居待月
七の夕月
「う・・・ん・・・」
大鷹冬馬が目を覚ますと、そこは足元がモヤがかった暗く広い空間だった。
「どこだここ?まさか死後の世界とかか?」
辺りを見回すが当然のごとく何も見えない。
「出来ればあゆむと同じ浮遊霊になりたかったもんだが・・・」
自分が死んでしまったと思った冬馬は悲しそうに俯く。
「お兄ちゃん」
そんな冬馬に声がかけられた。
「え?」
聞き覚えのある声に勢い良く顔を上げ辺りを見回す。
その時、暗い空間に薄明かりが灯り大鷹春奈の姿がゆっくりと映し出された。
「は、春奈・・・」
「お兄ちゃん!」
呆然とする冬馬に春奈が勢い良く抱きつく。
「そうか・・・。俺はやっぱり死んじまったんだな・・・。ありがとう春奈。こんな俺を迎えに来てくれて」
優しくあたまを撫でようとした冬馬の手を振りほどくように春奈が勢い良く顔をあげる。
「違う!お兄ちゃんはまだ死んでない!」
「え?どういうことだ?」
冬馬は春奈の行動と言葉に驚いた。
「私はあの場所にずっと地縛霊になって縛られてたの。ずっと、ずっとお兄ちゃんに伝えたいことがあって!」
「どういうことだ?じゃあここはいったい?」
冬馬はキョロキョロと辺りを見回す。
「お兄ちゃんの夢の中だよ。お兄ちゃんの彼女さんにお兄ちゃんを気絶させてもらって、夢枕にたったの」
「そうなのか。でもなんでまたこんな状況の時に。確かに死ぬ前にこうしてお前と話し出来るのは嬉しいけど。みんなを助けなきゃならないこの時にやることでもないと思うけど・・・」
冬馬はそう言うと頭をガリガリと掻く。
そんな冬馬の胸を春奈がドンっと叩いた。
「お兄ちゃん!なんでそんなこと言うの?みんなお兄ちゃんを助けようとしてくれてるんだよ?」
春奈の目には涙が浮かんでいる。
「それはありがてえよ・・・。でも俺は誰かが人質にとらわれてると、お前が死んじまった時のことがフラッシュバックして、なにも出来なくなるんだ。お前もあの場にいたなら見てただろ?」
冬馬がそう言うと、春奈は凄く悲しそうな表情になり冬馬を見上げた。
「お兄ちゃん・・・やっぱり私がお兄ちゃんのこと恨んでるって思ってたんだね」
春奈の言葉に冬馬は春奈から目を逸らしながら話す。
「直接手をかけたのはあいつらかもしれないけど、俺は助ることが出来たはずのお前を見殺しにしてるんだ。恨まれて当然だよ。お前が俺に伝えたかったことだってその――」
ぱんっ!
春奈は勢い良く冬馬の頬を叩いた。
その顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
冬馬にとってその痛みは蚊に刺されたような痛みだったが、春奈の涙と伝わる怒りに、心が張り裂けるような痛みを感じた。
「春・・・奈?」
頬を抑え涙でぐちゃぐちゃになっている春奈の顔を見る。
「私が伝えたかったことは、私はお兄ちゃんを恨んでないってこと!私が大好きなお兄ちゃんを恨むはずないじゃない!」
「春奈・・・」
そして春奈は再び冬馬の胸に飛び込み、腰に手を回して冬馬をぎゅっと抱きしめた。
「私はずっと私がお兄ちゃんを恨んでないってことを、大好きなお兄ちゃんに伝えたかった。私はその小さな願いでここに縛られていたの。でもこうしてお兄ちゃんに会えてようやく願いが叶うと思った・・・」
春奈は冬馬を抱く力を強めると、勢い良く涙でくずれる顔を上げた。
「でも、今のお兄ちゃんは私の大好きなお兄ちゃんじゃない!」
泣いている妹を慰めてやるのが兄としての行動。
しかし春奈の言葉にどうしていいかわからなかった冬馬の手が泳ぐ。
「な、なにを言ってるんだよ。俺はお前の――」
「違う!」
春奈の声に遮られ、ビクッとなる冬馬。
