第6話 世界の勇者と不思議な宝具 (1)
「な、何これ……。ぼ、防具……なの?」
地下にある悠斗の工房の中で、アスカは一着の宝具を手に取って眺めていた。
紅く、見た目以上にしっかりしたそれを、アスカはどきどきとした瞳で見つめる。
「ふ、服? なのかしら。か、革よねこれって……」
広げたその宝具を、アスカは興味深げに様々な角度から眺めた。
材質は、革と金属だろうか。美しく光沢のある、紅い革製の防具。ぱっと見はそんな印象だ。
「こ、これだけってことはないわよね。……あっ、こっちのもセットかも」
きょろきょろと辺りを見渡したアスカは、床の上に一つのカゴを発見する。その中身は、どうやらこれの相方のようだった。
「どれどれ、……って。う、うわ。……な、なによこれ。あいつ、こんなの私に着せようとしてんの?」
鼓動が早くなるのを感じながら、アスカがぺろりと唇を舐める。
何故か後ろを振り返って、アスカはその装備を胸に抱えた。
「ま、まぁ。着るくらいは別に。い、いいわよね。さ、サイズとか間違ってたら困るだろうし」
少し荒くなる呼吸を誤魔化すように、アスカは言い訳とばかりに口を開く。熱を帯びる頬を感じながら、アスカは一度それらを机の上に置いた。
アスカの指先が、上着の服の裾をゆっくりと掴む。
「……んっ。……はは、何か変な感じ」
はらりと、床に一着の布が落ちた。
上半身の全てで地下室の涼しさを感じ、アスカはかぁと顔を染める。
(う、うわ。私、あいつの工房で裸になってるよ)
誰にも見られていないはずなのに、アスカは恥ずかしさで胸を隠した。腕の肌に、こつりと固い感触が触れる。
「……あっ。……もう」
何だか変な気分になりそうで、さっさとやってしまおうと、アスカは下の服も脱いでいく。
下の下着の紐を緩めるときに、そこでアスカは初めて手を止めた。
「こ、これは。い、いいわよね別に。……汚しても困るし」
むしろきゅっと結び直し、アスカはよしと直立する。気を付けの姿勢で見下ろした自分の身体は、胸の先だけが文明の色を帯びていた。
「え、えと。これが上よね。……で。こ、これが。……ほ、ほんと。何てもの作ってんのあいつ」
再び手に取った装備を見つめ、今は居ない似非爽やか男をアスカは思い浮かべる。
(こ、こんなの作ってるってことは。き、着せようとしてるってことよね? い、いや。でも……)
そこで、アスカは一つの可能性を思い浮かべた。朝方、一緒に出かけた働き者のメイドが頭をよぎる。
(し、しまった。さ、サシャ当てだったらどうしよう。あの子たち、何だか最近仲いいし)
うぐぐと、アスカは笑顔の眩しいメイドを想う。そういえば、サシャの悠斗に対する笑顔が最近怪しいと、アスカは何故かつっかかりを感じた。
(べ、別にサシャとユートがどうなろうが、あたしには。って、だ、だめよっ!! あんな、似非爽やかゲス野郎に、サシャを任せるわけにはっ!!)
そうだと、アスカはぐっと装備を握りしめる。どちらにせよ、確かめる必要がある。何か邪な能力でも付けていたら、自分が外しておかなければ。そう思い、アスカはよしと覚悟を決めた。
「よい、しょっと。う、うわ。これ、下着なかったら見えちゃうんじゃ」
構造的には下着に似ているそれを、アスカは片足を上げて通していく。腰まで上げたそれは、冷たく固い感触と共にアスカの下半身を包み込んだ。
(お、思ったより、きゅってする。でも、こ、これって……)
どくどくと、アスカの血が脈打った。まさかねと、アスカは言い聞かすようにもう一つの装備へと手を伸ばす。
「こ、こっちが上、よね。……こ、こうかしら」
ブラジャーもない世界。ただ、コルセットのようなものだとアスカは言い聞かせた。取りあえず、下から上に寄せるように胸に被せる。
(うわっ。なんか、胸。きょ、強調されて……)
たゆんと、アスカの胸が谷間を作った。元よりあるアスカだが、下着による補正を目にするのは初めてだ。腰を細めるのに特化したコルセットとはまた別の効果を、アスカは驚いたようにまじまじと見つめた。
「こ、この背中の紐で絞めるのよね。……くっ、んっ!」
何とか背面の処置を終え、ぴっちりと全身を包む装備品の感触に、アスカはふぅと一息を入れる。
「あっ。……うぅ」
その肌に感じるそれに、アスカの顔が紅に染まった。羞恥と、他に何か得体の知れない気持ちがアスカの中に襲いかかる。
「こ、これって。やっぱり……」
ふーふーと息を荒くしながら、アスカは自分の腕で己を抱きしめた。その後、確かめるようにおもむろに姿勢を正す。
(や、やっぱり。これ、あたしの身体にぴったりだ)
紅い革で作られたその宝具は、アスカの身体を寸分の狂いもなく締め付けていた。みちりと、ほんの少しだけアスカの肉が、革の厚みの分だけそこに乗る。
(ギチギチなのに、全然嫌じゃない。身体の輪郭が、自分でも感じる。分かる。……これ、あたしの為のもんだ)
どうしようと、アスカはぼうと顔を燃やした。頭に、にこにことした悠斗の笑顔がちらりと映る。
(う、うそ。……ど、どういうこと。そ、そういうことなの?)
肌が、自分でも熱くなっていっているのを、アスカは感じた。何にも触っていないのに、胸の先の宝具が効果を告げる。
ひんやりとした金属の金具が、アスカにそこに居ることを訴えかけていた。
(こ、この装備、何だかやばい。や、やっぱり何か能力が……)
これ以上はと、アスカはふらふらとする足に力を入れる。机の上には手袋とブーツもあるが、あれを付けてしまったら戻れないような気がアスカはした。
「……あ、あれっ!? ちょ、ちょっとっ……!?」
脱ごうとしたアスカの口から、焦りの声が思わず漏れる。必死に指で背中の紐を掴もうとするが、どうしてもあと数ミリ届かない。
「う、嘘っ。やだ、ぬ、脱げないっ」
ぐっと力を込めるが、それで間接が増えるわけでもなかった。アスカの心にだんだんと余裕が無くなる。
「ど、どうしよ。壊すわけには。てか、そろそろあいつ帰って……」
あわあわと、アスカは取りあえず机の上の余りだけでもカゴに戻した。しかし、何の解決にもなっていないと、アスカは少し涙目になる。
「ど、どうしよ。……そ、そうだ。上着で隠して、後でこっそりサシャに手伝って貰えば……」
ぴんと、アスカの前に妙案が閃いた。
「へぇ。誰に、何を手伝って貰うんですか?」
しかし、その巧妙は背中から掛けられた声にかき消される。
アスカは、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。