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第3話 異世界からの宝物庫 (3)

「うわぁ。いつ見てもいい景色ねぇ」


 窓を開け、アスカは笑顔でその先に広がる風景を眺めた。

 ちらりと下を見ると、そこにはせっせと花壇に水をやる、メイドの姿が目に映る。一人でこの屋敷の家事全てをこなしてくれる、働き者だ。


「いやぁ、さすがはアスカ様。庭付き三階、一戸建て。メイドまで付いているとは。こんな素晴らしい屋敷に住まわせていただいて、僕は感謝で言葉も出ません」


 そんなすがすがしいアスカの気持ちを、さわやかな声がぶち壊す。


「な、何が言いたいのかしら?」


 ひくひくと頬を震わせながら、アスカはギギギと顔を向けた。


「いえいえ。何かを言うなどっ! 僕なんて下賤な身分の者を傍に置いていただけるだけでっ!」


 テーブルの上に足を乗っけながら、悠斗はアスカの方を見もせずに新聞を読んでいる。


 三ヶ月。アスカと出会ってからの日々は、悠斗にとって波瀾万丈だった。


 北の大地のフロストドラゴン。国を騒がす、吸血鬼の真祖。王国に反旗を翻した、伝説の老兵。


 それらをアスカは、一撃の元に吹き飛ばした。


「全てを斬り伏せる聖剣。全てを弾き返す真紅の甲冑。身体を羽のように軽くする具足。いやぁ、そんなものを使いこなすのは、世界でアスカ様ただ一人だけですよ」


 にこりと笑う悠斗に、アスカは苦々しく笑顔を崩す。


「あ、あんた。未だにそんなこと。……い、言いたいことあるなら言いなさいよ」


 くるりと、アスカは悠斗に向き直った。微かに震える足で、悠斗に正面から相対する。


「だから、僕はアスカ様に不満などありませんよ。言いたいことと言えば

、ありがとうございますと、素敵ですということだけです」


 にこにこと新聞を読む悠斗に、アスカはこいつめと片眉を寄せた。


 アスカも、すでに割り切っている。どこかで後ろめたさを感じながらも、悠斗の貸し出す宝具によって武功を積み上げてしまった。


 もう戻れないところまで来てしまったのだと、アスカは毎日冷や汗を流す。


「おや、今週の勇者ランキングまた上がってますよ。アスカ様、七位です」

「な、七位っ!?」


 悠斗の新聞記事の報告に、アスカはくらりと意識が飛びそうになってしまう。がくっと、アスカの右腕が壁を押さえた。


「わた、私が七位。ゆ、勇者ランキングの。はは、ははは……」


 何故だか、悪い夢でも見てるような気分の毎日に、アスカの視界がぐにゃりと歪む。そんなアスカを、悠斗はちらりと覗き見た。


「七位って、そんなに凄いんですか?」

「凄いに決まってるでしょうっ!! 私のあんたに会ったときのランキング知ってる!? 4807位よ、4807位っ!! 5000位近くも上がってるじゃないのっ!!」


 うがぁと叫ぶアスカを、悠斗はふーんと流し見る。興味なさげな悠斗に、アスカはあーもうと頭を抱えた。


「ど田舎の辺境で死を迎えようとしてた私が。勇者の称号は諦めてた私が。今では、王都に屋敷を構えて。し、しかもっ。ひ、姫様の近衛隊に入らせて貰えるなんてっ」


 わなわなと震えるアスカを眺めながら、悠斗は愉しそうに朝の紅茶タイムとしゃれこむ。この紅茶も、アスカは一月前に初めて飲んだと言っていた。


「でも、アスカ様を差し置いて近衛隊長だなんて。あのリスティって女、むかつきますね。こっそりやっちゃいます?」

「な、なんてこと言うのよっ!! だ、誰か聞いてたらどうすんのっ!!」


 ひぃと、アスカはびくりと辺りを見渡す。何をそんなに恐れているんだろうと、今更ながらに悠斗は呆れた。

 どうやらまだ、アスカは自分の現状に心が追いついていないらしい。


「り、リスティ様っていったら、勇者ランキングの4位よ、4位っ!! 私なんかが刃向かいでもしたら、一瞬で肉片にされるわよっ!!」


 くわっと口を開くアスカに、おいおいと悠斗は顔を向ける。そろそろ、いいかげんに信用して欲しいものだ。


「大丈夫ですよ。アスカ様に傷をつけられる奴なんていませんから。さすがの僕も、ちょっと傷つきますよ。まだ僕の防具を信頼してくれてないんですか?」

「してるわよっ! 世界で一番信頼してるわよっ! でも、そういう問題じゃないのよぉおお!! いつでも取り出せるあんたと違って、私は裸だと塵芥も同然の存在なのよぉおおお!!」


