第30話 勇者として (5)
リスティの剣撃か鳴り響くころ、魔王城の目前では魔族が最期の攻防を繰り広げていた。
「……ッ!! でぇえええい!!」
右手に剣を持ち、一心不乱に剣を振るうアスカは己の身が段々と軽くなっていく様子を自覚する。
(動くっ!! 大丈夫、宝具がなくても私は戦えるっ!!)
守られているという意識。それが消え去ったアスカの剣技は見事だった。今までの経験。それがアスカの中で形となって動きに変わる。
「きゃっ!?」
しかし、それも限界。それでもアスカの実力は彼女のそのままを表していた。
「ご無事ですかアスカ殿っ!? はぁああッ!!」
アスカを襲おうと、死角から迫っていた魔族をマントの青年が斬り伏せる。マルクスは礼を言うアスカを横目に、アスカの前に躍り出た。
(おかしい。アスカ殿が変だ。緋剣と甲冑がないのもそうだが、明らかに動きが悪いッ)
アスカを守るように周囲の敵を蹴散らしながら、マルクスは背後で懸命に戦っているアスカを気にする。アスカの成長も、宝具の具足を知っているマルクスからすれば分からない程度だ。
(何かあったのか。ユート殿は何故居ない。……くっ。リスティ隊長が単身先行した今、アスカ殿を頼れないとならばっ)
致し方ないと、マルクスは右手の宝具を解放した。
マルクスの持つ剣から、暴風が巻き起こる。剣から発生した竜巻は、そのまま周囲の魔族を巻き上げた。
「魔力が尽きるまで、私が活路を開くッ!! 続け皆の者ッ!!」
勇者ランキング13位、近衛隊副隊長は声を上げる。その叫びに呼応するように、マルクスの背後の近衛隊の面々が唸りを上げた。
「うおおおおッ!! 副隊長とアスカ様に続けぇえええッ!!」
その唸りを飲み込みながら、マルクスの先を考えない一撃が魔族を襲う。ここで力尽きてもいい。その覚悟を持った彼の風は、嵐となって魔族の大群を飲み込んでいった。
「見よ魔族よッ!! このマントの文字に賭け、この『暴風』のマルクスが死出の相手をつとめようぞッ!!」
それはかつて、十の指に数えられた証。自身の全てを注ぎ込んだ暴風が、彼の背中をはためかした。
そこには、悠然と輝く『交尾相手募集中』の七文字。己が忠道を進むため、彼の剣が風速を増していく。
それは、憧れてやまない一人の女性に追いつくため。
「我が忠道は、ただただ眩しき一人のためッ!! 笑うならば笑うがいいッ!! 全てを賭けし我が命の暴風ッ!! 凪げれるものなら凪いでみよッ!!」
轟ッ!! その瞬間、台風を圧縮したかのような風圧が魔族を襲う。まるで災害のようなマルクスの剣に、近衛隊は叫び声と共について行く。
「うおおおおッ!! そうだっ、臆するなぁッ!! 我らには隊長から授かりし、この二文字があるぅううっ!!」
マルクスの剣を唖然と見つめていたアスカの肩を、髭面の剣士がぽんと叩いた。にこりと笑い、後ろの隊員へと腕を上げる。
彼の腕には、直に刻まれし『変態』の二文字。
「そうだぁああッ!! 我らは『変態』の近衛隊ッ!! 魔族など恐れるに足らずぅうう!!」
「進めぇえッ!! 我らの『変態』を示すときは今ぞッ!!」
その彼の後ろを、それぞれの『変態』で『交尾相手募集中』を抱いた男達が続いた。
平均勇者ランキング300位。間違いなく人類最強の男達は、その実力を示すように気合いを入れる。
ある者は肌に刻みし『変態』を。
ある者は背中に背負いし『交尾相手募集中』を
その文字を自らの信念に換え、戦士達は思う存分に力を震う。
彼らに押されるように、アスカも自らの気が高まって行くのを感じていた。
「でぇえええいッ!!」
アスカの剣が、目の前の魔族を切り裂く。ここまで来れば、雑兵といえど強者揃い。恐怖を勇気に変えながら、アスカは必死に剣を握りしめる。
「もうすぐ魔王城ッ。隊長は? ――ッ!?」
