SSの無双とBの苦戦
副題はチートと他の違い
ケイがそこに辿り着いた時、すでに六本腕は火球を撃ち出していた。ケイはすぐさまシールたちの前に光の障壁を展開させる。一呼吸置いて火球は障壁に当たる、が障壁は一切の揺らぎを見せることなくそこに在った。そのままケイはシールたちの元へと向かう。ケイが障壁の横まで来たときシールが呆然とした様子で呟く。
「あなたは…」
「さあ、圧倒させてもらおうか」
その言葉と共にケイは目の前の二体の魔獣に風の刃を飛ばし、その奥の魔物の下から土の槍を生み出す。さらに六本腕に向けて闇の砲弾を飛ばす。魔獣は首を切り落とされ、魔物は頭をつぶされ絶命する。六本腕は二本の腕でそれをガードするもその巨体を仰け反らせ後ずさる。
「え?」
「無詠唱魔術? この威力で?」
「マジかよ…」
冒険者達もつい動きを止める。自分達とは圧倒的に違う、常識外と呼ばれる存在の力の一端に魅了される。しかし、シールがすぐにハッとしたようにケイに向かって言う。
「ケイ、あれは!!」
「わかっている、ハザード級にこんなところで相対することになるとはな」
ハザード級、魔物もまた冒険者ランクのようにA級からF級までで表される中の例外に位置し、自然災害同様に防ぐのが難しく多くの人的被害を出す魔物を指す。ドラゴンやバジリスクといった直接的な被害をもたらすものが多いが病原菌を撒き散らせるなど副次的な被害を出す個体も存在する。その中には体内に異常なまでの魔力を蓄積し歩く魔力溜りとして多くの魔獣や魔物を生み出すものおり、この六本腕もそれに該当されるだろう。ケイの発した一言に調査隊メンバーの心に衝撃と絶望が叩きつけられる。
「ハザード級?! あれが?!」
「そんなん勝てるわけねえじゃねえか!!!」
「支部長そんなこと黙ってたのかよ!!」
「言った所でお前たちの士気が下がるだけで何の得も無いだろう、黙っておいて正解だと思うがな」
「うるせえ!! おい、どうすんだよ!?」
「だからさっさと下がれ、私が倒す」
「待って、ケイ」
「何だ」
「こんなところであれを倒せば森に被害が出るわ、取り巻きを始末したら撤退しましょう。それに」
「それに?」
「…ごめんなさい、交戦中に三体に抜かれたの。早く戻らないとキエル村に被害が出るわ!」
「ならば急ぎお前達は後退しろ、あれらは私一人で始末する。ハザード級をこのままにはしておけん」
「だからここで倒せばもっと大変なことになると言っているのよ!!」
このタイプのハザード級は体内に異常な量の魔力を溜め込んでいるので、倒されたときに体内の魔力が開放されて周囲の環境を汚染する。一度に異常なまでの魔力を浴びた周囲の動植物は変異し、多くの魔獣や異常植物を生み出す。過去に同じような状況でハザード級が倒されたとき、半径100ムル圏内の木々が毒樹となりその森が死に絶えることとなった。今回のそれも不用意に倒せば同様の被害が出てキエル村もろとも滅んでしまうだろう。
「問題ない、神級魔術を使う。あれなら奴を消滅させるだけでなく奴の魔力を上手く散らすことも出来る」
「神級って…、だとしても森への被害が大きくなるわね」
「そこにも考えはある、お前達はさっさと下がれ。さすがにあれを倒した後すぐに村に戻れるほど消耗は軽くない、お前達が村を守れ」
「…わかったわ、ここは“疾風両断”の判断に従う。皆村に向かって急ぐわよ!」
「急げよ、“魅了技巧”」
自分の二つ名をケイが知っていたことにシールは一瞬足を止めるが、再び村に向かって駆け出す。それを追わんと三体の魔獣が走り出そうとする、がそれよりも早くケイがそれらに迫る。
「一刀三閃、一文字三連」
走り出した三体の魔獣の体がずれ、六つの肉塊へと変わる。そのさまを見た残り三体の魔物はその場から動かず咆哮をあげ、火球を、土の槍を、水の刃を飛ばす。しかしそれすらもケイはなんなく避け、光の刃を生み出す。
「そら、返すぞ」
光の刃は魔物たちへと迫り、次々とそれらの体を縦に両断する。もはや立っているのはケイと六本腕のみだ。
「これで一対一だな。…ふむ、こいつローコングに似ているな、だとしたら何処でここまで成長した?生まれながらの突然変異かどこかにその原因があるのか、興味が無くもないがさすがにそこまでは面倒見切れんな」
