第9話 世界の勇者と不思議な宝具 (4)
「まっ、じかよっ!!」
悠斗は、俄には目の前の光景を信じられないでいた。
浮遊する壱拾六の戦女は、悠斗の作り出した宝具の中でも使い勝手は相当なものである。
悠斗の周囲を漂う、十六本の大剣。それらには全て、物理切断と魔力切断の効果が付与されており、悠斗に襲いかかる障害に対し各々が自律した動きで標的を迎え撃つ。
一本ですら、神域の宝具。そんな十六本が、連携を取りながら悠斗を守護し守り抜くのだ。
自律自動で動く守護宝具。能力が絶大ながら、中身はただの高校生の悠斗がたどり着いた、一つの解答である。
「はははっ!! いいぞっ!! 何故実力を隠しているかは知らんが、予想以上だっ!!」
そして、その解答は正しい。
たとえ、浮遊する壱拾六の戦女が数本であろうとも、悠斗に触れられる者など世界に何人も居ないだろう。
しかしそれは
「ふ、っざけんじゃっ!!」
世界に何人かは居るということ
浮遊する壱拾六の戦女の一本が、悠斗の目の前で砕け散る。悠斗はたまらず、物理魔法耐性の防御宝具を出現させる。
アスカが身につけているものの、ネックレス版。それを、悠斗は退避しながら首に掛けた。
見やる、目の前の信じられない光景を。
「はははっ!! どうしたっ!? これで残り壱拾弐本だぞっ!!」
踊っていた。
悠斗では目視すら出来ない速度で襲いかかる刃を、リスティはまるで踊るように回避している。紙一重どころではない、まるで刃がリスティをすり抜けていくかのようだ。かすり傷程の細かな衝撃は、全てリスティの身につけた防具が、代わりに受ける。
ようやく、悠斗はリスティの防具が軽装な訳を理解した。
必要ないのだ、目の前の少女には。
(ば、化け物すぎるだろっ!? そもそも、物理切断A+の宝具をどうやって受けてんだよっ!!?)
たとえリスティの剣が宝具級でも、相打ちのはずだ。こればかりは、リスティの体術でどうなるものでもーー。
ない。そう悠斗が考える前に、リスティがにやりと笑う。
「大層な剣だ。壊しても構わぬようなので、手加減はせんぞ。そして、一つ講義として覚えておけ。……刃など、切っ先に触れぬ限り無意味だということを」
ばきぃ。リスティの愉悦の表情と共に、悠斗の耳に宝具の砕け散る音が聞き届いた。
「これで、残り七つ」
その顔が、あまりにも妖艶で、悠斗は一瞬我を忘れた。
「ーーッッ!!?」
一瞬。ほんの一瞬の気の緩み。自律機動の戦女が、ほんの僅かながら、術者の悠斗の心を受信する。
刹那。六〇分の一秒よりも遙かに短い、そんな空白。
その間に、浮遊する壱拾六の戦女の、残り全てが砕け散り、悠斗の首筋にはリスティの剣が添えられていた。
「……ま、マジですか?」
そのぴたりとした感触に、悠斗は心の底から参ったと手を挙げる。
リスティの持つ剣は、未だに鞘に込められたままだった。
「ふふ。なかなか悦かったぞ。だが、あたしの剣を抜いて欲しければ、自動武器は止めるんだな。どれほど精巧でも、所詮は作り物。太刀筋が丸わかりなら、柄があれば十分だ」
とろんと顔を火照らすリスティは、悠斗の頬をくすりと鞘でなぞる。その見た目とは違う熱い雰囲気に、悠斗は不覚にもどきりとした。
「何となくだが、お前とアスカの関係も理解したよ。自律機動。ああは言ったが、極める価値は勿論ある。くれぐれも精進するといい」
粘度のある笑みを浮かべながら、リスティは悠斗の顔を見つめる。そして、訓練は今日で終わりだと小さく告げた。
悔しさと何処か清々しさを感じながら、悠斗はぎりりと噛みしめる。
帰り際、そんな悠斗にリスティが耳元に口を寄せた。
「久しぶりに、よかったよ。少し、濡れた」
ねちゃりとしたリスティの吐息が、耳の穴から脳に届く。悠斗は、がばっとリスティから飛び退いた。
「ふふ、うぶだな。安心しろ。お前と遊んだことは、アスカには黙っておいてやる」
胸と下半身に手を置きながら、リスティはぺろりと唇を舌で拭う。
去っていくリスティの背中を見送って、悠斗は乾いた声で軽く笑った。
「背中、丸出しね……」
リスティの褐色の背中に古傷一つないのを見て、悠斗はただただ笑うしかない。
ーー ーー ーー
「……え? 甲冑新しくしてくれたの?」
数日後、工房に籠もりきりになっていた悠斗の顔を久し振りに見て、アスカは驚いたように声を上げた。
「アスカ様。今度からは、これを着てください。大分性能上がってるはずですから」
がちゃりと、アスカの目の前に革製のベルトが置かれる。勿論、革の色は濃い紅だ。
丸められているその革のベルトを、アスカは奇妙な顔で見つめた。
「……これ。首輪、よね? 何よこれ」
