新月
七の夕月
少女はガードレールの上に腰かけ、ビルで狭くなった夜空を静かに見上げていた。
少女のいるその場所から見る夜空には、都会とはいえ綺麗な星空が広がっているのだが、この日はいつも見えるはずのものが見えていない。
「ウチはあの月と同じや」
少女は静かに呟いた。
この日は新月。
空で見えているはずの月は、すっかり闇にその姿を隠していた。
少女はその月が本来存在しているはずの場所をジッと見つめる。
「ウチは確かにこの場所に存在してるはずやのに・・・」
少女は一瞬悲しい表情をみせるが、すぐ思い直すかのように首を振ると、表情を明るく戻した。
「ま、言うてもしゃあないか。なんせウチは・・・」
少女はそこで言葉を切り、その綺麗な素足を冷たいアスファルトに勢いよく降ろした。
ガスッ!
「ったく。なんでお前らみたいなのが、こんな朝っぱらから絡んできやがんだよ」
大鷹冬馬は折り重なって壁に倒れかかる不良少年達の肩の上ギリギリに、おもいっきり前蹴りをいれた。
折り重なって倒れている後ろの不良少年の顔からは、恐怖心しか窺い知れない。
前の少年はというと、数分前冬馬に絡もうとしたやさきに冬馬の拳を顔に貰い失神させられていた。そのあまりにも強力な一撃で前にいる少年が後ろに吹っ飛ばされ、それを受けきれなかったため少年達は重なり合う形で倒れてしまったのだ。
「ただでさえギリギリなのに、お前らのせいでさらにヤバクなったじゃねえか。これで遅刻になったらどう落とし前つけてくれるんだ?あ?」
壁を蹴っている足の膝に肘を置き、冬馬が上から少年達をすごい形相で睨む。
「遅刻って、今何時・・・」
「ああ?」
だと思ってるんだ?と続くはずの言葉を不良少年は呑み込んだ。
冬馬の凄みに圧倒されたからというのもあるが、逆らえば自分も失神している仲間と同じようになってしまうと思ったからだ。
逆らえば、というのは少しおかしいかもしれない。
おそらく「遅刻しそうなら早く学校行ったほうがいいのではないか?」という助言でさえ、自分の身を危険にさらしてしまう行為になってしまいかねない。そんな雰囲気を冬馬は漂わせていた。
不良の少年は冬馬がそのことに気付き、この場を去ってくれることを祈るしかなかった。
「っと、こうしてる時間もねえんだったな」
その祈りが通じたのか、冬馬は腕時計で時間を確認する。
「マジやべえな。こりゃ走って間に合うかどうかってとこか。おいてめぇ、次ぎ俺の視界に入ったら今日の落とし前はかならずつけ・・・」
そういって不良少年に目を向け直した時、既に少年はその場に居なかった。
「すみませんでしたあああああああ!」
一瞬の隙で、仲間を置いて全力で逃げ出す少年。
冬馬はそんな少年を壁を蹴った格好のまま見送った。
追いかけて一発殴ってやりたい。そういう気持ちもあったが、流石に今の状況でそんなことをしている暇などない。
「人を邪魔したうえに、胸糞わりぃ・・・」
冬馬はそれだけ呟くと、残された少年に一瞥もくれず壁から足を蹴り離して学校への道へと向き直った。
こんなところで時間を潰している暇など冬馬にはない。
今日遅刻してしまうと冬馬的にかなりメンドクサイことになってしまうのだ。
気だるそうに駆け出す冬馬。
しかし先の信号を渡ろうとした冬馬を再び静止させるものが現れた。
急がなければならない。そんな思考であるはずなのに、それを目にしてしまった瞬間、冬馬はなぜか足を止めてしまっていた。
踊っていた。
少女が、道路の真ん中で踊っていた。
歌を口ずさみ、ステップを踏みながら。
なぜ足を止めるほどに心を奪われてしまったのかは分からない。
ただ冬馬は心の片隅で、物悲しそうだな、という気持ちが産まれ、
直ぐに消えた。
(って、そんな暇ねえんだって!俺!)