ローコングは2ムルほどのサルの姿をしたC級の魔物で使う魔法は身体強化程度、火球を放つようなことも無ければ腕が六本あったりもしない。六本腕は取り巻きが瞬殺されてもいまだ勝利する自信は揺らがないのか、腕を広げつつ空に向かって咆哮をあげる。
「GuOOOOOO!!!!!!」
「やかましいやつだ、とっととけりをつけるか【風と大地よ、彼の者の動きを封じ、其の身を天空へと誘え、囚われた愚者】」
彼の魔術によって六本腕の体は大地の縄に拘束され、竜巻によって空高く飛ばされる。六本腕も抵抗しようとしたが、ケイが同時にはなった火の矢で目を焼かれ、もだえ苦しんでいるうちに術中にはまってしまった。その様を見ながらケイは再び詠唱を開始する。
「【我が存在を持って世界に命ず、我が前に在る愚かしき者を、一切の妥協無く、其の身が在った証すら残さず、焼き尽くせ、神焔】」
ケイが空に向けた手のひらから青い炎が奔り、六本腕を目指す。炎が六本腕を呑み込み数瞬の後、炎が消えたときには一切何も灰すらも残さず六本腕は消滅しており、懸念された魔力汚染は起きることはなかった。ハザード級の魔物をたった一人倒すという偉業を成し遂げたケイは、いつものように余裕ある様でなく片膝を突きアイテムボックスから取り出した魔力回復剤を飲んでいた。
「即興魔術はともかく、さすがに神級魔術は疲れるな。これでも本来のものよりは効率は良いのだが、いかんせんもとの消費量が多い。やはりこういった大火力系は我が友のほうが向いているようだ。」
ここにいない友人のことを思いながらケイは村の方角へと目を向ける。今の状態では先ほどまでの高速移動方を用いたとしてここから村まで一時間弱はかかるだろう。ここで数分休憩し、万全の状態で村へと戻る判断をしたケイは呟く。
「ノエル、今がお前の決断の時か?」
念のため、村の中心に在る村長宅の周りに集まっていたキエル村の住人達は、先ほど空を舐めた青い何かに対して恐怖を交えながら話していた。彼らの会話を目にしつつ、ガンドがシェルに向かって話しかける。
「シェル、あれは何だったんじゃろうか?」
「おそらく冒険者の魔法か魔物のそれだと思うが、あれほど大きな炎は見たことが無い」
「炎? あれは青かったがのう?」
「炎は温度によってその色を変える、青は最も温度が高いんだ」
「ほう、そうだったのか。それもグリエルに居た時の知識かのう?」
「ああ、もっとも俺はそちら関係はあまり強くは無いがな。しかし青い大きな炎、…もしやケイ殿が放ったのか?」
「ケイ殿が? もしそうならそれほど強い魔物が居たということかのう」
「かもしれない。まあケイ殿のことだ、どんなに強くとも勝利するだろう」
「信用しておるようじゃのう」
「俺はあの方が敗北する様を想像する事が出来んからな」
「SSクラスと言っておったし当然かもしれんのう、…ケイ殿とはどういう関係なんじゃ? 元は貴族のお主がそこまで敬意を示す理由は何じゃ?」
「関係か…、詳しくは話せんが俺はあの方に大恩がある、それで納得してくれ」
「…年甲斐も無く人様の領分に踏み込みすぎたようじゃの。そういえばリンドも帰ってきたことじゃし、奴を交えてノエルを説得してみんか?」
「家を移す件か、そうだな、ここを住処に選んだ理由であるリンドが協力してくれればノエルも了承してくれるかもしれん。それに今ならケイ殿も居るからな」
「ケイ殿がどうしたんじゃ?」
「ノエルはケイ殿のおかげで少し変わったらしい、あの方ならノエルを先に進ませてくれるかもしれん。…男親としては複雑だがな」
「それは親として頼りが無かったことか?それとも娘を取られそうなことがか?」
からかうような調子で聞くガンドにシェルもまたおどけた様子で返す。
「さあ、どっちだろうなあ」
そういって二人は顔を見合わせてくくくと笑う。そんな会話を交わしつつ十数分、外で馬の世話をしていた御者がこちらに走ってくる。その様子にシェルは勘づいてしまう。
(…くそ、こっちにも仕事が回ってきたか。念のため鎧と剣を倉庫から出しておいて正解だったか)
「あなたがガンドさんですね? この村に向かってくる変異個体を二体確認しました。おそらく村の外で戦闘に入ることになります、住民の方々が村の外に出ないように説得をお願い出来ますか?」
