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七の夕月   作者: サTo
3/17

三日月

なな夕月せきげつ




「グハッ!」

大きな男が大鷹冬馬の拳により、コンクリートの壁に叩きつけられた。


「鯨井さん!大丈夫ッスか!?」

鯨井と呼ばれた男の子分であろう二人が、うめき声を上げながら立ち上がろうとする鯨井正也を支える。

その大男の鯨井を吹っ飛ばした本人である大鷹冬馬は、口から血を吐き出して正也を見下ろしていた。

「へ~、冬馬くんってケンカ強いんやなぁ」

その横で、正也達に見えない琴平あゆむが感心したように冬馬を覗き込む。

「はっ、ケンカが強くったってな・・・クソの役にもたちゃしねえんだ」

そう言って空を見上げる冬馬は、どこか悲しそうだった。



三日月みかづき



「ったく、しつけえぞ鯨井。いい加減つっかかってくんの止めろよな」

「うるせえ!俺はてめぇに勝つまで諦める気はねえんだよ!!」

冬馬の一撃で身を起こすことがやっとの正也は、そのままの体制で冬馬に吼える。

「ったく・・・てめぇだけなんだぞ、勝てもしねえのに毎回毎回ケンカ吹っかけてきやがって」

ウンザリしながら答える冬馬。

正也とこういう関係になって、かれこれ一年以上経つが、昔から目つきの悪さによりケンカが日常だった冬馬にとって、こうやって突っかかってこられるのは、別にイヤなわけではない。

冬馬自身は誰かれ構わず自分からつっかかっていくことはないが、たまに自身のイライラを解消する役目も担ってくれているからである。

それに昔懐かしい番長気質の正也は、他のハンパな不良達と違い嫌な感じはなかった。

ただ、とある理由からあまり正也とはケンカしたくないのだ。

「俺だけじゃねえ!このあたりで不良やってる奴等はみんなてめぇを狙ってんだ!大熊グループを一人で壊滅させたてめぇに勝ちゃあ、一番強ぇってことになるからな」

この大熊グループとのいざこざが正也との関係を作ってしまった原因なのだが、冬馬にとってはただ単に降りかかってきた火の粉を自分の目的の為に振り払っただけにすぎない。

それがたまたまこのあたりで一番ケンカが強い不良だっただけだ。

「はあ・・・。これだけ頻繁にケンカしにくんのはお前だけだっつーの」

冬馬はため息と共に頭をかいた。

実際学校外での小さい衝突は何度かあるものの、こう頻繁にケンカしているのは正也だけなのだ。

「大鷹ぁ、闇討ちとかしょうもないことでやられんじゃねえぞ。最近はばきかせてる一年がてめえを狙ってるって噂だからな」

「なんだ?お前みたいなやつが、俺の心配でもしてくれるのか?」

冬馬の返しに正也は顔を赤くしてしまう。

「そ、そんなんじゃねえよ!ただお前に簡単に負けられたら困るだけだ!」

「お前らみたいに学内最強とかそんなもんにまったく興味はねえが、簡単にやられる気なんてさらさらねえよ。あゆむ、行くぞ」

後ろ手に正也に手を振ると、冬馬は屋上をあとにした。

「あゆむ?」

あゆむという単語に首をかしげる正也に子分の一人が泣きついた。

「鯨井さん、あいつにちょっかい出すのやめませんか?なんでもあいつ、前居たところじゃあ『鋼の狂鳥』なんて呼ばれて恐れられてたみたいで、10人を一瞬で半殺しにして病院送りにさせたとかって噂もあるんですよ?」

