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七の夕月   作者: サTo
7/17

小望月

なな夕月せきげつ




「あんた、なんで死んでるの?」

獅堂要の無機質な表情から放たれた衝撃の言葉に、白鳥衣緒奈は固まってしまった。

が、直ぐに持ち直し、頭をぶんぶんふって頭を覚醒させる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。私が死んでる?こうしてあんたと話してるし、足だってほら、ちゃんとあるじゃない!」

そう言うと衣緒奈は自分の足をぽんぽんと触った。

「そ、だからこそ自分が死んだ事に気付かない霊がいるのよ。ちなみにあの・・・鮎だっけ?あの鮎って娘にもちゃんと足があるから」

まるで衣緒奈が死んでしまったことを気にも止めないような様子で淡々と答える要。

「それになんだっけ?今日その鮎って幽霊が見えたんでしょ?」

そういわれて衣緒奈はハッとする。

確かに今日、校門に入っていく冬馬とその隣で楽しそうに談笑していた可愛い女の子を見ている。

衣緒奈はそれを無意識のうちにあゆむだと理解していたのだ。

「じゃ、じゃあ本当に私は・・・」

突きつけられた現実によろよろと後ずさる衣緒奈。

その時、

「大変!さっきそこで委員長が事故に遭ったんだって!」

一人の生徒が教室に駆け込むと同時に、全員に聞こえる様に大きな声で言った。

その言葉に教室中がざわめきだす。

それと同時に衣緒奈自身にも、自分も死が事実だという現実が突きつけられのだった。

力なくへたり込む衣緒奈。

「で、委員長は大丈夫なのかよ!」

「なんでも怪我は軽いものの、意識が戻らないって」

「なんだ。ただ仮死状態で魂が抜けただけか」

教室がざわめく中、要は無表情のまま軽くため息をついた。

「へ?」

 事故と言われたので、かなりの怪我を予想していた衣緒奈だったが、軽い怪我だと聞かされ気が抜けたかのようになってしまった。

「理解したならさっさと体に戻りなさい。あまり長く体から出てると戻れなくなっちゃうわよ」

「い、生き返れるの?」

驚きの表情のまま要に尋ねる衣緒奈に、要はあくまでも淡々と返す。

「そう、ただの仮死状態。まあ現に今魂が抜けてる訳だから病院では正式な死と判断されてるかもしれないわね。そういう意味でも早く戻った方が良いわよ」

その言葉に、衣緒奈は安堵のため息を大きくついた。

「よかったー。確かさっきって言ってたから、まだ間に合うわよね。で、私が搬送された病院ってどこ?」

そう聞かれても、今ようやく現状が把握出来た要が知るはずもない。

「さあ?さっきあなたの事話してた子にでも聞きなさいよ」

「いやいや、私幽霊なんでしょ?聞けるわけないじゃない。それともまさかあの子も霊能力者とか?」

要はぶんぶんと首を振ると、

「めんどくさ・・・」

そう呟いて言葉どおりめんどくさそうに席から立ち上がり、衣緒奈のことを話しこんでいるクラスメイトのところへ行こうとする。

「って、そうだ!私幽霊なんだ!」

そんな要を横目で追っていた衣緒奈は、いきなりそう叫び声を上げると、天井をすり抜けて教室を出て行ってしまった。

「病院の場所まだ聞いてないのに・・・」

要は衣緒奈が消えていった天上をため息をつきながら眺める。

「まったく、幽霊満喫し過ぎ。自分の状況わかってるのかしら」

要は再び大きなため息をつくと、衣緒奈の情報を持ってきたクラスメイトから、衣緒奈が運ばれた病院を聞き出すのだった。




小望月こもちづき




時を同じくして大鷹冬馬は屋上で寝転がっていた。

「ちょっと冬馬くん、授業出んでええの?そろそろ始まってまうで?」

そろそろ一限目がはじまろうというのに全く動こうとしない冬馬に琴平あゆむは尋ねる。

「今日の一限目の授業はいいんだよ。あの教科はまだ出席日数も足りてるし」