「私の大好きなお兄ちゃんは、目つきも悪いし喧嘩っ早いところもあるけど、ホントは優しくて、みんなを助ける力を持った強いヒーローなの!私はお兄ちゃんを恨んでない!だから私の大好きなお兄ちゃんに戻って!お願い!もう私の時のような悲しみを生まないで!」
その叫びはどれだけ冬馬の心を貫いただろう。
その言葉で冬馬はようやく自分の間違いに気づかされたのだった。
冬馬を苦しめてきた罪の十字架は冬馬自身が作り出した幻想でしかなかったのだ。
冬馬はどうしていいかわからずに泳がせていた手で、春奈の頭を優しく撫でた。
「ごめん、ごめんな春奈。兄ちゃんずっと間違ってたんだな。あの時も、いままでもずっと・・・」
そして小さな春奈の体を強く抱きしめる。
そんな冬馬を身じろぎして離すと、春奈はしっかりとした視線を冬馬に向けた。
「だからこそ今、しなければいけないことを見失わないで!お兄ちゃんはまだ生きている!やらなきゃいけないことがある!そうでしょ?」
「そうだ。俺は、俺のせいで巻き込まれたみんなを助けなきゃならねえ。それにお前の兄としてかっこいい姿の一つも見せないとお前が浮かばれないよな」
ばつが悪そうに笑う冬馬に春奈も微笑み返す。
「やっと私の大好きなお兄ちゃんにもどってくれたね。お兄ちゃん、私はずっとお兄ちゃんのこと見守ってるからね!」
「ああ、お前の兄として恥ずかしくないように生きねえとな」
春奈の頭を撫でる冬馬。
懐かしい気持ちを噛み締めながらも、現在の冬馬の状態を思い出した春奈が冬馬を促す。
「それならお兄ちゃん、早く戻らないとお兄ちゃんもやられちゃうよ!」
「つってどうやって戻ったらいいんだ?」
春奈の言う通り、早く戻らないと自分自身が危ない。
しかし夢から戻るなんてしたことがない冬馬はどうしていいのかわからなかった。
「私は自分の精神に意識を戻すようにしてみるし、お兄ちゃんはここは夢だから覚めろって念じてみて!」
それでちゃんと目覚められるかは分からない。
だが目覚めるために思いつく事を片っ端からするより他ない。
春奈はそう言うと、冬馬から少し離れて立つと静かに目を閉じた。
「お兄ちゃん、大好きだよ。私はいつでも見守ってるからね」
その言葉と微笑みを残し、春奈は冬馬の夢から消えていった。
「・・・俺も、早く戻らねえと!」
春奈が消えて一人残された冬馬は、なんとか意識を戻そうと自分の心に起きろと念じるのだった。
『居待月』
「さてさて、とどめといきますか」
動かない冬馬の元に、バットを引きずりながら加治木政治が近づく。
「あ、加治木さんずりぃ!俺も俺も」
衣緒奈にやられたグループのリーダーも楽しそうに小走りで冬馬に近づいてくる。
「しゃあねえな、じゃあ一発ずつやるか」
そう言うと加治木は振り上げたバットを冬馬に振り下ろした。
バキッ!
冬馬の頭から赤い血が流れ出す。
今まであれだけ殴られながらも、出血するまでは至らなかったが、ついに冬馬から血液が流れ出した。
(まずいわね・・・。気を失ってるから無意識の回避も出来ない)
獅堂要はいつも通りの無表情ながらも不安を滲み出させていた。
琴平あゆむはというと冬馬を気絶させるとすぐに屋敷貴人達を呼びに行き、戻ってからはずっと冬馬の復活を祈っていた。
(冬馬君!春奈ちゃん!)
春奈は冬馬の頭の上で夢枕に立った体勢のままぴくりとも動かない。
「っと、今ので死んだか?とりあえずお前もいっとけ」
加治木はそう言うと冬馬から離れ、男に場所を渡す。
「へへっ、じゃあ俺も大鷹殺しに加えてもらいますか」
男は嬉しそうに角材を振り上げた。
瞬間、春奈の体がピクっと動く。
「春奈ちゃん!?」
そして男が角材を冬馬に振り下ろすと同時に、勢い良く起き上がった冬馬の拳が男の頬にめり込んだ。
バキャァッ!!