子分の二人はこう何度も親分がやられるのを見るのが忍びないようだ。

「馬鹿野郎!んなことでびびってんじゃねえよ!大体獲物取られた上にケンカにも負けっぱなしなんて、俺のプライドが許せるわけねえだろうが!」

その上先ほど冬馬に忠告した一年は、正也の事をまったく無視しているらしい。

「あの野郎は、絶対俺が倒すんだ!」

そんな決意を新たにする正也に、子分の二人は正也に見えないようにため息をついた。

実際やってることは何の策も持たずただ闇雲に突っかかっているだけなのだ。

自分たちも力になりたいとは思うのだが、こと冬馬とのケンカとなるとタイマンで自分たちが加勢に入ることを正也は良しとしない。

子分の二人には正也を信じる以外することがなかった。



「ってぇ・・・。またパンチ力上げやがったな」

屋上からの階段を下りる冬馬は、口元の傷から流れる血を拭った。

どうやらケンカを繰り返すたびに、正也も力をつけているらしい。

「なあなあ冬馬くん」

「あ?なんだよ」

「なんでわざわざパンチくらったん?」

冬馬の唇に出来た傷を眺めながらあゆむが質問する。

冬馬は正也の拳を頬に貰うと同時に、自分の拳を正也にぶち込んでいた。

あゆむの目からはそれが、わざと拳を貰っているように見えたのだ。

「カウンターっつうやつだよ。相手の攻撃の瞬間なら、こっちの攻撃は確実に当たんだろ?」

確かにそうではあるが、なにもわざわざ攻撃をくらにいくこともないのでは?

あゆむはそう思ったが口にださないことにした。

「あーーーーっ!こら冬馬!探したわよっ!!」

「げっ、白鳥・・・」

階段を居りきった時、廊下の向こうから冬馬を発見した衣緒奈が走ってくる。

「まったく、学園祭の準備で忙しいってのに、どこほっつき歩いてたのよ!」

衣緒奈の怒りはもっともだ。

冬馬のクラスは、学園祭の出し物がギリギリに決まったこともあり、休み時間も準備で忙しかった。

そんな猫の手も借りたい状況なのだが、冬馬はあまりこういうことに参加したくないので屋上で暇を潰していたのだ。

「うっせえな。どこでもいいだろうが。それにお前の頼みは会議に参加だけのはずじゃなかったのかよ」

そう、冬馬は衣緒奈が会議だけでも参加しなさいとうるさかったので、しぶしぶ参加したに過ぎない。

「それに俺なんか探してる暇あるなら、お前が働けってんだ」

確かにもっともな意見だが、何もしない冬馬に言われたくないものである。

「た、確かにそうだけど・・・って、あんた!またケンカしてたのね!」

衣緒奈はそういうと冬馬にズカズカと近づき、傷に手を当てる。

「また鯨井君ね!まったく、ケンカもほどほどにしなさいよ」

そして当たり前の様に冬馬の喧嘩相手を言い当てた。

「仕方ねえだろ、あいつからつっかかってくるんだからよ。つかまた匂いついてるのかよ」

衣緒奈の反応に、冬馬は制服を引っ張り匂いを嗅ぐ。

かすかに香るカレーの香り。

この匂いこそが、正也とケンカをしたくない一番の理由だった。

その行動を不思議に思ったあゆむは、冬馬の体に顔を近づけその匂いを嗅いでみる。

「あ、カレーの匂い・・・」

そう、なぜか正也とケンカすると、決まってカレーの匂いが体についてしまうのだ。

当の本人である正也自身がカレーの匂いを放っているのだから当然ではあるが。

「なんだよお前、匂いは感じられるのか」

「普通は感じひんねんけどな。冬馬くんの匂いは分かるみたいや」

そういいながら、あゆむはなかなか冬馬から顔を離さない。

「カレーの匂い・・・久しぶりや」

「あー、もういいから離れろ。鬱陶しい」

冬馬の匂いをずっと嗅いでいるあゆむをしっしっと、手で払う。

じとー。

そんな二人のやりとりを、もとい、冬馬の奇行を衣緒奈は怪しむ目つきで眺めていた。

「なに、やってるの?」

あゆむと話していると、あまりにリアルであゆむが幽霊だということをたまに失念してしまう。

そして衣緒奈は、どうも幽霊という存在にかなり興味を持っている様子なのだ。

「い、いや、なんでもねえよ」

さすがに幽霊のことは信じていそうなので変人扱いされそうにないが、興味をもたれて今以上に付きまとわれるのは、あまり人との関係を持ちたくない冬馬にとっては迷惑極まりない。