「なに! …いや、リンド達がおるのだ、問題は無かろう。わかりました、こちらは任せておいて下され」
「俺も出よう」
「あなたは?」
「シェル・ナイガンだ。ランクこそ無いがリンドとは戦友で魔物討伐の経験もある」
「わかりました、お願いします。ついてきてください」
「シェル、リンドと共に村を守ってくれ」
「わかっている、ノエルのことは頼む」
「まかせておけい」
走っていくシェルを見ながらリンドは思う。
(誰も泣くことが無ければよいのう)
リンドとシェル、どちらが死んでしまうようなことになっても自分もノエルも悲しむだろう、それ以外にも自分にとって新たに娘となる女性も居る。誰も傷つかず悲しまずを願いながら村のものたちに状況を説明する、説明後のざわめきを静め、もう一人説明しなければならない人物に話すため家の中に入る。
「ノエル」
「どうしました?」
「村の外に変異個体とやらが出たらしい」
「え?!」
「それでシェルも防衛に出て行った、あやつのことだから心配はいらんと思うが」
「そう…ですね、ケイさんたちはどうなったのでしょうか」
「シェルはケイ殿なら大丈夫だろうと言っておったよ、すぐにケイ殿達も駆けつけてくれるじゃろう」
「ええ、…村長、私も外に出ておきます」
「今出るのはのう…」
「今だからこそです、今が私にとって結論が出るときなのかもしれません」
「?…そうか、ならわしから離れんようにのう」
「そうしておきます」
ノエルはフードを深くかぶりガンドと共に外にでる。その姿を見た村人達は村長の手前声を大にして言うことはないが、それでもひそひそと話し出す。
「あ…のせ…来た…か」
「やっぱ…呪い…」
「あい…おいだ…ぜん」
(こやつらの考えはもう変わりはせんじゃろうな、いっそスル辺りに村長の座を譲ってわしも出て行っちゃろうか)
(やはり私がこの人たちに受け入れられることは無いんだろう、でも出来れば…)
「のう、シェル」
「はい」
「やはりお主ここから引っ越さんか?リンドのやつも言っておったったじゃろう、あやつに義理立てせずとも良い」
「…少し考えさせてください。私もそのほうが良いとはわかっていますが、でも出来れば」
「頑固じゃのう。仕方あるまい、おぬしがどう選んでもわしはおぬしの味方じゃ」
「ありがとうございます」
(私は……、ケイさんに相談すれば、何かが、決まるのかな)
まだ決まらぬ己の心、今は無償にあの人に会いたいと願う。
村の外ではリンド達が二体の変異体と戦っていた。彼らはみなBクラスの冒険者であったので魔獣であれば何の問題も無かっただろう、だがその二体がどちらも魔物であり慎重な個体であるのか接近せずに魔法を連発してきたため、彼らもなかなか攻撃に移れないでいた。
「あー、くっそ! 近づけねえな、おい! ネル、さっさとあいつをぶっ飛ばせよ!」
「無茶言わないでよ! 私が得意なのは炎の魔術、下手に撃てば火事になるわ。ああ、もう、私が使えるものであれの体表を貫けるほどのものは他にはないし」
「こう攻撃が激しいと矢を射っても途中で打ち落とされるし」
「俺なら行けるかもしれんけど下手に迫ると挟み撃ちだな」
打開策も無く焦る四人の所に男が走ってくる。
「リンド!」
「シェルか!ありがたい、一緒に戦ってくれるか?」
「当然だ」
「おっし! じゃあネルは何でもいいから撃ってあいつらを怯ませろ、でショウはやつらの目を狙って射ってくれ。当たらなくてもいい、その隙に俺とシェルが突っ込む。ツーはこのまま二人を守ってくれ」
「わかったわ【風よ、その身を固め、我が敵を押し飛ばせ、風球】」
「うん」
「行くぞ」
「まかせろ」
その会話の後ネルが風球を放ち二体の注意を引く。ショウは相手の攻撃が止んだ合間に目を狙って素早く射る、速射で射ったにもかかわらず正確に目に飛ぶがそれは手ではじかれてしまう、それでも防御のために相手の視界を奪うことには成功した。その隙にリンドとシェルがそれぞれの獲物に向かって駆け出す。リンドの剣が口を、シェルの剣が首を狙って迫る。リンドの剣は相手が腕を下げたタイミングで口の中に突き刺さるがシェルの剣は相手の体表にはじかれる。
「くそ、硬いな!?」
「これで、って?!」
