第22話 両手に女勇者 (3)
「どうしたんですか?」
アスカを見つめながら、悠斗は首を傾げた。
部屋に入ってきたアスカは、どこかそわそわしながら悠斗の部屋を見回している。
そういえば、アスカを招き入れるのは初めてだと悠斗は気づいた。少しだけ、悠斗の鼓動が早くなる。
「あ、あのさ。……か、身体はどう? 大丈夫?」
そっぽを向きながら、アスカが尋ねた。くるくると、赤い髪を指でいじる。
「ああ、大丈夫ですよ。ちょっとズキズキしますけど、だいぶ良くなりました」
どうやら体調を案じて来てくれたらしい。嬉しくなって、悠斗は素直な笑顔をアスカに向けた。大丈夫だと、腕を上げてアピールする。
「そ、そう。ならいいんだけど」
しかしアスカは、悠斗の方には視線を合わせずにベッドまで歩いていく。そして、ちょこんと上に腰掛けた。
「えと、アスカ様?」
悠斗が、再度首を傾げる。どうも様子がおかしいアスカに、悠斗は近づいた。
唇を尖らして視線を外すアスカは、指でシーツをいじりながら言葉を探す。寝間着の軽装に、悠斗はちらりとアスカの身体のラインを見つめた。
アスカのしなやかな身体の曲線が、薄い寝間着生地の表面を作っている。柔らかそうだと、悠斗は思った。
「あのさ。……あ、あんたって。り、リスティ隊長のこと好きなの?」
「へ?」
アスカの身体に見とれていると、ぽつりとした呟きが悠斗に届く。悠斗は、思わず間抜けな声で聞き返した。
「ぼ、僕がですか?」
悠斗の返事に、アスカはこくりと頷く。
一瞬、何の話をしているのか悠斗には理解できなかった。数秒遅れて、色恋の話であることに気が付く。
「い、いやいやいやいやっ! そ、そりゃあ好きか嫌いかで言えば好きですけどっ。そ、そういう好きじゃありませんよっ!」
慌てて、悠斗はアスカの前で腕を振った。それを聞いたアスカが、悠斗の方をじとりと見つめる。
「……ほんとに?」
「ほ、ほんとですって。そりゃあ、その。憧れとか、信頼に近い感情はありますけど。それはアスカ様だってそうでしょう?」
当たり前だと、悠斗は訴えた。勇者ランキング第4位。数日前はあんなことになってしまったとはいえ、リスティの実力と実績は悠斗もアスカも理解している。それに、上司として色々と世話にもなっているのだ。
少し前まで苦手な人物の代表だったことは、悠斗はすっかり忘れていた。
「でも。あんた、最近リスティ隊長と仲いいし。何か、すっごく頑張ってたし」
少し肩を落とすアスカに、悠斗は軽くパニックになっていた。
アスカがこんなことを言う理由が、悠斗には全く思い当たらない。こんなの、まるでアスカが自分に好意を抱いているみたいではないかと悠斗は焦る。
「いや、その。まぁ、最近リスティ隊長とはよく遊んでますが」
つい、焦って言わなくてもいいことを言ってしまう。アスカが、その言葉に反応した。
「遊ぶ? 稽古じゃなくて?」
しまったと思ったがもう遅い。アスカの目が、疑心に染まる。じとーっと見つめてくる瞳に、悠斗は笑顔のまま顔を逸らした。そこに更に、アスカの視線がじぃっと突き刺さる。
「……決めた」
「え?」
なおもしらを切る悠斗に、アスカはふんと立ち上がった。悠斗が、小さく聞き返す。
悠斗を見つめながら、アスカはどんと腕を組んだ。むぅっと、講義の表情を浮かび上がらせる。
「私とも遊びなさいよ」
窓から差し込む月明かりを背後に、アスカは凛と言い放った。
ーー ーー ーー
「どうです? アスカ様」
悠斗は、アスカを眺めた。
「……う、うぅ」