「だからってサボってたら衣緒奈ちゃんに怒られてまうんやないの?」

やる気のない冬馬をあゆむが叱ろうとした瞬間。

「その通り!出席日数足りてるからって授業にでないと、分からないところがでてくるでしょうが!」

地面からすっ浮かび上がってきた衣緒奈が、叫びと共に冬馬を指差した。

「い、衣緒奈ちゃん!?」

「は?白鳥?」

 いきなり衣緒奈が現れたことで驚きの声を上げるあゆむ。

あゆむしか幽霊を見ることの出来ない冬馬には、床から浮かび上がってきた衣緒奈が見えていなかった。

訳がわからず辺りをきょろきょろ見回す冬馬。

そして、同属の幽霊であるあゆむは、衣緒奈が幽霊であることを知り、驚きのと不安の表情で衣緒奈に駆け寄った。

「い、衣緒奈ちゃん・・・、なんで幽霊に?」

「ああ、心配しなくても大丈夫よ。なんか魂抜けただけらしいし。それより・・・」

衣緒奈はあゆむの不安を取り除く為にそれだけ返すと、黙り込んであゆむの全身をじっくりと凝視した。

(姿を見るのは初めてだけど、これは・・・)

衣緒奈の目からも可愛いと思える整った顔立ち、身長は同じくらいだが、スタイルはかなり良く、圧倒的に胸のボリュームが自分のそれと違っていた。

「あゆむちゃんかなり可愛いじゃない・・・それに胸も大きいし・・・」

衣緒奈は自分の小さい胸に手を置くと、あゆむの胸を見ながら大きくため息をつく。

「い、衣緒奈ちゃん!?」

そんな衣緒奈を見て、胸を見られていることを知ったあゆむは、恥ずかしそうに手で胸を隠した。

「おい、あゆむ!白鳥が幽霊ってどういうことだよ?」

そんな二人の間に冬馬が入ってくる。

「せや、衣緒奈ちゃん!ウチの胸なんてどうでもええねん!それより魂抜けるだけっていっても危ない状態やないの?」

冬馬の言葉にゆっくり話している余裕は無いのではないかと思ったあゆむは衣緒奈に詰め寄る。

「いや~それが意識不明ってことしか知らないのよね」

「胸?魂抜ける?どういうことだよ」

衣緒奈は恥ずかしそうに笑い、冬馬は状況に追いつけずあゆむに聞こうとするが、完全に無視されてしまっていた。

「いや!笑ってる状況やないて!」

「おいおいなにがどうなってんだよ。分かるように説明してくれよ」

バンッ!

その時、三人のいる屋上が勢いよく開かれた。

「やっぱりここに居たのね」

「獅堂?」

現れた要はあゆむと冬馬に目もくれず、まっすぐ衣緒奈のところまで歩み寄ってくる。

「第二総合病院」

そしていつものごとく無表情でそう言い放った。

「え?」

「あんたが運び込まれたところ。さっさと戻ってきなさい」

「おいおい、それってマジに白鳥が死んだって事か??」

しかし要は質問する冬馬を無視して、衣緒奈に病院へ戻るように促した。

「鮎の姿も見れて満足でしょ?ほら」

「あーはいはい、わかりました。戻ってきます」

要の押しに負けた衣緒奈は残念そうにそう答えると、フラフラと浮遊して病院の方角へ向かって行った。

冬馬は完全に置いてけぼりをくらった状態になってしまう。

「白鳥のやつ、普段こんな立場でお前と話してたのか・・・」

「え?」

常日頃人を避けている冬馬だったが、自分が居ないかのように話が進む事は流石に辛いものがある。

それにかなり特殊な状態だが、一人話しに付いて行きづらいということが、ここまで面倒で寂しいこととは思わなかった。

「いや今の俺の位置、普段のあいつと一緒だからだ。なんであいつはここまでめんどくさい環境であゆむと話したがるんだろうな」

「ずっと幽霊が見たいっていってたから」

要が衣緒奈のいってしまった方向を見ながら呟く。

「そ、それはそうと衣緒奈ちゃん、ちゃんと戻れるよね?」

 あゆむも衣緒奈の飛んでいった方を心配そうに見つめていた。

「ま、鳥の魂が抜けてそれほど経ってないから戻れるんじゃない?」

キーンコーンカーンコーン!