勢い良く白鳥衣緒奈が縛られてる方向に吹っ飛んでいく男。
冬馬はそんな男を一瞥もせず、軽く辺りを見回した。
そして目に入ったあゆむに質問をする。
「あゆむ、春奈は?」
「す、すぐ近くにおる。冬馬君のすぐ隣に!」
復活した冬馬に嬉し涙を流すあゆむ。
冬馬は辺りを見回した時も今現在も、春奈の姿を確認出来なかったことを悲しく思っていた。
しかし見えないが春奈は冬馬のすぐ近くにいる。
ここに来てからずっと聞こえていた春奈の声は聞こえないが、春奈はすぐ近くにいるのだ。
「て、てめえ・・・なんで!?おい!話が違うぞ!」
加治木は吹っ飛ばされた男の方に目をやり、冬馬が起き上がった理由を聞こうとするが、男は呻くだけで何も返してこない。
「ちぃっ!」
「違わねえさ加治木。確かに俺はさっきまで春奈への罪悪感から動けなくなっていた。でも、俺は許して貰えたんだ。春奈に、俺の罪を」
そう言い終えた冬馬の目から、つーっと一粒の涙が流れた。
その涙が頭から流れる血と混じり合い地面に落ちる。
「許された!?てめえは妹を見殺しにして恨まれてるんだろうが!忘れたんならまた思い出させてやる!あの時と同じ状況を作ってなあ!」
加治木は衣緒奈のところに走っていくと、持っているバットを衣緒奈の頭に構えた。
これで再び有利になったと思う加治木だが、冬馬は焦る事もなくあゆむに尋ねる。
「あゆむ、鳥は起きてるのか?犬たちは?」
いきなり要の様な冬馬の言葉に少しうろたえたあゆむだったが、その言葉の意味をすぐに理解して返す。
「衣緒奈ちゃんは既に意識を戻してて、いつでも拘束が解けるようにしてある!草太君達もすぐ近くまで来てくれとるで!」
「あゆむ?鳥?犬ぅ?」
冬馬の言葉を全く理解できない加治木。
「ありがとなあゆむ。ここまで来れば、みんなを助けられる」
冬馬は穏やかな顔であゆむを見つめた。
「ちぃっ!ワケのわかんねえこと言いやがって!しかし妹にしたことを忘れるなんて悪い兄貴だな冬馬ぁ!いいぜ、思い出さなくてもお前はもうフラフラ。こっちには人質だっているし人数もあの時以上だ!」
その言葉でハッとさせられた加治木の仲間たちは冬馬達を囲みだす。
加治木の言う通り、頭からかなり出血している冬馬は少しフラフラしていた。
そして、数人の男達が要と静羽を連れてこようとした時、
「い、居ねえ!加治木さん!女二人がいません!」
そこにいるはずの要と静羽が忽然と消えていた。
男達の言葉に冬馬が入口の方を確認すると、貴人と草太に連れられて気絶した靜羽が運ばれていた。
そして男達が辺りを探そうとした時には、この空間からの脱出に成功していた。
もう一人の人質だったはずの要の姿が見えなかったが、要のことだからうまく姿を眩ませたのだろう。
そう思った冬馬は全ての不安が解消されたことを知った。
「冬馬ぁ!てめえがなにかやったのか!?」
人質が減ったことで焦る加治木。
「俺はお前らにしこたま殴られてたんだぜ。俺になにができるよ?お前らの拘束が甘かったんじゃねえか?」
「ちいぃっ!」
加治木は悔しそうに歯を鳴らすが、思い直して衣緒奈にバットを突きつける。
そう、加治木にはまだ人質が残っているのだ。
「だが、こいつがいれば十分だ!お前の女かなにかは知らねえが、こいつを傷つけられたくなかったらおとなしくしやがれ!」
そんな加治木の脅しに冬馬は小馬鹿にしたような笑いで返す。
「だ、そうだぞ白鳥。この人数の中からお前を守るのは厳しいから協力してくれねえか?」
「あ?」
バキィッ!
