

「…覚えておくよ」

「あのお嬢ちゃんかどうかは保証せんがね、というか……いいや、俺が言うことでも無いわな」

「……どうだろうね」


 そんな、もしかしたら兄弟になったかもしれない二人の会話が、ティーラウスの夜に溶けていった。


 ではまた。

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