「そこに、誰かいるの?」

「は、はあ?いるわけねえだろ?」

下手な言い訳するよりは完全に否定する方がいい、と思った冬馬はそう答える。

しかし衣緒奈は、ずっと冬馬を睨む。

が、今の状況を思い返し追及をやめた。

「ま、いいわ。今はそんなこと言ってられる状況でもないしね」

衣緒奈は睨む体勢をぱっともどすと、冬馬の襟首をつかんだ。

「とにかく準備、手伝ってもらうからね」

そういうと冬馬をズルズルと引っ張っていく。

「ちょっと待てよ!俺は手伝う気なんてさらさらねえ!」

「大丈夫よ。買い物に行って来てもらう程度だから」

「パシリみたいなこと出来るか!」

しかし衣緒奈は有無を言わさず冬馬を引っ張っていく。

そんな冬馬をあゆむは嬉しそうな笑顔で追うのだった。




白鳥衣緒奈は曲がった事が嫌いだった。

品行の悪い生徒を叱ったりするし、その結果衝突することもある。

そしてもう一つ、一人でいる人間を放っておけない性格でもあった。

流石に他のクラスにまで気が回ることはないが、自分のクラスだけでもそんな生徒を作りたくはない。

それが最初、衣緒奈が冬馬に絡んだ理由だった。

ウザがられるが、こうして自分がかかわっている以上彼は一人ではない。

一人よがりかもしれないが、決して悪いことではないと彼女は信じ、今日も居なくなった冬馬を探していた。

「まったくあいつは授業までサボっちゃって。出席日数ギリギリなくせに」

ぼやきながら屋上へ向かう階段を上る。

冬馬は大抵屋上に居ることが多かった。

かといって、それで簡単に見つかるとはかぎらない。

この学校には校舎がいくつかあり、当然その数だけ屋上がある。

それにかならず冬馬が屋上にもいる訳でもない。

たんに確立が高いというだけなのだ。

「ここにいればいいんだけど」

そう言って開けた屋上の扉の先で、6人の生徒がタバコを吸っていた。

その6人は最近品行の悪さが噂になっている一年。

衣緒奈とはまだ直接対峙したことはなかったが、こう唐突に出会ってしまったことで衣緒奈は少し固まったしまった。

「あんたたち、なにしてるの?」

しかしタバコの注意など衣緒奈にとってよくあることだったので、いつも通り素行の悪い生徒に話しかける。

「あ?あんただれ?」

「ほらあれじゃね?噂のウゼー女」

衣緒奈の注意など聞く耳を持たないのか、一年生は小馬鹿にした様に笑う。

そして衣緒奈の質問に答えるものなど誰も居ない。

だが、これもいつも通りの反応。

(どうしてこういう奴等って、いっつも同じ反応なのかしらね)