学校に早く行かなければならない。
そんな状況下で一瞬足を止めてしまったのはどうかしている。
たしかに彼女の醸し出す美しさと物悲しい雰囲気に、一瞬心を奪われてしまったが、今はそんな一瞬すら惜しい状況なのだ。
自分のよく分からない思考を振り切るかのように首を振った冬馬は、再び学校への道を走り出そうとした。
が、彼女の状況から起こりうる当たり前に、冬馬の予定は崩壊し、強い怒りと使命感が冬馬の思考を埋め尽くした。
「じゃねえ!なにやってんだ!あいつ!」
その当たり前の事象に気付いた冬馬の足は、少女に向かって駆け出す。
少女は、車道のど真ん中で踊っていたのだ。
いくら車の通りがあまり無い朝の車道だとはいえ、車が来ない道理などありはしない。
そしてそんな彼女が見えていないかのごとく、彼女めがけて突っ込んでくるトラック。
「間に合え!」
トラックにまったく気付かずに踊り続ける少女に冬馬は飛びついた。
『新月』
「馬鹿野郎!!てめえ死にてえのかよっ!あんな場所で踊るなんて馬鹿なことしやがって!ガキでもどうなるか分かることじゃねえか!」
間一髪少女を助け出した冬馬は、歩道の壁越しまで少女を連れて行くと、少女にありったけの怒号を浴びせた。
「死にてえのかとかこっちのセリフだぞクソガキ!」
そんな冬馬の怒号が聞こえていたのか、急ブレーキをかけ停止したトラックから、トラック乗りには不似合いなひょろっとした男が降りてくる。
「おめえの方がなに考えてやがー」
「あ?」
少女に向ける怒りの表情のまま、文句を言いに降りてきたトラックの運転手を睨み付ける冬馬。
自分が危ないことをしたのは承知しているが、そもそもトラックが突っ込んでこなければこんなことにはならなかったのだ。
けっして見通しが悪い道でもない。
それなのに少女に気付かず突っ込んできたこの男も、冬馬にとって許せない対象の一人だった。
「に、二度とあんなマネすんじゃねえぞ!」
そんな冬馬の怒りに恐怖を覚えた男は捨て台詞を吐くと、踵を返すようにいそいそとトラックへと戻りトラックを発車させた。
賢明な判断だっただろう。
今の冬馬なら男が自分の射程圏内に入った瞬間に、有無を言わさず拳を男の顔面にめり込ませていたはずだ。
冬馬は年の割りにドスが聞いているというか、もの凄く目つきが悪いので常に他人に殺気を放っている様に捉えられている。
そのせいで不良達によく絡まれたりするのだが、今回の場合はそれが男を助けてくれたといえよう。
冬馬は走り去ってしまったトラック乗りの男をさっさと怒りの対象からはずすと、再び少女へと向き直った。
たしかにトラックの運転手も怒りをぶつけたい対象ではあるが、今は今回一番の原因である少女を叱りつけてやらなければならない。
しかし怒りをぶつける冬馬に対しての少女の反応があまりにも薄かった。
怯えるわけでもなく、申し訳なさそうにするわけでもなく。
冬馬の方を見ていることには見ているのだが、少女の目は冬馬に焦点が合わされていなかった。
不測の事態に呆然としているような感じ。
そんな少女の反応を受け、とりあえず冬馬は目の前で手を振ってみるが、少女はやはりなんの反応も示さない。
そこまで呆然とするくらいなら、なぜあんなところで踊っていたんだ?
そんな事を思いつつ、冬馬はまず少女を現実へと引き戻す為、してくれといわんばかりに晒された少女の綺麗なおでこに強烈なデコピンをおみまいした。
バチンっ!!
