第25話 結成
リスティは、かぁと染めた顔をもじもじと下に向けた。
困ったように笑い、恥ずかしさを笑顔でなんとか誤魔化そうとする。
「わぁ、すごいっすね隊長!!」
「かっこいいっすわー。マジぱねぇ」
部下達が、やんややんやとリスティを誉め讃える。じろじろと見られる自分の身体に、リスティは何でこんなことにと昨日の夜を思い出していた。
ーー ーー ーー
「あっ、ん。……ご、ごめんなさいぃ」
ぎしぎしと、リスティの部屋の机が音を立てる。
「そうそう。ちゃんと誠意を見せてくれないと」
椅子に座っている悠斗の視線を受けて、リスティは動く自分の身体が熱くなるのを感じていた。
「す、すまなかった。お、お前が居なかったら、あたしは……」
スクワットをしながら、リスティはビキニ姿を見せつける。先の一件以来、こうしてリスティは何かとお仕置きを悠斗に強請ってくるのだ。
そんな腰を上下に揺らすリスティを見ながら、悠斗は普通に賞賛を送っていた。
(相変わらずすげぇ……)
顔には出さないように、悠斗はリスティを見つめる。
健康的な褐色の肌に食い込む、マイクロビキニ。紐で縛られただけのそれは、本当にぎりぎりでリスティの局部を包む。
しかし悠斗の驚きは、ただそれだけではなかった。
(毎度、何回やってるんだろ……)
はぁはぁと息を荒げるリスティを見ながら、悠斗はリスティの脚を注視する。太股も、ふくらはぎも、筋肉が畳まれてはリスティの身体を上下させる。
かれこれ一時間は、リスティは上下運動に勤しんでいることになる。
興奮で息を乱し汗をかいてはいるが、疲れる様子は微塵もない。とんでもない人だなと、悠斗は改めて目の前の第4位を見つめた。
(しかし、スクワットばっかりっていうのもなぁ)
リスティの肢体を眺め、悠斗はうーんと考える。勿論ビキニ姿のリスティは色っぽいし色々とまずいのだが、毎回となると新しいこともやってみたくなる。というより、リスティ本人の刺激が弱くなっているのも問題だった。今では、基本的に悠斗の言うことには従う。
「そうだ隊長、新しいお仕置きされてみます?」
そんなとき、悠斗にぴんとアイデアが閃いた。悠斗の声に、机の上のリスティが目を向ける。
「え? あ、新しいの……」
ぽっと、リスティの顔が赤くなった。恥ずかしそうにリスティは俯き、こくりと頷いた。
「ゆ、ユートがしたい、なら」
ーー ーー ーー
「く、くすぐったいぞユート」
「それは我慢してください」
びくびくと、リスティは刺激から逃れるように身をくねらす。そのリスティの肌に、悠斗の持つ宝具の先端が触れていた。
「く、くく。ゆ、ユートぉ」
「もうすぐ終わりますから、我慢してください」
ずれてしまわないように、悠斗は真剣な表情で指を動かす。最後の点を慎重に書き終えて、悠斗はふぅと一息着いた。
「書けましたよ。どうです?」
そう言って、悠斗はリスティを鏡の前まで連れて行く。リスティは、部屋の壁の姿見の中の自分を見つめた。
「おお、格好いいじゃないか。達筆だな、ユート」
「習字やってましたからね」
ふーん、意外だなとリスティは鏡の中の身体を見つめる。
リスティのお腹には、見たことのない異国の文字が描かれていた。
「これがお前の故郷の文字かー。トリシュリア文字と全然違うな。うんうん、格好いいぞ。気に入った」
腹に書かれた二文字に、リスティは嬉しそうに顔を輝かせる。それに、にやりと悠斗は笑顔を見せた。
「漢字って言うんですよ。見た目にいいでしょう」
「そうだな。……ちなみに、これ本当に消えるよな?」
少しだけ不安げに、リスティが悠斗に振り向く。悠斗は、大丈夫ですとリスティを見つめた。さすがに、悠斗も女の子の肌に残るものは入れない。
「2週間くらいで、勝手に消えますよ。まぁ、僕の修正液ではすぐに消せますが。この筆は、魔法陣や魔術文字を身体に書き入れるためのものでしてね。僕以外には絶対に消せません」