その言葉と同時に一時間目を告げるチャイムがなる。

「あ~、授業始まってもうたやん」

「まあいいじゃない。鷹はいつもサボってるんだし」

「鷹?」

「あれのことよ」

要は冬馬を指差した。

「あれってひでぇな」

「それよりこんなとこでサボるのもなんだし、ウチの部室に来る?お茶くらいださせるわよ?」

冬馬はこの言葉に驚きを隠せなかった。

要は冬馬と同じくらい人付き合いが悪い。

正直衣緒奈のおかげで何とか数人とやっていけているレベルのはずなのだ。

「お前にしては珍しいじゃねえか」

「たまには部員の世話もしないと。それに幽霊と普通に会話するのも久しぶりだし」

「久しぶり?」

 要に気になる言葉を聞き返すあゆむ。

「大抵説教か強制成仏だから。鮎は悪いものでもないし、たまにはね」

要の表情はいつもと変わらないが、あゆむは嬉しそうだなと感じた。

「つかちょっとまて、部員ってどういうことだ?」

冬馬も要の発言に疑問をもったのか、いぶかしげに要を見る。

「あんたオカ研の部員だから」

「はあ!?そんな話聞いてねえぞ!」

しれっと答える要と、驚きの事実に声を荒げる冬馬。

「うるさい。ただ名前借りてるだけなんだしいいでしょ?無理にでも部員つくらないと廃部になるんだし。それに別に強制参加の部でもないから、部活してないあんたなら問題ないじゃない」

確かにそうではあるが、自分の知らないところで部活にいれられていたのだから、冬馬が納得出来るわけもなかった。

「ま、どうでもいいこと話してないで、さっさといきましょ」

要はそういうと、さっさと屋上の出口に向かって歩きながら携帯でどこかに電話をかけた。

「以外に強引なんだな」

冬馬は呆れ顔でため息をつく。

あゆむはそんな二人を見ながら微笑むのだった。

幽霊になっても、好きなひとや友達が出来ることを嬉しく思いながら。




そして昼休み。

冬馬は要のグチにつき合わされながら昼食を取っていた。

要は普段のイメージとは全く違い、冬馬があっけに取られるくらい話している。

あの後みんなのお茶を入れさせようと、要が部室に子犬丸草太を呼び出そうとしたのだが、どうやら風邪を引いて学校を休んでいるらしく、それでも来させようとする要をあゆむと冬馬で宥め、その後その事でグチを聞かされる羽目になったのだ。

