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第19話 決着

 悠斗は、真っ直ぐにリスティを見つめていた。

 目で追うのが不可能なほどの動き。だが、それでもリスティの身体を視界に収めることに神経を研ぎ澄ました。


「……あっ。いいぞ。この前以上だ」


 襲いかかる壱拾六の刃を、リスティは踊るように交わしていく。以前と違うところがあるとすれば、抜き身で持たれた二本の剣。


 敗北を教訓に改良(アップデート)した、新たな軌道(プログラム)


(自動防御停止。自動攻撃最速。一瞬でいい、隙を作るっ)


 防御を首のネックレスに一任し、悠斗は『浮遊する壱拾六の戦女(ロスヴァイゼ)』のスペックを、全て攻撃に集中させる。そうでなければ、届かない。紙一枚の距離を、悠斗は命がけで埋めていく。


「自立機動。アドバイスを守ったか。……んっ、はぁ。今のは危なかった。危うく髪が切れるところだった。……あぁ、いい。感じるぞユートぉ」


 リスティの動きは、踊りの枠を外れてきている。身体をくねらせ、腰を振る。まるで誘うように、悠斗の斬撃を交わしていく。

 本気ではない。愉しむだけの戦い。悠斗は、その僅かな勝機に持てる全てを注ぎ込んでいく。


「でも、だめだ。それじゃあ、いけないぞユート」

「――ッ!?」


 突如、リスティの顔が悠斗の目の前に出現した。完全に包囲していたはずの刃の檻から、リスティはいとも容易く脱獄する。

 上気した顔を染め、リスティはぺろりと口を開けた。リスティの熱した口内が、悠斗の目に飛び込む。


「ユートの、かけてくれ。口の中に出して……」


 すっと、リスティの剣が悠斗の首筋をなぞった。動脈。何の躊躇もない、急所への一閃。


 りぃんと、宝具が反応する間に悠斗はリスティから飛び退く。眼前には、不満げなリスティの顔。背筋が凍るのを無視して、悠斗は右手に力を込めた。


「お前もか。いい加減、それ飽きたぞ。熱いのかけてくれよぉ」


 ぺろりと、リスティが指を舐める。その妖艶さに、悠斗はぐっと噛みしめを増した。


 きっとこの人は、ずっと戦ってきたのだろう。自分の中の危うさをも飼い慣らして、ずっと孤独に剣を振るってきたのだ。

 誰かのために、自分のために。


 悠斗は、おせっかいな上司をきっと見据えた。


(絶対に、助けてみせるっ!!)


 思えば、初めてだった。自分のことを、あれだけ気にかけてくれた大人は。

 何もかも中途半端で、退屈だと不満ばかりだった自分。

 新しい世界に来てもそれは変わらず、それでも、そんな自分に手を差し伸べてくれた。


(アスカ様っ! 後は、頼みますっ!!)


 最期に愛しい少女の顔へ振り返って、悠斗は微かに笑みをこぼした。

 普段とは違う悠斗の微笑みに、アスカは小さく口を開く。


 アスカが何かを叫ぶ間もないまま、悠斗は静かに覚悟を決める。

 頑張るという、覚悟を。


「行きますっ!! リスティ隊長っ!!」


 声を上げたのは、見てほしかったから。自分の全力を。限界へ向かう姿を。自分が誇れる大人に。


「……来い」


 一瞬、その声が、悠斗の耳に届いた。大丈夫だと、悠斗は未来を想う。

 力を込めた右手を、悠斗は力強く解放した。


「『浮遊する壱拾六の戦女』×2ッッ!!」


 名を叫ぶ。己が最も信頼する宝具を。あの人に、認めて貰った力を。


「――ッ!?」


 初めて、リスティの動きが防御の意志を見せる。回避ではない、己の身を脅かす障害を迎撃するための行動。

 参拾弐の刃。自立機動とはいえ、その調節の余波だけでも深刻。たらりと、悠斗の鼻から赤い血が流れた。


(最速に設定。目標補足。自動照準限界解除。目標離脱。補足。イ型とロ型の連携を規定。最速に設定。限界解除。警告無視。解除。解除、解除ッッッ!!)