加治木が冬馬の言葉に顔をしかめるのと、衣緒奈が拘束を解き加治木を蹴り飛ばしたのはほぼ同時だった。
勢い良く転がる加治木。
加治木を蹴り飛ばした勢いのまま、衣緒奈は一人の男を薙ぎ払って冬馬に向かう。
冬馬も男を二人殴り飛ばしながら衣緒奈に向い、衣緒奈のところまでくると二人して背中を合わせあった。
「まったく。怪我してる女の子をこき使うなんて」
ため息を漏らす衣緒奈だが、その顔は嬉しそうである。
「悪いな。妹にかっこいいところを見せないといけねえんだ。あいつにちゃんと安心してもらうために」
冬馬は周りの状況を確認し、背中越しに衣緒奈の状況を探る。
周りには自分が殴り飛ばした男、そして加治木を合わせると20人程の、それぞれに武器を持った男たち。
自分は出血で本調子ではないし、衣緒奈もダメージが残っている様に思える。
「くそがぁ!女も自由になっちまったじゃねえか!まあいい。今いるこれだけの人数なら流石にお前らも無事じゃすまねえ!」
蹴られた頬をさすりながら加治木が冬馬たちを囲む輪に入ってくる。
この人数を突破して、衣緒奈とふたりで逃げるしかない。
自分達のダメージを考えるとそれだけでもかなり厳しいがやるしかない。
冬馬がそう考えた瞬間だった。
「おうおう!俺様抜きで面白いことになってるじゃねえか!冬馬ぁ!」
入口の方から野太い声が響き渡った。
そしてかすかに香ってくるカレーの香り。
「鯨井君?」
「く、鯨井!?お前・・・どうして?」
「だ、誰だてめえは!?」
加治木が入口の方に振り向き、3人の男達を引き連れて鯨井を囲む。
「屋敷ってやつからお前がやられるかもしれねえって連絡があって来てみたんだが。しかしてめえら、誰に断って俺様の獲物に手えつけようとしてやがんだ?ああ?」
「いきなり来てなに訳の分からねえこといってやがんだこの木偶の棒が!」
鯨井の睨みを無視するかのように、加治木は持っていたバットで鯨井の頭を殴る。
鯨井は避ける事なくそのバットを喰らってしまう。
「なんだ?こんな攻撃もよけらんねえのか?やっぱ木偶の棒だな」
殴られた衝撃で体をくの字に曲げ、固まってしまう鯨井。
「あちゃぁ、あいつ相変わらずとれえのな」
呆れる冬馬に、勝ち誇ったように笑う加治木。
脇にいる三人の男たちも、次は自分だと鯨井の前に歩を進める。
加治木の攻撃を簡単に喰らう鯨井を見て楽勝だと感じたのだろう。
しかしそれは甘い考えだった。
「大鷹にくらべりゃあ屁みてえなもんだな」
その言葉と共に勢い良く顔を上げた鯨井は、目の前にいる男達二人の頭を掴むと、その二つを勢い良く打ち付けた。
強い衝撃に二人の男はそのまま倒れる。
「ったく。お前のせいでこの俺様の名声が何一つ知れ渡ってねえ」
「後から来て獲物横取りすんじゃねえ!」
ため息をもらす鯨井を倒そうと、何度もバットを振るう加治木。
そんな加治木に意を返さないように、鯨井は勢いをつけた拳で加治木を吹っ飛ばした。
遠くで転がり動かなくなる加治木。
「横取りはてめえらだろうが。しかもきたねえ真似でよぉ」
加治木のやられたことで冬馬たちを囲んでいた男達が浮き足立ったのを冬馬は見逃さなかった。
目の前の数人を殴り飛ばすと振り返り、衣緒奈を抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる抱き方だ。
「きゃあ!と・・・冬馬?」
そして冬馬は入口へと駆け出す。
「鯨井!こいつらの後始末はお前に譲ってやるよ!この人数なら結構有名なやつらなんだろうし、壊滅させりゃあ少しはお前の名前が広がるかもしれねえぜ」
そう言いながら鯨井の横を駆け抜けていく。
「んだぁ?俺はお前しか興味ねえつっただろうが。お前がやらねえなら俺もやらねえよ」
