既朔
七の夕月
「お前が幽霊?・・・」
大鷹冬馬は琴平あゆむと名乗った少女の足から顔へとゆっくり視線を移動させた。
裸足という点は気になるものの、細くしなやかな足。厚手の服で分かりづらいが、スレンダーな体に豊満な胸。透き通る様に白い肌に、整った顔立ち。肩くらいまで伸ばした後ろ髪に、前髪は可愛らしいピンで開けられ、綺麗なおでこが全面に押しだされている。
美人といっても間違いではなく、歳の頃は冬馬と同じくらいのように感じられた。
「ジロジロ見んとってえな、恥ずかしいやん」
冬馬にまじまじと見られ、あゆむは体をくねらせムネを隠すような仕草をする。
そんなあゆむを冷めた目で見つつ、冬馬はあゆむの足を指差した。
「いやお前・・・、おもいっきり足あるじゃねえか」
『既朔』
「へ~、あんたにはウチの足まではっきりと見えとるわけや」
スカートをたくし上げながら妖しく微笑むあゆむ。
そんなあゆむを無視するかのように、顔をそらしながら冬馬は答える。
「そうだ。そんな奴を誰が幽霊だと信じられるんだ?ふざけんじゃねえ!」
「そんな!ふざけてへんよ!ウチはホンマに幽霊なんや!」
冬馬の言葉に、怒った表情を向けるあゆむ。
「ウチがはっきり見えとるんは、あんたが凄い霊能力を持ってるからとちゃうん?」
「アホか!俺にそんな力はねえよ。それに生まれてこのかた幽霊なんて見たこともねえし、信じてもいねえよ」
「ほなウチが初めての幽霊ってことやな?うらめしや~。どや?怖いやろ?」
いまだに顔をそらす冬馬の正面に回りこみ、あゆむは幽霊特有のポーズをとる。
そんなあゆむに 向き直り顔を近づけると、冬馬は上から見下ろす視線であゆむを睨みつけた。
「ふざけんのも大概にしろよコラ」
流石の威圧感にあゆむは体を強張らせる。
「教室でのことを考えると、お前が普通の人間じゃねえってことは理解できる。でもな、お前が幽霊だって証明には何一つなってねえんだよ」
冬馬の言葉に、自分の存在を否定されているかのようで、それが頭にきたあゆむは冬馬への恐怖心を忘れてくってかかる。
「なんでえな!あんたも教室でのことは驚いとって、手品とかやないって言ってたやんか!」
「ああ、確かに言った。それでも俺は、お前が幽霊だと信じられない」
怒りをぶつけてくるあゆむに対し、冬馬は目を伏せて言葉を返す。
「だからなんでやねんな!」
ムネの前で握りこぶしを二つ作って冬馬に抗議するあゆむの鼻先に、冬馬は立てた人差し指を近づけた。
顔を指さされ、何かをされると思ってしまったあゆむは少し引いてしまう。
「そもそもお前は幽霊の条件を満たしてねえんだよ」
「条件?」
あゆむには冬馬の言葉の意味がよくわからなかった。
教室ではガラスをすり抜けたし、冬馬の前では浮いてる姿すら見せている。
普通こんなことを見せられたら、大抵の人があゆむを幽霊だと信じてくれるはずだ。
だとすれば幽霊の条件とはいったいなんなのだろうか。
冬馬はあゆむに背を向けると、その立てた指を軽く振りながら話し始めた。
「幽霊の条件1、普通の人間には見ることが出来ない。コレは俺に見えちまってる時点で、条件が満たされてねえ。そして条件2」
そこまで言うと冬馬は中指を立て、立っている指を二本にする。
「足が無い。これはただの固定概念で昔の幽霊像が定着しちまってるから、足が見えてても一概に幽霊ではないとは言いがたいかもしれねえ。でもな、お前が幽霊だと証明できる決定的な条件が欠けてるんだ」
「なんなん?」
あゆむのその言葉に冬馬は勢いよく振り返ると、中指を戻して立っている指を一本にすると、その人差し指をあゆむに突きつけた。