魔力を剣に注ぎ込みながら、アスカの前でマルクスは文字通り台風となって突き進んでいた。そんな彼の暴風が、突如弾けるように四散する。
「何奴――ッ!?」
その瞬間風の防御を纏ったマルクスの身体が、遙か後方に吹き飛ばされた。致命傷は免れたものの、マルクスは浮いた空中で途切れそうな意識をつなぎ止める。
(しまった――。リスティ隊長――)
一瞬の油断。吹き飛んだマルクスの身体を後方の兵士が受け止め、事態の源を視界に入れた。
「マルクスさんッ!!」
後方のマルクスの身を案じながらも、アスカはその相手に相対する。剣を握りしめ、乾いていく喉を必死に押さえた。
《最早戦況は歴然。なれど我らにも意地があるでな》
アスカの目の前の、巨大な影が口を開く。
巨大な体躯。巨大な翼。巨大な牙。
《この老いぼれの命と貴様等の命、引き替えさせて貰うぞ》
魔族四軍王が一人、『竜王』リュグドラシルは名乗りも上げずに口を開いた。
それは、触れるものを問答無用で焼き尽くす竜王の息吹。
「しまッ!!」
灼熱の炎を蓄えた竜王の一撃が、アスカと近衛隊を襲う。
防御すら不可能な、不可避の一撃。
迫り来る白い炎の前で、自分の最期を悟ったアスカはそれでも剣を前へと構えた。
「……ユート」
自分は勇者になれただろうか。そんな、最も大切なものであるはずの願いよりも強く、少女は後悔する。
(好きだよって、言っておけばよかったな)
ぽろりと、アスカの頬を何かが流れた。
「アスカ様ぁああああああああああああああああ!!!!」
そんな少女の涙を、一つの叫びが切り裂いた。
どんと、アスカの目の前に巨大な盾が出現する。それは、目の前を全て塞ぐほどの、巨大な壁。
竜王の炎がその巨盾を襲い、その表面を溶かしていく。それでも、その盾はその炎全てを受け止めた。
《……誰じゃ》
息吹を防いだ盾に眉間を寄せて、リュグドラシルは空中を見上げる。一つの人影が、太陽の中から出現していた。
「アスカ様に何してくれてんだこのトカゲ野郎ぉおおおッ!!」
続けて出現する、十六の刃。凄まじい速度で落下してくるそれを、リュグドラシルは尻尾で全て叩き落とした。
それに舌打ちをしながら、一人の青年が戦場へと降り立つ。
「ゆ、ユートッ!?」
突然現れた悠斗に、アスカが驚いたように声を上げる。夢ではないかと、アスカは自分の頬をつねった。
「ほ、本当にユートなの……って、痛い痛い痛いッ!?」
づかづかと歩いてきた悠斗が、アスカの両頬をねじ上げる。そして、悠斗はアスカに向かって怒鳴りつけた。
「この、馬鹿アスカぁあああああッ!!」
「痛ひゃい痛ひゃいぃいいいッ!!」
ぎりぎりと抓られる両頬に、アスカは涙目でじたばたと暴れる。
そんなアスカの様子を見て、悠斗は睨みつけたまま手を離した。
「後でお仕置きですからねッ!!」
「うう。……ユート」
ひりひりする頬をさすりながら、アスカは悠斗を見つめる。近衛隊の面々も、突然降ってきた悠斗を信じられない顔で見つめていた。
「あの、その。……さ、サシャは」
「大丈夫です。今のアスカ様よりは強いですから」
ぽつりと、アスカの口から疑問が落ちる。それに、悠斗は前を見据えながら答えた。
戦場から遙か遠い、とある屋敷。
「わぁ、すごい。力仕事も楽々だぁ」
全身を巨大な鎧に身を包んだサシャが、思い通りに動く鎧の中で呟いていた。名付けて、パワードスーツSASYAーMarkⅡである。
「とりあえず、あのトカゲ野郎をぶっ倒しますよ」
そう言って、悠斗がアスカに何かを放る。
慌てて受け取ったアスカの手には、紅い色の首輪が握りしめられていた。
「……うんっ!!」
それを見たアスカの顔が、満面の笑みへと変わる。そしてアスカの身体が、閃光に包まれた。光が晴れる頃には、真紅の勇者が戦場へと舞い降りる。
甲冑に身を包んだアスカに、近衛隊が沸き上がった。
歓声の中、アスカは緋剣を竜王へと構える。
