第5話 異世界からの宝物庫 (5)
「……え? 今、何て言ったの?」
城からの帰り道、アスカはさぁーっと顔の血の気を消失させた。
「だから、リスティ隊長と喧嘩したって言ったんですよ」
アスカの横を歩く悠斗は、もはや興味はないとばかりに右手で落ち葉をいじっている。そんな悠斗に、アスカは呆然とした顔で問いただした。
「け、喧嘩って。……なんで?」
怒ることすら忘れたアスカは、何を言ってるんだこいつはという表情で悠斗を見つめた。アスカの質問に、悠斗は一瞬動きを止める。
「……馬鹿にされたんですよ。908位の雑魚だって。流石にむかつくでしょう?」
「む、むかつくってあんた」
アスカは、あーもうと悠斗を見やった。何てことをしてくれたのかと、頭を抱える。
「仕方ないでしょう。あんた、実力隠しまくりなんだから。それで雑魚って言われて怒るって、さすがの私も怒るわよほんと」
頭が痛いと、アスカは深く溜息を吐く。そんなアスカに、大丈夫ですよと悠斗は告げる。
「いいじゃないですか。僕が本気出せば、リスティ隊長だって瞬殺ですし。問題ないですよ」
「問題大ありよっ! 大ありっ! 何であんたは殺すか殺さないかの二択なのよおっ! リスティ様は、上司よ上司っ! 配属したばっかりで、何でいきなり最高責任者に目をつけられてるのよぉおおおっ!!」
あーもうと、アスカは頭を振り乱した。今となっては、悠斗もアスカも公務員のようなものだ。アスカの言い分も、悠斗には勿論理解できる。
悠斗自身、本来は波風を極力抑えるタイプなのだから。
「まぁ、ほんとに大丈夫ですよ。最後は、なんかあの人笑ってましたし」
「わ、笑ってたって。それ、きっと処分を決めてるときの顔よ。そうに違いないわ」
ひぃと不安そうに叫ぶアスカを横目に、悠斗は数刻前の出来事を思い出していた。
『ほう。自分ではなく、主のために怒るか。最低限の男は持ち合わせているようだな。……まぁ、せいぜい頑張れ』
そう言って、リスティはにたりと笑って去っていった。掌で転がされた感があって、何とも悠斗には腹立たしい。
あの褐色ロリめと、悠斗は悔しそうに歯を食いしばった。
「ま、まぁ。考えても仕方ないか。それより、聞きなさいよ。今度の兵会で、姫様に二つ名を拝名してもらうことになったのよ」
一歩後ろを歩く悠斗の表情には気が付かずに、アスカは嬉しそうに腕を合わせる。悠斗は、聞き慣れない単語に耳をアスカに向けた。
「二つ名?」
「そうよ、二つ名。十本の指に入ったものにだけ与えられ、名乗ることを許される全勇者憧れの二つ名。私も自分のを、こっそりと考えたりしたものだわ。そ、それが、へへ。本当に貰える日が来るなんてっ」
でへでへと、アスカは幸せそうに身をよじる。悠斗にはぴんとこないが、二つ名を冠するということはこの世界の戦士にとって、この上ない誉れである。
「二つ名ねぇ。中二病みたいなもんですか。……十人てことは、リスティ隊長も持ってるんですよね?」
「当たり前でしょ。『双頭』のリスティって言ったら、知らない人は王国に居ないわよ」
あんた以外はねと、アスカが悠斗に振り返った。そんなことを言われても異世界人である自分が知るわけもないと思うが、悠斗は黙ってアスカの話をはいはいと聞き流す。
「あ、そうだ。せっかく王都まで来たんだから、サシャにお土産買って帰りましょうよ。お菓子とか」
道の端から流れてくる小麦粉とバターの香りに、アスカがぴたりと足を止める。きらきらと輝く瞳は、どこからどう見ても「自分も食べたい」だ。
やれやれと、そんなアスカに悠斗も一緒に足を止める。
ーー ーー ーー
「アスカ様、ちょっとサシャと出かけて来ますね」
次の日、昼の食事を終えた悠斗がアスカに声をかけた。横では、メイド服のサシャがぺこりとアスカに頭を下げている。
「ん? どこ行くの?」
二人で外出なんて珍しいなと、アスカは紅茶のカップをかたんとテーブルに置いた。ぽりりと、前歯でクッキーをかみ砕く。
「ちょっと、屋根を修理する道具が欲しいらしいんで。荷物が多くなりそうですから、僕も行ってきます」
