エピローグ
「あんたってさ、結局誰が一番好きなの?」
喉かな昼下がり、屋敷の中をアスカの声が響きわたった。
「……アスカ様ですけど?」
椅子に座り、サシャに紅茶を煎れてもらっていた悠斗がアスカを見つめる。
悠斗からすれば、なにを言ってるんだという感じである。以前ならばいざ知らず、今では悠斗とアスカは恋仲だ。
悠斗の視線に、アスカはむぅっと唇を尖らせた。
「でもさでもさ、あんたって相変わらず別の女と仲いいんだもん。サシャはいいとしてよ? リスティ隊長とか、なんか未だにあんたにお熱だし」
やってらんねーと、アスカは椅子の背に体重を乗せた。ギコギコと器用に2本の脚だけでバランスを取る。
褐色金髪の近衛隊長を思いだし、悠斗は困ったように頬を掻いた。
確かに、未だにリスティとは週に一度はご飯を食べに出かけたりしている。アスカが怒るのも無理ないことかもしれない。
「好きです好きです言ってても、これよ。アスカ様アスカ様って、ほんと口だけ」
「あーもう! 分かりましたよ! どうしたんですかいったい!?」
悠斗がたまらず声を上げた。アスカが面倒くさいときは、大抵お願い事があるときだ。
観念した様子の悠斗に、アスカはニカリと笑顔を見せる。
「デート行きましょ。二人で」
えへへと笑うアスカに、悠斗は全くこの人はと息を吐くのだった。
◆ ◆ ◆
「普通に言えばいいじゃないですか。デートしたいって」
「んー、ふふ。別にいいじゃない。いい天気だし」
上機嫌に隣を歩くアスカを見て、悠斗は思わず苦笑した。
なんだかんだで、いつもアスカのペースだ。
王都の街を歩きながら、アスカは楽しそうに青い空を眺めていた。
「で、何処に行くんです?」
アスカが行きたいところといえば、甘味屋か劇場。しかし返ってきた返事は、悠斗の予想外のものだった。
「別に、どこに行きたいわけでもないわよ」
「はっ?」
ふんふんと鼻で歌っているアスカを、悠斗が見つめる。なにか言いたげな悠斗に向かって、アスカは当然のように言い放った。
「あんたと二人きりになりたかっただけよ。屋敷だとサシャもいるしね」
「ぶッ!」
素直な言葉に、悠斗が思わず噴き出してしまう。それをけたけたと笑いながら、アスカは悠斗の腕に抱きついた。
むにりと腕を胸が包み、悠斗の顔が仄かに染まる。
「あははっ、私のほうが背高いから変な感じー」
「わ、悪かったですね低くて! まったく、人が気にしてることを……」
ぷいと悠斗の顔がそっぽを向く。それに愉快そうに微笑んで、アスカは腕の締め付けを強くした。
「いいじゃん。好きよ? あんたのこと」
「ちょ、アスカ様っ」
恥ずかしいやら嬉しいやらで、悠斗の顔が真っ赤に染まる。見れば、街の住人がチラチラとこちらを盗み見てきていた。
当然だ。勇者ランキング第7位の『緋天』のアスカは、国民の誰もが知る有名人である。
「みんなが見てますよっ」
「なに女の子みたいなこと言ってんのよ。わ、私だって多少は恥ずかしいのよっ」
確かに、アスカの頬もどこか赤い。だとすればなんでという悠斗の表情に、アスカは照れたように視線を外した。
「その……恋人みたいじゃない。こういうの」
羞恥で頬を染めるアスカを見やり、悠斗もそれ以上はなにも言えなくなった。
魔族との大決戦。その戦いの中で口にした告白は、まぁ勢いがあったわけで。
正直、つき合ってるのかどうかもよく分からない状態の二人である。
「……あんたから言いなさいよね」
「へっ?」
宛もなく歩く街で、アスカはぽつりと声に出した。間の抜けた悠斗の返事に、アスカは眉を寄せて睨みつける。
「ちゃんと言ってよね。ずるずると。他の女の子見てたら、私いなくなっちゃうからね」
心にもないことを言いながら、アスカはじっと悠斗を見つめた。真っ直ぐな眼差しに、悠斗もそれはそうだと覚悟を決める。
言葉は大事だ。相思相愛も、両思いも、出来ればしっかり伝えなければ。
アスカが腕を放し、悠斗がアスカに向き直る。
緊張して睨んでくるアスカを見て、悠斗はくすりと微笑んだ。
「せーので一緒に、言いません?」
「えっ」
悠斗の提案に、アスカの鼓動がどくんと跳ねる。
けれど、もじもじと指を前でいじった後、アスカはこくりと頷いた。
変える。お互いの関係を。
少しだけ怖いなと思いながら、二人はすぅと息を吸った。
「せーの」
ここから、再び歩き出すのだ。
「俺と、つき合ってください」
「私と、け、結婚してっ!」
ーー再び、
「……えっ?」
「ふぇっ?」
そこには、びっくりした互いの姿。
皆から呼ばれる二つ名のように、アスカの顔が緋色に染まる。
「あ、アペリーテ」
首輪が輝き、瞬きの間に完全武装のアスカが立っていた。
ざわめきの起こる街の中で、アスカは半泣きで翼を広げる。
白い、天使の翼。
「ちょ、アスカ様。どこへ」
「逃げる」
それだけ呟いて、真っ赤な顔をふるふると震わせながら、アスカがすぃーと天に昇った。
「あ、ちょっ、待ってくださっ」
悠斗が最後まで言い終わる前に、アスカは物凄い勢いで空の彼方へ消えていった。
ぽかんとした表情のまま、悠斗は参ったなと頬を掻く。
「帰ったら、返事しないと」
異世界から来た少年は、先ほどの言葉を思い出した。
ばくばくと、心臓がこれでもかと暴れている。
「……はい、喜んで」
予行演習で呟いた台詞に、うひゃあと悶えながら、悠斗は家に向かって走り出した。