第7話 世界の勇者と不思議な宝具 (2)
「え、えと……。おか、えり」
たらたらと額に流れる汗を感じながら、ゆっくりとアスカは後ろを振り返った。
「はい。ただいまです、アスカ様」
そこには、当然にっこりと笑った悠斗が、何をしてるんですかと問いかけてきていた。
「あの、これね。ぬ、脱げなく、なっちゃって。あはは……」
涙目のアスカは、ひきつる笑顔を悠斗に向ける。許してくれると声で聞いてみたが、悠斗は「だめです」とそれはもういい笑顔だった。
「危ないから、入っちゃだめって言いましたよね?」
「……う、うん。ごめん。その、胸のがあるから大丈夫かなぁ、って」
ごにょごにょと指を合わせるアスカに、悠斗は暗い地下室を微笑みながら近づいていく。
「あのですね、そういう問題ではないですよ? 人の部屋に勝手に入って。鍵までかけて置いたのに」
「う、うぅ。ごめんって。謝るから、その……」
近づく悠斗から離れるアスカの顔に、悠斗はむっと眉を寄せた。普段と様子が違うアスカの身体を、悠斗もそこで初めてまじまじと見つめる。
暗くてよく分からなかったアスカの輪郭が、悠斗の目の前に晒けだされた。
「……な、何を着てるんですかアスカ様」
「ごめんってぇ。……あ、あんまり見ないでぇ」
ふるふると羞恥で震えるアスカに、悠斗はとっさに口元を隠す。アスカにバレないように、慌てて一歩後ろに下がった。
「そ、その装備っ。……それはですね、まだ試作品ですよ。なんで着てるんです?」
「だ、だってぇ。き、気になって。こんな、変な感じになるなんて」
えぐえぐと顔を上げるアスカに、ふいと悠斗は横を向く。ちらりと覗くと、アスカは恥ずかしそうに胸元と下を隠していた。
ごくりと、悠斗は何かを飲み込む。ぐっと、右手に力を入れた。
アスカの方へ振り向いて、悠斗はわざとらしくにやりと笑う。
「そ、それ。調整中なんですよ。……調整、手伝ってくれません?」
「……え?」
その悠斗の顔に、顔を上げたアスカの胸が、どきりと揺れた。
ーー ーー ーー
「ああ、よく似合ってますよ。素敵ですアスカ様」
赤い燭台が光り出した工房で、悠斗はにたりと笑みを浮かべた。
「う、うぅ。さ、さっさと終わらせなさいよ」
椅子の背に腕を乗せる悠斗は、目の前の光景に弾む心臓を必死になって押さえつける。
紅い、アスカの身体がそのに立っていた。
両手足に革の手袋とブーツ。そして、身体をボンテージに身を包んだアスカが、恥ずかしさで死にそうな顔で直立していた。
何かを誤魔化すようにぴんと背筋を伸ばすアスカに、悠斗は一度顔を下に向ける。
落ち着けと、人知れず悠斗は、深く息を吸った。
「……た、立ってるだけじゃ、分からないでしょう。動きづらかったり、しませんか?」
にこりと、悠斗はアスカに笑顔を向ける。その顔に、アスカが困惑したように視線を泳がせた。
「べ、別に変じゃないけど。……その、動いた方が、いい?」
もじもじと微かに動くアスカの白い肢体に、悠斗は返事を詰まらせる。一拍置いて、そうですねと呟いた。
「……腕、後ろで組んで貰えますかね。その、頭の」
ぽつりと呟いた悠斗の声に、へぅっとアスカの目が軽く見開く。ただ、悪いのは自分だと、アスカは速まる鼓動に逆らうようにゆっくりと腕を上げた。
「こ、こう……?」
ぎちりと、頭の後ろで腕を組んだせいで胸が突き出される。その全身をなぞるような感覚に、アスカは軽く身を震わせた。
(む、胸が。……腕も。ぜ、全部ぴったり)
はぁはぁと、アスカの荒い息づかいだけが地下室に響きわたる。革の締め付けのせいで露わになった身体に輪郭に、アスカは目の前からの視線を感じた。
(……見てる。見られてる、ユートに。な、何よ。涼しげな顔しちゃって)
ふるりと、悠斗の視線にアスカの身体が震える。
(やだ。見られてる。どうしよう。今、身体すごいはっきりしてるのに)
革に締められ、剥き出された自分の肉に、アスカは悠斗の視線が触るのを感じた。はっきりと、まるで質量を持ったように、悠斗の視線がついとアスカの肌を撫でる。
「あっ。……んっ」
アスカの舌が、ぺろりと唇を舐めた。
ぐいと、心なしかアスカの腕の組みが強くなる。
「アスカ様、腋きれいですね」
「へぅっ!!?」
突然の言葉に、アスカは思わず変な声を上げた。そのまま、霧散した気分と共に悠斗を見やる。
にっこりとした笑みは、真っ直ぐにアスカの腋を見つめていた。
「へ、へ? わ、腋ってあんた。……や、やだっ」
「あ、だめですよ閉じちゃ」
悠斗の視線に、アスカが腕を解こうとする。それを、悠斗がぴしゃりと止めた。
その言葉に、アスカが涙目で悠斗を見つめる。
「ほら、さっきみたいにちゃんと広げて」
「う、うあっ。……あっ、うぅ」
その言葉に、アスカは観念したように再び腕を後ろに組んだ。何故か、懇願するような瞳を悠斗の目線から外せられない。
「白くて、綺麗ですね。剃ってます?」
「うう、ばかぁ。もうきらい」
悠斗の意地悪な声に、アスカはぽつりと呟いた。じとりとした汗が、アスカの胸を死んでしまいたいほどの羞恥で切り裂く。
「お臍も、縦長で可愛いですし。アスカ様、身体全部きれいですね」
「……ッ!? ど、どこ見てっ」
アスカは、悠斗の視線が下がっていることに気が付いて、ぎゅっと足を閉じた。アスカの柔らかそうな太股が、ぴたりとくっつく。
「脚も、太股とかむっちりしてるのに、膝から下は細いですし。ほんと綺麗ですね」
「や、やめ。……何で、誉めるのよ」
息を乱しながら、アスカの目尻に涙が溜まる。人に肌を見られるのがこんなにも恥ずかしいのかと、アスカはふーふーと息を吐いた。
「あっ、そうだ。その。……脚、拡げてもらえます?」
アスカの言葉には耳を貸さず、悠斗は尚も言葉を続ける。アスカの鼓動が、どくんと大きく波打った。
(あ、あし? って、脚、よね。……足? 広げるって……え?)