「今朝の事だ!」
「あ!そうや!」
冬馬の言葉で朝の疑問を思い出したあゆむが、目を見開いて冬馬と同じポーズをとる。
「ウチも今朝、そのことがごっつ気になっててん」
「思い出したか?そうだよ、俺は今朝、二度もお前に触れてるんだ」
冬馬は再び中指をたて、指で2を示す。
そして二人の頭に今朝のことが思い出される。
冬馬があゆむに触れた二回。
あゆむをトラックから助けた時と、説教の時にデコピンをした時。
「あの時俺は確かにお前に触れた。そもそも実体の無い幽霊が普通の人間に触れられるなんて不可能な話じゃねえのか?」
「確かにそうやけど・・・」
自分に霊感などないと思っている冬馬からすれば当然の疑問。
そしてあゆむは少し考え込むが、
「まあ確かに不思議な話やけど、それもあんたが凄い霊能力の持ち主で、その力で幽霊にも触れられるってことで説明でけへん?」
と、漫画などの知識で返した。
そう、ドラマや漫画などの話になるが、霊力の強い人が幽霊に触れることは、別段不思議なことでもない。
「だから俺にそんな力はねえっつってんだろうが、わからねえ奴だな。馬鹿かお前は」
しかしそれはあくまでも空想の世界での一説でしかない。
納得出来ず言葉きつめに反論した冬馬に、あゆむはさらに腹を立てた。
もう最初に感じた冬馬への恐怖など微塵も無い。
「わかってへんのはそっちちゃうんか!?もしかしたら知らん間にそういう力がついたんかも知れんやんか!ウチを幽霊やないって否定する前に、あんたが霊能力者やないって証明してみいな!」
あゆむの怒りの言葉に冬馬も負けじと返す。
「んだと!?何回言わせれば気が済むんだ!
俺にそんな力なんてねえし、幽霊なんて今の今まで見たことねえんだよ!それにもうお前は俺に触れちまってる時点で、幽霊じゃねえって証明されてんだ!」
とうとう二人は言い合いにまで発展してしまい、睨みあってしまう。
その時
バンッ!
二人を止めに入るかのように、保健室のドアが勢いよく開かれた。
「冬馬~。起きたって聞いたんだけど、もう大丈夫なの?」
「お、もう元気そうではないか」
入ってきたのは白鳥衣緒奈と屋敷貴人。
「白鳥に・・・屋敷か」
その二人の登場にあることを思い立ち、冬馬はかすかに笑う。
そして困ったような顔で親指であゆむを指し、二人に言った。
「丁度よかったぜ、お前らもこいつに言ってやってくれ、お前は幽霊なんかじゃねえって」
「え?・・・」
冬馬の言葉に衣緒奈は驚き、貴人はメガネをあげると同時にマユを潜ませた。
保健室に沈黙が訪れる。
「どうしたんだよ・・・お前ら、まさか・・・」
二人の態度に不安を覚える冬馬。
「冬馬・・・あんたまさか」
そういって冬馬を見つめる衣緒奈の顔には、何かを期待するような表情が表れていた。
そんな今にも嬉しさのあまり冬馬に向かっていきそうな衣緒奈を、貴人が制止させる。
「頭を打った後遺症かもしれん。今、深い追求はあいつの体に障る可能性がある」
「そ、そうね。屋敷君ありがと」
貴人の言葉で衣緒奈は嬉しい気持ちを抑え込む。
先刻気絶するほど頭を強く打った冬馬に厳しい追及をしてしまったら、冬馬の体に悪い影響を与えてしまうかもしれない。
「おいおい、待てよお前ら。なにお前らの中で完結してんだよ」
二人の反応に焦る冬馬の言葉に貴人は、再びずれたメガネをあげながら答える。
「冬馬。お前になにが見えているかわからんが、お前の言う女というやつが、我々には見えないのだよ」
そんなばかな!?確かにあの女はここに存在しているだろう!
