更待月
七の夕月
「死ぬううう!死んでまうううううーーーっ!!」
勢い良く走る車内、衣緒奈におぶさる形で衣緒奈にしがみつくあゆむは、涙目になりながら叫んでいた。
あゆむの状態は生きている人間で例えると、高速で走る車のリアバンパーあたりにしがみついている状態である。
「鮎は既に死んでるでしょうが」
頬杖を付きながら窓の外を見て要が笑いを堪える。
あゆむの手をしっかり握る衣緒奈は、あゆむが後ろで涙を浮かべながら叫んでいるのもあり苦笑を浮かべるしかなかった。
「そろそろ冬馬に追いつきそうではあるがマズイな。冬馬の携帯は既に高級住宅で停まってる上、冬馬とその携帯の位置が目と鼻の先まできている」
貴人はあゆむの声が聞こえないので、あゆむを気にすることなく不安な表情で衣緒奈達に報告してくれる。
「なんとか問題起きる前に止められればいいんだけど」
「あ!冬馬君!」
そうこうしているうちに余裕がなかったはずのあゆむが、真っ先に冬馬の姿を視界に捉えた。
「冬馬!?」
あゆむの声に反応して衣緒奈が窓の外を確認すると、車道の端に出て必死で自転車をこぐ冬馬の姿を見つけた。
その声で全員が冬馬の存在に気付き、公博は速度を調整して車を冬馬の隣につける。
「冬馬君!」
「冬馬!」
あゆむと同時に衣緒奈も冬馬に向かって叫ぶ。
二人は手を伸ばせば届く位置で叫んだのだが、冬馬は二人の声が聞こえてないのかまっすぐ前を見て必死に自転車をこいでいる。
時折携帯で何かを確認しているが、まったく衣緒奈達に気づく気配がない。
「冬馬君!冬馬君!!」
あゆむは気づかない冬馬に必死に叫び続けるが、それでも冬馬はこちらに気付こうとしない。
そんな冬馬に怒りを覚えた衣緒奈は窓から身を乗り出し、可能な限り冬馬に顔を近づけた。
「お、おいおい、危ねえぞ!」
衣緒奈のいきなりの行動に驚き注意を促す公博だが、衣緒奈は構わず大きく息を吸い込んだ。
「こんの、馬鹿冬馬ああああぁぁぁぁーーーーっ!!止まりなさああああああいっ!!」
いきなりの耳をつんざく大声に冬馬は自転車のハンドル操作を誤り、すごい勢いで転げて道路脇の草むらに突っ込んだ。
「あ・・・」
「おいおい、今凄いこけ方したけど大丈夫か?」
あゆむは呆気にとられ、公博は冬馬を心配してすぐ道路脇に車を停車させた。
「冬馬は頑丈なんで大丈夫です」
冬馬の転ぶ原因を作った衣緒奈は、ああなって当然といった雰囲気で腕を組み、ふくれっ面をしていた。
そして車を降りると、みんなが冬馬の元へかけていく。
冬馬は擦り傷が残るもののそれ以外は特に怪我が無い様子で、すぐに立ち上がると走ってきた衣緒奈たちを一瞥する。
「お前らなにしに来たんだよ。・・・伊藤先輩まで連れ出して」
「冬馬、それは酷くないか?みんなお前のこと心配してくれてるんだぞ?」
公博が先輩として冬馬を嗜める様に話す。
「いいから馬鹿なことはやめなさい」
そう言って冬馬をつかもうとした衣緒奈の手を振り払うと、冬馬は自転車をそのままに歩き出す。
「すんません。俺、どうしても許せないんです」
「冬馬君、待ってや!」
腕を掴んで止めようとするあゆむの手をすり抜け、冬馬はそのまま走って行ってしまった。
「もう!あの馬鹿!ちゃんとふん縛って止めないとわからないのかしら!」
「ていうかホントなにがあったんだ?」
公博は詳しく事情をしらないので困惑するが、どう説明したらいいかもわからない衣緒奈は再び冬馬を追おうとみんなに話す。
「とにかくあいつが向かう場所はわかってるんでしょ?なら直ぐ向かってあいつを止めましょう」
「うむ。ここからすぐの場所だ。冬馬がなにするかわからんが、急いだほうがいいだろう」
だが、この時点で冬馬を止めてなかったことに、全員が後悔した。
『更待月』