衣緒奈は心の中でそう笑うと、彼らの反応を無視して忠告をつづける。

「未成年のあんた達がタバコ吸っちゃダメなことくらいしってるわよね?さあ、持ってるタバコ全部渡しなさい」

そう言いながら衣緒奈は6人組へと近づいていく。

「はあ?噂通りのウザさだな。タバコ吸おうが何しようが俺たちの勝手だろ?」

そう言って一年生達は衣緒奈をぞろぞろと囲みだす。

流石に囲まれては状況がマズイと後ろに下がろうとした衣緒奈の背後に、二人の男が立ちふさがった。

どうやら屋上の隅に居た男たちを見落としていたらしい。

計8人か。ちょっと辛いかも。



衣緒奈がピンチに陥っているまさにその時、冬馬は中庭の木下で昼寝をしていた。

10月になり多少寒くはなってきたが別に眠れないほど寒いわけでもない。

心地よい葉がすれる音に耳を傾けていると、かすかに人の声が聞こえてきた。

どうやら自分を呼んでいるような声。

微睡みの中ゆっくり目を開けようとしたその瞬間。

「冬馬くん!大変や!」

突如木をつき抜け、あゆむの顔が冬馬の目の前に落ちてきた。

いきなりの登場に息を詰まらせ驚く冬馬。

そんな冬馬を無視して、あゆむは逆さだった体勢を元に戻すと、急いで冬馬を上に引っ張りあげようとした。

「待て待て待て!俺がお前みたいに浮けるわけねえだろ!つかどうしたんだよ」

「ああもう!そうやったなあ」

そう言って冬馬をつかんでない方の手で頭をかくと、

「こっちや!」

冬馬を校舎内へと引っ張っていく。

「おい!だからなにがあったんだよ」

グイグイと校舎内を引っ張られ階段を駆け上がらされる冬馬。

「女の子が大変なんや!」

「はあ?」

校舎の二階を更に上がり始めた時点で、あゆむがようやく冬馬を引っ張る理由を口にする。

しかしそれだけではよく状況がわからない。

「とにかくこっちや!」

それ以上話そうとせず、あゆむは冬馬をせかす。

そして冬馬は引っ張られるがまま、どんどん屋上に近づいていく。

「ちょっ!待てあゆむ!」

「ごめん!悠長にしてる暇なんてないんや!」

「いやだから俺はお前と違ッ!」

そういい終えるまもなく冬馬の体は屋上の扉に強く叩きつけられ、外れた扉と共に勢いよく屋上へと飛び出してしまった。

「か、堪忍やで冬馬君。大丈夫?」

破壊された扉の上でうつ伏せになる冬馬にあゆむは慌てて駆け寄る。

「痛っててて。ったく、なにをそんな焦って・・・」

ひどく打ちつけられた頭をさすりながら立ち上がると、冬馬の眼前には8人の男に囲まれる衣緒奈の姿があった。

「白鳥・・・?」

いまその全員の視線が、突然ドアを破壊して現れた冬馬に注がれている。

「堪忍や冬馬くん。ウチ幽霊の体質に慣れてもうとるみたいで」

「大変ってこのことかよ」

隣で必死に謝るあゆむを無視し、冬馬はゆっくりと立ち上がった。

「よう白鳥、随分楽しそうじゃねえか」

そう言いながら屋上を見渡すと、いくつかのタバコの吸殻を見つける。

「おおかたタバコを注意しようとしてこうなってとこだろ」

「なによ。校則違反以前の問題でしょ!」

突然の二人の言い合いにオロオロするあゆむ。

衣緒奈を囲んでいた不良達も呆然とふたりをみていた。

「ま、確かにそうだわな。でもこれはお前のまいたタネだ。自分で何とかしろよ」

そういうと冬馬は破壊された扉へ向き直った。

「ちょっと待ちなさいよ!それってあんまりじゃない!?」

冬馬の冷たい態度に文句を言う衣緒奈だったが、

「そうですよ。大鷹先輩」

意外にも衣緒奈の声にかぶせたのは、衣緒奈を囲んでいた不良たちの一人だった。

「え?」

その意外な割り込みに、同じような言葉をだそうとしていたあゆむが驚く。

「いやいや噂以上の悪党ぶりっすね。最初いきなり扉ぶち破ってきた時は面喰らいましたが、この女を助けに来たわけではなかったんですか?まあ囲んでいた我々が言うことではないですが」