 ポニーテールを振り乱すアスカに、ああなるほどと悠斗は紅茶を口に含んだ。悠斗の能力にも一応の容量はあるようで、有事以外にはアスカに宝具を貸し出してはいない。言われてみれば、アスカの心労も尤もなことかもしれないと悠斗は思う。


 ちらりと、ふぇえと涙目になっているアスカを悠斗は見やった。


「……はぁ。分かりましたよ。アスカ様に何かあったら僕も困りますし。護身用の武具ぐらいは作ってあげます」

「ほ、ほんとぉ?」


 ぐすぐすと悠斗の方へ振り向くアスカに、悠斗はうっと紅茶を喉に詰まらせた。新聞で顔を隠し、けほけほとわざとらしく咳込む。


「……す、すぐには出来ませんよ。使い捨ての宝具と違って、日を跨いで現界させておける奴は、ディテールを厳しめに想像しないといけないんで」

「待つ待つっ! よく分かんないけど、いくらでも待つ! ……あ、でも。出来るなら早く作って欲しいなぁ」


 やったぁと悠斗の元に近づくアスカに、ぴきりと悠斗の額に筋が入る。何に苛々してるのか分からないが、悠斗はむすりとアスカを睨んだ。


「な、なによ。お、怒んないでよ。私だって怖いんだから」


 悠斗の不機嫌な顔に、アスカがたじたじと慌てる。アスカの言わんとしていることは分かるがと、悠斗はそれでもどうしてやろうかと思案した。


「……とりあえずは、防御だけでいいですかね?」

「うんうん! 全然おっけー!! 大事、防御すごい大事っ!!」


 何かを閃いた悠斗が、そうだとぽつりと呟く。それに、アスカも元気よく頷いた。


「……デザインって、希望あります?」

「いいよ、そこら辺は何でもいいよっ!! 護ってくれたら、何でもいいからっ!!」


 気を利かせたかに見える悠斗に、アスカはありがとうと涙を滲ませる。見た目は簡単な奴でもいいからと、アスカは悠斗の見せた優しさに袖で拭った。


「ユートぉ。私、あんたのこと誤解してたかも。あんた、やっぱりいい奴だよぉ」

「何ですかそれ。僕はいつだっていい奴で、アスカ様の味方ですよ」


 アスカは、もう一度ありがとうと悠斗に微笑みかける。

 悠斗の邪悪な笑みは、新聞の影に隠れてアスカには見えなかった。





 ーー ーー ーー





「これ、なに?」

「リングですよ。対物理防御と、対魔法防御の効果がある」


 その日の夜、アスカは悠斗から手渡された二つのリングを手のひらの上に見つめていた。


「……それは大変にありがたいけど、その。これ、小さすぎるような」


 じぃと、アスカは不思議そうにそのリングを眺める。

 指にはめるにはどうも小さすぎるそれに、アスカは嫌な予感を感じて悠斗の方へ顔を上げた。


「アスカ様。僕、頑張って作りました」


 そこには、にっこりと満面の笑みを浮かべてアスカを見つめる悠斗が居た。

 その人差し指は、ちょんちょんと胸の先をつついている。


「……マジ?」

「ちなみに、他の場所に身につけても効果はありませんのであしからず」


 では、僕はこれでと悠斗はアスカに背を向けた。これ以上、レディーの部屋にいるのは紳士のすることではないだろう。


「あ、あの。……ユートさん?」

「そうそう。効果が出ると小刻みな収縮で知らせてくれる、便利機能付きですから。いやぁ、ここまでの宝具を創り出すのは骨が折れましたよ」


 それじゃあと、ぱたんと優しく扉が閉まる。





「……うぅ。これ、右と左はどっちでもいいのかなぁ」


 こうして、世界にまた一つ宝具が生まれた。


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