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第24話 両手に女勇者 (5)

「……納得いかねぇ」


 トリシュリア城。その窓口で受け取った証明書を見て、悠斗は言葉通りに眉をひそめた。


 勇者貢献証明

 ユート様 

 貴殿の今回の活躍を讃え、賞賛と共に以下のポイントを与えるものとする。


「ポイントで言われてもピンとこないけど……」


 悠斗の目は、証明書の一文を見据えていた。


 今回で行われた貴殿のランキング移動。

 908位→886位


「す、少なすぎるだろこれは……」


 ふるふると肩を震わす悠斗に、アスカがけたけたと横で笑う。我慢できないと、悠斗の肩をばんばんと叩いた。


「ひ、ひひひ。よかったじゃない。め、目立つの嫌なんでしょ。……ぷくく」


 目尻に涙を溜めるアスカに、悠斗はこいつめと目を細める。

 確かにアスカの言うとおり悠斗はランキングを気にしていない。しかしそうは言っても、あの死闘の成果がこれでは流石の悠斗も何か言いたくなるというものである。


「まぁ、リスティ隊長や私と合同だったしね。それに、元々はBランクのクエストだったわけだし。少しでも上がれば儲けってなもんよ」

「えぇー。そのリスティ隊長を何とかしたのにですかぁ? 僕が上がらないならせめて、あの人のランキング落として欲しいですよ」


 ぶつぶつと文句を言う悠斗を見ながら、アスカはにやにやと息を吐いた。リスティの失態をわざわざ伝える必要も特にないため、まぁ仕方ないかと悠斗も思う。


(今度、隊長には何かしてもらおう)