「まったく、私の許可無く風邪ひくなんて」

「いやお前は悪魔か。つか授業抜け出させてお茶入れさせるのもどうかと思うが」

「え?私人間だけど?」

「いやそんな話してんじゃねえよ!」

冬馬がまじめに説教していることもあるが、ふたりのやりとりが面白くてあゆむはくすりと笑ってしまう。

そんな三人の前に、突然衣緒奈が飛び込んできた。

「要~!どうしよう、なにやっても戻れないんだけど・・・」

部室に入って来たと同時に焦りを口にする衣緒奈。

「えええええ!!やばいやん!それってかなりやばいやん!」

「余裕こいてふらふらしてたからよ。それよりちゃんといろいろ試してみたの?」

 うろたえるあゆむと衣緒奈とは裏腹に、あくまでもいつもの表情を崩さない要は、ため息まじりに訪ねる。

「おいおい、またなにかあったのか?」

冬馬には見えないが、二人が、いや、正確には一人が慌てふためいていた事で、なにかあったことを感じ取る。

「したわよ!というか重なって寝るくらいしか思いつかなかったけど・・・。でも、どれだけ体に意識を戻そうとしても戻れなくて」

朝余裕を取り戻していた衣緒奈も、流石に焦りを隠せなかった。

「要ちゃん、なんとかしてあげられへんの?」

「いや、私医者じゃないし」

「そうよね・・・いくら霊能力者っていっても、魂戻すなんて」

「まあ出来るけどね」

あっけらかんと言い放つ要。

「ちょっ!あんたそういうのやめなさいよ、こんなときに!冗談やってる場合じゃないの。出来るんなら何とかしてよ~」

力なく要にすがる衣緒奈。

普段の衣緒奈からすれば珍しい光景ではあるが、冬馬には見ることは出来ない。

いや、それ以前に会話にも参加出来ないでいた。

それゆえに冬馬は黙るしかない。

「で、でも良かった。一応なんとか出来るんやね?」

「体が無事ならいけるわ。で、今あんたどこにいるわけ?」

「なんかもう死亡扱いになっちゃってて、とりあえず今日一日は霊安室らしいんだけど」

「じゃあ今日の夜にでも病院に忍び込まないと火葬されちゃうわね」

要はさらりと言ってのけた。

「おいおいマジかよ。いくらなんでも病院に忍び込むってやばくねえか?」

これには会話から離れていた冬馬も反応する。

「流石に誰か周りにいたら止められちゃいそうだし、いろいろ面倒なんだけど、チャンスがその時くらいしかないのよね」

表情はいつも通りだが、少し困っているニュアンスをあゆむは要から感じた。

「まあ自分の事だし悪いとか言えないけど、アンタはいいの?」

「見殺しには出来ないしね。あ、ちなみに鷹は強制参加だから」

「はあ!?」

完全に自分は参加しないと思い込んでいた冬馬だったが、いきなり自分に振られて驚く。

「魂を戻すには私の他にもう一人必要なのよ。まあ無理なら犬でもたたき起こすけど」

またも要は草太に無茶なフリをしようとする。

「いやだからあいつは風邪なんじゃねえのか?」

「でも、こんなこと頼めるの、鷹以外には犬しかいないし・・・」

そう言ってしゅんとなる要。

さすがに風邪で休むほどの人を、病院に忍び込ませる訳にも行かない。

今夜はバイトもあるのだが、冬馬は仕方なく同行するしかなかった。

「人の命が懸かってるって言って、信じて貰えるかな」

冬馬は不安そうな顔で携帯を弄っていた。

いきなり言われれば信じがたい話ではあるが、屋敷貴人ならなんとか信じてもらえるかもしれない。

そう判断した冬馬は貴人に電話をかけるのだった。

ちなみに冬馬のバイトは、貴人の父親が経営している夜のバーのような飲食店で、冬馬はキッチンで調理などを任されていた。

だからこそ、貴人を通せるのだ。

そして冬馬の想像通り、冬馬の欠勤はあっさり受理された。

貴人は最後に『誰かは知らんが、必ず助けるのだぞ。大鷹隊員!冥福を祈る!』などとほざいていたが、いつものことなので冬馬は無視をしてさっさと電話を切った。

貴人は変な奴だがこういう時は割と融通が利く。

「OKが出たみたいね。じゃあ行きましょうか」

冬馬が同行できるか確認した要は、そのまま学校を出ようとする。