「出せよ!ここにいる女を出せよ!」
衣緒奈達がその場所に着いた時、豪邸の門の向こうで黒服ともみ合いながら叫ぶ冬馬が居た。
どうやら門を乗り越えて中に入ったらしい。
「ちょっと冬馬、いいかげんにしなさいよ!」
慌てて止めに入ろうとする衣緒奈と、それに続くあゆむたち。
「君たち、この男の知り合いか?君たちも協力してくれ!こんな台風みたいな男は初めてだ」
「わ、わかりました」
門を開けてもらい、衣緒奈達も中に入って冬馬を止めようとする。
「出てこいよ!絶対思い出させてやる!忘れたとはいわせねえ!あゆむを!あゆむの事をよおおおおぉぉっ!!」
だが、冬馬はなおも暴れ、大声をだす。
「先輩。とりあえず警察に電話を」
冬馬の暴走に手を付けられないと判断した黒服の一人が、警察に応援を頼もうとしたまさにその時だった。
「待って!」
玄関からあゆむの母親が飛び出してきた。
「奥様!?危険です!お部屋に戻ってください」
「おかん・・・」
「いいんです。それよりもあなた今あゆむと?」
冬馬は自分の体を掴んであゆむの母親を見ながら固まる黒服や、衣緒奈達を振り払うと、あゆむの母親の近くまで歩いていき対峙した。
冬馬が掴みかかると思った黒服達は、慌てて冬馬のもとに駆け寄ろうとする。
しかしあゆむの母親が、手の仕草だけでそれを止めた。
あゆむの母親の目の前に来た冬馬は敵と言わんばかりにあゆむの母親を睨みながら叫んだ。
「ああ、忘れたとは言わせねえ!あゆむのことも!あんたがあゆむにしたことも!」
あゆむの母親は顔を伏せると、自重めいた表情をしてつぶやいた。
「忘れたことなんてあらへんよ」
「え?」
その言葉は近い冬馬にだけ届いた。
「それよりあなたはあゆむの・・・友達だった子?」
「俺はあゆむの彼氏だ!」
それを聞いて、あゆむの母親は悲しそうな顔になる。
「そう・・・。あなたにも悲しい思いさせたのね・・・。あなたの怒りは当然のことだわ。でもこんな外ではなんだから、上がって話をさせて貰えないかしら」
思いがけない反応に冬馬は戸惑ったが頷くことで答えた。
「彼と彼の友達を来客用の部屋へお願い」
「し、しかし奥様、よろしいのですか?」
あゆむの母親の提案に黒服の一人があゆむの母親に近寄り確認をとる。
ここまで暴れた男を家に入れるという事に疑問を持ったからだ。
「これは私の贖罪なの。お願い、あの子達を案内してあげて」
「わ、わかりました」
「贖罪・・・。あんたあゆむを覚えていたのか?」
黒服に指示を出し先頭を歩き出すあゆむの母親に、冬馬は声をかけた。
「ええ、あの子のことも、あの子にしてしまったことも覚えてるわ」
冬馬はその言葉に安堵の気持ちを覚えると共に、感情に任せて暴走してしまったことを悪くおもった。
「すいませんでした。俺、あんたがあゆむのこと忘れてるって思ったら許せなくなって」
そしてあゆむの母親の前に走って回ると頭を下げた。
「いいのよ。あなたの怒りは当然だもの。それにあの子が死んでわかったことだけど、私はあの子のことを全然知らなかった。だからあの子のこと、どんなことでも聞きたいの。あなたと付き合ってどんなこと話してたとか・・・」
悲しそうに微笑むあゆむの母親。
冬馬が聞いたあゆむの母親とは思えないほど、柔らかく優しい女性だと思った。
元々はそうだったのだろう。
しかし、なかなかいい男の人に出会えなかったことが、この人を変えていったのだと冬馬はおもった。
あゆむはそれを知っていたから、母親を恨んでないと言ったのだろう。
冬馬が自分はあゆむが生きていた頃の彼氏じゃないと訂正しようと思ったが、思いのほか早く客間に着いたので話せる状況の時に話そうと思った。
「す、すごいな・・・。さすが金持ち」