貴人の言葉に冬馬は焦る。
「ちょ、ちょっと待て!からかってるならぶん殴るぞ?女が居やがるだろ!そこに!!」
嬉しそうに三人のやり取りをみているあゆむを冬馬が指差す。
二人はその方向を見るが、どうもその視線はあゆむを通り過ぎ、誰も居ない保健室の隅を見つめているようだった。
「お前に殴られるのは勘弁願いたいのだが、あいにくお前のいう女が見えんのだよ。委員長には見えるかね?」
衣緒奈も冬馬の指差した方向をじっと見ていたが、やがては首を振る。
「私にも・・・見えないわ」
その顔は凄く残念そうだった。
「うそ・・・だろ?・・・じゃあコイツは本当に」
信じられないといった顔であゆむに振り向く冬馬。
自分以外にその存在が見えていない以上、もうあゆむを幽霊じゃないと否定できる要素はなかった。
「これで証明されたやろ?ウチが幽霊やって事が」
不敵に笑うあゆむ。
冬馬はショックを隠しきれなかった。
現実に幽霊を目の当たりにしてしまったこと、自分にその幽霊が触れられるほどの力が、知らないうちに備わっていたこと。
そんな冬馬の表情をみてしまったあゆむは、これ以上笑みを続けることをやめた。
本来はちゃんと認めて欲しかっただけだ。
これ以上ショックの冬馬を笑うのは申し訳なく感じたからである。
「頭を打ったのだ。後遺症であるはずもないものが見えてしまってるのだろう。病院にでも行くか?」
「わ、わりぃ・・・。女なんて居るはずねえのに・・・。なんかおかしいよな俺」
貴人の言葉にようやく言葉をしぼりだした冬馬はなんとか気丈に振る舞い言葉を返す。
貴人や衣緒奈からすれば、この言葉じたいおかしい。
普段の冬馬なら突き放すような言葉が出てきてもおかしくない場面なのだ。
「病院行くほどじゃねえけど、今日は帰るわ」
「そ、そう。・・・学園祭の準備手伝って貰いたいとこだけど、無理させるわけにもいかないしね。特別に明日だけ遅刻も許してあげるから、ちゃんと体調戻してくるのよ」
腕を組み仕方無さそうに答える衣緒奈。
「おっと、じゃあ今夜のバイトも休まないとだな。我から店長に言っておくとしよう」
「悪いな、二人とも」
そういって保健室を出て行こうとする冬馬に、貴人からいきなりカバンが投げつけられた。
それを驚きの表情でなんとか受け取る冬馬。
「カバンを置いていくわけにもいかんだろ?」
貴人は、メガネを妖しく光らせる。
「アンタ用意良すぎじゃない?てかそれ持ってきてたの!?」
そんな貴人を衣緒奈は驚くよりも呆れた顔で見る。
「予想して持ってきたまでだ。フッ・・・予知能力があるとでも思ってくれたまえ」
「アンタが言うと冗談に聞こえないのが怖いわ」
貴人の言葉に頭を抱える衣緒奈。
「じゃあ俺帰るわ」
そんな二人のいつも通りのやりとりを無視するかのように、冬馬はさっさと保健室を出て行った。
「今日は安静にするのよー!」
「矢追女史と担任には我が連絡しておこう」
追うように二人は冬馬に声をかける。
そんな中煮え切らない衣緒奈は、冬馬の出て行った扉をじっと見つめていたのだった。
その数分後、冬馬の姿は学校の屋上にあった。
ここは冬馬のお気に入りの場所。
普段から人気の少ないこの第二校舎の屋上は、午後の授業が始まったこともあり静まり返っていた。
「帰るんとちゃうの?」
誰も居ない屋上の策にひじを突き、静かな中庭の方を見る冬馬にあゆむは声をかけた。
「帰ってもよかったんだけどな。ちょっと確かめたいことがあったんだ。・・・まあそれより、あゆむっていったっけか?悪かったな。疑って、キツイこと言っちまって」
中庭から視線を離さず、そのままの体勢で冬馬は謝る。
あゆむはそれを照れ隠しだと思い、首を振って答えた。
「ええよ。信じてくれたんやったらそれで。
それに、ウチもキツイこと言うてもうてるし。まあ普通いきなり幽霊なんか見えるようになったら気が動転してもおかしないしな」
「それだよ」
「え?」
あゆむの答えに、冬馬は静かに返した。
「俺が本当に幽霊を見れるようになったのか。それが知りたくて、あそこが良く見えるここに来たんだけどな」
そういって冬馬は中庭に立っている、一本の枯れた木を指差した。
「どういう意味なん?」
首をかしげ、あゆむは冬馬のとなりに立ち、同じく中庭に目をやる。
「あそこの木見えるか?さっき保健室に来たメガネから聞いた話なんだが、昔、二股をかけられてた女がその決着をつける為に、自分が本当に好きならあそこで会いたいって、あの木の下にその男を呼び出したらしいんだ。でも結局男は来ねえで、女は悲しみと共にあそこで首をつった。それ以来あの木は枯れたままで、夜になるとその女の幽霊が出るって話なんだが・・・。まあ今は昼だけど、霊が見えるようになったんなら、俺にも見えるようになったのかと思って来てみたんだけど・・・どうやらガセだったみたいだな」