《……小僧、小娘。名を聞こう》
気配の変わったアスカに、リュグドラシルは目を細めた。竜王は、二人の人間へと腰を上げる。竜王の問いに、悠斗は笑いながら答えた。
「僕はこの人の剣ですよ。名乗るほどのものじゃありません」
そう言って、悠斗はアスカを横に見やる。
アスカが、悠斗の微笑みにこくりと頷いた。
「私は勇者ランキング第7位、『緋天』のアスカ」
名乗る。
それは、嘘っぱちの少女の夢。
借り物の力を纏い、アスカはその切っ先を竜王へと向ける。
それでも構わないと、アスカは小さく目を閉じた。
力が漲る。彼が居る。横にいる。それだけで、何でも出来る気がした。
目を、開ける。
「我が宝具の名は、『緋天へと共に至る剣』。我が身を護り、敵を討ち滅ぼす、唯一にして絶対の緋宝」
アスカの言葉に、悠斗が小さく目を開く。
「……好きだよ、ユート。一緒に行こう」
振り返ることはない。悠斗には、アスカの背中しか見ることは出来ない。
一歩、悠斗は前に進む。共に行こうと言われたのだ。並ばなくして、何が剣か。
「ほんと、宝具使いの荒いご主人様ですよ」
「いいの。あんたは私のものなんだから」
ちらりと、悠斗はアスカの横顔を見つめた。その顔に、悠斗はいつもの様にくすりと笑う。
「……行きましょう。どこまでもお供しますよ」
遙か見果てぬ、遠い遠い道のり。
不思議と、その歩みは面倒だとは思わない。
《若い、な》
二人を見下ろし、竜王は微笑む。
随分と長く生きた。最期くらい、分かるというもの。
それでも、竜王は雄叫びを上げる。
当てられたからかもしれない。最早雄叫びなど、数百年前の記憶。
その声に、びりびりと戦場全体が震えた。
魔族の志気が、竜王を中心に波紋のように広がっていく。
これは、人間への置きみやげ。
受け取るがいいと、千年を生きた巨竜は二人を見つめた。
《……行くぞ人間。この竜王が命、最高の輝きは今故に》
轟と、リュグドラシルの身体が光に包まれる。
光の中から現れたのは、金色に光り輝く伝説の竜神。
その昔、魔王と呼ばれる竜がいた。
一国の姫をさらい、我がものにしようとした巨大なドラゴン。
勇者に破れ、それでも千年の時を生きた竜神。
《ふふ。あれも、若さ故か》
似ている気がすると、竜王は紅の勇者を見つめる。
最早顔も思い出せない彼女の何かを、彼は確かに思い出した。
《……来い、勇者よ。今度は負けん》
その声に、アスカはじっと前を見据える。
強大な相手を前に、それでもアスカはにこりと笑った。
「ねぇユート、覚えてる? 最初にあんたに会ったときも、ドラゴンの前だった」
「勿論覚えてますよ。あれとこれを一緒にするのは、ちょっとどうかと思いますが」
アスカの質問に、悠斗はぽりぽりと頬を掻いた。その返事に、嬉しそうにアスカが微笑む。
「……なんでさ、私だったの?」
そして、聞いた。あのとき、自分にひざまずいた理由を。
「……帰ったら、話しますよ」
それに悠斗は答えない。何となく、二人きりで話したいと思ったからだ。
悠斗は、右手に精神を集中させる。
神域の力。その使い方が、ようやく分かった。
正しかったのだ。最初から、自分は正しい使い方をしていた。
「通りで、ぱっとしねぇわけだ」
宝具とは、勇者が持つ勇気の証。
そんなものを、自分が使いこなせる訳がないのだ。
勇者になんか、なれなくていい。
自分は、ただの宝具でいい。
魔王を倒す勇者になんてなりたいわけではない。世界を救う救世主なんて、以ての外だ。
覇道だの、救済だの、冒険だの。妄想の世界でさえ、苦痛に感じる。
それでも、嫌いではない。
そんな物語を見ることは、こんな自分でも嫌いではないのだ。
「……展開。俺の全てを我が主に」
悠斗の呟き。その瞬間、アスカの身体が光り輝く。
「うわっ!? な、なになにっ!?」
《……ほう》
アスカの甲冑、具足、緋剣全てが紅に揺れ輝いていた。