「おいおい、もう行くのか?」

「もち。夜になったら病院閉められちゃうから、今から行って隠れとくのよ」

そんな長時間隠れるのかよ。

冬馬はそう思いつつも、衣緒奈のため仕方なく付いて行くしかなかった。

「ウチなんかドキドキしてきた。夜の病院に忍び込むなんてなかなか出来ひんしな」

あゆむはというと、付いて来る気満々でなぜか興奮していた。




そして深夜2時、なんとかこの時間帯まで病院に隠れられていた冬馬たちは、見回りに注意を払いながら、衣緒奈が居る霊安室へと向かっていた。

昼間来た時に隠れる場所を探すついでに衣緒奈の居る霊安室の場所も調べていたので迷う事は無い。

深夜の病院は非常灯の明かりしかついておらず、患者も多く居るはずなのに静まり返っていた。

「うおお・・・、流石に迫力あるな。こりゃ幽霊がいてもおかしくねえよ」

周りを警戒しながら冬馬が小声でもらす。

「幽霊を二人もはべらせてる男が何を言うか」

もともと声が大きい方ではない要が、いつものトーンで返す。

確かにその通りだ。

「ま、生き返らせるのは問題ないんだけど、そこが問題なのよね」

「え?なにが問題なん?」

いきなり呟いた要にあゆむが反応する。

「霊安室なだけあってまあ普通に幽霊がいたりするのよ。そんななかで鳥を生き返らせる訳でしょ?」

そう言われて全員気がつく。

「さすがにそれは反感かうわね」

だからといって生き返らないわけにもいかない。

「まあそれは強制成仏で脅してなんとかするわ」

「脅すのかよ」

かなり無茶な発言をする要。

今日で冬馬の要に対する見方が改められたのは言うまでも無い。

「で、それはいいとして、俺はなにをすりゃいいんだ?」

そう、冬馬は今の今まで、なぜ連れてこられたのか聞かされていなかった。

隠れている時も、声を出せなかったので聞けなかったのだ。

「魂と体を吸着してもらうの」

「吸着?」

「まあ簡単に言えば接吻かしら」

「何ッ―――」

「えええええええええええええええええ!」

冬馬は叫びかけ慌てて口をふさぎ、その代わりにあゆむと衣緒奈が大声をあげた。

「せ、せせ接吻って、き、キスのことだろ?」

要は頷くことで肯定すると、

「私が鳥の体とあなたの唇に術式をかけるの。そしたら二人が淡く光りだすから、そのタイミングで唇を合わせてもわうわ。それで生き返れると思うから」

と、いつもの無表情で言い放った。

「それって、お前には出来ないのか?」

あゆむとの関係上キスはさすがにまずいと思った冬馬は要に他に作がないか聞いてみる。

「出来ないから犬を呼ぶつもりだったんだけど?」

しかし冬馬を連れてきた時点で、冬馬が衣緒奈にキスをするしか道は無いようだった。

冬馬とあゆむの関係を知らないであろう要は首をかしげる。

いや、要は二人の関係に気付いていたし、この術は自分でも出来たのだが、要のイタズラ心で冬馬にその役をやらせようと思ったのだ。

今日という日に草太が学校を休んでくれたことに感謝する要。

草太が居たとしても、要が別の方法をとったのはいうまでもないが。

「あゆむ・・・」

そうとは知らない冬馬は、どう答えていいのか分からずあゆむの顔を見る。

その行為の意味をすぐに理解したあゆむは、間を置かずに頷いた。

「衣緒奈ちゃんのためなんや。ウチは気にせえへんから」

二人のやり取りに、衣緒奈と要は二人の関係を確信する。

そして要はニヤリとかすかに笑い、衣緒奈は申し訳無さそうにうなだれた。

そんな衣緒奈に気付いたあゆむは、強く衣緒奈の肩をたたき、しっかりと目を見つめる。

「衣緒奈ちゃん!死んでええ命なんてあらへんのや。生きられるなら頑張って生なあかんで!」

死んだあゆむだからこその重い言葉。

そして偽りの無い真剣な表情が衣緒奈の心を吹っ切れさせた。

「そうね。ありがとうあゆむちゃん」

たとえ悪いと思っていても命には代えられない。

生き返る為ならば。

衣緒奈は自分にそう言い聞かせると、霊安室へと急いだ。




霊安室で安らかに眠る衣緒奈は綺麗だった。