「え?ちゃんと居はるよ?」
所詮は噂だと落胆した冬馬に、あゆむから意外な答えが返ってきた。
「は?」
あゆむの言葉に驚いた冬馬は、あゆむの顔を見てすぐに中庭に視線を戻す。
「どこに・・・いる?太い枝で首吊ってる・・・って訳でもねえみたいだし」
「普通に木の下で佇んではるけど・・・ほんまに見えへんの?」
目を凝らし枯れ木を凝視するが、冬馬の目には女の姿が見えることはなかった。
「どういうことだ?俺に霊能力がついたって訳じゃないのか?」
「そう・・・なるんかな・・・。ちょっと待ってや」
そういうとあゆむはきょろきょろとあたりを見回すと、第一校舎の屋上を指差す。
「あそこ!あそこに見える子は?」
あゆむの指差す先には、人影すら見えない。
「いや、見えねえ。あの屋上だよな?」
「うん・・・。じゃ、じゃあ!」
そう言ってあゆむは次々と指を刺していった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
あゆむが6体目の幽霊を指差した時、冬馬はようやくあゆむの行動を止める。
「なんだよ、この学校そんなに幽霊がいやがるのか?」
「えっと、ここから見える範囲やと、あと二人くらいかな?」
唇に指をあて考えるような仕草をするあゆむ。
「そんな居るのかよ・・・。いやそれより・・・どいつも見えねえんだが?」
冬馬の目にはあゆむが指差したどの霊も見ることが出来なかった。
「ってことはあれやんなあ。あんたには霊能力がついたわけやないっとことや」
「じゃあ何で俺にはお前が・・・?」
見詰め合う二人。しかし、見詰め合ったところで答えがでるわけでもない。
そのうち冬馬はあゆむだけしか幽霊が見えないのならあゆむにだけ関わりを持たなければ済むことだと結論付けた。
「まあ、変な力ついたわけでもないし、どうでもいいか」
そう言って屋上を出ようとする冬馬。
「あれ?帰ってまうん?」
「ああ。よく考えたらここに居るのはマズいんだ。もし白鳥に、保健室に来た女に見つかりでもしたら、なに言われるか分かったもんじゃねえしな。つーことだ。じゃあな」
あゆむに背を向けると、冬馬は手を振って階段に向かう。
「ちょっ、ちょっと待ちいな!ウチ等のことはもうええんか?気になるやん!」
「考えてわかることかよ。つーか俺を変なことに巻き込むんじゃねえ!」
「ウチは気になるーー!」
握った手をばたつかせるあゆむ。
「本来こうして喋ることもでけへんウチらが触れ合ったりも出来るんやで?ほらあれや、運命ってやつ!ウチらは出会う運命の二人やったんや~」
ムネの前で手を組み、乙女のような表情になるあゆむを無視して、冬馬は階段から下りていった。
「で、いつまでついてくるつもりだ?」
学校から出て少し歩いたところで、冬馬は振り返らずに後ろのあゆむに言った。
「とりあえずあんたの家まで?」
「なんで疑問系なうえ、家までついてこようとすんだよ!」
そんな返答に冬馬はつい振り返って答えてしまった。
いま歩いているのは普通の道端である。
こんなところであゆむと話していては、周りから一人で喋る変な人に思われるに違いない。
なにせあゆむは誰にも見えてないのだから。
「そ、それはな、ほら、あれや、ウチ気になることがあるとそれで頭ん中いっぱいになってまうんや。せやから、あんたと一緒にいたらなにかわかると・・・」
あゆむはそう口ごもりながら照れたように顔を伏せる。
冬馬はこういう責めにめっぽう弱かった。
このまま責め続けられれば折れてしまいそうだと感じた冬馬は、変人あつかいからもさけるため、あゆむに背をむけるとバツが悪そうに空を見上げた。
「悪いがさっきので分かったと思うが、俺は霊能者でもなんでもないただの人だ。だからお前の望むようなことは何一つしてやれない。俺なんか忘れてさっさと成仏するんだ」
そう話すと一気に駆け出した。
後ろは振り返らない。
拾えない捨て犬の前を走り去るような気持ちで、冬馬は自宅へと走るのだった。
「ったく、今日はとんだ一日だったな」
冬馬は自分の自宅前につくと大きなため息をもらした。
やや古ぼけた2階建てのアパート、その二階の一番奥の部屋が冬馬の家だ。
「へ~、これがあんたの家なんや。ずいぶん部屋狭そうやけど、もしかしたら一人暮らし?」
「ああ。・・・ってお前!なに付いてきてやがんだよ!」
「いや~。ウチ別に行くとこがあるわけやないし、成仏出来るんやったらとっくにしとるしな」
バンッ!