「……ほう。相変わらず、便利なものだな」
悠斗の説明に、リスティが感心する。腹の文字をさすってみて、なるほどと頷いた。インクのようなものが張り付いているわけではない。完全に自分の肌と同化している。
「そうですか?」
「いや、すごいぞこれ。身体に魔術を刻むときは、一生ものだと覚悟して刻むものだ。刻んだ後、相性の悪さに悩む者も多い。好き放題に書き直せるというのは、ちょっとした反則技だぞ」
へぇと、リスティの説明に悠斗は思いつきで作った筆を眺めた。悠斗は魔術が分からないから使い道があまりないが、ちゃんとした術者が使えばとんでもない宝具であるらしい。何でも作ってみるものだと悠斗は思った。
「まぁ。僕は魔術分からないから、あんまり意味ないですけどね」
「……ん、そうなのか? てか、だったらこれどんな効果があるんだ」
悠斗の発言に、リスティがお腹の文字を見つめる。悠斗は、鏡のリスティにあっけらかんと言い放った。
「特にないですよ。しいていえば、飾りですかね」
「あ、そうなのか。あたしはてっきり、変な魔術でもかけられるのかと」
ほっとしたように、しかし少し残念そうにリスティはお腹を撫でる。鏡を見つめて、そういえばと悠斗にお腹の文字を見せた。
「これ、何て書いてるんだ?」
魔術的に効果はなくとも、文字に意味はあるのだろうとリスティが悠斗に尋ねる。悠斗はふーむと筆を眺めながら、何でもないように呟いた。
「ああ、変態ですよ。それ二文字で、変態って意味です」
「……え?」
ぴしりと、リスティの顔が固まる。それに、悠斗はにっこりと振り向いた。
「リスティ隊長に、ぴったりでしょう?」
その笑顔に、リスティはひくっと頬を震わせる。
ーー ーー ーー
「う、うぅ。ユートぉ、やめっ」
「だめですよ。お仕置きって言ったじゃないですか」
ぴとりと、悠斗の筆がリスティの背中に当たる。びくりと、リスティの身体が反り上がった。
「せ、背中は。お願い。背中は……」
ふるふると、珍しくリスティが抵抗する。それに悠斗は、意地悪そうに声をかけた。
「ああ、言ってましたもんね。自慢の背中だって」
「そ、そうなんだ。き、傷一つないだろ?」
リスティが、許してと悠斗に振り返る。それを無視して、悠斗はリスティの背中に筆を走らせた。
「ひ、ひぃんっ!」
びくつくリスティに、悠斗はふむと背中を見つめる。
悠斗とて、本当にリスティが嫌がるようならこんなことはしない。
「あ、ああ。せ、背中。あたしの背中が……」
リスティは、背中を向けた辺りからふーふーと鼓動を早くしていた。それを見て、悠斗は執筆を続行する。
「ふぁっ。あっ、だめ。だ、誰にも触らせたことないのにぃ」
やめてくれと口では言いながら、リスティは悠斗が筆を走らせやすいようにじっと身体の震えを我慢していた。
「ひどいこと、ひどいこと書かれるぅ。背中にぃ。や、やだよぉ」
うーんと、悠斗はリスティの声に筆を止める。軽めに行こうと思ったが、これはもうリクエストに答えて上げた方がいいかもしれない。
そう思い、悠斗は初めの二文字を一気に書き上げた。
「あ、あぁああ。な、何て書くつもりなんだ? あんまりひどいのは……」
「んー。『交尾相手募集中』とでも書こうかなって」
悠斗の呟きに、ひっとリスティの呼吸が止まった。一瞬、頭が真っ白になる。
「……へ? こ、交尾?」
「そうそう。ぴったりでしょ? ほら、最後の文字ですから動かないで」
「ひぁ!? さ、最後って!?!」
ぺちゃっと、リスティの背中の肌に筆が触る。あのリスティの背中に、卑猥な文字を書いている。悠斗は、早くなる鼓動を押さえながら冷静に筆を走らせた。
(せ、背中っ。よ、汚れる。ひ、ひどいよぉ。だ、大事に守ってきたのにぃ。自慢の背中なのにぃ)