ニヤニヤと笑いながらゆっくり冬馬に近づいていく。

「ああそうだ。俺はただ単に変な奴にここへ連れてこられただけだ」

「はあ?」

冬馬のわけのわからない言動に訝しむ不良だったが、冬馬はそれを無視するかのように背を向けて不良から離れていく。

「まあそういうことだから、俺は帰らせてもらうぜ」

そして扉を踏み、階段へと歩いていく冬馬だったが、そんな冬馬の前に一人の男が立ちはだかった。

「いやいや、そうしていただきたいのはやまやまなんですがね。こうして先輩を囲めるなんて、なかなかないチャンスなんですよね。こういう逃げ場がないところで」

後ろから先ほどまで話していた男の声がする。

よく見ると男たち全員がそれぞれバットや木刀などの武器を手にしていた。

当然冬馬の前に立ちはだかった男にもバットが握られている。

相手全員が武器を持っている状況にもかかわらず、冬馬は冷めた目で目の前の男を見ながら言い放った。

「遊ぶならお前らで遊べ。俺は眠ぃんだ」

「ああ?状況分かってんのか?」

立ちはだかっていた男が苛立ちを抑えきれず、冬馬の胸座をつかむ。

瞬間、冬馬の拳が男の顔にめり込んだ。

「ぐぇっ!」

屋上の端に殴り飛ばされた男はそのまま動かなくなる。

「馬鹿が。勝手なことしやがって」

先ほど冬馬と話していた男は、やられた男を一瞥すると他の仲間に合図を送った。

それと同時に四人が冬馬を囲む。

そして一人が衣緒奈を羽交い絞めにし、もう一人が衣緒奈に木刀を突きつけた。

「さすがに手が早い。しかし四人同時に相手出来ますか?」

不適に笑う男。

どうやらこの男がこのグループのリーダーらしい。

「やれやれ、あんまりこういう関わり合いはしたくないんだけどな」

普段ならこんな状況も冬馬にとっては余裕で切り抜けられるのだが、今の状況は冬馬にとって少し状況が悪かった。

そんな事を知らない衣緒奈は自身、反対にこの状況を利用しようとしていた。

衣緒奈も普段冬馬の噂を聞いていたが、実際冬馬がどれだけケンカが強いのかを見たことがなかった。

だから助けに来てくれた(と思った)時はそうなることを期待していたのだが。

まあ今の衣緒奈自身の状況も悪いので、衣緒奈は今の状況に逆らわず身を任せることにした。

「冬馬!お願い!助けて!」

邪魔にならないように冬馬から離れているあゆむも、無責任に『やれー』とか言いながら冬馬を応援している。

そんな女子二人とは対象的に、冬馬の顔は焦りの色が表れていた。

「だまれ!助かりたかったらな!」

その良く分からない一喝で、女子の二人の顔が曇る。

「ど、どういう事よ・・・」

「冬馬・・・君?」

「ちっ、やっぱ状況が似てるってだけでダメなのかよ・・・」

冬馬がぼそっとつぶやく。

そんな冬馬の頭には、一喝した直後からある声が響いていた。

「助けて・・・、助けて・・・」

その声は衣緒奈のものではないし、もちろんあゆむでも、霊的な現象でもない。

ただの冬馬の幻聴なのだが、その声は冬馬に重くのし掛かっていた。

「助けて・・・お兄ちゃん!」

その声が冬馬の耳に響いた直後、まだなにもされてない冬馬がいきなり膝をつく。

その行動に一年生四人は驚き、少し身を引いてしまう。

「くそっ・・・厄介な状況に連れ込みやがっ・・・うぉぇっ!」

冬馬はそのまま嗚咽を漏らすと、胃の中の物を吐き出してしまった。

「うわっ!なんだよコイツ!汚ねえなあ」

冬馬の前にいた男がとっさに飛びのく。

「おぇっ!」

胃液まで吐き出さんと嘔吐を続ける冬馬は、もうそれ以外何も出来ない状況に陥っていた。

「な、なにが起こったかわからねえが、これはチャンスじゃねえのか?」

その状況をチャンスと見たリーダーの男が、手にしたバットを冬馬に振り下ろす。

バキィッ!!