客間の豪華さに息を呑む公博と貴人だが、冬馬と衣緒奈、要はさっさと椅子に座る。
そしてあゆむは冬馬の横に座る格好で浮き、冬馬の手をしっかり握った。
あゆむの母親は冬馬の真正面に座る。
「えっと・・・」
「大鷹冬馬です。騒ぎを起こしてすいませんでした」
冬馬は冬馬のことをどう呼んでいいのかわからなかったあゆむの母親に名乗ると、今回の行いをもう一度謝った。
衣緒奈と要は何も言わず、冬馬のことを見守っている。
「いいのよ冬馬君。私があの子に、君にしたことを思えばあれくらいはね・・・」
あゆむの母親は再び悲しそうな顔をした。
しかしすぐに母親の顔に戻り少し嬉しそうに話す。
「でもあの子がこんな遠い場所に恋人作ってたなんてしらなかったわ。あなたと居る時は、あの子幸せでいられたのかしら・・・。出会いはなんだったの?」
あゆむの母親にどう言おうか迷った冬馬だが、ここがチャンスだと思いあゆむもいるので本当のことを話すことにした。
「いえ、俺はあゆむが生きていたころの彼氏じゃないんです」
「え?」
あゆむの母親と共に公博も疑問を覚えた。
公博は衣緒奈を冬馬の彼女と思っているからだ。
「俺は死んで浮遊霊になったあゆむさんと最近知り合って恋人同士になったんです」
「嘘・・・。そんなこと――」
言いかけたあゆむの母親は目の前の事象に驚愕して声を止めた。
あゆむが自分のことを示すために、冬馬のほっぺたを引っ張っていたのだ。
冬馬の隣に本当に幽霊でも居ない限り、不可能なくらい伸びる冬馬の頬。
「これでこの幽霊があゆむということを示すことはできませんが、幽霊というのが本当に存在することはわかってもらえたと思います」
あゆむの母親と同様に、公博もありえない自体を目の当たりにして驚いていた。
「そこにいる幽霊が・・・あゆむ?」
あゆむの母親はふらっと立ち上がると、ゆっくりあゆむの前まで歩を進める。
「ほ、ほんとうにあゆむだとしたら、あなたは私があの子にしたことを教えてもらって、・・・だから怒って家に来たの?」
自分の罪に涙を浮かべ、あゆむの母親は冬馬に尋ねる。
「ええ。俺はあなたがあゆむを忘れてるって思ったとき、どうしても許せない気持ちになったんです」
「あゆむ・・・、本当にあゆむなの?」
あゆむの母親はあゆむの前であゆむのほっぺたを触ろうと手を空中に躍らせる。
「本当にあゆむなら・・・この冬馬君のほっぺたをひっぱって」
あゆむの母親はそう言って困惑し、冬馬に悪いと思いながらも、あゆむだと証明してもらうためにそう投げかけた。
そして直ぐひっぱられる冬馬の頬。
「あゆむ・・・、あゆむ!」
その瞬間あゆむの母親は泣き崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさいあゆむ!私、あなたにひどいことを!だから私を恨んで幽霊になってしまったのね」
泣き崩れるあゆむの母親に冬馬が話す。
「あゆむは・・・あなたを恨んではいないそうです」
自分が気持ちをかき乱してしまったから、少しでも気持ちを楽にしてもらいたい、冬馬はそう思って言ったのだがその願いは受け入れられなかった。
あゆむも同意の意味で冬馬のほっぺたを引っ張る。
しかしあゆむの母親には伝わらなかった。
「嘘や!あゆむがウチのことを恨んでないはずあらへん!あんたもあゆむから聴いてるんやったら知っとるやろ!ウチがあの娘に何をしたんかを!」
冬馬に縋り付いて来るあゆむの母親に、あゆむの気持ちを伝えたくてきつめに返す冬馬。
「ああ、知ってるさ!でも確かにこいつはそう言ってる!」
冬馬の抗議にあゆむの母親は一歩も引かない。
「確かにあの子は優しい娘や。そう言ってくれてもおかしあらへん。でも心のどこかでウチのこと恨んでるから、成仏出来んとこの世を彷徨っとるんや!」