話しによれば、衣緒奈は車道に飛び出した子供を助けようとして車に轢かれたのだそうだ。

「車に轢かれてここまで綺麗だなんて驚きだな」

思わず感嘆の声を上げる冬馬。

「ま、これだからこそ蘇れるんだけどね」

要はそう言うと、いきなり辺りに殺気めいた空気を放った。

別段なにをしたわけでもないのだが、その迫力は冬馬も畏怖する程に強力なものだった。

「という訳だからあんたたち、邪魔したら強制的にあの世へ送るから」

その言葉だけを残し、普通に戻った要はさっさと術式の準備にとりかかった。

「すげえ迫力だったな。っと、それはそうとしてあゆむ、やっぱホントに幽霊っていたりするのか?」

「まあ数人おったけど、さっきの威圧で誰もおらんようになってもうたわ」

あゆむは震え、苦笑しながら返した。

自分に向けられたものでないにしろ、その恐ろしさに体が反応してしまったのだ。

衣緒奈はというと、要の指示で自分の体に重なるように寝て、蘇る準備を終えていた。

後は術式を始め、衣緒奈と冬馬が光りだしたらキスをするだけである。

そして、準備を終えた要が早々に術式を唱え始めた。

その様子を強ばった表情で見つめる冬馬に気づくあゆむ。

「冬馬くん、緊張してるん?」

「そりゃそうだ。いくら必要なこととはいえ、女と・・・その、き、キスするんだから緊張ぐらいするだろう」

「ウチとはいっぱいしてるくせに」

「お前以外にってのもあるんだよ!」

その答えにあゆむはくすりと笑い、おどけたように返す。

そして冬馬と同様に衣緒奈も緊張していた。

衣緒奈の方は、さらに耳まで顔を真赤にしている。

今はあゆむの彼氏になってしまったが、自分でも気付かない内に好きになっていた男とキスをするのだから当然の反応。

唯一の救いは、赤くなっている顔を冬馬に見られないことだ。

そして術式を唱えている要が手でこっちへ来いと冬馬に指示をだした。

無言で近づいた冬馬の唇に、要の細い指が二本触れる。

すると冬馬の唇がゆっくりと光り始めた。

それと同時に要は衣緒奈の体に手のひらを添える。

今度は衣緒奈の体がゆっくりと光を放ち始めた。

だんだんと光が強くなっていき、部屋全体が光につつまれたのを見計らって、要が頷くことで冬馬に合図を送る。

それを受け、冬馬と衣緒奈の緊張が一気に高まった。

「いい、光が消えるまで唇を離しちゃだめよ」

冬馬がこくりと頷く。

「この際だし舌くらいは入れちゃいなさいな」

「入れるか!」

 この緊張の中、要がいきなりとんでもない発言をする。

だがこのやりとりで、冬馬の緊張はいくばかりか和らいだ。

「よし、いくぞ!」

冬馬は意を決し、衣緒奈の顔に自分の顔をゆっくり近づけていく。

そしてその勢いのままに唇を重ねた。

(生き返れ!)

それと同時に冬馬とあゆむが強く念じる。

ただ皆、衣緒奈が蘇ることを祈っていた。

数秒経ち、光がゆっくりと消えていく。

冬馬は光が完全に消えたのを確認すると唇を離した。

そしてすぐさま確認するために衣緒奈を見る。

「ど、どうなんだ!?」

全員の視線が衣緒奈に注がれる。

「んっ・・・」

すると直ぐ呻き声と共に衣緒奈がゆっくりと起き上がった。

その動作は、冬馬にも見えている。

魂だけではない。

体も付いて来ていた。

「い、生き返れたの?」

衣緒奈は自分の手のひらを見つめ、自分が生きていることを確認する。

「どうやら成功のようね」

その言葉と同時に、冬馬が崩れるように床に座り込んだ。

「はぁ~。よかった。もう心配かけんじゃねえぞ」

「衣緒奈ちゃん!よかったーーー!!」

そしてあゆむは嬉し涙を浮かべ衣緒奈に抱きついた。

しかし、あゆむの体は衣緒奈の体をスッとすり抜けてしまう。

「せ、せやったな。衣緒奈ちゃんはもう生き返ったんやし」

生き返った衣緒奈は冬馬とは違う、干渉できないこの世側の住人。

幽霊であるあゆむが触れられないのは当然である。

わかっていた事ではあるがそれを自分自身の霊体で感じ、あゆむはバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。