そして鯨井も冬馬の後をおって、その場所から走り去るのだった。
そんな冬馬達を追うでもなく残された男達は、倒れた数人の男とリーダー達に目をやった。
「おい、どうするよこれ」
獲物に逃げられ、リーダーも気絶している。
そこへパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「お、おい、サツだ!やべえぞ」
その音に男達はうろたえ、倒れた仲間を置き去りに逃げ出していく。
「これで、みんな助かるんですよね」
そんな男たちを見ながら春奈がつぶやいた。
「冬馬くんが発作から立ち直ってくれたんやからもう大丈夫や」
バタバタとその空間に入ってくる警察。
嬉しそうにそこで行われる事後処理を見守るあゆむ。
「それよりよかったん?願いが叶ったんやったら春菜ちゃんは・・・」
そう言いながら春奈の方に振り返ったあゆむが見たものは、薄く消えかかっている春奈だった。
「成仏・・・出来るみたいですね」
そう言った春奈は穏やかな笑顔をしていた。
「春奈ちゃん!」
悲しそうに声をあげるあゆむ。
「いいんですよ。最後に大好きなお兄ちゃんと話せて幸せでした。この世に縛られてまでの願いが叶ったんです。私にはもう思い残すことはありません」
春奈はそう言うとあゆむに向かって頭を下げた。
「幽霊のお姉ちゃんにこんなことをお願いするのは変かもしれませんが、お兄ちゃんをよろしくお願いします。自慢の兄ですが頼りないところもあるので」
「もちろんや」
頭を下げる春奈にあゆむは笑い掛けた。
「あと、私はお兄ちゃんのことをずっと見守っていると伝えてください」
春奈はそう言って笑顔を見せると光のなかに消えていった。
「春奈ちゃん・・・ありがとな」
一人その空間に取り残されたあゆむは、春奈が元いたところに手を合わせるとその場を後にした。
「ちょっと冬馬!あんたあそこに妹さんがいたんでしょ?あのまま逃げてもよかったの?かっこいいとこ見せるって言ってたじゃない」
冬馬に抱きかかえられながら、赤面する衣緒奈が冬馬に叫ぶ。
「あの状況であいつらを潰すのは簡単だ。けど今大切なことは、傷ついてるお前を病院に連れていくことだ。一刻を争う傷かもしれねえしな」
「そ、それはあんたも同じじゃない」
衣緒奈はそれだけ言うと赤面した顔を冬馬に見られないようにそっぽを向いた。
「確かにそうだな。まあもう俺は春奈の前で間違いはおかせねえ。俺の大切な仲間を二度と失わない為に・・・な!」
な!という言葉と共に足を早める冬馬。
自分と衣緒奈の治療を急ぐために病院へと走る。
これでよかったんだと自分に言い聞かせながら。
病院での治療を終え、控え室で衣緒奈の治療を待っている冬馬にあゆむが顔を見せた。
「あゆむ、あの後どうなった?」
「あの後警察が来て、倒れてた何人かは連れて行かれてたわ」
「そうか。だからってあれであいつらが俺を諦めるとは思えねえし、後できっちり決着つけねえとな」
「そんなことする必要はないわ」
二人の会話にいきなり要が入ってきた。
靜羽の安全を確認した時からずっと姿が見えず、今まで何をしていたのかわからないが、あゆむより幽霊らしい登場である。
「獅堂!今までどこ行ってたんだよ?それに必要ないって?」
「あいつらは多分あんたに構ってられるほど暇じゃなくなると思うから。ふふふふ」
要はそう言って怪しく笑う。
「どういうことなん?」
「あいつらの主犯格にタチの悪い奴憑けといたから。強い霊能者に祓ってもらわない限り、あの子達が彼らを蝕んでくれるわ。私にした事を思えば当然の報いよね」
本当にすっきりしたと言わんばかりの笑顔で語る要。
