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第14話 初めてのクエスト (1)

「ちょ、ちょっとユート。どういうことよ? 何でリスティ隊長がいるのよ」


 前を行くリスティの褐色の背中を見やりながら、アスカはごにょごにょと悠斗の耳に囁いた。


「んー。話せば長いんですが。リスティ隊長と、だいぶ仲良くなりまして」

「……は?」


 うーんと、珍しく笑顔を崩す悠斗に、アスカも訳が分からないと困り顔だ。勿論、悠斗としても今の状況を上手く説明できる気もしない。


 結論からいうと、リスティ隊長は悠斗の(しもべ)になった。


 ただ。だからといって、大きく関係が変わったわけでもない。二人の間に、秘密の関係性が出来ただけだ。


『お前らの邪魔をする気はないが。ただ、少しはランキングは上げておけよ? せめて近衛隊の平均くらいにはなって貰わないと、逆に面倒ごとに巻き込まれるぞ』


 トレーニングの後、悠斗はリスティ隊長に昇位試験をそれでも勧められた。言われてみれば尤もな意見ではある。面倒くさがりの悠斗も、悩んだ末に首を縦に振った。


 そうして、ちょうど軍に依頼されていたクエストがあったため、こうして三人は現地へと足を運んでいるというわけだ。


『今回は、特別にあたしも同行しよう。二人とも、正規の依頼は初めてだろうからな』


 そう言われ、悠斗は結局断れきれなかった。ギルドのクエストと違い、国への報告など色々と面倒なことも多いので、頼もしいといえばそうなのだが。


「り、リスティ隊長よ。そ、双頭のリスティ。うわーうわー。サイン貰っちゃまずいかしら?」


 アスカの、この狼狽ぶりである。何回も会ってるし、話してるでしょうと悠斗はアスカを呆れたように見つめる。


「そうだけど。武装してるとこ、間近で見るのは初めてよ。ふあぁ、かっこいいなぁ」


 きらきらと、子供がヒーローを見つめる瞳でリスティを眺めているアスカに、まぁ仕方ないかと悠斗もリスティの褐色の背中に視線を移した。

 悠斗は、身を持ってリスティの強さを知っている。アスカにとっては、お伽噺に出てくる英雄みたいなものだろう。そして、リスティはその期待に応えるだけの実績と実力を持っているのだ。


「今回のクエストは、魔族の討伐だ。ランクはBランク相当。すでに三つの村が壊滅していて、討伐に向かった三〇〇位クラスの勇者三人が返り討ちに合っている」

「……え?」


 詳しい説明は道すがら行うとは聞いていたが、リスティは後ろの二人に唐突に今回のクエストの内容を説明し出す。不穏すぎる言葉に、アスカの顔が白くなった。


「そ、それって、まずいんじゃ?」

「勿論。最初の三人でしとめられなかったのは、我が軍の責任だ。そのせいで被害が拡大してしまった。本来なら二桁台の勇者を送り込むところだが、これ以上の失敗は許されない。そこでお前たちの出番というわけだ」


 リスティに振り向かれ、アスカがぎょっと自分を指さす。リスティが、何を今更という顔をアスカに向けた。


「二つ名を貰うというのは、そういうことだ。一桁台の勇者に、失敗は許されない。勇者の敗北は、そのまま正義の敗北であり、そして犠牲になるのは罪のない国民たちだ」


 リスティのあっけらかんとして言葉に、アスカの背筋が凍る。悠斗は、心配そうな顔を隠しながら、アスカを見つめた。


「……こ、今回も、そういう依頼なんですね?」

「敵の強さが未知数だからな。だが、心配するな。お前らだけでなく、あたしまで居る。これで何かあったら、それこそ国家の危機レベルだ」


 どこまでも通常運転なリスティに、アスカは恐怖を帯びた視線を向ける。悠斗も、ほんのりと右手の動きを確認した。


 そういう、世界なのだ。自分たちは、それが当たり前な世界に自ら飛び込んでしまった。


 それを自覚したアスカの額に、脂汗が滲み出る。

 今までアスカが上げた武功の中には、Aランク相当やSランク相当のものも勿論含まれている。しかしそれは、アスカたちが勝手に首を突っ込んで勝手に上げたものであり、そこには責任は存在しない。


(わ、私の敗北で、国の人たちが……)


