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第2話 異世界からの宝物庫 (2)

「うおおおっ! すげぇっ! 一撃だよ一撃っ!!」


 光にかき消されたドラゴンの居た場所を見て、悠斗は興奮を覚えていた。

 あんなに強そうだったドラゴンが、一撃、たったの一撃で目の前から消失している。


「こ、これが異世界っ! 俺の能力っ! す、すげぇ。し、死んでよかったぁ」


 じぃんと、悠斗の目頭に熱い物が灯った。

 そこで初めて、悠斗は元居た世界に自分が何の未練も持っていなかったことを知る。


 退屈で退屈で退屈で。本当に退屈で仕方がなかった。


 それが、この世界ではどうだ。自分の手に宿る、この力は。

 不安はある。頭だってまだ追いついてはいない。


 しかし、悠斗の全身は歓喜と昂揚に支配されていた。


「くく、はははっ。最初の敵にしても、手応えがなさすぎるぜっ。雑魚敵でチュートリアルだなんて、神様も案外過保護なとこありやがるっ!」


 面白すぎて止められない笑いを口に出しながら、悠斗は心のそこから笑顔を作る。こんなに笑ったのは、いつ以来だったか。


「……あ、貴方。な、何者なの……?」


 酔いしれている悠斗に、背後から声がかけられた。そこで初めて、悠斗は後ろを振り返る。


「……え?」


 目が、合った。


 灼熱のような、真紅の瞳。それと同じ、燃えるように赤い、ポニーテール。

 その白い肌の色に、悠斗の視線は吸い込まれた。


「おおーい! 剣士様が生きておられるぞおおおお!!」

「ドラゴンが、ドラゴンがいなくなってる!! やってくれたんだっ!!」


 悠斗が何かを呟こうとした、その前に。沢山の声が、辺りを包み込んだ。





 ーー ーー ーー





「剣士様。さすがですっ。信じていました!」

「これで村も安泰です。なんとお礼をすればいいか!」

「ところで剣士様、こちらの男は?」


 インフェルノドラゴンが消え去った山の麓で、アスカは村の住人に囲まれていた。

 礼を言われ、涙目で自分を賞賛する村人に、アスカは慌てたように首を振る。


「ちょ、ちょっと待って。ちが、違うのっ」


 ちらりと、アスカは背後を振り返った。

 一人の青年。先ほどから、自分を見つめ続ける、奇妙な服装の男。


 彼だ。彼が、ドラゴンを討ち滅ぼしたのだ。


「ま、ちょっ。話を聞いてっ!」


 しかしアスカの声は、歓喜にわき上がる村人には届かない。次々とかけられる言葉が、アスカの声を村人たちから遠ざける。


 言わなければ。私ではなく、彼なのだと。

 その想いが、アスカの息を深く吸い込ませた。


 話を聞きなさいっ!! そう、アスカが大声を上げようとしたその刹那――。


「いやぁ、流石はお師匠さまっ! 見事な一撃でございましたっ!」


 その青年が、大きな声を張り上げていた。


「えっ!!?」


 にこにこと笑う青年に、アスカがぎょっと振り返る。


「おおっ。剣士様のお弟子さんでございましたか!」

「はじめの頃は、村に居ませんでしたな」

「いやぁ、貴方のお師匠様は最高だ。今夜は、貴方も是非お礼の宴に参加なさってください」


 そんな声をかけられながら、青年はただ、にこにことアスカを見つめていた。





 ーー ーー ーー





「……どういうつもり?」


 宴も終わった深夜。村人に用意された部屋の中は、悠斗とアスカの二人きりだった。


 じろりと、アスカの警戒を込めた眼差しが悠斗を突き刺す。


「宴のときも、手柄を見ず知らずの私に全部渡して。そ、それよりも、あのインフェルノドラゴンを一撃なんて。……貴方、いったい何者なの?」


 じりじりと距離を測るアスカを、悠斗はちらりと眺めた。


 背は、150後半といったところだろうか。腰まで伸びている赤いポニーテールが、ゆらゆらと彼女の心象を表すかのように揺れていた。


 綺麗な顔立ちだ。美少女とはこういう子のことを言うんだろうと、悠斗は思った。日本では、見たこともないほどのファンタジーさ。