落ち着けとアスカは自分に念じるが、大きくなっていく脈拍が悠斗にも伝わりそうだ。ふるふると、震える足で悠斗の顔を覗いた。
「……こ、こう?」
かぱり。そんな音が、悠斗には聞こえた気がした。
「い、いいですね。でも、その。もう少し。……がに股で」
悠斗の表情は、火の影になってアスカには分からない。どうせいつも通りに笑っているんだろうと、アスカはきゅっと唇を結んだ。
「あ、あんた。ぜ、絶対ろくな死にかたしないわよ……」
ゆっくりと、アスカの足が開いていく。きゅっと締め付けられる下半身の心地よい窮屈さに、アスカは必死になって声を我慢した。
「ふ、ふぅう。こ、これで文句ないでしょ?」
くいっと腰を落として、アスカは灼眼を悠斗に向ける。悠斗の影が、こくりと頷いた。
(し、下着履いててよかった。……でも、これ。こんなとこまで。み、見えてないよね?)
押し殺した呼吸で、アスカは自分の身体を見下ろす。ぐいっと突き出す形になってしまった下半身は、ぎちぎちと硬い革に押しつぶされていた。下着は履いているものの、露わになった脚の付け根にアスカは羞恥で唾を呑み込んだ。
(み、見てる。……こんなとこ、見られたことない。うぅ、やだ。私……)
悠斗の視線が、アスカの下半身を撫でていく。さわさわと触られているような感覚に、アスカはぞくりとしたものを背中に感じた。
(やめ、て。もう見ないで。あたし……)
がくがくと、アスカの脚が震え始める。こんなに自分は柔だったかと、アスカは呆とする頭で前を見た。
数秒後、我慢できないとアスカの膝が床に落ちる。
ーー ーー ーー
「いやぁ。おかげでいいデータが取れました。完成したらあげますね」
「べ、別にいいわよそんな破廉恥なの」
悠斗がいつも通りの笑顔で、着替えたアスカを見つめていた。頬を染めながら、アスカはふんとそっぽを向く。
「だ、だいたい何よその服。防御力皆無じゃない」
「いや、これはこれでちゃんと能力あるんですよ。まぁ、それは完成してからのお楽しみということで」
悠斗がにやりと笑うが、アスカはもう着ないからねと悠斗を睨んだ。
「……あ、ところでアスカ様。他に何か触りました? リングがあるから大丈夫だとは思いますが、変な能力の奴もあるんで」
「んぅ? ああ、それなら大丈夫。触ってないわよ」
アスカの視線は受け流しつつ、悠斗はふむと辺りを見渡す。アスカは一瞬あのスケッチブックが思い浮かんだが、あれは別に大丈夫だろうと口を閉ざした。
「今回はこれで勘弁してあげますけど、もう入らないでくださいよ」
「わ、分かってるわよ。……あの、ごめんね。あと、ありが…と」
ふぅと呆れ声を出す悠斗に、アスカがもごもごと口ごもる。
「ん? 何か言いました?」
「な、何でもないっ! じゃ、じゃあね!」
聞き返す悠斗に、アスカはかぁと顔を赤らめて地下室を飛び出していく。何だったんだと、悠斗はアスカの背中を見送った。
・・・ ・・・ ・・・
「……あ、焦ったぁ」
アスカが居なくなったのを確認した工房の中で、悠斗はへたりと座り込んだ。まだどくどくと波打つ鼓動に、悠斗は顔を赤くする。
「だ、大丈夫だったかな。大丈夫だよな?」
つい調子に乗ってしまったと、悠斗はしまったなぁと頭を抱えた。あまりにもアスカの肢体が美しすぎて、もっと見たいという欲望が押さえきれなかった。
「地下でよかった」
ぽつりと、悠斗が呟く。逆光になっていたから、アスカからは悠斗の顔がよく分からなかったはずだ。そうでなければ、いつもの笑顔を張り付けれていた自信が悠斗にはない。
「……見られたかな?」
ちらりと、悠斗の目が机の上のスケッチブックに移る。おそらく見られているだろう。あーもうと、悠斗はぐしゃぐしゃと髪をいじった。
ぺらりと、アスカの装備のページを確認する。アスカが日本語が読めないというのが唯一の救いだと、悠斗は恥ずかしそうにページを睨んだ。
「こんなの、見せられねぇよ」
ページの隅の一文が目に入り、悠斗はかぁと頬を染める。
色は絶対に赤。アスカは赤がすごく似合う!
厳重に保管せねばと、悠斗は机の引き出しにも鍵を作ろうと決意した。