後日談 そして……
『こうして、紅き天使は金色の竜を討ち滅ぼし、世界に平和が訪れたのです』
会場に響くナレーターの声を聞きながら、悠斗はぱちぱちと周りに合わせて拍手をしていた。
いまいち感動しきれていないのは、隣の鼻音が原因である。
「うぐぅ。ふぐっ。よかったよぉ。私、ちゃんと勝ってたぁ」
鼻水をずびびびと鼻紙に当てながら、アスカは感動じゃーと涙を流して舞台を見つめた。
劇の内容は、やや格好良く脚色されたアスカの武勇伝だったわけだが、当の本人はハラハラドキドキといった様子で、固唾を呑んで見守っていた。
「そりゃあ、勝ちますよ。負けたら大問題でしょう」
「うぅう。えらいぞ私ぃ」
と、こんな調子で劇を見守るアスカの百面相を見る方が、悠斗としては楽しめたのだ。
しかし、そんなアスカの周りが、にわかにざわつき始める。理由は単純で、周囲の客がアスカの存在に気がついたからだ。
「あれっ、アスカ様じゃない?」
「ほんとだ。アスカ様だわっ」
ひと組の客が声に出したのをきっかけに、観客席の目が一度にこちらに向けられる。
どよめきが大きくなる音を聞いて、悠斗はアスカの手を取って立ち上がった。
「逃げますよアスカ様っ!」
「えっ、ちょっ、悠斗!?」
隣りの客に会釈をして、悠斗は道を開けて貰う。アスカに手を振られ、席に座った少女がぽうと顔を赤らめた。
「劇面白かったねっ!」
「そうですねっ!」
アスカの存在に気がついた観客の群を、悠斗はアスカと共にかき分ける。
楽しそうに笑うアスカに、悠斗も思わず笑っていた。
◆ ◆ ◆
「いやぁ。しかし凄かったわね。あんなに格好よく演じて貰えたら、感無量だわ」
「確かに。かなり格好よかったですね」
劇場を飛び出して、悠斗とアスカは広場のベンチに腰掛けていた。アスカは屋台で買った粉菓子を片手に、にこにこと広場の噴水を見つめている。
「んぅー。美味しいわねっ! サシャにも買って帰ろうかしら」
蜂蜜とバターを塗ったクレープのようなお菓子を、アスカは美味しそうにぱくついていく。悠斗も、確かに美味いとクレープに口を付けた。
「あっ、アスカ様だー。こんにちは」
「こんにちは。いい天気ね」
広場に来ていた少女から声をかけられ、アスカはそれに笑顔で答える。嬉しそうに走り去る少女の背中に、悠斗はぼそりと呟いた。
「わざわざ劇場ではしゃがなくても、こうして本物が普通にいるんですけどね」
「あはは。本当よねー。私なんて、別に珍しいもんでもなんでもないのに」
実際、アスカは他の勇者に比べると出会いやすい勇者だろう。基本的に仕事や用事で城を訪れるしかしない他の勇者と違って、アスカは街の甘味屋を回れば結構簡単に見つけられる。
「そういえばアスカ様、勇者ランキング三位でしたよ」
「えっ!? ど、どうしてっ!?」
ばさりと新聞を広げて、悠斗は何でもないように呟いた。その呟きに、アスカが驚いたように目を見開く。
アスカにも見えやすいように、新聞を悠斗は手渡した。悠斗が指さした記事に、アスカの目が泳いで留まる。
「ほんとだっ!? ……って、何これ。勇者人気投票?」
想像していた勇者ランキングとは別の見出しに、アスカは小首を傾げた。記事の中身を確認して、へぇと悠斗が声を出す。
「王都の住人一〇〇〇人に聞いたらしいですよ。アスカ様、大躍進じゃないですか。他の人は大体勇者ランキング通りなのに」
「ほっ、ほんとだ。あ、でも二位はリスティ隊長なのね」
自分の上に見知った名前を見つけ、悠斗も小さく声を上げた。ちなみに4位はペルジェマンだ。
「でも凄いですよ。劇の効果もあるんじゃないですか? よかったですね」
「うん! ……あ、でも。嬉しいけど、いいのかしら?」