「がぁっ!」

ビチャっと吐瀉物に倒れこむ冬馬。

「冬馬!」

「冬馬くん!?」

女子二人の叫びが屋上にこだまする。

「おっと、お前は後で可愛がってやるから待ってろ」

ぐっと強い力で押さえつけられるが、衣緒奈は構わずさけぶ。

「どうしたのよ!あんたケンカ強いんでしょ!?」

目の前では冬馬が5人の男に袋叩きにあっている。

「やめて!」

あまりにものことに、冬馬を庇おうとあゆむが冬馬に覆いかぶさるが、実体のないあゆむでは無意味な事だった。

「どうしたんや!?ウチか?ウチがなんかしてもうたんか!?冬馬くん!冬馬くん!!」

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、あゆむは冬馬の上で叫び続ける。

その間にもバットや木刀の雨が冬馬に降り注いでいた。

「烏丸さん、俺らにもやらせてくださいよ」

衣緒奈を拘束している二人が、にやにやしながらリーダに声をかける。

「ちょっと待ってろ、もう少し俺たちを楽しませろっよ!」

リーダーの男が『よ!』のタイミングでバットを振り下ろす。

既に冬馬は呻き声すらあげなくなっていた。

「ごめん・・・これ、私のせいだよね」

見ていられなくなった衣緒奈は顔を伏せ、手を強く握り冬馬に謝った。

だがその声はあまりにも小さく、当然冬馬には聞こえない。

いや、冬馬に謝ったわけではない。

衣緒奈は自分を叱咤したのだ。

「冬馬くん!冬馬くん!!」

泣き叫び続けるあゆむには、他になにをすることも出来なかった。

幽霊である自分が憎い。

自分に肉体があったなら、少しでも冬馬の痛みを肩代わりできたのに。

自分は・・・泣く意外に出来ない。

「堪忍や・・・!ウチが冬馬くんを連れてきたばっかりに!」

あまりにもの悲痛にあゆむが叫び、烏丸と言われたリーダーの男が自分たちの勝ちを確信した、まさにその時だった。

「まずは二人・・・」

「あ?」

メキャっ!

鈍い音と共に、衣緒奈を羽交い絞めしていた男の顔に、衣緒奈の足がめり込んだ。

強い衝撃と共に後ろへ倒れこんだ男はそのまま気を失ってしまった。

「え?・・・ぐぼっ!」

刹那衣緒奈は後ろに引いてからしゃがむ事で、顎に突きつけられていた木刀を交わすと、

そのまま一回転しもう一人の男のみぞおちに回し蹴りを叩き込んだ。

そして苦痛で腹を抱えひざを折った男の顔に追撃の膝蹴りが入り、その男も気を失ってしまった。

「え?」

その音に気付いた冬馬を袋にしていた男たちが、衣緒奈に視線を送った時には、すでに二人の意識はブラックアウトしていた。

「なっ!」

「し、白鳥・・・ちゃん?」

その場に居た全員、もちろんあゆむも呆然と衣緒奈を眺める。

「ごめん冬馬。私の所為で・・・」

すくっと立ち上がった衣緒奈は、今度はちゃんと冬馬にも聞こえるように呟く。

正確には聞こえているか不明だが、兎に角衣緒奈はそこにいる全員に聞こえるように謝った。

「てめぇ!なにしやがった!」

衣緒奈を捉えていた二人が倒れてしまったことを受け、冬馬を殴っていた一人がもう一度衣緒奈を拘束しようと近づく。

「やめろ馬鹿!」

その浅はかさに気付いたリーダーが静止させようと声をあげるが、時既に遅かった。

男がゆっくりと倒れこむ。

袋にしていた男たちからは衣緒奈へ向かった男がかぶり、何をされたかわからなかったが、正面を向いていた衣緒奈が横向けになっていることから、素早いけりで顎を刈られたことは容易に想像できた。