ふるふると、リスティは泣きそうになる。しかし、どうしようもなくぞくぞくとした快感がリスティの背中を駆け抜けた。
「ふっ、ふぅうううううんっ!!」
悠斗が書き終えた瞬間、リスティの身体がびくびくと勢いよく跳ねる。それを、悠斗はどきどきとしながら見つめていた。
ーー ーー ーー
「マジかっけー。隊長、これは何て書いてあるんすか?」
「ひっ、こ、これはだな……」
リスティは、自分の周りの部下を見渡した。リスティの周りは、ちょっとした人だかりが出来ていた。
『あっ、勿論ですけど、お腹と背中は見せて生活してくださいね』
そう悠斗に言われ、いつもの軽装で城を訪れてみたのだが。何故かリスティは部下の近衛隊員に取り囲まれていた。
十人以上の人数に、お腹と背中の文字をじぃっと見つめられる。リスティは、羞恥で頭がどうにかなりそうだった。
(い、言えないっ。『変態』と『交尾相手募集中』なんて、絶対にっ)
ぐるぐると回転する視界の中で、リスティはなんとか言葉を発する。
「……さ、最強って、い、意味。……かな」
リスティの呟きに、周りの男達がわき上がる。
「すげーっ! さすが隊長っ!! メモっとこう」
「これは、何かの魔術ですか?」
「常に最強を身につける。何という信念」
わいわいと、周りが勝手に盛り上がっていく。その様子にリスティは早く逃げだしたいと背中を向けた。
「てことは隊長、この背中の文字にもっ!?」
「どういう意味なんですか隊長っ!?」
びくりと、立ち去ろうとしたリスティの身体が止まる。ぎぎぎっと、ぎこちなくリスティが振り向いた。
「こ、これは。その。……お、己が忠道を行く……だった、ような」
苦し紛れ。恥ずかしさの嵐の中で、リスティは震える声で説明する。
「か、かっけぇええええっ!!」
「さっすが隊長ぅうううっ!!」
「メモらなければっ」
その説明に、再び隊員達が盛り上がる。なおもヒートアップする隊員に、リスティは助けてと小さく呟いた。
ーー ーー ーー
数日後。
「これ見ろよ。甲冑に、『変態』の二文字よ」
「かっけぇ。もう最強じゃんお前」
近衛隊の隊舎は、わいわいと盛り上がっていた。隊員達が、各々の武具を見せ合っている。
「ふっ、俺など兜飾りが『変態』よ。この面構え、魔王ですら逃げ出すだろうな」
とある青年が、自分の頭を誇らしげに指さした。赤い兜の前面には、金ぴかに輝く『変態』の二文字。
「やりおる。まぁ、俺の『交尾相手募集中』マントの足下にも及ばぬがな」
それを見た長身の男が、ばっと背中のマントを見せつけた。青いヒーローマントに書かれた文字に、周りが素晴らしいとため息をつく。
「ふふふっ。甘い甘いっ。甘いぞお前らっ!!」
そんな風に盛り上がる面々に、にやりと笑う二人組が乱入してくる。
「みよっ、この肉体に刻まれた、忠道の意志をっ!!」
上着を脱ぎ去り、髭面の男はむんと背中に力を入れた。その姿に、その場の全員が「おお……」と畏敬の念を送る。
「肉体に直接刻むとは。……くっ、俺も来週までにはっ」
マントの男が、背中に変態男を羨ましげに見つめる。そして、変態男を隣の無精髭が眺めた。
「ほう。背中でござるか。……ふふ、拙者は右腕にほれ」
ふふふと、男は右腕をまくり上げる。そこには、当然というか『交尾相手募集中』の文字。
「うぬぅ。素晴らしい彫り口」
「やはりこの言葉を背負う以上、妥協は許されぬでござるからな」
無精髭の男の元に、隊員達が群がる。どこの店だと、口々に問いただした。男も、仕方ないとばかりに店の名前を言う。
「おお、あの店かっ! よーし、俺も今日にでもっ!!」
「ぐはははっ。みなぎってくるな。この『変態』部隊に、勝る者なしっ!!」
うおおおおおっと、野郎どもが雄叫びを上げる。
ここに、トリシュリア最強の男達が誕生した。