リンドは剣をそのまま横に振るおうとするが、迫りくる相手の腕を避けるためにとっさに剣から手を離し下がる。そいつは口に剣が刺さったままだというのに未だその闘志を失わない。二人は互いの相手と友人のそれを見てやはりこれは一筋縄では行かないと改めて知る。互いに標的が分散しているから回避や防御も間に合うが今のままでは後衛達も容易には援護が出来ずジリ貧でしかない。乱闘の最中シェルがリンドに予備の剣を投げる。
「受け取れ!」
「っと、助かる! しかしどうする?お前の剣で首が落とせないうえに口にぶっ刺しても動けるとか」
「ケイ殿はセーンレベルだと言っていたがこれはそれ以上だな、手持ちの武器では殺せんぞ」
「目狙っても暴れまわるだけかもな、とりあえずこっちのをぶっ殺すまで耐えてくれ」
「急げよ」
「ああ。ショウ、ネル! やつの頭以外に撃ちまくれ! ツーはこっち来て肩貸せ!」
「ええ【風の矢】」
「わかったよ」
「え、肩? お、おう」
リンドの指示に従ってネルは風の矢を、ショウは矢を乱射する。ツーは自身に出された指示に戸惑いながらリンドの元に走る。変異体は自分に向かってくる矢の雨を避けられないと悟りその腕を魔力で強化しながら防御する。それを見てリンドは自分の賭けが上手くいっていることに笑みを浮かべつつ、ツーに叫ぶ。
「ツー、もうちょい先、そう、そこに立ってろ!」
「何する気、ってぬお!?」
リンドは助走をつけて飛び、ツーの肩を足場にしてさらに飛ぶ。そして体のガードに必死になり周囲警戒がおろそかになっている変異体の頭上にまで届き落下する。そのままリンドが突き刺した剣に踵落としをぶち当て剣をかち上げる。そのまま剣はその刃に皹を入れつつも頭を断ち切る。
「しゃあ! やってやったぜ!」
「相変わらず無茶をするやつだな、次はこっちを頼むぞ」
「いやあもう一回出来るかなあ」
「リンド、シェル! そいつの動きを封じなさい!!」
『!!』
森から聞こえてきた命令に二人は同時に変異体に向かって剣を振るう、変異体はそれを腕で防ぐがその変異体の上下に魔法陣が浮かぶ。
「今よ、離れて!!」
二人が後ろに向かって飛ぶと同時に上の魔法陣から竜巻が、下からは凍えるほどの冷気を発する氷が生み出される。変異体は竜巻に閉じ込められ風の刃にその身を刻まれ、傷に氷が当たるとその部分が凍りだす。竜巻が止んだとき残ったのは完全に凍りついた魔物の姿だけが残った。
「こいつは…」
「間に合ったようね」
「支部長か」
森から出てきたのは戻ってきた調査隊の一行だった。中にはぼろぼろになっているものも居る事から、防衛組は調査隊がかなりの激戦を味わったことを察する。
「一体何があったんだ?」
「ハザード級がいたのよ」
「はあ?! そんなもんがいたのかよ!?通りで…」
「いえ、この損傷はほとんどが変異体によるものよ。魔物、魔獣含めて十数体いてね、こっちに来たのも私達が逃がしてしまったものよ」
「こいつらはそれでか、ハザード級はどうなった?」
「ケイが相手をしてくれたけどどうなったかは」
「ケイ殿が、ならやはり先ほどの青はケイ殿が放ったのだろう」
「青? まあいいいわ、そちらは大丈夫なようね。ごめんなさい、こちらが三体も抜かせてしまったせいで」
「三体? こっちに来たのは二体だけだぜ?」
「え?もう一体は何処に…」
もう一体の消息に対して考え込む冒険者たち。その彼らの耳に村のほうから先ほどまでは気付けなかった悲鳴が聞こえた。
『まさか?!』
危機を察してすぐさま走り出すシェル、リンド、シール。急ぐ彼らはその横を影が走ったことには気付かなかった。
即興魔術:読んで字のごとく、もともと存在する魔術ではなくケイがその場で組み上げた魔術。一般的に魔術はすでにある術式を理解し発動するものなので一から自分の望む魔術を組み上げるのは専門家でも無いとかなり効率が悪くなる。況や、戦場においてその場で組み上げることなど不可能に近い。専門家でも何度も試行しながら組み上げて無駄をなくすので思いつきだけでやるとまず間違いなく魔力が足りなくなる。つまりケイはおかしい。
魔力回復剤:わかりやすく例えるとMPポーションのこと。魔力の回復を補佐するものと魔力を直接取り込むもの、両方を兼ね備えたものが有り後ろに行くほど高価。ちなみにケイが飲んだものは最後のもの。また錠剤タイプと液体タイプの二種類が有るが今回はより効果の高い後者だったりする。