「お、おまえ・・・」

訪れる沈黙の中、最初に声をあげたのは冬馬だった。

体は動かせなかったが、首だけを上げて衣緒奈を見る。

「ごめん冬馬。すぐ助けるから」

冬馬を見下ろす衣緒奈からは、相当な迫力を感じさせられた。

「さて、あんたたち4人になっちゃったけど、私を囲んでみる?」

そう言って男たちを睨む。

その迫力は、そんな策であたっても無駄だということを感じさせるほどだった。

「うわああぁぁ!」

あまりにもの迫力に負け、二人が階段へと逃げ出す。

そのことを受け、リーダーの男が衣緒奈にタバコとライターを放り投げた。

「そ、そうしたかったとこですが、二人ではそれも無理ですね。こ、これで許して貰えますか?」

「許すと思ってるの?・・・でも、今は見逃してあげる」

その言葉を聞き、もう一人も衣緒奈にタバコを放り投げると、ふたりは急いで階段へ逃げていった。

「気絶してる4人も連れてって欲しかったけど、二人じゃ無理か」

衣緒奈はそう呟きながら男たちを見送る。

「冬馬くん!」

そこでようやく事が終わったと悟ったあゆむはすかさず冬馬に駆け寄った。

「堪忍や、堪忍や。ウチの所為で・・・」

もう何度も耳を突いてきた謝罪。

「と、とにかく横んなって!」

そう言うとあゆむは冬馬を仰向けに寝かせ、冬馬の頭に自分のひざを敷いた。

「ごめん冬馬。私の馬鹿な考えの所為で・・・迷惑かけちゃったわね」

横になる冬馬に、衣緒奈も近づいてくる。

そして冬馬の横でしゃがむと、吐瀉物で汚れた口をハンカチで拭った。

そんな衣緒奈を、冬馬はじっと見つめる。

「しかし、お前があれほど強かったなんてな。驚いたぜ」

そのほっそりとしたその体からあれだけの所業をなせるのが不思議でならなかった。

「なんの対策もなしに不良を注意なんてしないわよ」

バツが悪そうに笑う。

その表情は未だ冬馬を巻き込んでしまった事を後悔しているようだった。

「あと、来てくれてありがとう。正直八人で囲まれてたら、ケガのひとつでも覚悟しなきゃいけなかったし」

「そんなことに礼なんていらねえよ。別に助けた訳でもねえ」

そう、冬馬は自らの意思でここに来た訳ではない。

「礼ならそこで泣いてるやつにでもしてやるんだな」

そういって冬馬は、あゆむを親指で指す。

やってしまった!そう思った時にはもう遅かった。

衣緒奈の疑うような顔が冬馬の目の前に来ている。

「あんた、やっぱり幽霊かなにかが見えてるんでしょ。そこに誰か居るのね?」

冬馬の頭の上を指差し、衣緒奈が更に迫る。

「ば、馬鹿言うなよ。そんなもんいるわけ・・・」

しどろもどろになりながらあゆむの膝の上で態勢を変え、衣緒奈の視線を外す冬馬。

「じゃあその頭浮いてるのはなに?」

冬馬はハッとして、慌てて起き上がる。

顔を覗き込んでいた衣緒奈は、それを避けようとして後ろに倒れてしまった。

「く、首を持ち上げてた方が楽だったんだよ」

バツが悪そうに目をそらす冬馬。

そんな冬馬に立ち上がった衣緒奈が更に追い討ちをかけた。

「じゃあその伸びてるほっぺたはどうなってるの?」

その指摘で冬馬はようやくほっぺたの痛みに気付いた。

冬馬のほっぺたはあゆむによって引っ張られていたのだ。

この光景、霊の見えない衣緒奈からは、冬馬のほっぺたが不自然に伸びている光景にしか見えない。

こんな現象、冬馬の後ろに誰かいなければ不可能である。

「あゆむ!てめぇ!なにアピールしてやがんだよ!」

