第18話 初めてのクエスト (5)
「……くっ!!」
悠斗は、全神経を両の手のひらの間に集中させていた。
リスティを助ける宝具。
それを、創りあげなくてはならない。
(素材。組成。骨格。ーーイメージは剣。物理強度無視。魔法強度最低限。概念は切断。されど切断能力を除外。例外を規定。例外規定を設定。ーー魔法・呪術・病魔・汚染、その他、……考えろ。全ての可能性を潰せ)
恐らく、チャンスは一度きり。その瞬間に後悔をしないために、悠斗は出来る限りを、持ちうる最速で実行していく。
(例外派生を規定。派生規定を設定。切断許可を規定。切断規定条件を設定ーー……)
ガンガンと頭が鳴り響く。耳鳴りが遠くなり、意識が持って行かれそうになる。
寸分の狂いも許されない。リスティの魂に傷を付けるわけにはいかない。
神域。それを自らの意志で踏み込むことの危険性が、悠斗の頭に警報を発する。能力の限界。妥協の通過。時間猶予の無視。様々な因子が、悠斗の能力から溢れ、悠斗の脳細胞に襲いかかる。
それら全てを意識の彼方に、悠斗はただただその奇跡の能力に今の全てを捧げた。
ーー ーー ーー
「でぇえやああああっ!!」
後方の悠斗から遠ざけるように、アスカは渾身の一撃をリスティへと振るった。大気をも切断する切れ味の剣が、リスティへと襲いかかる。
しかしその全てを、リスティは涼しげな顔で交わしていた。
「……ふむ」
アスカの目の前からリスティの姿が揺らぎ、気づけば背後へと通り過ぎている。振り返れば、そのときにはすでにその後ろだ。
りぃいいいんと、斬撃とは思えぬ清涼な音が響きわたった。
「都合、これで24合目。……どうやら、その鎧を切り裂くのは不可能らしいな」
手応えを感じぬ二刀の刃に、リスティは不思議そうに首を傾げる。それを見て、アスカは深く息を整えた。
(大丈夫。ユートの防具は、リスティ隊長にも有効だ。私は、ユートが戻るまで時間稼ぎに徹すればいい)
ちゃきりと緋剣を構え、アスカはリスティを見つめる。確かに強い。勝てる気はしない。だが、負けるつもりもアスカにはなかった。
(自分の力でないとはいえ、私の自慢は防御力。ダメージを与えられない隊長に対して、私は一撃当てるだけ。……大丈夫。いける)
この際、五体満足は問わない。悠斗は怒るだろうがと、アスカは緋剣の軌道をリスティの足に定める。
(機動力さえ奪えば……)
そんなことを考え終える前に、再びリスティがアスカの目の前を通過した。
「……んうっ……ッ!!?」
瞬間、アスカの右胸の先端に衝撃が走る。締まる連続した感触に、アスカは驚いて振り返った。
(どうして!? 甲冑着てるのにっ!?)
今度は慎重に間合いを取るアスカを、リスティはにたりと見やる。
「ふぅむ。甲冑の隙間を刺したはずだが。……ふふ、いいぞ。身体にも何か仕込んでいるな。その無敵の防御が、お前の第7位たる所以というわけだ」
絡みつく蛇のような笑顔に、アスカは背筋を震わした。
(リングがなかったら、今ので死んでたーーッ)
鼓動が早くなる。アスカは、恐怖をその身に感じていた。
死ぬかもしれない。
それは、自分がかつて当たり前に抱いていたもの。
(お、落ち着け。まだ隊長の攻撃は私に届いてなーー)
刃。目の前だった。そのまま、リスティの刃がアスカの眼球に突き刺さる。
「ほう。眼球も無理か」
仰け反ったアスカは、恐怖からリスティへと剣を振った。当然、当たるわけもなくリスティは小さく距離をとる。
(……目っ。よかった。リングの効果範囲っ)
きゅむきゅむと胸の先を締める感覚に、アスカは鼓動を跳ね上げさせた。どくどくと、冷や汗と共に自分の毛の穴が広がる。
(大丈夫。大丈夫。信じろ。ユートの宝具を信じろっ)
はぁはぁと呼吸を荒くさせアスカを、リスティがねとりと見つめた。ぺろりと舌を出すのは、今からどうしとめてやろうかという、捕食者としての快感だ。
「打撃、斬撃、共に無効か。眼球への例外もなし。……ふむ。流石だな」
さて、どうしてくれよう。そうリスティの瞳が囁いた気がして、アスカはじりりと一歩後ずさった。
「そうだなぁ。例えば……」
リスティの顔が、楽しそうに歪む。
(大丈夫っ。しっかりしろアスカっ! 勇者だろっ!)