冬馬は返すことが出来なかった。
あゆむが母親を恨むなど今は想像すら出来ないが、あゆむがこの世で彷徨っている理由は未だにわかっていない。
母親の言う通り、心のどこかで母親を恨んでいるとも言い切れないのだ。
「殺してや!ウチを殺してやあゆむ!」
その叫びは悲痛だった。
「あんたにはその権利がある!それであんたも・・・ウチも救われるかもしれん・・・。だから、だから殺してやぁ!」
自分の罪を知ってから、ずっと辛かったのだろう。
あゆむに縋り付く感じで叫ぶ姿からそれが痛々しく感じられた。
「奥様!大丈夫ですか!?」
あゆむの母親の叫びを聞き、外に居た黒服が慌てて中に入ってくる。
「おかあさん!だめええぇぇ!!」
それと同時に、墓場であゆむの母親と一緒に歩いていた少女が飛び込んできた。
「お願い!お願いだからお母さんを許してあげて!」
「美空・・・」
冬馬とあゆむの母親の間に入り、あゆむの母を守ろうと手を広げる美空。
冬馬は困惑する。
自分もあゆむもあゆむの母親を許している。
あゆむの母親だけが、自分自身を許していないのだ。
「美空・・・、ごめんね。お母さんはそれだけのことをあなたのお姉さんにしたの・・・。私はその罪を死ぬことでしか償えない・・・」
悟ったように微笑み、あゆむの母親は美空の頭を撫ぜる。
「嫌だよ・・・お母さん。ダメだよ」
涙を流しながら首を横にふり、母親に抗議する美空。
しかし娘の涙すら、あゆむの母親を止めることが出来ない。
「さあ!あゆむ!私は覚悟出来てるわ!あなたの好きなようにしなさい」
胸に手を当て覚悟したようにしっかりした顔で、あゆむがいるであろう場所に叫ぶあゆむの母親。
「さあ!」
再びあゆむの母親があゆむを促そうとした瞬間。
パンっ!
豪華な応接間に乾いた音が響いた。
そこにいた半数は何が起こったかわからない。
音の原因となったあゆむの母親も何が起こったかわからず、驚いた表情で首を曲げながら固まっていた。
その状況は冬馬たちにだけ見えていた。
あゆむがいてもたってもいられず、母親の頬をひっぱたいたのだ。
あゆむの手にはここに来るまでに要からかけられた術式の効力が残っていた。
「え?」
あゆむの母親は突然発生した痛みに困惑する。
そんな母親にあゆむは思いをぶつけようと叫ぶが、当然母親の耳に届くはずがない。
そのやりとりにいてもたってもいられなくなった衣緒奈が勢い良く立ち上がろうとするのを冬馬が静止し、ゆっくりと立ち上がってあゆむに近づく。
「あゆむ。お前の声は俺が届けてやる。だから落ち着け」
あゆむは冬馬の言葉にハッとして自分を取り戻し、そして悲しそうに俯く。
あゆむの母親はゆっくりと冬馬の方を見た。
「俺が今からあゆむの言葉を代弁します。俺の言葉はあゆむの言葉だと信じてもらえますか」
冬馬の真剣な顔に、あゆむの母親は少し考えてから頷いた。
静まり返った室内であゆむが、その言葉を冬馬がゆっくりと紡いでいく。
「おかん。おかんの気持ちは十分にわかった。じゃあウチの願い、聞き入れてくれるんやね」
あゆむの母親は冬馬の言葉にブンブンと首を縦に振ることで返事をする。
「じゃあウチからのお願いや」
「やだよ・・・。お母さん、お母さぁん」
いよいよあゆむから罰が言い渡される。
それが母親との別れになると思った美空は母親の裾を引っ張り、必死で引きとめようとする。
しかし、なかなかその言葉は冬馬の口から発せられない。
「そうだよな・・・。お前はそういうやつだよな」
冬馬は顔を伏せ、深呼吸で息を整える。
そして先にあゆむの言葉を聞いてしまった衣緒奈は、その想いに耐えられず大粒の涙を流していた。
困惑するあゆむの母親と美空に、冬馬がしっかりした口調であゆむの言葉を伝える。