冬馬はあゆむを振り払うと、あゆむに振り返り怒りをぶつける。

「ええやんか。ウチ新しい友達欲しい~」

そして再び自分の行動の馬鹿さに気付くが、状況はもうなにをやっても取り繕えないところまできていた。

「あゆむって言うんだ。中性的な名前ね。男の子?女の子?」

「はあ・・・」

欲しいおもちゃを目の前にした子供のように目をランランと輝かせる衣緒奈に、冬馬はため息を漏らした。

「男だよ、ゴリラみてえにごっついやつ痛てててて」

しかし普通に教えるのもなんだか癪だった冬馬はウソを教えようとするが、再びあゆむにほっぺたを引っ張られて妨害される。

「へー、女の子なんだ」

その状況をみて、ウソだと判断する衣緒奈。

同姓だと分かり、衣緒奈の顔が更に笑顔になった。

しかし、冬馬を見て首を振る。

「まあいろいろ質問したいところだけど、とりあえず保健室に行かないとね」

いくら元気そうにしているとはいえ、先ほどまで冬馬は相当な打撃を受けていたのだ。

冬馬に幽霊が見えているという言質もとったので、治療の後ででもその幽霊の話が聞けるだろうと衣緒奈は思ったのだ。

「はあ?別にこんなもんたいした傷じゃねえよ」

「いいから行きなさい!擦り傷とか化膿したら大変なんだから」

そして嬉しそうに、

「そこでたっぷりあゆむちゃんの事聞かせてもらうからね♪」

そういいながら冬馬の背中を押していった。




放課後の保健室、上着を脱がされた冬馬の背中に衣緒奈がシップを貼っていく。

「はあ・・・矢追さんが出て行ってなかったらどうするつもりだったんだ?」

「もちろん空いてる教室で」

保健室に着いた冬馬は早速治療を受けていたのだが、保健医の矢追先生が職員会議に呼び出されたので続きを衣緒奈に任せていた。

「しかし不思議なこともあるものね。そのあゆむちゃんだけ見えるなんて」

「そうだ。しかもなぜか喋れて触れられやがる。おかげでたまに普通の人みたいな対応とっちまうんだよな・・・」

「いや~、ホンマなんでやろな?」

照れたように頭をかくあゆむ。

「ねえねえ、それよりあゆむちゃんっていくつなの?」

「えっと、死んでもうてから3年経つし・・・20かな」

「20!?お前、今の俺たちと同じ年齢で死んじまったのかよ」

「へえ。じゃあお姉さんだねっとと、ですね」

冬馬からの通訳がもらえなかったものの、冬馬の反応からあゆむの年齢を知った衣緒奈は慌てて敬語に直す。

「ええよええよ、別に敬語なんて。それに死んだ時から成長止まってるみたいやし、ウチは永遠の17歳ってとこなんかな♪」

嬉しそうにくるっと回転するあゆむを、冬馬は冷めた目で見ていた。

「もう!そんな顔せんとってえな!」

「ちょっと冬馬、ちゃんと通訳しなさいよ!なんて言ったの?」

両側から喚かれ冬馬はウンザリした。

こういうことになりそうだったからこそ衣緒奈に知られたくなかったのだ。

「へいへい」

こうして冬馬はこの後1時間もふたりの話につき合わされた。

そして完全にあゆむの通訳とされてしまったことはいうまでもない。










《予告》

楽しい学園祭が始まった。冬馬には恥ずかしい思いをしてもらい、あゆむちゃんには新しい出会いをと降霊術をしてもらったのはよかったんだけど。その出会いが動かした歯車は冬馬の心を揺さぶり始めてしまう。

次回、七の夕月『上弦の月』

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