強く。早く。硬く。その全ては、彼女のために。
「って、うわっ!? ちょ、ちょっとっ!?」
ばさりと、アスカの背中から羽が生える。真紅に栄える、純白の翼。
アスカの身体が、ふわりと浮き上がった。
「と、飛んでるっ!? 私飛んでるっ!?」
羽ばたく必要すらない。悠斗は、ただただ己のイメージを顕現させていく。
「……どうだ。凄ぇだろ」
あの日の自分に向かって、悠斗は呟いた。大丈夫だと、言ってあげたい。彼女が居るぞと。お前の前に、現れるぞと。
「行ってやるよ。どこまでだって、行ってやる」
出現する。アスカの周りに、参拾弐の刃が。そして、アスカは悠斗を振り返った。
「一緒ですよ」
悠斗の呟きに、アスカはこくりと頷く。
アスカは、参拾参の刃を竜王へと向けた。
「……行きます」
竜王がにやりと笑い、そしてアスカの身体が音を超えた。
衝撃。それは技ですらなく、ただ彼女が移動しただけの余波。
竜王すら置いてゆかれた時の中で、悠斗は嬉しそうに微笑んだ。
周りでは、アスカの覚醒に沸き上がる兵士達。
再び勢いを増した人間の軍勢が、なだれるように魔族へと躍進する。
たまらず空へと飛翔した竜王を、アスカがその倍の速度で追い上げた。
高く高く、金色の竜と紅い天使が空へと昇っていく。
その光景はさながらおとぎ話のようで。戦場の至る所で、人が、魔族が、彼女を見上げた。
「はは。一緒に行くのも、一苦労だ」
悠斗は、その姿を目に焼き付ける。不思議と、辛くない。あれほどの力を使っていても、悠斗の神経は何処か馴染むようにアスカの身体と繋がっていた。
「行け、アスカ」
悠斗の呟きに呼応するように、アスカの緋剣が光り輝く。
ーー ーー ーー
「……美しい」
ペルジェマンは、空に飛翔する竜と天使を見上げながら感嘆の声をもらした。
『あれは、リュグドラシルか。はは、年甲斐もなくいきりおって』
その一見隙だらけのペルジェマンに、氷の花嫁衣装に身を包んだ女が右手を向ける。
しかし、ちゃきりと向けられたレイピアの先端を見て、ふんとつまらなそうに鼻を鳴らした。
『おい、妾の前で他の女に見惚れるとはどういう了見じゃ』
ヒョウセツカは苛立ち混じりの表情でペルジェマンを睨みつける。これは失礼とペルジェマンは声を出し、しかしそれでも視線は空中に固定されていた。
『……おい』
「失礼。貴女は美しい。格別だ。しかし、見なさい空を。この美しさを見ないのは、罪というもの」
ペルジェマンの声に、魔族四軍王が一人、『女帝』ヒョウセツカは空を見上げる。そして、その美しさにふんとそっぽを向いた。
『これだから男は……』
「大丈夫、貴女も美しい。僕が見惚れて剣が鈍るくらいだからね」
にこりと、ペルジェマンがヒョウセツカの方へ振り向く。その笑顔に、調子が狂うとヒョウセツカはがしがしと頭を掻いた。
『それが、妾の身体を何度も粉々に砕いてくれた男の台詞か』
はぁと、ため息をついてヒョウセツカは腰を下ろした。ぽんぽんと、自らの横を叩いてペルジェマンを呼ぶ。
『一時休戦じゃ。空の戦いを見物した後で、思う存分に死合おうぞ』
「それはいい。いやぁ、話が分かる」
ヒョウセツカの提案に、ペルジェマンが爽やかな笑顔で隣へ座った。ヒョウセツカも、やれやれと空の竜と天使を見上げる。
『……ふむ。悔しいが、確かに綺麗じゃ』
まったくと、氷の女王は再度ため息をこぼすのだった。
ーー ーー ーー
「ふふ。何やら空が賑やかだな」
剣を振るい、リスティは刀身に付いた血を床へと払った。
「金色の竜と、天使か。なかなか見れるものではないぞ」
どかっと腰を下ろし、リスティは窓の外を眺める。そして、床に倒れる『剣神』へと笑いかけた。
『……何故、とどめを差さない』
ナガラジャは、一つだけになった首で同じく窓の外を見やった。四本の宝剣は全て砕け散り、同じ数あったはずの彼の腕も残りは一つだ。