「ウチからのお願い。その娘を、美空ちゃんを、ウチの分まで愛してあげて」
「え?」
その言葉に、あゆむの母親と美空は困惑した。
そして美空は安堵し、母親は冬馬に掴みかかってくる。
「そんなことは当たり前じゃない!私はこの子をあなたの分まで愛しているわ!」
美空を抱き寄せるあゆむの母親。
「この子を愛するのは当然!でもそれじゃあなたへの罪滅ぼしにならない」
「ならなんでおかんは殺してなんて言ったんかな?死んだらこの娘はどうなるん?」
その言葉にあゆむの母親は答えに困り口を噤んだ。
「ウチはおかんを恨んでへん。おかんに死なれるくらいなら、その子をウチの分まで愛して、幸せにしてあげてくれる方がずっと、ずっと嬉しい」
あゆむは流れる涙を拭おうとはせず、滲む視界に母親とその娘を捉える。
「ウチのことを思ってくれるんやったら、その子をウチの分まで愛してあげて。幸せにしてあげて」
その言葉をかわきりにあゆむの母親は泣き崩れた。
「ごめんなさい!あゆむ!美空!ごめんなさい!」
そして美空を強く抱きしめ、あゆむと美空に謝り続ける。
あゆむはそんな母親と美空を一緒に優しく抱きしめるのだった。
「良かったのか?ここに残らなくても」
母親との蟠りを解消できたあゆむと冬馬は二人広い豪邸の庭に出ていた。
時間も遅い事も有り食事に誘われたのだが、自分たちは少しだけ二人になりたいと庭に出てきたのだ。
「確かにここでおかんや美空ちゃんの幸せを見守って行きたいけど、ウチは冬馬君の彼女やしな。それにここにはウチを認識してくれる人はおらへんし」
あゆむにはそれがなにより辛い。
あゆむは悲しさが滲む微笑みを冬馬に向けた。
「そうか。でも良かったじゃねえか、母親との問題もこれで解決出来ただろう」
「確かに終わりよければすべて良しっていうけど、最初はほんま焦ったんやで!ウチが止めるのも聞いてくれへんかったし」
あゆむは気持ちを切り替えたのか、冬馬にたいしてぷりぷりと怒り始める。
「悪かった、悪かったって。感情的になりすぎたのは謝るよ。ごめん」
「なら良しや」
冬馬の謝罪にあゆむは嬉しそうに笑った。
「やはり本当にあゆむちゃんはそこに存在するんだな」
笑い合うふたりに不意に声がかけられた。
そして現れるスーツ姿の男性。
「篤おじさん!」
「篤おじさん?あゆむ知ってるのか?」
「ウチが中学の頃におかんと付き合ってた人や。おじさんの仕事の都合で別れたはずやけど、まさか篤おじさんがオカンの再婚相手やったやなんて」
あゆむは驚いた表情で篤を見た。
「私と初対面の君が私の名前を口に出来るということは、そこにいるのはあゆむちゃんで間違いないのだろうな。・・・あゆむちゃん久しぶりだね。まさかこんな形で再開するなんて思ってもいなかったよ」
「お、おひさしぶりです」
あゆむも困惑しながら淳に挨拶する。
「挨拶はいいですが、なにか言いたいことがあるんじゃないですか?だから俺たちに声をかけたんですよね?」
二人の時間を邪魔されたことに腹を立てたのか、冬馬はぶっきらぼうに篤に尋ねる。
「そうそう。先ほどのやりとりは見させてもらったが、君たち、いや、あゆむちゃんに伝えて置かなくてはならないことがあったのでな。二人の時間を邪魔したのは謝るよ」
「ウチにですか?」
不思議そうに聞き返すあゆむと、心のウチを見透かされ、更にぶっきらぼうになり、そっぽを向く冬馬。
そしてあゆむの声が聞こえたわけではなかったが、タイミングよく篤が答える。
「君たちは墓地で千鶴に会ったんだよね?」
「ええ、てかあの時一緒にいたんですか?」
「いや、いたわけではないが、千鶴から今日あそこにいくと聞いていたのでな」
「それがなにか?」
「あそこにあゆむちゃんの墓が建つことは伝わってるかい?」
「え?」
あゆむと冬馬は同時に驚いた。
