第27話 勇者として (2)
「そう言ったら、リスティ隊長最近来ないですね」
変態騒動から二ヶ月ほど、悠斗は夕食のミートパイを持ち上げながら、対面のアスカに声をかける。
「ん? もぐもぐ。……むぐっ。なんでも、最近北の方が大変みたいよ。魔族の動きが活発なんだって」
「へぇ。魔族が」
ミートパイのチーズをうにょんと伸ばしながら、アスカはむぐむぐと返事をした。悠斗も、焼きたてのミートチーズパイを口に運ぶ。
「そ、それって大丈夫なんでしょうか?」
呑気に夕食を楽しんでいる二人に、サシャが不安そうに声を上げた。言われてみれば確かにと、悠斗がアスカに視線を向ける。
「んー。どうなんだろ。私には待機命令しか出てないから。……どう思う?」
「アスカ様に出撃命令が出てないなら、そんな大したことはないんじゃないですか? やばいなら、流石にこんなとこでミートパイ食べてる場合じゃありませんよ」
悠斗の意見に、それもそうかとアスカは頷く。サシャも、ほっと一安心だと胸をなで下ろした。
「まぁ。勇者ランキングの二つ名持ちだけでも、この国に十数人いるんです。大丈夫でしょう」
悠斗も、心配する必要はないと水を飲み込む。リスティほどではないにしろ、あれに匹敵する勇者が何人も居るのだ。何かあるとは悠斗には思えなかった。
「いざとなったら、私もいるしねっ!!」
むふーと、アスカがどんと胸を張る。ミートソースの染みが出来てしまっている胸元を見つめて、悠斗ははぁとため息を付いた。
「アスカ様が出るようになれば、この国も終わりですよ」
呆れる悠斗に、アスカはなにおうとフォークを向けるのだった。
ーー ーー ーー
夕食が終わり、悠斗はのんびりと居間で新聞を読み返していた。なるほど、朝は気がつかなかったが、確かに「リスティ近衛隊長、魔族を討伐」と見出しに書かれている。
「……ユート様」
「ん? どうしたの、サシャ」
ふむふむと読みふけっている悠斗に、小さく声がかけられた。見ると、サシャがおずおずと悠斗の方を見つめている。
新聞をテーブルに置いて、悠斗はサシャの方へ身体を向けた。
「それが。その。……大丈夫なんでしょうか?」
不安そうなサシャの瞳。悠斗は、それが先ほどの話のことを指しているのだと理解した。無理もないと、悠斗はサシャへ笑いかける。
「大丈夫だよ。そのために、アスカ様や僕が居るんだ。特にこの家なんか、勇者が二人もいるんだよ? ここ以上に安全なところなんてないよ」
にっこりと微笑む悠斗い、サシャの顔がぱあと華やぐ。そうですよねと小さく呟いて、サシャはぐっと胸に手を当てた。
「アスカ様も、夜も鍛錬していますし。大丈夫ですよね」
「そうそう。ってか、よくやるなぁ」
ほっとするサシャの言葉に、悠斗は耳を澄ます。夜の清涼な空気の中、アスカの威勢のいいかけ声が微かにこちらまで聞こえてきていた。
「……これ、近所迷惑じゃない?」
「い、いえ。そんなことは」
サシャが苦い顔で頬を掻く。皆、苦情を言える相手でもないのだろう。今度自分から言っておこうと、悠斗はふぅと息を吐いた。
「鍛錬、ねぇ」
自分も、新しい宝具でも作ろうかと、悠斗の指が顎に行く。ちらりと、悠斗はサシャの胸元に目をやった。
「……サシャって、メイド服とか興味ある?」
「え? 給仕服なら、こうして頂いていますが」
悠斗の呟きに、サシャが腕を広げて首を傾げる。黒いローブに、白いエプロン。確かに、メイド服だ。しかし、そうじゃないと悠斗は思う。
「いや。そういう長い丈のも、本格的でいいんだけどね。その、もっとこうね。アキバとか、日本橋とか。そういうテイストのね」
「うーん。よくわかりませんが、新しい給仕服を頂けるのなら嬉しいです」
きょとんとしたサシャに、うんうんと悠斗が頷く。別に、ミニスカートのメイドさんが居てもいいじゃないか。そう考えて、悠斗はよしっと立ち上がった。
「工房に籠もります!!」
「あ、はい。い、いってらっしゃいませ」
急にやる気を出した悠斗に、サシャが驚いたように一歩引く。任せておきなさいと、悠斗はサシャに親指を見せた。
「あ、そうそう。サシャ、こっち向いて」
懐からルーペを取り出した悠斗が、それをサシャの方に向ける。サシャが訳も分からず声に従うが、悠斗はふむふむとルーペの中の情報を見つめた。
(どれどれ、スリーサイズはと。えーと、きゅうじゅ……。きゅうじゅっ!!?)
びくりと、悠斗の肩が震える。ばっと、ルーペを外してサシャの身体を見つめた。見つめられたサシャが、何だろうと恥ずかしそうに身をよじる。
「……うん。ありがとうサシャ」
満面の笑顔の悠斗に、サシャは不思議そうに視線を向けるのだった。
ーー ーー ーー
「じゃ、じゃあ。その、あの。……愛情を、その。ちゅ、注入します、ね」
二日後、悠斗はにこにこと食堂の椅子に座っていた。アスカは日課の鍛錬に勤しんでいる。目の前のお昼ご飯を見やって、悠斗は幸せだと顔を綻ばした。
「お、美味しくなーれ。美味しくなーれ。も、萌え萌えにゃんにゃん。きゅ、きゅるるるるーん」
「きゅるるるるーん」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にするサシャに、悠斗の楽しそうな声が続く。サシャは、腕で胸元を隠しながらふるふるとオムライスを悠斗に差し出した。
「あ、あの。その。こ、これは……?」
「いやぁ。ありがとうサシャ。一回、メイド喫茶行ってみたかったんだ。夢が叶ったよ」
にこにことサシャにお礼をいう悠斗に、サシャはううぅと顔を伏せる。
現在のサシャの服装は、一言で言えばエロメイドさんだった。
胸元がこれでもかと開いていて、サシャの大きな胸の谷間が見えてしまっている。スカートも、膝上何十センチなのだというくらいに短い。
「わぁ、美味しい。サシャのご飯は美味しいなぁ」
「そ、そうですか? その、ありがとうございます」
日本の魔改造文化を知っている悠斗からすれば、サシャは少しグレーなメイド喫茶の店員さんだが、当のサシャからすればただ事ではない。
胸元はおろか、生足さえ男性には見せるのを躊躇う文化で育ってきたのだ。流石に越権行為ではないかと、サシャはぐっと口を結んだ。
しかし、悠斗の純粋に嬉しそうな顔を見て、怒る気も失せてしまったのだ。
「ユート様、紅茶もいかがですか?」
「うん、お願い。ありがとうね、サシャ」
にっこり笑うユートに、サシャはしょうがないなぁと息を吐いた。
「あ、チェキ撮ろう。チェキ」
「……チェキ?」
紅茶を淹れているサシャの後ろ姿に、悠斗がぴんと閃く。また変な単語がと、サシャは悠斗に不安そうに振り向いた。
「えと、次は何をすれば」
「いや、今日はいいよ。チェキは、スタンプカード貯めた人限定なんだ」
はいと、悠斗がサシャに一枚のカードを手渡す。いくつかの線で区切られた図形を見て、サシャが意味が分からないと眉を寄せた。
「ここ。ここにスタンプお願いします」
「あ、はい」
全く持って理解が出来ないまま、サシャは手渡された判子をカードに押すのだった。