冬馬とあゆむは、改めて要を敵に回したくないと思うのだった。
「そういえば春奈はどうしたんだ?まだあそこに?」
冬馬は軽く聞いたつもりだったが、あゆむが言いにくそうに言葉を噤んだ事で、春奈が成仏してしまったことを悟る。
「そっか、無事に成仏出来たんだな」
冬馬は嬉しそうではあるが同時に寂しそうで、うっすらと涙を浮かべてるようにも見えた。
「明日一緒にお墓参りにいこや」
あゆむはそう言って冬馬を優しく抱きしめた。
「ああ。ありがとなあゆむ」
そんな二人を軽くドアを開けた時に見てしまい、近づくに近づけなくなった衣緒奈は複雑な気持ちだった。
「恋する乙女は辛いわねえ」
先ほどまで冬馬達の近くに居たはずが、いきなり近くに現れた要に大声を出しそうになりながらも、なんとかそれを抑え衣緒奈は小声で話す。
「そ、そんなんじゃないわよ。そうでなくてもあれはなかなか声かけづらいし」
普通の人から見ると、冬馬は落ち込んでうなだれているようにしか見えない。
しかし冬馬はうなだれる格好であゆむに抱かれていた。
「まああんたもいい思いしたんだし、もう少しくらい二人きりにしてあげなさいよ」
「わ、わかってるわよ!それよりいい思いって何よ!わ、私は別に・・・」
「あーはいはい。わかったからもう少しおとなしくしてましょ」
顔を真っ赤にする衣緒奈をいつもの事のように流しながら、二人は冬馬達を見守るのだった。
「これが春奈ちゃんのお墓なんや。綺麗やんか」
「まあ、親父かお袋が定期的に掃除してるからなんだろうな」
墓に花を供え、手を合わせる冬馬。
幽霊が墓に手を合わせるなど、かなりおかしな行為に見えるが、あゆむも春奈の墓に手を合わせた。
「なあ、あゆむ。春菜は・・・天国に行けたんだよな?」
冬馬は墓に手を合わせたまま、あの時に聞けなかった事をあゆむに聞く。
「成仏出来たんは確かや。なら春奈ちゃんは絶対天国に決まってる。最後まで冬馬君の心配してたしな。お兄ちゃんをよろしくって頼まれてもうたわ。ホンマええ子やった」
「ああ、俺には出来過ぎた妹だったよ」
「そんな妹の墓参りが3年越しとは、駄目な兄だな冬馬」
あゆむの言葉に苦笑いする冬馬は、いきなり聞こえた聞き覚えのある声に振り向く。
そこには冬馬の父親が立っていた。
「お、親父!・・・親父も墓参りかよ」
驚くも、直ぐばつが悪そうに目を逸らす冬馬。
「ああ、定期的な掃除もかねてな」
その言葉に冬馬は辺りをきょろきょろと見回す。
「・・・母さんは?」
「美春は近くの茶店で待たせてある。俺はお前の姿が見えたからここに戻ってきただけだ。3年越しにようやく妹の墓参りに来たバカ息子を叱りにな」
「そうか、やっぱりお袋は俺には会いたくねえよな・・・」
苦笑いを見せる冬馬。
あの事件以来、冬馬は母親はおろか父親とすら連絡をしていない。
何一つ連絡がこない事からも、未だ自分が恨まれていることは明白だ。
そんな自分に母親が会いたいと思うわけわない。
冬馬はそう思っていた。
「美春はお前の存在に気付いてなかったよ。用事があるって抜け出してきたんだ」
冬馬の父親はすっとタバコに火をつける。
「わるいな。気を使わせたみたいで。・・・親父、すまなかった」
冬馬は意を決して父親に頭を下げた。
謝っても春奈の事を許してもらえるとは思わない。
しかし、冬馬は自分自身を変える為に頭を下げた。
冬馬が父親に頭を下げるのは、今まで生きてきた中でこれが初めてのことだ。
「馬鹿、なにを謝ることがある?」
そんな冬馬にその行為が本当になぜかわからないといった様子で父親は返した。
「え・・・、だって親父や母さんは春奈の事で俺を恨んでるんじゃないのかよ」