 固く心に誓って、悠斗は証明書を懐へと仕舞った。


「おお、どうしたお前たち。……ああ、証明か。どうだった?」


 用事も済んだし帰るかと悠斗がアスカに振り返ろうとしたとき、聞き慣れた声が悠斗の耳に飛び込む。

 振り向けば、件の金髪褐色隊長が右手を上げて歩いてきていた。


「どうだったもなにもじゃありませんよ。とんだ無駄骨どころか、危うく国家の危機だったんですからね」


 悠斗のふてくされた顔から、リスティは大体の事情を察する。申し訳なさそうに、二人のところまで近づいて来た。


「すまなかった、あたしのせいで。……お仕置きは、好きにしてくれ」


 ぐいっと、リスティが悠斗の耳元に口を近づける。ぎょっとした悠斗がリスティから飛び退き、アスカがすらりと緋剣を抜いた。

 首輪のドッグタグのみが消え、アスカの右手に緋剣が出現する。


「ちょっと離れてくれます?」

「おいおい、こんなところで物騒な。皆が見ているぞ、仕舞え仕舞え」


 リスティの声に、アスカがちらりと辺りを見渡した。確かに、何事かと城に居た人たちが三人の様子に驚いている。

 勇者ランキング一桁。それも同じ近衛隊のアスカが、隊長のリスティに剣を突きつけているのだ。気にならない方がおかしいというものだった。


「わ、わわわっ。す、すみませんっ」


 人の視線に今更気がついて、アスカは慌てて緋剣を仕舞う。恥ずかしそうにするアスカに、全くとリスティは頭を掻いた。


「……お前、本当はユートのこと」

「違いますっ!! 職権濫用だって言ってるんですっ!!」


 顔を真っ赤にして怒るアスカに、リスティはふぅんと腕を組む。リスティ自身色恋がまるで分からないので、そんなものかと首を傾げた。


「おやぁ。リスティじゃないか」


 悠斗が不思議そうに二人を見つめていると、爽やかな男の声が横から聞こえてきた。


「……ん、誰だ?」


 悠斗は声の主に首を傾け、アスカがびしっと背筋を正した。当のリスティは、うげぇと嫌そうに顔をしかめる。


「今日も美しいねリスティ。……まぁ、僕の方が美しいのだけど」


 リスティを見やると、男は右手の手鏡をうっとりと見つめた。ふぅとため息をつき、その男の息に黄色い歓声があがる。


 見ると、男の周りを10人以上の女性が、きゃあきゃあいいながら取り巻いていた。何だこいつと、悠斗がぴくりとこめかみを震わす。


「ペルジェマン。お前はまたそうやって街の娘を……」

「なによこいつ」

「ペル様に馴れ馴れしく話しかけないでよ」

「どきなさい貧乳」

「ちょっと、なにあの格好。痴女?」

「バカみたい。子供はお呼びじゃないのよ」


 呆れた顔のリスティが、ペルジェマンと呼ばれた男に声をかける。途端、リスティは女性の人混みにどんと突き出されてしまった。


「……美しい。魅惑の魔法など、問題にならない」

「きゃあああ! ペル様が呟かれたわぁ!!」

「自分の美しさに悩むペル様も素敵ぃ!!」


 そんなリスティに気がつかずに、ペルジェマンは手鏡の中の自分の顔を見つめていた。


「……うっ!!?」

「きゃああああ!! どうしましたペル様!?」

「大丈夫ですか!?」


 突如、ペルジェマンの身体がくらりと揺らぐ。それを、近くにいた女性が受け止めた。我先にと、その役目を奪おうと女性が群がる。


「あ、危なかった。もう少しで、自分の美しさの迷宮から逃げられなくなるところだった……」

「きゃあああ!! 危険っ!! 危険すぎるぅううう!!」

「私も、私もラビリントスに連れて行ってくださいいいいいっ!!」


 はぁはぁと、ペルジェマンは顔に手をやって、呼吸を荒げた。まるで、強力な呪いをはねのけたような披露が、彼の表情を襲う。


「……うぅ、ユートぉ」


 よろよろと、先ほど罵倒されたリスティが悠斗にもたれ掛かってきた。今度ばかりは、アスカも同情を含んだ眼差しをリスティに向ける。


「子供じゃないのに」

「よ、よしよし。犬に噛まれたようなもんですよ」


 ぐすぐすと悔しがるリスティの頭を、悠斗は可哀想にと撫でた。さきほどの出来事は、あまりにも理不尽だ。


「あ、あれは何です?」


 悠斗の視線の先には、勿論ペルジェマン。

 水色の髪に、恐ろしいほどに整った顔立ち。190はあろうかという細身の長身は、確かに美しさの固まりのようだ。


 しかし、あれはちょっと……ない。


「ぺ、ペルジェマン様……だと思う」


 アスカも、信じられないような瞳を青いイケメンに向けていた。だから、そのペルジェマンが何者なのだと悠斗は今度はリスティに視線を向ける。


 リスティは、悠斗の視線に苦々しげに口を開いた。


「簡単に言えば、勇者ランキングの第3位だ」

「……は?」


 一瞬、リスティの言っていることが分からずに、悠斗は間抜けな声で聞き返した。

 がばっと、ペルジェマンの方へ顔を向ける。


「僕の悩みはね、僕の美しさを直接見ることができないことなんだ。ただ、同時に恐ろしくもある。鏡越しでない僕を見たとき、果たして僕は僕でいられるのだろうか、と」

「ち、知的すぎますわぁああああ!!」

「美しさだけでなく、知性的すぎますううううう!!」

「私の目が燃えつきそうですわぁああああああ!!」


 深刻そうに眉を寄せるペルジェマンに、悠斗はぽかんと口を開けた。ふるふると、指でペルジェマンを指さす。


「あ、あれが……?」


 何かの間違いであってくれ。悠斗はそう心に込めて言葉を吐き出す。

 そんな悠斗の願いもむなしく、リスティはこくりと頷いた。


「奴が、勇者ランキング第3位。『美しき』ペルジェマンだ」


 リスティの言葉に、隣のアスカも「ああ、やっぱりそうなんだ」と顔を歪める。


「お、お会いできるのを楽しみにしてたのに」

「ちょっとリスティ隊長!! 勇者ランキングってのは変態の集まりなんですかっ!?」


 アスカ様泣いちゃったじゃないですかと、悠斗はリスティに抗議する。リスティは、んなわけあるかと反論した。


「てか、何でそこであたしをじぃっと見つめるっ!!」

「……別にぃ」


 もう何も信じられない。そう思って悠斗はアスカの背中をぽんぽんと叩いた。


「もうこの国は終わりです。アスカ様だけが頼りですよ」

「うぅ。私頑張るぅ」


 そんな二人に、リスティがおいこらと声をかけた。


「と、まぁ冗談はこれくらいにして。……そんなに強いんですかあの人?」


 リスティの声に悠斗が振り返り、顔を正してリスティに尋ねる。どう見ても、あの優男がリスティよりも強いとは悠斗には思えない。

 

「当たり前だ。まぁ、あたしも奴が戦うところを直接見たことはないがな」


 リスティの言葉に、悠斗はそうなんですかと首をかしげた。 


「とんでもなく美麗な剣技だとは聞いているが。……それも奴が言っていたことだからな。実際のところはよく分からん」


 胡散臭いなぁと、悠斗はリスティを見つめた。そんな悠斗に、リスティは両肩を竦める。


「そんな目で見るな。そもそも、自分の能力は隠しておくものだ。あたしの本気だって、知る者は少ない。まぁ、一つだけ言えることは……」


 リスティの瞳がペルジェマンに向けられる。リスティにつられて、悠斗とアスカは改めて女性の中の青い男へ振り向いた。


「ああっ、何て事だっ!! うなじを見ようとすれば、美しすぎる顔が見えないじゃないかっ!!」

「いやぁあああジレンマぁああああ!!」

「哲学に悩むペル様も素敵ぃいいいいいっ!!」


 ふらりと倒れる優男に、女の子たちが群がっていく。そんな光景を見ながら、リスティはぽつりと言葉を零した。


「奴が任務に失敗したことは、ただの一度もありはしないよ」


 その言葉に、悠斗はごくりと唾を飲み込んだ。

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