第12話 褐色勇者は姫様の夢を見る (2)
「お、お前。どうして、あたしの部屋にっ」
ふるふると、リスティは震える指先で悠斗を指さした。その先の悠斗は、どうもと頭を下げて一礼する。
「いやぁ。楽しませてもらいました」
「ーーふっ!? み、見てたのかっ!!?」
悠斗の笑顔と言葉に、リスティの肩が飛び跳ねた。そりゃあ、見てるに決まってるでしょうと悠斗はリスティに微笑みかける。
「そうですね。部屋に入った瞬間に、姫様のローブの匂いを嗅ぎだした辺りから」
「ーーッ!? ぜ、全部じゃないか」
リスティの表情が、羞恥か怒りかその両方か。とにかく真っ赤に燃え上がる。
「どうやって入ったかは今更聞かん。何が目的だ? ……まさか、暗殺とは言うまいな?」
かちゃりと、リスティは剣を握る手に力を入れた。悠斗にも分かる。ここで、冗談でも「はいそうです」と答えた瞬間、自分の首は胴体と分離される。防御宝具を身につけてなお、そう直感出来た。
「まさか。それをするなら、話しかけたりしませんよ。言ったでしょう? 話をしにきたんです」
悠斗の声に、リスティが剣を下ろす。しかし、微塵も気を抜いていない眼光に、悠斗はごくりと唾を飲んだ。
「何だ? 脅迫か。言っておくが、王家に仇なす敵に、私は交渉などと悠長な……」
「リスティ隊長を僕にください」
睨みつけるリスティの時が、止まる。
「……へ?」
「ですから。リスティ隊長が欲しいんです」
にこりと笑う悠斗に、リスティの顔からようやく殺気が消え去った。
「は、はぁ? お、お前、何言って」
「これからリスティ隊長を脅すわけですけど。要求は、リスティ隊長です。王家とか、姫様とか、僕にはどうでもいいんで」
じぃと、悠斗はリスティの身体を見つめる。引き締まった筋肉。健康な褐色の肌。それでいて、きちんと女性としての柔らかさを感じさせる。
「さっきのこと黙っておいてあげますから、僕の玩具になってくれませんか?」
「お、おもっ。は、はぁ!?」
悠斗の言葉に、リスティがたまらず声を上げた。実は悠斗の鼓動もばくばくだ。このような形とはいえ、女性へ告白など初めてした。
「……お、お前。ちょ、ちょっと見直したと思ったら。どういうことだ、これは?」
リスティが、困ったように視線を下に向ける。悠斗の真意を測りかねているようだ。
「言った通り、そのままの意味ですよ。リスティ隊長が言うこと聞いてくれるなら、色々と楽しいだろうなぁって」
正直、半分以上本当である。このまま、余計な口を自分とアスカに出さないこと。あとは少々、自分たちが快適に暮らせていけるように立ち回ってくれればそれでいい。
勿論、リスティの身体が魅力的でないと言えば嘘になるが。
「はは。そうか、そういう奴だったか。アスカも何か……いや、アスカは違うか。どっちにしろ、馬鹿かお前は。言いたいなら、好きなだけ言いふらすがいい。お前の妄言など、誰も耳を貸しはしないぞ」
リスティは、呆れたように悠斗を見つめた。開き直ったその態度は、どうせ何も出来はしないとたかをくくっている。
確かに、先ほどのリスティの痴態を誰かに話したところで、誰も信じてはくれないだろう。目の前にした悠斗でさえ、すぐには信じられなかったのだ。
「そうですか。では、皆に聞かせますね」
「ああ、好きにするといい。せいぜい、あたしのファンに殺されんようにな」
にたりと笑うリスティに、悠斗はポケットの中からスリムフォンを取り出した。何だそれはと眉をひそめるリスティの前で、画面の再生ボタンをタップする。
『ひ、姫さまぁ』
部屋に、リスティの嬌声が響きわたった。リスティの顔が、ぼっと紅く染まる。
「な、ななな……あ、あたしの声……」
わなわなと震えるリスティの耳に、先ほどの光景がリプレイされた。
「声だけじゃないですよ。ほら。あーあ、こんなにお尻振って」
「ぎゃああああああっ!!」
くねくねと揺れ動く自分の褐色の尻に、リスティの声から余裕が消える。
「何だそれはっ! や、やめろっ!!」
「ほら。そろそろ隊長の名演技の時間ですよ」
「へ?」
パニックになるリスティに、悠斗はにやりと音量を上げた。より大きさを増したリスティの声が、部屋に響いていく。
『申し訳ありません姫様ぁ。『ふふ、いいのよリスティ。ほら、足を広げなさい』ああ、だめ。だめです、姫様ぁ』
自分の裏声を聞いた瞬間、リスティの顔から血の気が引いた。悠斗からスリムフォンを奪うのも忘れ、呆然とした表情で、初めて聞く自分の声を鼓膜に感じている。
『ふっ、ふあっ。ああっ。『あら、リスティ。本当に貴方は駄目騎士ね。私でこんなにしているなんて』う、ああ。申し訳ございませんんっ』
敬愛する姫様の真似事を客観的に聞いて、リスティの忠信にぴきりとヒビが入った。自分がしていたことが、リスティの心を黒く蝕んでいく。
「確か、トリシュリア王国騎士の心得ですか? えーと、この前貰ったんですよ。ああ、あった。十四条ですね。王国騎士たる者、王家の者の偽りの姿を妄想し、口にすることなかれ。あーあ、こりゃ打ち首獄門ですね」
「――ッ!? それはっ!!」
びくりと、リスティの身が震えた。悠斗は、しめたとリスティに心得手帳を見せつける。
「違うっていうんですか? なるほどぉ。この姫様の真似は、真実だと。そういうことですね?」
「う、うぅ。ち、ちがっ。違う。……違い、ます」
涙目でリスティは、弱々しい声で呟いた。悠斗は、普段と違うリスティの顔に、思わずどきりと鼓動を揺らす。
もう必要ないかと、悠斗はポケットから取り出すふりをして、一つの宝具を出現させる。
小さいナイフながら、悠斗が入念に設定を施した神域の宝具。
『時空剣』
いきなりナイフを取り出した悠斗に、ぴくりとリスティが警戒する、それに大丈夫ですよと笑いかけながら、悠斗は空間を時空剣でなぞった。
時空剣の切っ先が触れた空間が、ぺりぺりと音を立てて切り開かれる。その様子を、リスティは驚いた目で見つめた。
そして、悠斗はその切れ目にスリムフォンを放り込む。リスティがあっと小さく声を上げ、その間に時空の切れ目は塞がっていた。
「証拠は、とあるところに送っときました。僕に何かあれば、町中に広がるのでそのつもりで」
にこりと、リスティを悠斗は見つめる。勿論、嘘だ。接続先は悠斗の工房の机の上。悠斗が死ねば、リスティの秘密は永遠に秘匿される。
「えーと。皆に話していいんでしたっけ?」
「ーーッ!? だ、だめっ」
悠斗の言葉に、リスティはぎゅっと悠斗の袖を掴んだ。リスティの可愛い声に、悠斗の心が少し揺らぐ。
「お、お願いだ。黙っててくれ。ひ、姫様に嫌われてしまう」
悲痛そうなリスティの瞳には、恐怖がありありと見て取れた。それは、他の何よりも信愛している人へ、自分の裏切りがばれてしまうことの恐怖。
「なんでもする。なんでもしていいからっ。ひ、姫様にだけはっ」
「……なんでも?」
リスティの声に、悠斗が反応する。
恥ずかしそうに、リスティはこくりと頷いた。