あの時、あゆむが墓地を隅々まで探したはずだが、結局あゆむの墓は見つけられなかったはずだ。
「あそこにはあゆむの墓なんてなかったはずです・・・」
「建つことは、と言っただろ?今日墓が建つ場所を確認に行ったのだよ」
「でも、なんで今更」
「せや、なんで今更ウチの墓を」
篤は二人の質問に答えた。
「千鶴は償う意味も兼ねて、あゆむ君のお墓を自分で一から稼いで建てようとしていた。必死で働いてコツコツお金を貯めて。そして最近ようやく墓の資金を貯めることが出来たんだ」
「あそこに・・・ウチのお墓が・・・」
あゆむの目には再び涙が溢れていた。
母親が自分をこんなにも思っていたことを再び知れたこと、そして自分の墓がちゃんとあることに嬉しさがこみ上げてきたのだ。
「このことが伝わってないみたいだったんでな。君たちに教えたかったのと、千鶴の贖罪を知って欲しかったのもある」
「そうだったんですか」
そして冬馬はすぐに頭を下げた。
「ありがとうございます。墓が建ったらすぐに教えてもらっていいですか?こうして俺たちは近くにいますが、線香の一つでもあげたいので」
「冬馬君・・・」
「もちろんだ。連絡先を教えておいてくれ。息子である君には是非来てもらいたいからな」
冬馬の言葉に篤がにかっと笑いながら答えた。
「息子?」
連絡先を交換しようと携帯を取り出そうとする冬馬は妙なフレーズに首をかしげた。
「あゆむちゃんの彼氏なら私の息子も同然じゃないか。死んでから再婚したとはいえ、私はあゆむちゃんの父親にかわりないのだから」
「篤おじさん・・・」
「それは俺をあゆむの結婚相手だと認めてくれたってことっすかね」
喜びを顕にするあゆむとは対象的に、冬馬は皮肉を口にする。
「ああ。あゆむちゃんの為にここまで怒れる君なんだ。認めんわけないだろう。幽霊と人間という壁を乗り越えて、君たちなら幸せになると信じているよ」
「もちろん、幸せになりますよ」
冬馬はあゆむを抱き寄せると、眩しい笑顔で篤に返した。
「冬馬君・・・」
うっとりとするあゆむ。
篤は嬉しそうに微笑むと、くるりと二人に背を向けた。
「さて、二人の時間を邪魔しすぎたようだ。満喫したら食堂に来るといい。君たちには時間を気にして欲しくないから、こちらはこちらでやっておくよ」
手を振り、その場を後にする篤に冬馬はもう一度頭を下げた。
そしてあゆむをもう一度胸に抱きしめる。
「でも本当によかった。これで俺もお前も、家族との繋がりを取り戻せた」
あゆむは冬馬の胸で何度もうんうんと頷いていた。
しかし、急に冬馬の胸ぐらを固く掴んでくる。
「あゆむ?」
不思議そうに聞く冬馬に、あゆむは不安そうに尋ねた。
「冬馬君・・・うちらホンマにずっと一緒にいられるんよね」
「あ、あたりまえじゃねえか!俺たちは互いの問題をようやく解決できて、これから幸せになっていくんだぞ」
冬馬はあゆむの肩を強く掴み、自分の前にあゆむの顔を持ってくる。
「でもウチは幽霊やから、それが成仏につながっとるんやないかって、凄い心配なんや・・・。幽霊が成仏を心配するなんておかしな話やとは思うけど・・・」
冬馬もその不安を持っていったが、表に出してしまえば自分も不安にかられてしまうので、それを振り払うように強く、強くあゆむを抱きしめた。
「一緒だ・・・。俺たちはずっと一緒だ!」
しかし、不安はすぐに現実のものとなる。
というよりは既に現実になっていた。
冬馬とあゆむの運命は無情にも悲しみへと着実に歩を進めていた。
《予告》
うちは成仏しとった。せやけどこの世から消えへんかったんはある人の力のおかげ。うちと冬馬君は成仏を受け入れようとするけど、一人ウチの成仏に抗おうとしてくれる娘が居った。
次回、七の夕月『下限の月』