顔を真っ赤にしたアスカが、恥ずかしそうに身をよじる。
「どうしました? アスカ様が、やれって言ったんですよ?」
「だ、だってぇ。こんなことだとは……。あ、あんた、隊長と何してんのよ」
肌を腕で隠しながら、アスカは自分の格好を見つめた。
犬。一言で言えば、アスカは犬の格好をしていた。
たらんと垂れた犬耳。両手と両足、それと胸と下半身はもふもふとした毛で覆われている。勿論、お尻では尻尾がふりふりと揺れていた。
「んー、話せば長いのですが。僕、リスティ隊長のご主人様になりまして」
「ご、ご主人って!? え、えぇええっ。なんでっ!?」
アスカを眺めていた悠斗の言葉に、アスカが驚きの声を上げる。そんなに驚かれても、正直悠斗も何であんなことになったのかよく分からない。
「リスティ隊長がせがむんで、ときどきこういうことやってました」
「え、……え? た、隊長が? ……え?」
アスカも、事態が飲み込めず悠斗の顔を見つめる。ただ、悠斗の表情から何となく二人の雰囲気を察したらしい。
「まぁ、きっかけは僕なんですが。最初は、目障りだから脅そうとしたんですよ」
「いや、何となーく分かったわ。あの人、変態だもの」
アスカは、あの褐色めとぎりっと奥歯を噛みしめた。憧れの勇者様一転、変態に転落である。人生何があるか分からない。
「……つ、つまりあんたは、嫌々に付き合わされてたってわけね」
「え? いえ、僕も楽しんではいましたが」
ぎろり。アスカの眼光が、悠斗を射抜く。悠斗は、ああ何て自分は阿呆なんだと後悔した。
「はじめなさい」
「へ?」
アスカの威圧に、悠斗がびくりと震える。情けない声を上げて、悠斗はアスカの顔を見つめた。
「やりなさいよ、ほら。リスティ隊長にするみたいに。ご主人様なんでしょ? ほら」
仁王立ちするアスカに、悠斗は一歩下がる。何でアスカがこんなに怒ってるか訳が分からないまま、悠斗は粛々と準備を始めた。
「……あの、アスカ様。……怒ってます?」
悠斗は、ちらりとアスカの顔を見やる。その言葉に、アスカはにっこりと、それはもう満面の笑顔で言い放った。
「ぜんぜーん。怒ってるように見える?」
で、ですよねぇと悠斗は視線を手元に戻す。アスカは、にこにこと悠斗を見つめ続けていた。
まだ夜は、始まったばかりだ。
ーー ーー ーー
「……な、なかなかやるじゃない」
二人きりだけの部屋、アスカはごくりと唾を飲む。
鎖。細い鎖で作られたリードが、アスカの首輪から伸びていた。
勿論、その先は悠斗の手の中だ。何がなかなかやるんだろうと悠斗は思ったが、口には出さないでおいた。
「私は、あんたの犬ってわけね。いい趣味だわ、ほんと」
口では小馬鹿にしながらも、アスカの顔には羞恥の色が滲み出ていた。それでも、アスカはどうでもいいとばかりに悠斗を見つめる。
どうしても、主導権を握りたいらしい。
「で、どうするのよ? 前みたいに、わんとでも鳴けばいいの?」
気を高く持つアスカに、悠斗はどうしたもんかと心中で頭を掻いた。アスカも引っ込みがつかないようで、このままではどうすればいいか悠斗にもよく分からない。
そろそろ落ち着きを取り戻してきた悠斗は、ふむと顎に手を当てた。
正直、小躍りしたい気持ちだ。あのアスカが、犬の格好で自分の前に立っている。白い肌をちらりと見やって、悠斗は一つ覚悟を決めた。
「お散歩しましょうか?」
「……ふぇ!?」
小さくアスカが声を上げたのを見て、悠斗はにこりと笑顔を作る。
くいっと、悠斗の右手がアスカの首輪を引っ張った。