アスカの顔は嬉しそうながらも複雑そうだ。リスティを越えなかったのは幸いだが、それでも自分がこの位置にいていいのだろうかと、冷や汗を流す。
「別にいいでしょう。憧れられるのも勇者の仕事のうちですよ。胸張っていきましょう」
困惑しているアスカの背中を、悠斗はぽんと叩いた。
この言葉は、悠斗の本心だ。
強いだけ、武功を上げただけ。それだけでは、たどり着けない場所。
きっと、自分ではたどり着けなかった景色だ。
反則的な、神域の能力を持ってなお、自分では届かないだろうと悠斗は思う。
「アスカ様だから、ですよ。頑張りましたね」
よしよしと、アスカの頭を撫でた。アスカの顔が、新聞を見つめてぱぁと華やぐ。
「よ、よーし頑張るっ!」
「その意気ですよ」
力強く立ち上がるアスカに、悠斗はくすりと微笑んだ。
何処までも、強い人だと悠斗は思う。
アスカに何か声をかけようとして、悠斗はそうだと振り返ったアスカに口を噤んだ。
「あ、そういえばユート。あんた、またリスティ隊長と遊んでたでしょ?」
「うっ」
思わぬところからの攻撃に、悠斗の視線が地面へと流れる。じとぉっとアスカの眼差しが悠斗にまとわりついた。
「あんた、私のこと好きとか言っておいて……」
「い、いえ。あれはですね。上司命令で。致し方なく」
正直、これも半分本当だ。未だにリスティは悠斗の元を訪れては、少々強引に迫ってくる。
何だかんだで、アスカとの関係も保留している悠斗は、困ったように一歩後ずさった。
「ふふ、今日こそ聞かせて貰うわよ。私のことをどう思ってるのか」
「そ、それは前に言ったじゃないですか」
何故か首輪を光らせるアスカに、悠斗はひぃと声を上げる。あの日以来、アスカとの関係は進展していない。気恥ずかしいのと、どうすればいいか分からずに、悠斗は色々と先延ばしにしている。
ちゃきりと、アスカの緋剣が悠斗の首筋に向けられた。
「リスティ隊長もそうだけど、今日こそはっきりして貰うわよ」
「な、何をですか?」
咄嗟に防御のネックレスを取り出しながら、悠斗はアスカと間合いをとる。この宝具でさえ、アスカの緋剣を防げるかは微妙なところだ。
悠斗の問いかけに、アスカは顔を耳まで赤くした。
「な、何をって!? き、決まってるでしょうっ! けっ、けっ、こけっ」
「こけっ?」
何やら鶏の真似をしだしたアスカに、悠斗は小首を傾げてしまう。その瞬間、アスカの顔面が武装と同じくらいに紅色に染まった。
「も、問答無用ッ!!」
「って、わぁ!? ちょ、本当にしゃれになりませんよっ!」
ぶぅんとアスカの緋剣が振り回され、悠斗の前髪がはらりと切れる。髪の毛もネックレスの効果範囲なのにと、悠斗の背筋がぞぉっと凍った。
「もうっ! もうっ!」
「ちょちょちょ、落ち着いてくださいー!!」
二人の叫びに、街の人が何だ何だと目を向ける。
広場で暴れている二人の姿に、まぁたやってるよと街の人々はくすりと笑った。
『緋天のアスカ』英雄譚。当分はまだ、語り継がれることはなさそうだ。
◆ ◆ ◆
お読みいただき、ありがとうございました。
これにてアスカと悠斗の物語はフィナーレと相成ります。最後は、感想でリクエストのあった、悠斗とアスカが劇を見に行くお話で終わらせました。いかがでしたでしょうか?
後、今後のアスカについてですが、実は既にノクターン版の連載が始まっております。お話も結構変わっていますので、確かめて頂けると嬉しいです。よりKENZENにイキイキとしたアスカ達を、よかったら見てやってください。タイトルは変えていませんので、どうかこっそりとお探しくださいね。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。 天那光汰