「言っておくが俺は春奈の事でお前を恨んだ事は一度もないぞ。それに俺までお前を悪く言ったら、春奈に怒られちまうぜ。後な、美春ももうお前を許していると思うぞ」
「か、母さんが・・・」
自分も予想もしていない発言に冬馬は戸惑う。
あれだけ冬馬を恨んでいた母親が自分を許すわけがない。
そう思っているからだ。
「まあ、今日俺がこうして気を利かせてやったのは、まだお前らの気持ちの整理が出来てないと思ったからだが・・・、お前の方はもう心配ないようだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!母さんはあれだけ俺を・・・」
訳がわからず狼狽える冬馬に、父親は軽く笑って答える。
「美春だって分かってたのさ、お前を責めるのは間違ってる事だって。でもあいつは春奈LOVEだったからな。感情が抑えきれなかったんだろう。お前から心を近づければ案外簡単に仲が直るかもしれんぞ」
「はは・・・ちょっと信じられない話だな」
冬馬も考えもしなかった答えに軽く笑う。
「ま、会った直後はキツイ言葉を言われるかもしれないけど、あいつなりのテレ隠しだってこと、分かってやってくれ。」
父親はタバコを口から離し、おどけた笑いを見せる。
「ま、あいつは俺好みのツンデレだからな。なかなか素直にはなれんのよ」
「・・・プッ。アハハハハ。まさか親父からツンデレなんて言葉が出るとは思わなかったよ。そんなことをリアルで言えんのは、屋敷くらいなもんだ」
父親から出た『ツンデレ』という言葉に思わず笑ってしまう冬馬。
貴人系の話を全く知らないと思っていた父親から出てきたのだからしかたがない。
「奴の息子とも良くやれているようだな」
「ああ、いろいろ世話になってる」
「さて、春奈の墓の前だ。説教はこのへんにしておいてやるよ」
そう言うと父親は冬馬に背を向ける。
「冬馬、タイミングを見計らってお前に連絡してやるから、そん時は酒でも飲みに来い。いい酒用意して待ってるからな」
「馬鹿。俺はまだ未成年だっての」
「気にするな、まあたまには家族で団欒もいいだろう」
その言葉に暖かさを感じる冬馬。
「ああそうだな。たまには親孝行しねえと春奈に怒られちまう」
「んじゃ、またな冬馬~」
手を上げ冬馬に挨拶をすると、親父はその場を立ち去った。
春奈は生前、冬馬達家族の中心にいた。
それは死んでしまったこれからもかわなないのだろう。
「・・・ええわ・・。」
突然、今まで黙っていたあゆむから小さい声が漏れる。
「は?」
「すっごいカッコええやん!冬馬君のおとん!!ウチ惚れてまうわ~冬馬くんも大っきなったらあんななるんやろか?今から楽しみや♪」
驚きながらも親父の背中を眼で追い、冬馬は想いを馳せるのだった。
「俺が親父みたいに・・・か。まったく・・・遠い背中だぜ」
さて、そろそろ帰るか。
春奈の墓参りも済ませ、その場を後にしようとする冬馬。
しかし、いつもはすぐに隣に並んでくるあゆむが来ない。
どうしたのかと思いあゆむの方に振り返ると、あゆむは驚いた表情のまま固まっていた。
「あゆむ?」
あゆむに呼びかけるか返事がない。
何を見ているのかとあゆむの視線を追うと、そこには母親と娘らしい親子が手を繋いで歩いていた。
親子は既に自分たちの墓参りを済ませたのだろうか、出口の方に向かって歩いている。
「おかん・・・なんでこんなところに?」
「え?」
その言葉は冬馬の心を再びかき乱したのだった。
《予告》
遠く離れたこの地で母親を見つける鮎。幸せそうにしている母親を見て複雑な気持ちになる鮎に対して、鷹は怒りにふるえていた。そして鷹はその怒りをぶつけるべく、一人で鮎の母親を追ってしまう。
次回、七の夕月『寝待月』