 目が充血する。頭痛はとうに消えた。それでも、この人には届かない。あと一歩。能力じゃない。性能でもない。才能なわけでもない。


(俺は、何で今まで――)


 ぎりりと、悠斗は食いしばる。本気の出し方。何故それを、自分はもう少し学んでこなかったーー。


「上出来だ、ユート」


 そんな少年の後悔を、彼女は優しく包み込んだ。

 その笑みは、少年が知る彼女のもの。一瞬の、邂逅。墜ちてなお、変わらなかったもの。


「褒美だ。見せてやる」


 リスティは、ゆらりと剣の一本を鞘に仕舞う。

 そして、残った一本を握りしめた。


 初めて見せる、構え。アスカとの戦闘では、使う必要のなかったもの。


(何だっ。両手……?)


 初めて見るリスティの構えに、悠斗は警戒する。『双頭』のリスティ。それは、彼女の腰の二本の剣が故ではないのか。


「不思議か? 剣は、両手で握った方が強い。常識だ」


 彼女が話す、講義の声。その懐かしさに、悠斗は吸い込まれそうになる気持ちを立て直す。


(一本でも二本でも同じっ! 全力を出すだけっ!!)


 それでも、行く。元より行くしかない。何もかも劣る自分には、愚直さしか残されていない。


「気になるか? ならば何故、二本の剣を下げているかが」


 しかし、悠斗は見た。いつの間にかリスティの腰の鞘から、二本目の剣が消えているのを。


 ぞくりと、背中が震えた。


「単純な話だ」


 背後に、存在を感じる。


「一人一本使うからだよ」


 警報。悠斗の全身の毛が、一様に逆立った。自立機動。その補足を、最速で解除する。


「うそっ、だろ……」


 離れる。彼女からすれば止まってるも同じな足で、何とか戦況を視界に収める。


 ここまで単純な絶望があるのかと、悠斗は自らの目を疑った。


「いいぞユート。その顔だ」「その顔だけでいきそうだ」


 二人。端的に悠斗は目の前の光景を理解した。

 リスティが二人いる。


「よくやった。気持ちよかったよ」「でも終わりだ。そろそろ熱いのを出してくれ」


 違いがあるとすれば、その手に握る剣の形状。左右差を示す、柄の向きだけ。


 『双頭』のリスティ。トリシュリア王国が誇る、第4位。


 その二つ名の意味を、悠斗は初めて理解した。


「「そろそろいかせてく……」」


 ゆらりと、リスティが笑う。その妖艶な笑みに、悠斗は迷わず突撃した。

 衰えぬ、参拾弐の刃。その動きに、リスティは僅かに驚愕した。


「ユート……」「お前はっ」


 それがどうしたと、悠斗の瞳が叫ぶ。端から勝てるとは思っていない。届くとは思っていない。


 むしろ、悠斗の胸は誇らしさで満ちていた。


(どうだ俺ぇっ。これが、リスティ隊長だっ!!)


 退屈なんて、言わせない。手を抜けるなんて、思えない。


(アスカ様っ、隊長っ!! 見ててくださいっ!!)


 安心する。後を任せられる。そんな人が居てくれることが、これほどまでに身体を軽くさせるのかと悠斗は笑った。


「ユートッッ!!」


 後方からの叫び。分かってる。後で謝らないと。謝れるなら、いくらでも頭を下げる。


 ぶしゅっと、悠斗の鼻から血が吹き出した。目頭から溢れる流血。それでも、悠斗はリスティを見つめ続ける。


 ぷつりと、脳の何かが切れる音がした。


(構うかっ!!)


 参拾弐の刃。それを、二人のリスティにぶつける。ここに来て今までで最速。最高の軌跡を描く刃に、リスティは小さく唸った。


 それでも足りない。しかしそれは重々承知。


 届け。届け。届け、届け、届け届け届け届けーーーーッ!!


