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最終話 緋天のアスカ

《……ふふ。老いぼれには、勿体ない最期じゃ》


 そう呟き、金色の竜はその身をがらがらと崩れさした。戦場に吹き荒れる風が、砂金となった竜の身体を天空へと巻き上げる。


 アスカは、その黄金の風の中で一人地上に降り立った。ばさりと、アスカの純白の羽が空を撫でる。


「うおおおおおっ!! アスカ様ぁあああああ!!!!」


 竜と天使の戦いを地上で見ていた兵士達の声が、戦場に響きわたった。男達が、アスカの周りを取り囲み、おびただしい雄叫びを上げる。


 その中心で、アスカは恥ずかしそうに頬を掻いていた。


「……へへっ、なんだよ。やっぱ綺麗だ」


 佇みながら、悠斗は一人その光景を微笑みながら見つめる。

 きっと、終わりが近い。





 ーー ーー ーー





『……ふむ。ここまでか』


 四方三里が凍り付いた大地の上で、ヒョウセツカは腰に手を当てて魔王城を見上げた。同じく、凍てついた大地の上のペルジェマンがヒョウセツカの視線の先を見上げる。


「どうかしたかい?」

『なに。妾たちの負けよ。決まりじゃ』


 そう言って、ヒョウセツカは目を細めた。そうか、逝ったかと、ヒョウセツカの唇が微かに動く。


『あの馬鹿者め。妾より先に逝くとはな。……しょうのない男よ』


 まぁ仕方ないかと、ヒョウセツカはペルジェマンに相対する。その目からは、氷の粒がこぼれ落ちていた。

 きらきらと光るその宝石のような輝きに、ペルジェマンが目を見開く。


『……さらばじゃ、美しき勇者よ』


 ぺきぺきと、ヒョウセツカの氷の花嫁衣装が割れていく。最期に暖かく微笑んで、氷の女王は花のように砕け散った。


「ふぅ。……美しい、幕切れだ」


 雪の結晶が舞う大地に飛んできた金の砂が、光を散らす。その光景に、ペルジェマンがやれやれと櫛で髪を解いた。





 この日、人類は魔族に勝利した。





 ーー ーー ーー





「うわぁ! 見て見て悠斗っ! 私、6位になってる6位にっ!!」


 新聞のとあるページを指さして、アスカは嬉しそうに声を張り上げた。それを、はいはいと悠斗は適当に流す。


「まぁ、あんな派手に暴れたら上がるでしょうよ」

「やぁん。どうしよう。まさか一桁になってからの順位が上がる日が来るなんて。……ぐふふ。ほら見て、私の記事」


 一面では流石にないものの、大きく取り上げられた見出しをアスカは悠斗に見せつけてくる。ちらりと眺めたページには、「天空に舞う金色の竜と紅の天使」という見出しが載せられていた。


 あの大戦以降、アスカの人気は鰻登りだ。実際、戦いをあそこまで多くの兵士に見られた勇者はいなかったから、当然と言える。

 魔王城に単身乗り込んで、ちゃっかり軍王を討ち取っていたリスティには悠斗もたまげたが、まぁあの人はそういう人だと妙に納得した。


「ん? へぇ、今度アスカ様の劇が講演されるようですよ」

「えっ!?」


 ページの隅の記述に、悠斗の目がおやと止まる。慌ててその文字を確認したアスカが、驚いたように声を上げた。


「ど、どどっど、どうしよう悠斗っ!? 私、演技なんて出来ないっ!!」

「落ち着いてくださいアスカ様。別に、アスカ様が舞台に上がるわけではありません」


 おろおろと心配そうに眉を寄せるアスカに、悠斗は呆れたように声をかける。そして、くすりと笑ってアスカを見つめた。


 冒険譚。なんという分かりやすい、勇者の特権だろうか。


 人々は、こうしてアスカを語り継いでいくのだろう。強く、優しく、美しい英雄として。


 紅の甲冑に身を包み、天使の羽で空を駆ける、女勇者。

 完全無欠の救世の英雄として、一人の少女は語り継がれる。


「……アスカ様」


 悠斗の柔らかな声に、アスカがきょとんと振り向いた。


 人は、この少女を知らない。


 甘いものに目がなくて、街に出れば買い食いをする。

 大事な緋剣で草を刈り、肌を見られれば羞恥で頬を染める。


 死ぬことに怯え、それでも誰かのために剣を握った。


 この少女を、人は知らない。

 僅かに知っている人も、いずれは居なくなり、忘れ去っていくだろう。


 だがきっと、この少女の涙も笑顔も、それは、誰も知らなくていいことだ。


「俺が知ってる」


 悠斗の呟きに、アスカが何を言ってるのと首を傾げた。不思議そうなその顔に、悠斗は立ち上がり一歩前に進む。


「……勇者になって、どうでした?」


 問いかける。

 よくある、話だ。ある日突然、一人の少女が聖剣を手に入れる。その宝具を以て、救世に至る物語。


 なんてチープ。なんて安易。それでも、人がその英雄譚に魅せられるのは、彼女の姿が眩しかったからだろう。


「大変だけど、やっぱ嬉しいよ。私、ユートとなら何処までも行ける気がする」


 にかっと笑ったアスカに、宝具の少年は微笑みかける。


「……好きです、アスカ様。……ううん、アスカ。君が好きだ」


 その言葉に、アスカの息が一瞬止まった。


「な、なんっ!?」


 声にならないアスカにくすりと笑いながら、悠斗はもう一歩を踏み出した。


「初めて会ったあの日から、君が好きだ」


 それは、あの戦場での問いへの答え。

 単純な話だ。笑ってしまうくらい、恥ずかしさで赤くなるくらい、単純な話。


「……わ、私も好き」


 最後の一歩は、アスカからだった。





 これは、人々には語られない物語。

 一人の少女が英雄となって世界を救う、その英雄譚の裏話。


 異世界の少女と宝具の少年が出会う、たったそれだけの物語。


 それでも人々は語り継ぐ。紅に包まれた、勇者の名を。

 ただ、似合いそうだったから。そんな小さな想いを、人は知ることなく紅の勇者に想いを馳せる。




 ――英雄譚の名は、「緋天のアスカ」――





 


 ~fin~

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