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第10話 世界の勇者と不思議な宝具 (5)


「勇者アスカよ。貴方のトリシュリア王国への忠信と成果を讃え、『緋天』の称号を授けます。これからも貴方とトリシュリアに、聖なる加護があらんことを」

「は、はひっ! あ、ありがとうございましゅっ!!」


 壇上のアスカを見て、悠斗はあちゃあと頭を抱えた。


『ついに明日は称号の授与式よっ! 姫様の前で粗相があったらいけないわ。あんたも練習に付き合いなさいっ!』


 そう言って、アスカの練習に付き合ったのが昨晩の夜。朝方まで続いた特訓は、まるで意味を成さなかったようだ。

 身体はカチコチ。流石に右手と右足は同時に出てはいなかったが、口元は完全に噛み噛みである。


 しかし、嬉しそうに王女から賞状を受け取るアスカの顔を見て、まぁいいかと悠斗は笑顔を崩すのだった。





 ーー ーー ーー





「ふ、ふふふふ。ひ、緋天。か、かっこいい。……えへへへ、『緋天』のアスカ。へへ」


 ぼたぼたと右手のスプーンからシチューがこぼれていくのを見て、悠斗とサシャが苦笑しつつアスカを見つめる。


「な、何というか。奥様は、今日は一段と……」

「はっきり言っちゃっていいよサシャさん。今日は一段と、お間抜けでいらっしゃいますねって」


 ずずずっとシチューを口に入れる悠斗に、サシャは「いえ、そんなことは」と慌てて首を振った。

 虚空を見つめて涎を垂らしているアスカを見て、はぁと悠斗は溜息をつく。


 称号を賜ってから、アスカは一日中こんな感じだった。にへにへと締まりのない顔で、緋天緋天と呟いている。


「そんなに二つ名って嬉しいものなの?」

「え? いや、すみません。わたしのような身分の者には。勇者様というだけで、とんでもないお方達なので。ユート様の方が、お分かりになられるのでは?」


 悠斗の疑問に、目の前のサシャが応えた。こうして夕食をメイドと共に取るのは珍しいらしく、サシャを誘ったときは驚かれたが、悠斗からすれば作ってくれた人が食べられないと言う方がおかしい。


「うーん。僕、あんまりそういうの興味ないんですよ。どうせ僕が貰えるようなものでもないですし」


 悠斗の言葉に、サシャがどう応えたらよいかと困った顔をする。サシャにとっては、先ほどの言葉の通りに悠斗も高嶺の勇者だ。しかし一介のメイドとて、908位と7位の差の中に色々なものが存在するだろうことは容易に想像出来る。


「あっ。気にしないで。僕は、今のランキングに満足してるから。ごめんね、気を使わせちゃって」

「い、いえ。こちらこそ、出過ぎた考えをっ」


 サシャは、悠斗の謝罪にびっくりしたように頭を下げた。

 この家に雇われて一ヶ月。まだサシャは、悠斗やアスカに対してどこかぎこちない。雇い主と使用人の関係なのだから、当たり前と言えば当たり前だが。悠斗は少しだけ居心地の悪さを感じていた。


「……もぐもぐ」


 先ほどの空気を消すためか、黙々とシチューを口に運ぶサシャを見つめ、悠斗はふむと唸る。


 よくよく見ると、サシャはサシャで中々の美少女だ。アスカやリスティのような、振り返るようなインパクトはないが、その清楚な雰囲気と優しげな表情は男にはぐっとくるものがある。


(何より、……大きいし)


 ちらりと、悠斗はサシャの胸元を見下ろした。アスカも大きいが、サシャはその上をいく大きさだ。俗に言う、巨乳ちゃんである。今なんかも重いのか、二つの膨らみをよいしょとテーブルの上に乗せていた。


(顔も、可愛いし)


 視線を少し上げ、悠斗はサシャの肩までの黒髪を眺める。この世界に来てから、綺麗な黒髪は珍しい。見ていると、何だか懐かしい気持ちがして悠斗はサシャの黒髪が気に入っていた。


「んっ。……はむっ。じゅっ、ずっ」


 一生懸命シチューを啜るサシャの口元を見て、悠斗は思わず顔をにやけさせる。柔らかそうな健康な唇が、食事のおかげか濡れていた。


(って、いかんいかん。いかんぞ悠斗)


 軽く首を振り、自分の煩悩を退散させる。しかし、サシャが可愛いのは事実なわけで。悠斗としては、そんな女の子とは是非とも仲良くしたいところだ。こう、いつまでもギクシャクとした上下関係は、何となく寂しい。