「みんな、ありがとう」

そんな中、衣緒奈は全員の顔を一人づつ見ながら感謝の言葉を述べる。

そして冬馬の顔をみて顔を赤くし、最初に向いていたあゆむの方に向き直った。

「ごめんねあゆむちゃん」

「ええよええよ。衣緒奈ちゃんが生き返えれてなによりや」

生き返れて喜ぶ場面なはずがシュンと肩を落とす衣緒奈に、あゆむは優しい笑顔を向けた。

「可愛い上に優しいのね、あゆむちゃんっ―――え?」

そう言いかけて衣緒奈が停止してしまう。

急に会話を止めてしまった衣緒奈を全員が見つめる。

そして、見つめ合う形になる衣緒奈とあゆむ。

「あ」

「あ?」

あゆむが何を言いたいのかと衣緒奈を見つめて首を傾げる。

「あゆむちゃんが見えちゃってるんだけどおおおお!!」

衣緒奈は叫びと共に満面の笑みを浮かべた。

「なになに?ちゃんと会話も出来るんですけど!」

いつもの衣緒奈からは、今の衣緒奈を誰が想像出来るだろうか。

衣緒奈は嬉しそうにベッドから立ち上がると、あゆむの前まで歩いていき、体をさわろうとする。

しかし、衣緒奈の手は空を切ってしまった。

先ほどあゆむが抱きついた事で分かっていた事なのだが、やはり衣緒奈はあゆむに触れられないらしい。

「触ることは出来ないのね。でもこうして見て喋れるだけでも御の字よね~」

両手の平を組み祈るような仕草で喜ぶ衣緒奈。

あゆむは衣緒奈のあまりにもの豹変ぶりに苦笑いで対応していた。

「おい、あれはどういうことだ?」

すっかり蚊帳の外に追いやられた冬馬は、同じ状況の要に聞く。

「たまに臨死体験すると霊能力が高まるっていうけど、どうやら霊能力が付いちゃったみたいね。やっかいだわ」

要の方は、いつになく厳しい表情で衣緒奈を見ていた。

「やっかいねえ。まあそれはいいとして、白鳥生き返らせたはいいけどこの後どうするんだ?」

冬馬の問いに全員が冬馬の方を向き直った。

そう、生き返らせたはいいが、誰もその後の対応を考えていなかったのだ。

「ま、なるようになるんじゃない。私はさっさと帰らせて貰うわ」

要はそれだけいうと、さっさと部屋を出てしまった。

「なるようになるっていってもねえ・・・。朝までこんなとこにいるのもあれだし」

朝の病院が開く時間に上手く抜け出さないと、怒られてしまうのは目に見えている。

最悪不法侵入で警察を呼ばれる可能性だってあるのだ。

「まあ、俺も帰るか。今ならあいつについていけば普通に帰れそうだし。ほら、あゆむ帰るぞ」

そう言われたあゆむは、冬馬と衣緒奈を交互に見て。

「ごめんな衣緒奈ちゃん、今日はもう帰らせてもらうわ」

あゆむは手を合わせて謝ると、ふたりで要を追いかけるように、霊安室を出ていってしまった。

「ちょっと、私はどうしたらいいのよー!」

一人霊安室に残された衣緒奈の悲しい叫び声が部屋に響く。

その後病院を抜け出すのも悪いと思い、どうしていいか分からず病院内をふらふらしていた衣緒奈は、霊安室で叫んでしまった事もあり見回りの看護士に見つかってしまい、死からの奇跡の生還だと盛大に騒がれてしまうのだった。











《予告》

念願の霊能力を手に入れた衣緒奈ちゃん。けどそれは衣緒奈ちゃんの性格が故に衣緒奈ちゃんの身体を蝕んでいく。そんな衣緒奈ちゃんを思ってか、獅堂さんが衣緒奈ちゃんの霊能力を消そうとケンカをしてしまう。

次回、七の夕月『満月』


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