第17話 初めてのクエスト (4)
「でやあああっ!!」
裂帛の気合いと共に、アスカは緋剣を振りかざした。
勢いと共に足下に突き刺さった刀身が、さくりと地面を切り裂く。
「……えぇいっ!!」
バターのように大地を切り裂きながら、アスカは刃をリスティに向けて横薙ぎに放った。
「ほう。……なるほど。素晴らしい」
しかし、当たらない。アスカの緋剣は、リスティの褐色の肌まであと数ミリという距離で全てかわされていた。
そんなアスカの剣を眺めながら、リスティは楽しそうに身を動かす。
「剣技は、上等だが飛び抜けているわけでもない。呼吸法も足運びも、防御も攻撃も、ただの上等」
がつんと、リスティはアスカの甲冑に一撃を加えた。アスカも、元よりそれは気にしていない。ここだと、近づいたリスティに振りかぶる。
「だが、それでも素晴らしい。ここまで堅牢な剣士はそう居らん」
刃がすり抜ける。そうとしか表現できないリスティの身のこなしに、アスカはたまらず距離を取った。無理には追いかけず、リスティは愉しそうにアスカを舐めるように見つめる。
一度退いてきたアスカに、悠斗は近寄って声をかけた。
「あ、アスカ様。その剣で切りかかったら、リスティ隊長死んじゃ……」
「殺すのよっ!!」
アスカの叫びに、悠斗はびくりと身を震わす。そんな悠斗に、アスカは悲痛そうに声を絞り出した。
「ユート、よく聞いて。あれはもうリスティ隊長じゃないの。よく似てるけど、別人。半分、魔族化し始めてる。今はまだリスティ隊長の面影があるけど、それもいずれ消えるわ。そして、そうなったら私達の手には負えない」
あえて淡々と事実を述べるアスカに、呆然と悠斗は立ち尽くした。
「ああやって遊んでいるように見えるのも、きっと僅かに残ったリスティ隊長の意識のおかげよ。それが完全に消えて、化け物になっちゃう前に……私たちは、あの人を殺さないといけないの」
殺す。その一言が、悠斗の心に染み込んだ。
「殺、す? ……リスティ隊長を?」
何故だか、悠斗の頭にリスティとの思い出が蘇る。おかしい。自分はまだ、彼女とそんなにも同じ時間を生きていない。それに、彼女はまだーー。
「そうよ。殺すの。私たちで。……お願いユート、覚悟を決めて。私一人じゃ、届かない」
泣きそうな声で、アスカは悠斗に声をかける。アスカとて、殺したくはない。そのはずがない。リスティは、アスカにとってヒーローだったのだ。
それでもと、アスカは目の前の敵を凝視する。
(リスティ隊長が魔族化したら。そんなの、考えたくもない)
ぞくりとアスカの背中が震えた。想像する。恐らく、大災害に匹敵する被害が出るはずだ。自分も含め、止められる者などいるのだろうか。
(さ、させない。そんなこと)
きっと、アスカはゆっくりと近づいてくるリスティを睨む。今ならまだ、隙がある。この緋剣さえ当てれば、リスティを殺してあげられる。
「ユート。一緒に戦って。……リスティ隊長を、勇者のまま死なせてあげて」
懇願する。分かっている。アスカは今までの付き合いで理解していた。
悠斗は、弱い。
あれほどまでに反則的な能力を持ってなお、彼は弱い。
きっと、彼が悪いのではない。ただ、圧倒的に不足していた。
戦いの経験。死への意識。殺すことへの覚悟。
それが分かっていたから、自分が今までこの剣を握りしめてきたのだ。
けれど――
「お願い、ユート。リスティ隊長を……」
「嫌です」
はっきりとした、声が聞こえた。
それが、あまりにもはっきりとしていて、思わずアスカは悠斗へ振り返る。
リスティも、歩みを止めて悠斗を見つめた。
「リスティ隊長を殺すなんて、絶対に嫌ですっ」
悠斗は見つめる。リスティを、まっすぐに。まっすぐに。ただまっすぐに。
そして思う。改めて思う。
金髪に、褐色の肌。引き締まった筋肉。小さな胸。
あの少女を、悠斗は知っている。
「絶対に、嫌ですっ!!」
悠斗は、そう叫ぶと『浮遊する壱拾六の戦女』を解除した。理解できない行動に、アスカとリスティが目を見開く。
「アスカ様っ、時間をくださいっ! 必ず僕がなんとかしますっ!!」
悠斗は、後方に飛び退きながらアスカに告げる。
アスカは、悠斗が何をしようとしているかを理解した。
ここで、創ろうというのだ。リスティを助けるための宝具を。
それを察した瞬間、アスカの顔に生気が戻る。
悠斗の能力の詳細を知らないリスティは、悠斗の不可解な言動に眉をひそめた。
しかし、そこは歴戦の勇者。
未知数の驚異を感じ取り、リスティの瞳が悠斗を捕らえる。
「どっせぇえええいっ!!」
その視線を切り裂くように、アスカはリスティに切りかかった。
当たらなくてもいい。できるだけ悠斗から遠く。できるだけリスティの意識を自分に向けるように。
「……リスティ隊長。私は貴女に、絶対に負けません」
緋剣をリスティの鼻先に突き刺す。
みえみえのアスカの挑発に、それでもリスティは愉快そうに口を歪めた。
「ほう。面白い。……あたしを感じさせてくれるか?」
にたりと、リスティの興味がアスカに向かう。そしてアスカは気づく。この、呪いめいた闘争本能。勝負への渇望。どうしようもない程の飢え。これこそが、リスティの闇。汚されてなお自我を保つ、元来から持ち続けたもの。
(ここで止めないと、本当に手がつけられなくなる)
血と戦と惨劇。それを求め続ける、亡霊となるだろう。意識を磨耗してなお、剣を振り続ける魔物と化すのだ。
(そんなの、絶対にさせない。……ユート)
アスカは、ちらりと意識を後ろに向ける。彼は言った。絶対になんとかすると。
「あいつが、ああ言ってんのよ。ここできばらないで、何のための勇者よっ」
構える。アスカは、リスティと真っ直ぐに対峙した。距離を測り、斬撃の軌道を推し量る。
そんなアスカを見つめて、リスティは我慢できないように笑みを浮かべた。
「いいぞ。いい。……感じれそうだ」
アスカの目の前からリスティが消え、その瞬間、両者の戦いが始まった。