(何か、仲良くなれる方法があればいいんだけど)


 自分のそんな考えに、悠斗は何だか可笑しくなる。それが簡単に思い浮かんで実行できていれば、自分はここには居ないかも知れないのだ。


(結局、どこに来ようが一緒なのね、俺って)


 自嘲気味に笑って、悠斗はシチューの中身を口に運んだ。





 ーー ーー ーー





「はっ? リスティ隊長がですか?」


 数日後、悠斗はトリシュリア城に向かう道中、アスカに向かって振り向いた。


「そうなのよ。どうもあんたに、昇位試験を受けさせるつもりみたい」

「昇位試験?」


 何やら不穏な単語に、悠斗は眉を寄せる。アスカも、困ったように首輪のタグを指でいじった。


「言ってしまえば、依頼よ依頼。ただ、ギルドからのものじゃなくて、国からの直々のクエスト。その中でも、こなせば確実にランキングを上げることの出来るものを、そう呼ぶのよ」


 アスカの説明に、なるほどと悠斗は頷く。つまりは、リスティは悠斗の勇者ランキングを上げようとしているのだ。


「あんたなら、二桁には楽に行けるはずだって。にこにこ笑いながら話しかけられたわ。……あんた、リスティ隊長と何かあった?」


 じとりと疑いの眼差しを向けるアスカに、悠斗はあははと頬を掻く。


「はは、何と言いますか。……普通に一戦交えました」


 悠斗の言葉に、アスカの顔が飛び上がった。


「は、はぁあああ!? い、一戦って!? はぁああああ!!?」

「そ、そんな怒らないで下さいよ。鍛えてくれるって言うんで。いい機会だし、つい……」


 流石に申し訳なさそうな顔を見せる悠斗に、アスカは心の底から溜息をつく。悠斗の行動には今までも手を焼かされてきたが、今回ばかりは意味が分からないと沈み込んだ。


「あ、あんたが実力隠すって言ったんでしょうが」

「そうなんですけどね。あれだけの人なら、言うこと聞いて貰えるようになったら便利だなって。欲目が……」


 悠斗の言葉に、アスカの耳がぴくりと震える。そういえばと、アスカは不安と期待が入り交じった顔で悠斗を覗き込んだ。


「……か、勝ったの?」


 じぃと、悠斗の瞳をアスカは見つめる。喉が急速に乾いて、アスカは空気を呑み込んだ。


「負けちゃいました。あれ、やばいですよ。化け物です」


 そんなアスカの視線に、悠斗は両手を広げて首を振る。爽やかに、アスカの顔をにこりと見つめた。


「そ、そう。負け、たんだ。……そ、そっか。あんたが。……あんたでも、か」


 アスカは、呟きながら視線を外す。アスカの表情には、喜びと、不安と、微かな悲しみが含まれていた。

 その複雑な表情の意味を、何となく察して悠斗は黙る。


「……つよ、かった?」

「そうですね。剣すら抜いて貰えませんでしたよ」


 悠斗の言葉に、アスカの表情が固まった。アスカの胸に、『緋天』の二文字がこれまでとは違う重さでのしかかる。

 アスカが動きを止めたのを見て、悠斗はおもむろに呟いた。


「まぁ、お互いに本気じゃないですけどね。僕は宝具一つしか使ってませんし」

「あ、そ、そうなんだ。そりゃそうよね。びっくりさせないでよ」


 アスカは、悠斗の呟きにほっと胸をなで下ろす。その顔に、悠斗はじっと前を見つめた。


 悠斗も、先の敗北が全てとは思っていない。言ってしまえばあれは、悠斗の敗北というよりも『浮遊する壱拾六の戦女』の敗北だ。

 しかし、あれほどとは考えていなかったのも事実である。これで十分だと考えていた程の、とっておきの宝具。それが、ああまで見事に完敗したのだ。あれは正しく敗北だと、悠斗はぐっと右手を握りしめた。


「安心して下さい。次やれば、僕が勝ちますよ」


 珍しく好戦的な悠斗の言葉に、アスカが意外そうに振り向く。


「い、いや。というか、もう戦わないでよ」


 もっともなアスカの意見に、悠斗はふむと顎に手を当てた。

 しかし、悠斗の頭に先ほどの話が思い浮かぶ。


(リスティ隊長。……ちょっと邪魔だなぁ)


 アスカの硬くなった顔を見て、悠斗はぽつりと考えるのだった。


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