あゆむが照れたような仕草をした隙に、冬馬は急いで部屋に入り鍵をかけた。
ガチャッ!
そして扉に背を預けると、ずるずると玄関に座り込み、再びため息をついた。
「ったく!なんなんだよあの幽霊野郎は!俺になんの恨みがあるってんだ!」
「別に恨みなんかあらへんよ。ウチはただ、一緒にいてほしいだけや」
その声に気付き横を向くと、あゆむが困った様な笑顔で冬馬を見ていた。
「お!お前!なんで!?」
「いや~、ウチ幽霊やさかい」
バツが悪そうに頬をかくあゆむ。
そこでようやく状況を理解した冬馬はひざをついて落ち込んだ。
そう、幽霊のあゆむに閉め出しなど無意味なのだ。
「なあ」
三角座りしたあゆむが、落ち込む冬馬の袖をひっぱる。
「一緒に居させてもらえへんやろか。なあ、ええやろ?」
「いいわけあるか!上手いこと言って、どうせ俺に取り憑いて生気とか吸う気なくせしやがって」
瞬間、いいすぎた!と思った冬馬だったが、意外にもあゆむはキョトンとした顔で、顔の前で手を振った。
「いやいや、ウチとアンタの関係上取り憑くのは無理やで。それにさっきも言うたけど、ウチ恨み持っとる幽霊とちゃうし」
「は?」
その言葉に、今度は冬馬の方があゆむと同じ顔になってしまう。
「どういうことだよ」
「まあこの体になって知ったんやけど、一般に言う憑依っていうんは、幽霊が生きてる人の中に入るってことなんや」
「入る?」
「そうや。わかりやすく言えば、人間って入れ物のなかに魂が二つ入る状態やな。ほら、漫画なんかで幽霊が背中から、人の中にはいってくのを思い出してくれたらええわ。生命力を衰えさせるにしろ体を乗っ取るにしろ、まずその『憑依』をせんことには始まらんのよ。まあ霊によっては肩に乗ったりして自分をアピールする人・・・あいや、霊も居るんやけどな。ほんでウチら。ウチらってほら、触れてしまえるやろ?」
そこまで聞いてようやく冬馬は理解する。
「なるほど。俺に取り憑こうにも、普通に体がぶつかってしまうだけで、憑依は出来ないってことか。・・・でも、それは確定してることなのか?」
その冬馬の言葉に、あゆむは言葉を失ってしまう。
しかし、なんとか答えを搾り出した。
「わからへん・・・。で、でも、取り憑かな生気は奪えへんのは・・・確かや。恨みをもっとった霊は、必ず人の中にはいっていっとったし・・・」
確かだ、と断定はするものの、あゆむの顔からは不安が消えていなかった。
「なあ!お願いやから一緒に居させてくれへん?もし一緒にいるだけでもあんたがしんどなってきたらどっかいくし!ウチ・・・幽霊になってからずっと一人で・・・。寂しかったんや!せやからウチ・・・ウチのことを認識できる人の側に居りたい・・・」
そう言って、あゆむは潤んだ瞳で冬馬を見上げた。
本当に冬馬はこういう状況にめっぽう弱い。
冬馬の心は徐々に押され始めていた。
「絶対迷惑はかけへん!それにウチ幽霊やし食事とか睡眠も必要ないし。ただ・・・ただ側に居らせてくれるだけでええねん!」
あゆむの必死の訴えに冬馬は折れてしまった。
「ったく・・・わかったよ。そこまで言うんなら勝手にしろ!ただし、本当に俺の体になにかあったら、直ぐに離れてもらうからな!」
冬馬の答えにあゆむは嬉しそうに手を握ってくる。
その目には少し涙がたまっていた。
よほど嬉しかったのだろう。
「うん!ありがとな!・・・えっと」
「大鷹冬馬だ」
言葉の詰まりを名前が分からないからだと理解した冬馬は、遅くなった自己紹介をぶっきらぼうにした。
「よろしくや!冬馬くん!」
そんな冬馬とは対照的に、あゆむは満面の笑みで返すのだった。
「ところでお前、睡眠とか必要ないって言ったよな?」
そして今度は冬馬の方が、あゆむにむけて不敵な笑みを浮かべる。
「せや、ウチは幽霊やしな」