そう言って、悠斗はサシャと出口に向かう。自分も付いていこうかとアスカは思ったが、寝起きのままの自分の姿にアスカは諦めて手を振った。
「いってらっしゃーい」
さくさくとした、甘い風味がアスカの口の中に広がる。
・・・ ・・・ ・・・
「うーん。考えてみたら、久しぶりに一人ね」
伸びをしながら、アスカはさてと周りを見渡した。しんとした屋敷を見て、アスカはぞくぞくと背中を震わす。
「へ、へへ。私の家だもんね」
自分の屋敷を持てる日が来るなんて、アスカは想像したこともなかった。勇者になる夢や妄想はよく見ていたが、その周りの具体的な生活は考えたことはない。
「それにしても、二つ名かぁ。な、何になるんだろっ。楽しみだなぁ」
えへへへと、顔を緩めながらアスカは軽やかに屋敷を歩く。この三ヶ月で何もかも変わった幸せを、アスカは思う存分噛みしめていた。
「って、この部屋たしか……」
ふんふんと鼻歌で歩くアスカの前に、一つの扉が見えてくる。地下に続く階段。その扉だ。
「ユートの工房。絶対に入るなって言われてんのよねー」
じぃと、アスカは扉を凝視する。この先で、いつも悠斗は宝具の作成に取りかかっている。イメージの邪魔になるし、危険な物もあるから絶対に入るなと言われているが、アスカの心にはうずうずとしたものが渦巻きだしていた。
「ちょ、ちょっとくらいなら。いいわよね?」
扉の取っ手に、手をかける。その瞬間、ぱきぃんと何かが割れる音が響いた。
「ん、あんっ」
きゅむぅと、アスカの左胸の先端が軽く締まる。思わず声を出したアスカは、へぇと小さく呟いた。
「魔法で鍵まで掛けるなんて。よっぽど見られたくない物があるのかしら」
ふふふと、アスカの顔が邪悪に歪む。
悠斗に最大限の感謝をしているアスカだが、日々の意地悪への鬱憤はまた別の話だ。何か弱みでも握ってやろうと、アスカの腕が取っ手を引っ張る。
「さぁて、何があるのやら」
どきどきとした鼓動を感じながら、アスカは地下室への階段を降りていった。
・・・ ・・・ ・・・
「わぁ、すご。武器がいっぱい」
地下室の工房は、一言で言えば怪しげだった。
石造りの壁に立て掛けられた、何本もの刀剣や槍。どう使うかよく分からない形状の装備品も、部屋が狭くなるほどに並べられている。
「こんなに沢山あるんなら、一本くらい持たせてくれてもいいのに」
アスカはそれらを眺めて呟くが、それが無理なことはアスカにも分かっていた。恐らく、ここにあるものはまだ未完成で、調整中の宝具たちだろう。
「触らぬ何やらにって奴ね。怖い怖い」
どんな能力が備わっているか、分かったものではないのだ。アスカは、決して触れぬように慎重に歩みを進める。胸の先の宝具がなければ、この場にはとてもじゃないが居られないだろう。
「っと、机? ふーん。ちゃんと、研究っぽいことしてんのね」
工房の奥に置かれた、木製の机にアスカの目が止まる。
その机の上は、訳の分からないもので溢れていた。
雷を発している短剣に、紐でつながれている奇妙な薄い板を横目に、アスカは机の上のスケッチブックを手に取る。
学者が発想をメモするために使う大型のそれを、アスカはぺらぺらとめくってみた。中には様々な宝具のデザインが描かれ、そこに注意書きのような物が記されている。
見たことのない文字だと、アスカは眉を寄せた。
「あ、これ私の装備じゃない。うわぁ、ちゃんと考えてくれてたんだ」
とあるページで、アスカの指が止まる。そこには真紅の剣と甲冑が、他の物とは一線を画するディテールで描かれていた。
「読めないけど、めちゃくちゃ沢山書き込んである。へ、へぇー」
その図面を見つめて、アスカは何だか恥ずかしくなって頬を染める。勝手に入ったことに対する罪悪感が積もるが、それでも入ってよかったかもと、アスカはへへへとスケッチブックを静かに閉じた。
「……ん、って何これ。……革?」
ふとアスカの目に、机の隅に無造作に置かれた物体が目に入る。それをアスカは手に取って広げた。
「って、え? ……えぇええ!?」
それを見たアスカの、困惑した声が工房に木霊する。