第15話 初めてのクエスト (2)
馬を走らせ、約半日。明け方に出発したにも関わらず、太陽はだいぶ傾いてきていた。
「ここが、最後に襲われた村ですか?」
リスティの腰に手を回しながら、悠斗がきょろきょろと辺りを見渡す。
喉かな農村。そんな雰囲気を醸し出しているが、明らかにおかしな感覚を悠斗は覚えた。
(人の気配が、全然しない……)
村には、つい先日まで人が生活していたであろう名残が、至る所に残っている。しかし、肝心の村人の存在がどこにも無かった。
家に籠もっているわけでもなさそうだと、悠斗は開けっ放しにされた民家の窓を見やる。
「分かってはいたが、全滅だな。血の痕も、食い散らかした跡もなし。……降りろユート。アスカもだ」
リステイが村の様子を一瞥した後、淡々と言い放つ。悠斗とタンデムしていたときとの声の変化に、悠斗とアスカは黙って従った。
「モンスターではないな。悪魔か、魔族か。どっちにしても知能がある」
じゃりと、リスティは村の地面を踏みしめる。とんとんと、準備運動のようにつま先で叩いた。
「ユート。あんたも、ちゃんとそれつけときなさいよ」
「わかってますよ」
悠斗の首から下げられたネックレスを、アスカが見つめる。自分の胸の先の存在をアスカも確かめてから、アスカは緋剣を鞘から抜いた。
「魔族か。……吸血鬼以来だね」
「そうですね」
アスカと悠斗は、数ヶ月前に戦った美麗な伯爵を思い出す。彼は確か、自分のことを魔界の貴族だと名乗っていた。
「あの人も強かったけど、今回はどうなのかな」
「大丈夫ですよ。隊長もいますし」
村の詮索を開始したリスティの後を、悠斗とアスカは付いていく。自然体なリスティとは違って、二人の鼓動は大きい。今までとは違った緊張が
漂っていた。
アスカは、吸血鬼との戦いを思い出して気持ちを整える。自らの血を自在に操り、刃として攻撃してくる強敵。一撃で倒したものの、それが可能だったのはアスカの防御が万全だったからだ。悠斗の防具なくしては、絶対に勝つことはできなかっただろう。
Aランク。自分が倒した相手の強さを確認して、アスカは深く息を吸った。まさか彼に感謝する日がこようとはと、アスカは少しだけ笑う。
「……ん? 居るな。気をつけろ」
アスカがぎゅっと緋剣を握りしめた瞬間、前を行くリスティがぽつりと呟いた。はっとしたアスカが顔を上げ、悠斗が右手を開閉する。
悠斗が『浮遊する壱拾六の戦女』を展開する一瞬。瞬きの間もないうちに、それらは悠斗たちに刃を向けていた。
「ーーッッ!?」
アスカが、驚愕として反応する。各々に一人ずつ、相手はどこから出現したのかも分からないスピードで刃を振るう。
そして、アスカは見てしまった。
その三人が、それぞれ勇者の格好をしているのを。
「なッ!?」
どうして。そう叫ぶ間もなく、アスカの身体が固まる。深く考える暇もないまま、アスカは一瞬戦意を閉じてしまった。
「馬鹿者」
一言。リスティの言葉がアスカの耳に届く。と同時に、三人の勇者の首と四肢がアスカの目の前で弾け飛んだ。
飛んでいく腕と首を、アスカと悠斗が目で追う。
どちゃりと、三人の胴体が地面へと崩れ落ちた。それでもまだ、かたかたとその身を振るわしている。
「あ、ありがとうございま……」
「礼はいい。術者が近くにいる。ネクロマンサー。いや、マリオネッターだな。魔力で紡いだ糸で操作するタイプだ」
リスティは、何もない空中を無造作に剣でなぞる。未だにかたかたと動こうとしていた胴体の動きが、完全に止まった。
「……うっ」
悠斗が、三人の躯を見て口を押さえる。当然だが、人の首が飛ぶところなど初めて見た。悠斗は、信じられないものを見る目でリスティを見つめる。
「……くく。そうか。死者を愚弄する手合いか。丁度いい。情が移ることもない」
そして、悠斗は小さく息を呑んだ。リスティの横顔が、見たこともないくらいに獰猛になっていたからだ。自分と戦ったときとも違う、本物の殺意に悠斗もアスカもびくりと身を震わせる。
「来るぞ。本体だ」
そして、リスティがにやりと笑って上を見上げた。悠斗もアスカも、即座に顔を上空に向ける。
「……ひっ」
小さい悲鳴は、アスカのもの。悠斗は、その悲鳴すら上げることが出来なかった。
蜘蛛。そのシルエットは、悠斗にそんな印象を抱かせた。
どこに隠れていたのだろうか。突如として三人の上空に飛び出してきた蜘蛛は、どのようにしてか上空でかさかさと三人を見下ろしていた。
村の上空に張り巡らされた、不可視の糸。それを張った張本人。
しかし、アスカの悲鳴の理由はそこにはない。
「……さすが。良い趣味だな」
リスティは、ぎりと奥歯を噛みしめた。顔は笑い、けれども瞳は収縮する。
死体を、無造作に縫い合わせたオブジェ。それが、歪な蜘蛛のシルエットとして悠斗達の目の前に存在していた。
男も、女も。老人も、子供も。皆、裸に剥かれその身を奇怪な体躯の、脚の一部にされている。
一〇〇人? それ以上? その大きさから人の数を計算するのを、アスカは無意識に止めた。
《ケバケバケバケバケバケバケバケバッッッッ!!》
鳴き声。それは、死体の隙間を空気が通ることで奏でられる、精一杯の彼らの泣き声であったのかもしれない。
そして、蜘蛛の頭部から不可視の糸が噴出された。
その数、一万本。見えているのであれば、それはもはや糸ではなく、何かの奔流に見えたことだろう。
命を吸い、その動きを止め、操る。単純にして、強力な能力。
死体に囲まれた胴体の中で、ネキュアラはその顔を愉悦に歪めた。
せっかく手に入れた、貴重の死体。それを補ってあまりある素材が、目の前に転がり込んできたのだから。
あの褐色の肌をどこに縫い合わそう
そう考えたとき、ネキュアラはすでに空中に放り出されていた。
「……は?」
身体に突き刺さる両刃。それよりも先にネキュアラの脳が認識したのは、バラバラに分解された自分の作品と、そこに居るはずの褐色の女が消えたという事実。
「せめて安らかに眠れ」
リスティの呟きは、ネキュアラに向けたものではないだろう。
しかしその言葉の意味を考える暇もなく、魔族七十二柱の一人『芸術家』ネキュアラの頭部と四肢は、村の上空で弾け飛んだ。