その顔に気付いてないのか、あゆむは普通に答える。
「なら一緒にいる条件として、一つ頼みごとをさせてもらうぞ。
お前にぴったりな仕事だ」
「なんや?ウチに出来ることならなんでもするで?」
翌朝、眠る冬馬をあゆむが見下ろしていた。
これは枕元にたって夢に出ようとかそういうのではない。
冬馬の頼みを叶えるために待機しているのだが、その頼みがあゆむにとってあまり喜ばしくない頼みだった。
「確かにウチには丁度ええ仕事やけど・・・、もう少し言い方ってもんがあると思うねんな~」
ぶつぶつとつぶやきながら、気持ちよさそうに眠る冬馬にため息を吹きかける。
「『目覚まし代りになれ』って・・・、
『毎日決まった時間に起こしてくれ』でええやんか・・・」
見下ろす冬馬は、もう少しで起床時間だというのに、気持ちよさそうな寝息をたてていた。
「ほんま、気持ちよさそうに寝てからに」
言葉は尖っていたが、あゆむの顔は微笑んでいた。
よく見ると可愛い寝顔なのだ。
出合った当初のちょっと怖い雰囲気など微塵も感じない。
「朝弱いっていってたけど、ゆするくらいじゃ起きひんのやろか。そのわりに目覚ましは携帯のアラームだけやし」
そしてアラームの一回目があと5分と近づいたとき、あゆむにふと疑問が生まれた。
寝起きが良かった自分にはこれでも十分な対応と思えるのだが、自分に頼んでくるぐらいということはそうとう寝起きが悪いと想像出来る。
これはかなりのことをしなければ起きてくれないだろう。
「せや」
そこであゆむに妙案が閃く。
冬馬の頼みを叶えると同時に、酷い物言いに対する報復も兼ねた、おそらく冬馬が苦手であろう妙案が。
ピピピピピピピピ
「う・・・・・ん」
ぼんやりとした頭の中に、アラームの単音が響いてくる。
前日の夜にバイトがなく早く寝た冬馬の頭は、いつもよりクリアになるのだが、
それはあくまでもいつもより、というだけで、
ほんの数ミリほど開けた瞼を閉じると、再び睡魔に襲われ、
アラーム音が小さくなっていく。
そんな再び眠りに落ちそうになる最中、
「ねぇん、と・う・ま・くぅん。朝、やで」
誘うような甘い言葉と共に、生暖かい息が耳をくすぐった。
その息の感触にぞわっとくるものを感じ、冬馬の脳がいっきにクリアになってくる。
「ん・・・、なん・・・だ?」
身を捩り、息のかかった方へ振り向くと、
「って、うおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
目の前の光景に、冬馬は勢いよく飛び起きた。
冬馬の目の前にあったのは、誘うように目を潤ませたあゆむの顔、
そして布団を勢い欲でたことによりあらわになるあゆむの格好。
普段から肩を出した服だが、さらに胸元がはだけており、
あゆむの豊満な胸が強烈に自己主張されていた。
あゆむの読みどおり、冬馬はこういうことに対する耐性がからっきしなのだ。
「て、てめぇ!朝っぱらからなんのつもりだっ!!」
耳まで赤く染めた冬馬の怒号が部屋に響く。
「いややわあ。ウチは冬馬くんのお願いどおり、時間に起こしてあげただけやで?」
そういいながら腰をくねらせ、更に冬馬を挑発した。
「ほら、現にちゃんと起きられとるやん。それにしても冬馬くんって可愛いなあ。このて・れ・や・さん♪」
「や・・・やっぱ今すぐ出て行け!このクソ悪霊ぉぉーーーっ!!」
追い出そうにも幽霊なのでどうすることも出来ず、結局冬馬はあゆむとの生活を余儀無くされるのであった。
《予告》
強いはずの冬馬君がなぜか急にピンチに陥ってもうた。嗚咽を漏らし降り注ぐ暴力の雨になすがままの冬馬君。幽霊のウチには涙を流す事しかでけへん。そんな時、囚われていたヒロインの隠された牙が悪党達に突き刺さる。
次回、七の夕月『三日月』