第4話 異世界からの宝物庫 (4)
こつこつと、石畳に二人分の足音が響く。
「ふぁあ。いつ来ても大きくて綺麗だねぇ」
目の前に続いていく石造りの廊下の奥を見つめながら、アスカは何度目か分からない溜息をついた。
「そうですねぇ」
悠斗も、アスカの横を一歩下がって付いていく。
王都の中心に聳えるこのトリシュリア城は、大陸に数ある城の中でも最大のものだ。その荘厳さは、日本のビル群を見慣れているはずの悠斗でも最初に見入ってしまったほどである。
近衛隊の用事でこの日、悠斗とアスカはトリシュリア城を訪れていた。
「というか、近衛隊っていつも城にいるわけじゃないんですね」
「そうみたいね。側近が何人かは常に姫様をお守りしてるだろうけど、それ以外の隊士は基本的に有事の際に召集されるみたい」
てくてくと廊下を歩きながら、悠斗はふーんとアスカの返答を流し聞く。そんな悠斗に、アスカは眉を寄せて口を開けた。
「ってか、あんたも任命式で説明受けたでしょうが。せっかく私が頑張って、あんたも入れるように口利きしてあげたのに」
「あー。僕、あのとき寝てたんで」
悠斗のあっけらかんとした言葉に、アスカは呆れたようにじとりと目を細めた。言っても仕方ないかと、はぁとアスカは息を吐く。
「あっ、そうそう。今日は私だけの話みたいなのよ。悪いけど、あんたはどっかで時間つぶしててくれる?」
「え? なら、僕来る必要なかったじゃないですか」
思い出したように手を叩くアスカに、悠斗はどういうことですとじろりと睨む。誤魔化すように笑うアスカは、忘れていたのだと貫き通す姿勢だ。
「……まだ信用してませんね?」
「し、仕方ないじゃない!! 実戦で使ったことないんだからっ!! 不安なのよこっちはっ!!」
悠斗の視線に、開き直ったようにアスカは胸を突きだした。布越しに、形のいいアスカの胸がたふんと揺れる。
「何でもないのに甲冑で入るわけにもいけないし。い、今の私は、これしかないんだからねっ!」
さっと、アスカが自分の胸の先を腕で隠した。今日一日何やら恥ずかしそうにしていたが、なるほどなるほどと悠斗はアスカに笑いかける。
「あ、付けてくれたんですね。嬉しいなぁ。僕、女の人にアクセサリープレゼントしたの初めてですよ」
「初めてで何でここなのよっ!!」
がーんとポニーテールを揺らすアスカは、恥ずかしいんだからねと涙目だ。しかし、効果のほどは体感出来ていないので不安が付きまとっているらしい。
「もう、手が掛かる勇者様ですねぇ」
そう言って、悠斗は右手を横に広げる。その途端、青白く輝く細長い剣が、瞬きの間もなく悠斗の右手に出現していた。
「ひっ。こんなとこで何出してんのよっ!?」
「アスカ様の不安を取り除いてあげるんですよ。この剣は、刃が触れたものを原子結合レベルで両断する、Aランク相当の宝具です。僕でも、同時に何本もは作れません」
にっこりとした笑顔はそのままに、悠斗はかちゃりとその剣をゆっくり構える。
「え? ちょっ。な、なにっ!? げ、げんし? よく分かんないけど、それやばい奴じゃ……」
「はい。超絶やばい奴です。――いきますよ?」
しゅらりと、悠斗の右手がアスカの首元めがけて切っ先を振るった。
「ひ、ひぃいいいいいっ!!?」
アスカが、声にならない叫び声をあげて身体を硬直させる。
きぃぃぃぃん……。
切っ先がアスカの首に接した瞬間、清涼で美しい音が鳴り響く。
万物を両断するはずの刃は、アスカの首の皮膚に一筋の傷を付けることもなく止まっていた。
「……ふ、ふぇ。き、切れてない……?」
ぱきぃと、アスカの目の前で悠斗の宝具が音を立てて崩れ落ちる。その様子を、アスカは呆然と見つめていた。
「僕が、一日がかりで作ったプレゼントですよ? 信用してください」
ぶらぶらと手首を振りながら、悠斗はアスカの顔を真っ直ぐに見つめた。その悠斗の表情に、ふにゃりとアスカの緊張が溶ける。
「ゆ、ユートォ。やっぱあんた、いい奴だよぉほぉおおおおおっ!!?」
涙目でアスカが微笑もうとした瞬間、アスカの身体がびくりと跳ね上がった。悠斗の顔が、にこりと変わる。
「んっ、あっ。な、なにこれぇ……ッッ?」
「おまけ機能ですよ。ちゃんと効果出てますよっていう」
