表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

第8話 世界の勇者と不思議な宝具 (3)

「お、おはようユート!」

「おはようございますアスカ様」


 朝、アスカは元気よく右手を立てて悠斗に挨拶をした。それを、普段通りに紅茶を飲みながら新聞を読んでいる悠斗が、一瞥もせずに単調に返す。


 その悠斗の様子に、アスカのこめかみがぴきりと音を立てた。


(な、何よこいつぅ。昨日、わ、私の身体をあんなにじろじろ見ておいて。わ、私なんてあんまり眠れなかったっていうのに……)


 ひくつく口角を何とか押さえながら、アスカは台所で炊事をしているサシャに声をかける。


「サシャ。私にも、朝食作ってちょうだい」

「あ、はい。かしこまりました」


 手際のいい朝のメイドを眺めながら、アスカは悠斗からは離れたダイニングテーブルの席に腰を置いた。そして、そこから新聞を読んでいる悠斗の横顔をちらちらと見つめる。


(だ、だいたい何なのよあの服は。どう考えても、えっちなこと目的じゃないの。そ、それにサイズもぴったりだったし……)


 昨日のボンテージの着心地を思い出し、アスカの背中がぞくりと震えた。いけないいけないと、アスカは慌てて首を振る。


(いっつも澄まし顔で、にこにこ笑っちゃってさ。なぁにが、アスカ様よ。……私のこと、どう思ってんのかしら)


 むすりと、アスカは仄かに頬を膨らました。覗き見た悠斗の顔は、昨日のことなど無かったかのように清涼としている。


(な、なによ。私だけが気にして。これじゃ、私がえっちな子みたいじゃない)


 身体の奥が火照って仕方なかった昨夜を思いだし、アスカはかぁと顔を赤らめた。不覚にも慰めてしまった身体の余韻が、まだじんわりとだが残っている。


(お、思えば。男と一緒に暮らしてるのよね。あんなんでも、一応男ではあるのよね)


 かちゃりと目の前に置かれた紅茶とパンに気が付かずに、アスカはじぃと悠斗を見つめた。どうしたのだろうとサシャが首を傾げるが、アスカは一向に気付かずに悠斗の身体を眺める。


(い、今まで、男っ気なんてなかったもんなぁ。いつも一人で剣振って、死にかけて、傷つくって……)


 そういえば、最近傷の手当てなんてしてないなとアスカは思い出した。それもこれも、全部悠斗の宝具のおかげである。本当に、かすり傷一つ付いていない。


 昨日見たスケッチブックを思い出して、ぽっとアスカの頬が染まった。


(……あいつ、私のことどう思ってんだろ)


 冷めてしまう紅茶を心配しながら、主の思案顔に声をかけるべきか悩むサシャの衣擦れの音だけが、朝の空気を包んでいた。





 ーー ーー ーー



 昼の刻。悠斗は面倒くさそうな顔で、トリシュリア城の訓練場を訪れていた。


「……何ですか、話って」


 笑いながらも心中が隠し切れていない表情に、目の前のリスティが声を上げる。


「その態度だっ! お前も、主を思う忠信はあるのだろう? ならば、いつまでも908位なんぞに甘んじているわけにもいかん。あたし自らが稽古を付けてやる」


 軽装ながらもしっかりとした甲冑に身を包んだリスティが、悠斗をはきはきとした表情で見つめた。

 その勢いに、悠斗はうわぁと顔をしかめる。


「いえ、別にいいです」

「だめだ。……ふふ、これは隊長命令だぞ」


 やる気まんまんのリスティに、悠斗は心の底から来なければよかったと毒づいた。

 廊下で出会ったときから違和感はあった。ただの嫌みな人ではない。だが、悠斗にとって最高にうざったらしい人種。


(この人、体育会系だ……)


 うげぇと、悠斗は思わず笑顔を完全に崩しそうになる。忙しい身だろうに、一介の隊員の悠斗に時間を割くということが、そもそもリスティの世話焼き根性を物語っていた。


 ちらりと、リスティを見やる。機動力重視なのだろうか、リスティの防具は随分と肌の色が見えていた。首、腋、臍、脚、リスティの健康な褐色の肌が、悠斗の目にも眩しい。


 黙っていれば、見ているだけで得をした気になる程の容姿なのにと、悠斗は何て勿体ないとリスティの身体を眺めた。そんな悠斗に、リスティは腰に差した二本の剣を触りながら話し始める。


「あたしを睨んだとき、お前の右手に力を感じた。お前には才能がある。それをあたしが引き出してやろう」


 リスティの言葉に、悠斗の眉がぴくりと動く。あのとき、自分は宝具を取り出しはしなかったがと、悠斗は目の前の近衛隊長を見やった。

 悠斗の心が、かたんと動く。


「なに、心配するな。手加減はしてやる。私は素手で相手を……」

「いえ、本気でいいですよ」


 がちゃがちゃと甲冑ごと準備運動をしているリスティに、悠斗がふぅと呟いた。リスティの目が、何を言ってるんだと悠斗に振り向く。


(これがこの先続くのも、面倒だ。この人には、黙っといて貰おう)


 それにいい機会だ。このレベルの相手との、練習試合。二度とあるかないかの好機だろう。こいつの試運転に付き合って貰うかと、悠斗は両手をゆらりと広げた。


「……ほう」


 瞬間、突如として悠斗の周りに現れた十六本の剥き身の刃に、リスティの顔がぴたりと止まる。


「お気に入りなんで、名前付きです。『浮遊する壱拾六の戦女(ロスヴァイゼ)』って言うんですが。……リスティ隊長なら、死にませんよね?」


 悠斗の顔がにやりと笑い、リスティが腰の剣に手を掛けた。



「いいぞ。稽古を付けてやる」



 そのとき、悠斗は見た。


 愉しそうに、獰猛に笑みを浮かべた、勇者ランキングの第四位を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