 華奢に見える身体は、防具に隠れているが、十二分に女らしく膨らんでいる。


「……そっか、あのドラゴン。それなりに強かったのか」


 悠斗のぽつりとした呟きに、びくりとアスカが身を跳ねさせた。冗談でしょうと、アスカの瞳が驚愕の色に染まる。


「いえ、俺ね。目立つの嫌いなんですよ。目立つと、頑張らなきゃいけなくなるでしょう?」


 ゆっくりと、悠斗はアスカを見つめていく。足が綺麗だなと、ふと目を留めた。


「あ、貴方。ほんと、いったい何なの。……め、目立つのが嫌だから、私が倒したってことにしたの?」


 びくびくと、アスカが悠斗に言葉をかける。悠斗は、肯定するようににっこりと笑った。


「そうですよ。あのドラゴンは、貴方が倒したんです」


 悠斗の表情に、アスカが吸い寄せられる。

 アスカの中には、戸惑いと、恐怖と、そして僅かな興奮があった。


「ほ、ほんとにいいのね? わ、私が倒したってことで?」


 ちらりと、アスカの視線が部屋のテーブルの上に向かう。

 その上には、村人から貰った討伐の報酬。一年は、暮らすのに不自由はない金額。


 貰おうとしたわけではない。アスカは、悠斗に渡そうと思っていた。

 ただ、つい見てしまったのだ。

 悠斗が笑った瞬間、つい、勝手に、アスカの視線は一瞬金貨に吸い寄せられた。



「ふーん。俺が倒したのに、報酬まで貰う気なんだ」



 こんどこそ本当に、びくりとアスカの身体が飛び跳ねた。


「ち、ちがっ!? そんなんじゃっ!!」


 アスカが、慌てて悠斗の方へ視線を戻す。


「手柄も報酬も、全部独り占めか。可愛い顔して、随分と我が儘な人ですね」

「ちがうっ。そんなつもりじゃっ! わ、私は初めから貴方に渡そうとっ!!」


 アスカの叫びに、悠斗はにやぁと立ち上がった。てくてくと、アスカの横を抜けテーブルの傍まで歩いていく。


「そういうわけじゃ、ないんだよなぁ。俺に渡すとか、渡さないとか。……俺、宴の席で一言でも報酬欲しいとか言いました?」

「――ッッ!!?」


 悠斗の瞳に、アスカの声が苦しく詰まる。

 どくどくと、鼓動が早くなるのをアスカは感じた。


「あんたが村人騙して、この金貨を手に入れた事実は変わらないよ」

「そっ!? ……そ、そんな、こと……」


 アスカの顔が、絶望で歪む。

 その表情を見ながら、悠斗は心で笑っていた。


 はなから、気がついている。アスカは、宴の席で報酬を断っていた。ちらちらと悠斗の方を見ながら、貰ってはいけないと断り続けていた。

 金貨がここに有るのは、ひとえに村人の善意と。そしてある種の押しつけが理由だ。


「わ、私。ほんとに、そんなつもりじゃ……」


 ふるふると涙目になっていくアスカに、悠斗の背中を得体の知れない感覚が駆け抜ける。


 本当に、死んでよかったっ!!


 この日、柏木悠斗は決意した。


「ふふ、冗談ですよ。報酬は、半分に分けましょう。村の人たちの善意を、無駄にしては可哀想です」


 悠斗の声に、アスカの表情がほんの少し安堵に包まれる。


「その代わり、俺のお願いを聞いて貰えやしませんかね?」

「……え?」


 再び不安に染まった彼女の目の前に、悠斗はつかつかと歩いていった。

 目の前に来た悠斗に、びくりとアスカが震える。


「……ちょっ!?」


 しかし、次に悠斗が取った行動は、アスカをこの日一番驚愕させた。


 ひざまずく。単純で明快な、忠誠の印。

 困惑するアスカの下で、悠斗はアスカの手を優しく取った。


「俺の名は、柏木悠斗。これより俺は、貴方の宝具だ。貴方の剣となり、盾となり、槍となることを、ここに誓う」



 それは、柏木悠斗が生涯で初めて決意した、一つの誓い。


 この日、奇跡が成し得た一つの邂逅が世界を変えることを、このときはまだ、誰も知らない。

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