「差さなくてもどうせ死ぬだろ。最期くらい、景色でも愉しめ」
疲れた様子で、リスティが白い布を胸の間で結ぶ。結局、途中で切られてしまったマイクロビキニだが、結べばまだ着れないこともなかった。
「よかったじゃないか、最期の相手が裸の美人で」
下は死守したがなと、リスティはけたけたと笑う。そんな彼女に、ナガラジャはくくくと笑みをこぼした。
『よいのか? 上の加勢に行かなくて。現魔王様は、私より遙かに強いぞ』
未だ鳴り止まぬ上の階の轟音に、そういえばそうだなとリスティが上を見上げる。しかし、まぁ構わないかと胡座をかいた。
「いいさ。うちの最強が相手してるんだ。負けたときは、それまでよ」
よいしょっと、リスティは床に落ちていた自分の装備を拾い上げる。そのベルトのホルダーから、あったあったと小瓶を取り出した。
ぐいっと、リスティがその瓶の中身を口に付ける。
「っぷはぁ! やっぱり死闘の後はこれだわっ!」
笑顔のリスティに、ナガラジャは眉を寄せた。
『妙薬か?』
回復するなら、加勢すればいいとナガラジャは不思議に思う。そんな剣神に、リスティはアホかと小瓶をナガラジャに放った。
残った右腕で、ナガラジャはなんとかそれをキャッチする。
「酒に決まってるだろ。それしかないけど、冥土のみやげにくれてやる」
高いから、心して飲めよとリスティはナガラジャに微笑んだ。その顔に、ナガラジャが呆れたように小瓶を開ける。
『あまり、子供が飲むものではないぞ』
くいっと小瓶を口に付けるナガラジャに、リスティが怒ったように口を開いた。
「ふざけるな。あたしは今年で二十七だ」
その言葉に、ナガラジャがぐふっと酒を喉に詰まらす。驚いたようにリスティを見つめて、愉快そうにはははと笑った。
『……ふむ。高いのならば、美味いのだろうな。……酒など、初めて飲んだ』
ナガラジャの言葉に、今度はリスティが意外そうに見つめる。剣のみに生きてきたからなと、ナガラジャは飲み干した小瓶を胸に仕舞う。
窓を見れば、金色の竜の翼が天使に切り裂かれるところだ。
『私も奴も、元は魔王よ。……誇るがいい。魔王を討ち滅ぼしたのだ。お前たちは、真の勇者だ』
その言葉を、リスティは黙って聞く。
『私を滅ぼす勇者が、お前でよかった。未練はない。剣に生き、剣に死ねた』
ナガラジャの顔が、リスティへと向く。金髪褐色の勇者の姿を見つめ、ナガラジャはふふと笑った。
「まぁ、そうだろうな。こんな美女が最期の相手だ。お前こそ誇るがいいよ」
リスティは胸を張る。胸の先まで見せた相手だ。これほどの冥土のみやげはないだろうと、リスティはにかっと歯を見せた。
それに、ナガラジャが苦笑する。
『馬鹿を言え。……ああ、そうだな。未練ならある』
見つめるナガラジャに、リスティはおやと視線を向けた。先ほどからの前言撤回に、リスティの興味が動く。
『私は、どちらかと言えば乳の大きな女が好きだ』
その一言に、リスティの頬がひくついた。かかかと、愉快そうにナガラジャが笑う。
『……ふふ。さて、そろそろ時間だ』
ひとしきり笑った後で、ナガラジャは目を閉じた。それに、リスティはそうかと小さく返事をする。
『さらばだ、勇者よ。なに、なかなかに愉快な幕であった』
礼を言うと、ナガラジャは右腕を前に構えた。手のひらで、夢の中の剣を掴む。
そうして、剣神はその生涯の幕を降ろした。
「……さて、どうなるかな」
リスティが壁に背を預けた瞬間、上階からとんでもない爆音が鳴り響く。ぐらぐらと揺れる魔王城に、リスティはおっとと疲れた身体でバランスをとった。
「決まったかな?」
どっちだろうねぇと、リスティはよいしょと立ち上がる。もし彼が負けていれば、続けて自分が役目を果たさないといけない。
「あー、しんど」
これが勇者の辛いところよと、リスティは魔王城の階段を踏みしめるのだった。