「「――ッ!?」」


 今度こそ本当に、リスティの目が驚愕に見開いた。

 光る。両の手。神域の能力。何もない自分に与えられた、奇跡の力。


 これで頑張らないなんて、嘘だ。


「『浮遊する壱拾六の戦女(ロスヴァイセ)』×4ッッッッ!!」


 切れる。何かが。脳細胞か、神経繊維か。はたまた、もっと他の大事な何かか。

 落ちる。顔が、意識が吹き飛びそうになる。それでも、悠斗は前へと顔を上げた。


 その顔を見て、リスティは息を呑む。彼女は、きっと初めて悠斗の笑顔を見つめた。


「あぁあああああああああああッッッ!!!!」


 六拾四の刃。己の限界はとうに越えている。アスカも含め、他の宝具を維持しながらの現界。悠斗の容量は、とっくの昔に崩壊していた。


「あっ、くっ! これはっ!?」「ははっ、何者だお前はっ!!」


 リスティの背に、ぞくぞくとした官能が駆けめぐる。

 この自分が防御に手を焼いている。その事実が、リスティの子宮をどうしようもなく揺さぶった。


「んっ、ふっ。んぅっ!!」「いいっ、いいぞユートっ!!」


 それでも、届かない。それでも、愉しまれているという事実。


 リスティの刃が、悠斗の胸元に触れる。

 くんと、切っ先が悠斗のネックレスを切り裂いた。


「ばれてないと思ったか?」「名残惜しいが、終わりだユート」


 踊るように、舞うように剣を振るうリスティを、悠斗はそれでも微笑みながら見つめた。


 空中に舞い上がったネックレスを、悠斗は何の躊躇もなく解除する。

 丁度いいと思えた。これで、容量が一つ空く。


 全ての自立機動を、一瞬だけ防御に専念。普段の四倍の負荷。悲鳴を上げる神経回路に、悠斗はそれでも笑顔を見せた。


 それはきっと、彼女の笑顔が、誉めてくれているように思えたから。

 だから、振り絞れる。あと一滴を。


(……これが、全力。俺の、全力――ですっ!!)


 にっこりと、悠斗は笑う。それが普段通りの笑顔であることに、熱を帯びたリスティは気づかない。


 覚えている。貴女と過ごしたあの時間を。


「これ、何だか分かりますか?」


 右手。そこに出現した羽根付きの帽子に、リスティは眉をひそめた。

 分かるわけはない。彼女は、この宝具を目にしていない。


 悠斗の中でも、至極の傑作。彼女にも通じた、神域の力。


 それはつまり、莫大なメモリ量。


「まだ、いけますよ」


 悠斗の肌から、血が滲む。爪の間、古傷。脆い場所が、音を立てて崩壊する。


「「なっ――ッ!!?」」


 そして届く。一瞬、一瞬の戸惑い。


 そこで、僅かな大気の流れから悠斗に向けて二刀を振るったリスティは、流石だと言えた。

 それを、『浮遊する六拾四の戦女』が全力で止める。


 防御できたのは、信頼していたからだ。彼女ならば、この宝具をも越えてくると。姿を眩ましただけで勝てるほど、悠斗の誇る近衛隊長は甘くない。


 真の目的は、第二の刃を隠すため。


 悠斗は、最期の一滴を振り絞る。倒れるわけにはいかない。意識を飛ばす訳にはいかない。


 全ては、彼女に届くため――!!


「がっ、ああああああっ!!」


 創世する。もう一つの神域。一振りの刃。

 限界なんて、振り返れば遙か彼方だ。


 悠斗の右手に出現した刃が、時空を切り裂く。びりびりと、目の前の空間と彼女を繋ぐ。無駄な時間なんてない。役目を終えた宝具が、ぼろぼろと端から崩れ落ちていく。


 鳴り響く警告音(アラーム)。今度ばかりは、無視できそうもない。それでも、それでも一歩でも先へ。


(後は、たの…みます。アス……カ、様……)


 消える。悠斗を守る宝具の全てが。『隠れ潜む道化師ハイド・アンド・シーク』。悠斗を包み込んでいた幻想が消えていく。そして、彼の自慢の『浮遊する六拾四の戦女』も。


 本当の、最期の一滴。絞りかすですらないものを、悠斗は振り絞った。


 突如身を露わにした悠斗。その無防備な姿に、リスティは警戒する。

 それは、初めて見せた彼女の集中。意識が悠斗一人に向けられた、六十分の一秒にも満たない時間。


 その行動を取ったのは、無意識だった。きっと、彼女にとっても予想外だっただろう。


「「……ユート?」」


 抱擁。悠斗は、リスティにその身を預けた。何の抵抗の術も持たない、ただの少年。リスティは、剣を振るうことも忘れて悠斗の横顔を見やる。


 その顔が、まるで頑張ったことを誉めてほしい子供のようで――。


 ついリスティは、悠斗をその腕で抱きしめた。


「「ユート……」」


 僅かな迷い。抱きしめるのに、邪魔だと感じてしまった剣。二人の意識が、一つになった瞬間。


 時空の狭間から、黒い刃が飛び出した。


「はぁあああああああああっ!!」


 不可視の扉。遙か後方にいるはずの彼女とこの場を繋ぐ、悠斗の残した最後の奇跡。


「「……ははっ」」


 恐らくそれでも、彼女ならば避けられたであろう。

 しかし、それには腕の中の少年が邪魔だった。


 最後に、参ったとリスティは笑い――。



 破魔の刃が、リスティの魂を斬り抜けた。


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