手にとって、アスカはそれをじぃと見つめる。どこからどう見ても、首輪だ。ごつめの革。打たれたホールは、まさに犬の首輪である。
ご丁寧に正面には、金属製のネームタグがちゃらりと音を立てていて、そこにはアスカには読めない五文字の文字が刻まれていた。
(……ASUKA? 何て書いてるんだろ)
その文字を眉を寄せて見つめるアスカに、悠斗は付けてみて下さいとにっこり笑う。
「……え? これ、私が付けるの? い、嫌よ。犬みたいじゃない。か、甲冑はどうしたのよ」
「いいから。早く付けて下さい」
いつにも増して凄みのある悠斗の笑顔に、アスカはうっと怯んでしまう。こうなったら仕方ないかと、アスカはかちゃりと首輪を白い首筋に当てた。
「どうしました?」
「……は、恥ずかしいから見ないでよ」
腕を上げたアスカが、頬を染めて悠斗を見やる。悠斗は、少し焦ったように視線を外した。
「つ、付けたわよ。これでいいの?」
悠斗がアスカの視線に振り返ると、恥ずかしそうにそっぽを向くアスカの顔がそこにはあった。首にはちゃんと、紅の首輪がアスカの首を締めている。
(も、もう。なんで。わ、私の首の太さ知ってんのよ、こいつは)
かぁと、フィットする革の感触にアスカの肌が熱を帯びた。アスカが体を動かすと、首もとのネームタグが音を立てる。
「はい。似合ってます、アスカ様」
「~~ッッ!? も、もう。何よこれ。この首輪が何だって言うのよ」
アスカがぷいっと顔を逸らし、それに悠斗は微笑んだ。アスカ様と、悠斗が軽く声をかける。
「小声でもいいですから、甲冑をイメージして『解放』と唱えてくれますか?」
「え? いいけど。……あ、アペリーテ」
何だろうとアスカが唱えた瞬間、首輪が光り輝いた。一瞬後、そこには完全装備のアスカが出現している。
「……え? って、うわっ。すごっ! こ、これって……」
自身の身に起こった出来事を理解して、アスカの顔が明るく開く。それを満足そうに見ながら、悠斗はアスカに笑いかけた。
「リングだけじゃ、いざというとき戦えないでしょう。宝具の性能もついでに上げておきました。これからは、その首輪は常に付けておいて下さい」
「ゆ、ユートォ」
涙目で振り返るアスカに、悠斗はびくりと身を震わせた。いかんいかんと、悠斗はアスカに説明を続ける。
「元に戻すときは、『閉まれ』と唱えれば戻りますから」
「そうなの? く、クダウラーレ!」
悠斗の言葉に、アスカは別の呪文を口に唱えた。とたん甲冑が光り、そこには元の姿のアスカと首輪が現れる。
「わ、わぁ。すごいすごい。うぅ、こういうの欲しかったよぉ。ありがとうユートォ」
喜ぶアスカに、悠斗はふいと視線を外した。何か言わなければと、悠斗はアスカに口を開く。
「まぁ、というわけで。これからは人前でも、その首輪は外さないでくださいね」
にこりと、これでどうだと悠斗はアスカに微笑んだ。
「うんうん。外さない。絶対外さないよぉ。ありがとうユートォ。大事にするねっ」
しかし、アスカは少し涙ぐむほどに喜んでいる。嬉しいなぁと、悠斗に目一杯の笑顔を見せた。その表情に、悠斗の喉がうっと詰まる。
「……そ、そうですか。でも僕、頑張りましたからねぇ。何かアスカ様からご褒美というか……」
「いいよっ。何でもしたげるっ!」
笑うアスカに、今度こそ悠斗の心臓の鼓動が止まった。
「……え?」
「って、やだ私ったら。いや、で、でも。すごく嬉しかったし……あ、あんたも大変だったろうし。その、私に出来る範囲なら……いいよ?」
きゅっと首輪を握りしめながら、アスカは恥ずかしそうに上目で悠斗を見つめる。その赤い瞳に、悠斗は危うく吸い込まれそうだった。
落ち着けと、悠斗は頭の中で素数を数える。
「え、えと。それじゃあ……」
どうしようと、悠斗は言葉を詰まらせた。何を言うか、全く持って考えが纏まらないうちに口が開く。
「い、犬の真似を。して、貰いましょうか」
アスカの首輪を見つめるうちに、ぽろりとそんな台詞がこぼれた。
「えっ? い、犬の真似って……」
悠斗のお願いに、アスカの顔が羞恥で染まる。困っているアスカに、悠斗は何とかいつもの調子を取り戻した。
「ま、まぁ。無理にとは言いませんよ。また今度、別の形で……」
「ユート」
早くこの場から離れようと振り返る悠斗の袖を、アスカがちょんと摘んだ。悠斗は、どきりとしてそれに振り向く。
「……わ、わんっ」
恥ずかしそうに。本当に恥ずかしそうに、アスカは小さく鳴き声を上げた。
「こ、これでいい?」
顔を真っ赤に染めたアスカが、悠斗を上目遣いでわんと見つめる。
悠斗は、小さくこくりと頷いた。
「えへへ」
にっこりと微笑むアスカに、悠斗はただただ表情を取り繕うのだった。