 本当に今更ながらに、『緋天』の二文字の重さを理解し始めたアスカは、重圧に押しつぶされそうになった。

 それを見たリスティが、ふむと唇に手を当てる。


「ま、そう考え込むなアスカ。我々は命を賭けている。なら、全力を尽くせばいい。それで駄目だったときは、仕方ないさ」

「そういうものでしょうか?」


 リスティのアドバイスに、アスカが不安そうに声を震わした。どこまでも自然体なリスティは、そんなものだとアスカに諭す。


「救えぬ命も、救える命も、どちらも存在する。気にするなとは言わん。だが背負い込みすぎるな。いっそのこと、軽く考えろ。救えた命の輝きを、自ら曇らせてはならん」

「……はい」


 かちゃかちゃと甲冑を揺らしながら歩く二人の背中を、悠斗は黙って見つめていた。自分の右手に視線を移し、それでも悠斗は自嘲気味に笑う。


「……と、ところで。ちょっと、聞きたいことがあるんだが」

「え? はい。なんですか?」


 ちらりと後ろの悠斗を見やり、リスティがアスカに向かって声を潜めた。突然始まった内緒話に、アスカもリスティに合わせて少し身を屈める。


「そ、その。……お前とユートは、あれだ。その。……恋仲なのか?」

「ぶッ!?」


 予想外すぎるリスティの言葉に、アスカが思わず吹き出した。後ろで、何を話してるんだろうと悠斗が首を傾げる。


(な、ななな。何を言ってるんですか!? そ、そんなわけないじゃないですか!?)

(何だ、違うのか?)


 顔を真っ赤にして静かに怒るアスカに、リスティが意外そうに顔を向けた。アスカは、尚も続けて否定した。


(ゆ、ユートとは相棒っていうか、ただの仕事上のパートナーで。こ、恋人とか、恋愛とかじゃないですからっ!)


 ぶんぶんと首を振るアスカに、リスティの視線が真っ直ぐに突き刺さる。そして、リスティはぽつりと呟いた。


「そっか。……違うのか」


 その顔が少しだけ嬉しそうで、アスカは何か得体の知れない違和感を覚える。


「えと、リスティ隊長? その、なんでまた?」

「ん? いや、気にするな。気になっただけだ。これ以上、詮索するつもりはないよ」


 ふふっと笑うリスティの顔が柔らかくて、アスカはどきりとしたものを胸に感じた。なんだろうと、背中を嫌な汗が流れる。


「ユート。目的の村までは遠い。途中の村で馬を借りるぞ。お前、乗馬は出来るか?」

「え、そうなんですか? ……どうしましょう。やったことないです」


 とんとんと、後ろの悠斗の隣に並んだリスティの言葉に、悠斗は困った顔を向けた。この世界の戦士には必須能力だろうが、悠斗は乗馬などしたことはない。宝具でなんとかと思ったが、ストックに長時間耐えられそうなものもなかった。


「そうか。それなら仕方ないな」


 悠斗の表情に、リスティは嬉しそうに手を叩く。悠斗は、意味が分からずにリスティを見つめた。





 ーー ーー ーー





 平原を、馬の蹄の音が鳴り響く。


「ははっ。どうだユート、初めての馬はっ!!」


 その音に、楽しそうなリスティの声が混じっていた。


「わわっ。ちょ、ちょっと隊長っ」


 二頭の馬は、見渡す限りの平原を快調に飛ばしていく。

 悠斗は、振り落とされないようにぎゅっとしがみついた。


「あっ。……ふふ。だめだぞ。そういうのは、帰ってからにしてくれ」

「い、いや。そういうつもりじゃ」


 抱きしめたとき、悠斗の手が胸に当たり、リスティが小さく声を上げる。悠斗は、慌てて手を下に回した。


「ひゃんっ。……もう。聞き分けのない奴だな」

「す、すみません。いや、本当にそういうつもりじゃ」


 悠斗の手が今度は下がりすぎ、リスティの剥き出しのお腹を撫でる。くすぐったそうに身をよじるリスティの声に、悠斗はつい謝ってしまった。


 正直、悠斗の心臓はばくばくだ。こんなに女の子に密着したことなど、今までない。リスティの肌が想像以上にすべすべしていて、その気持ちよさに悠斗は思わず顔を赤らめる。


 幸いその鼓動も顔も、前で馬を駆るリスティには届かない。


(……なにあれ?)


 そんな二人の少し後方を、アスカは苛々としながら追いかけていた。

 じぃと、リスティにしがみつく悠斗を見つめる。


(……くっつきすぎじゃない? あれ)


 アスカは、ぷくうと頬を膨らました。

 何故だかは分からないが、前の二人を見ると異様に苛々する。


(仲良くなったって。い、いつのまに。……な、なによあれっ)


 胸がざわつく。アスカは、ぎりりと奥歯を噛みしめた。

 そして、その意味するところを思い描き、ぶんぶんと首を振る。


(って、いやいやっ! な、何考えてんの私っ。あの二人が仲良くなるのは、いいことじゃないっ。べ、別に私には関係ないんだからっ)


 きっと、アスカは前を見据えた。関係ないと、もう一度念じる。


「はいやぁっ!!」


 何かを振り払うように、アスカは手綱を強く握りしめた。




 

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