そして、その顔に立ち向かうように、アスカは緋剣を強く握りしめた。
ぽきり。
「……捻りはどうだ?」
それでも、見えぬ動き。リスティの何度目かになるか分からない通過が、アスカの何かを捕らえた。
(って、痛いっ!? 痛い痛い痛い痛い痛いっ!!?)
何事だと、アスカが痛みの場所に視線を向ける。
左手。緋剣に添えているはずの小指が、あらぬ方向に曲がっていた。
(折れッ……て、ない。外れてるっ。でも痛い。捻られたっ)
それは、当然の帰結。
何処までを外傷で、何処までをそうでないかと決める、宝具の認識。
間接が動かなければ、剣は握れない。痛覚と触覚が完全に消えれば、人は満足に動けない。肌が凹まなければ、手先の器用さは振るえない。
それは、アスカが人として動けるための、最低限の常識。宝具の規定範囲外。
「なるほど。全てが通じぬというわけでもなさそうだ」
ねっとりとした視線。アスカは、ついに小さく悲鳴を上げた。
「窒息は、どうかな。試したことはあるか? まぁだがしかし……」
ーーまずは、剣を持てなくなって貰おうーー
そう、リスティの顔が笑い、アスカは心の中で叫びを上げた。
(……助けてっ)
それは勿論、とある少年に向けた叫び。
ーー ーー ーー
「お待たせしましたアスカ様ぁあああっ!!」
アスカの心が折れかけたとき、その声は後方から響きわたった。
「……むっ」
アスカの背後を高速で駆け抜ける、壱拾六の刃。リスティは、刃を振るいながら数歩後ろに後退する。その際、リスティは感心したように悠斗を見つめた。
「ユートぉ。こわ、怖かったよぉ」
「遅くなってすみません」
涙目で悠斗を見つめるアスカに、悠斗は一振りの黒い刀を差し出す。それを受け取ったアスカは、悠斗の顔を見て驚いた。
「僕じゃ、リスティ隊長に当てれません。アスカ様が使ってください」
「わ、わかった。……って、あんたその顔っ!?」
アスカの瞳には、目と鼻から流血している悠斗の顔が映っていた。アスカの声に、悠斗がぐいと袖で血を拭う。
「大丈夫です。ちょっと無理しましたけど。……その刀、使えますね?」
「そりゃあ、使えるけど。ほんとに大丈夫なの? て、てか、これどんな武器?」
二人の様子を窺うリスティを見ながら、悠斗は手短に説明した。
「それは『対魔剣』。呪いや病魔だけを切り裂く、破魔の剣です。肉体は切れないんで、思う存分ぶった切ってください」
「すごいっ。これなら隊長もっ! って、あんた何して……」
臨戦態勢の悠斗に、アスカが視線を向ける。アスカも、ここまでくれば悠斗を安全圏に避難させたい。悠斗は、アスカほどの防御を持っていないのだ。
「当てれば勝ちですが、あの人相手だとしんどいでしょう? 僕が何とかリスティ隊長の動きを止めます。その間に、アスカ様はそれをぶち当ててください」
きっと、悠斗はリスティを真っ直ぐに見つめた。話は終わりか?と、リスティが首を鳴らす。
そのリスティの目を見て、悠斗はぎりりと奥歯を噛みしめた。
「……隊長。稽古の続きを、受けにきました」
悠斗が両手を広げ、リスティが頬を染める。ぺろりと、リスティは我慢できないと悠斗を見やった。
「いいぞ。しよう。稽古とは言わん。もっと気持ちいいことをしよう。いかせてくれ、ユート」
悠斗の両手が、光を帯びる。