にこにことした爽やかな笑顔で、悠斗は身体を屈めるアスカに説明する。
「言っときますけど、意地悪じゃないですよ? 今、両方反応したでしょう。つまり先ほどの一撃が、物理的な衝撃だけでなく魔力を帯びたものだったということです。これによって、敵の攻撃の属性が分かります」
ちなみに、威力の強弱まで分かるすぐれものだ。さっきの攻撃がとんでもないものだったことは、身を持ってアスカが現在体感している。
「ううぅ。絶対意地悪だぁ……」
ぴくぴくと震えるアスカは、恨めしそうに悠斗を睨みつけていた。
ーー ーー ーー
「さて、どこで待ってましょうかねっと」
アスカが用事を済ませに行ってしまい、悠斗はきょろきょろと城の中を見渡していた。ファンタジーさ溢れる城の探索は魅力的だが、アスカならともかく、自分があまりうろつく場所でもないなと悠斗は腕を組む。
「こういうとき、携帯ないって不便だな」
ぽつりと、悠斗は呟いた。昔の人はどうやって待ち合わせをしていたのだろうと、平成育ちの悠斗は首を傾げる。
まぁ、目立たないくらいにぶらぶらしとくかと、悠斗は足をとりあえず前に進めた。
「……むっ」
「おっと、すみません」
廊下を左に行こうと曲がったとき、悠斗の視界の先に急に人影が現れた。思わずぶつかりそうになってしまって、悠斗はとっさに頭を下げる。
「ん、お前は……?」
目の前の小さい人影に、悠斗はおやと顔を上げた。
「あ。えーと、確か。……りす、りすか、さん?」
「リスティだ」
ぴきりと、目の前の人物の表情が苛立ちで歪む。それを見て、悠斗は思い出したと手を叩いた。
「あー、そうそう。リスティさんだ。いや、朝は覚えてたんですよ。ついど忘れを」
「そういうお前は、アスカの腰巾着のユートとか言ったか。自分の所属する隊の隊長の名前を忘れるとは、記憶力に些か問題があるな」
刺々しい言葉を連ねる目の前の少女を、悠斗は適当に頭を掻きながら見つめる。
悠斗が目線を下げる身長は、かなり小柄だ。一見子供にも思えるほどの華奢な身体付きを、健康そうな褐色の肌が包んでいる。
肩まで伸ばした金色の髪は、輝くように窓からの光を反射していた。
「いやぁ、すみません。記憶力は人並みだとは思ってるんですが」
「ふん。猿並の間違いではないのか?」
童顔。そうとしか言えないが美しいその顔を、リスティは苛立つ表情に作り上げる。黙っていれば美少女なのにと、悠斗はもったいないとリスティを見つめた。
「まぁまぁ。怒るとせっかく可愛い顔が台無しですよ、リスティ隊長」
宥めるように声をかける悠斗に、リスティは心の底から軽蔑したように瞳を向ける。
「ふん。雑魚なりの処世術か。大方そんなふうに、アスカも誑かしたのだろう? いいか、私はお前が私の隊に居ることを認めてはいない」
リスティの言葉に、ぴくりと悠斗が反応する。それを見て、リスティは悠斗に言葉を続けた。
「姫様がお気に召されたアスカは、優秀な戦士だ。だが、お前はどうだ? 勇者ランキング908位。ギリギリ勇者としての称号は持つが、近衛隊は本来その位置の者が入れるほど甘くはない」
リスティは、糾弾するように悠斗の顔を見つめる。苛立ちは消え、その表情には責任の二文字が滲み出始めていた。
「しかも、お前のその武功のほとんどは、アスカのおこぼれのようなものだろう? お前は、勇者の称号すら本来は持てない雑魚のはずだ。どうだ、違うか?」
悠斗は、リスティの言葉を黙って聞く。まぁ、事情を知らないリスティからすれば当然の台詞かと、悠斗はどう返すべきかとリスティを見下ろした。
「……ふん、何も言えんか。お前のようなクズに、どんな形であれ頼っているアスカも、所詮はクズというわけだ。姫様も、ただの雌犬をお気に召すとは、人を見る目がお曇りになったものよ」
黙りを決める悠斗に、リスティは軽蔑を通り越して呆れたとばかりに吐き捨てる。そして、話は終わりだとその場を後にしようとした。
「ちょっと待ってくれませんかね」
ぴたりと、悠斗の声にリスティの足が止まる。振り返ったリスティは、悠斗の表情ににやりと笑った。
「ほう。そんな笑顔も出来たか」
「取り消していただけますか? 誰が、何だって仰いました?」
ゆらりと右手を広げる悠斗に、リスティが嬉しそうに口角をつり上げる。