冬馬の怒りが上乗せされているので、かなりの威力になっている。
「痛ったあああああああああ!」
そのあまりにも強力なデコピンでようやく現実へと戻ってきた少女は、涙目になりながら頭を抱えてその場で蹲る。
「ったく。そんな放心するくらいならなんであんな馬鹿なマネしてたんだよ」
呆れた表情で肩を落とした冬馬は、軽く頭を抱える。
「はぁ・・・。おまえのせいで俺は遅刻決定だ」
「あ・・・ごめ」
状況があまりよく呑み込めていない少女だったが、目の前の少年が自分のことで遅刻してしまったと知り、申し訳無さそうに顔を伏せながら謝ろうとする。
そんな少女の言葉も終わらないうちに、冬馬は睨んだ表情を少女にさらに近づけた。
「つってこのままフケる訳にもいかねえ。
俺はもう行くけど、さっきみたいなマネは二度とすんじゃねえぞ」
鼻と鼻が触れてしまいそうになるくらいに近づいてきた怒りの表情。
その冬馬のあまりの迫力に少女は怯え、言葉を詰まらせてしまう。
「う・・・うん」
冬馬としてはもっと言ってやりたいこともあったが、デコピンであらかた気が済んでしまったので、次は今自分が一番解決しなければならない問題に気持ちを切り替えた。
いくら遅刻が確定したからといっても、学校に行かないという選択肢などない。
そんなことをしてしまえば、さらにやっかいなことになるのは目に見えていからだ。
「ホンマ堪忍や」
頭をさげ、肩を落として謝る少女。
「わかりゃいい。じゃあな」
冬馬はそれだけで返すと、項垂れる少女に背を向けて駆け出した。
持てる全力の力で駆け出した冬馬の姿は、少女から急速に遠ざかっていく。
「あっ!」
そこでようやく少女は、とある重大な思考に考えをもっていくに至った。
それを尋ねたくとも当の本人は、すでに見えなくなってしまっている。
「なんでや・・・」
それは彼女にとって当然の疑問。
「なんであの人は、ウチを助けることが出来たんや?」
「つー訳で、その女に説教くれてたら遅れたんだ。悪いな」
「そんなの信じられるわけないじゃない」
冬馬のクラスの委員長である白鳥衣緒奈は、冬馬の説明を一蹴した。
学校に着くなり下駄箱の前で張っていた衣緒奈に捕まった冬馬は、遅刻の理由を説明させられていた。
というよりは、「弁明はあるかしら?」と怒りを秘めた表情で開口一番に聞かれ、素直に今朝あったありのままを答えた結果がこれである。
「大体何よ!その車道で踊る女って!ウソつくならもっと信じられるようなウソつきなさいよね!」
確かに!と、冬馬自身もそう思っている。
車道を歩道と言い換えておけばよかったかと今更後悔するがもう遅い。
「俺だってウソくせえとは思ってるけどよ。
事実なんだからしょうがないじゃねえか」
もともとはダメもとでした弁明、これで衣緒奈の説教を免れるとは思っていない。
しかし、ウソ臭い話の所為で衣緒奈の怒りに拍車をかけてしまった。
無駄なことはするんじゃなかった。
心の中でそうため息をついた冬馬は、説教を躱す一手として、衣緒奈に早く教室に入ることを促すことにする。
「それより早く教室に行かなくていいのか?クラスのやつら待たせてるんだろ?」
確かに遅刻をした冬馬は悪いのだが、本来ここで説教をされる時間などない。
今日の昼が期限の学園祭の出し物を決める話し合いをするため、朝7時という早い時間に全員集合という約束を守るべく、冬馬は眠気と戦いながら必死で走ってきたのだ。
遅刻をしてしまったものの、説教で更に大事な時間を削られては、頑張って早起きした意味も素直に怒られる道理すらない。
いの一番に解決しなければならない問題を解決する方が先決なのだから。
「確かにそうね。でも、もう少し反省してもらうわ」
そんな衣緒奈のセリフを冬馬が納得できる訳がない。
「はあ?確かに遅刻は悪かったけど。こんなことしてる時間ねえんじゃねえのかよ」
「全員揃って、そう言ったはずよ」
衣緒奈は腕を組み、冬馬を睨みつけて言う。
その言葉で冬馬はようやく、自分が怒られる時間を作っている存在に行き着いた。
「あ?ってことはあれか?まだ来てない奴がいるから、そいつが来るまで怒られていろと?」
「ご明察♪」
そう言って、怒っているにもかかわらず少し嬉しそうに指を振る衣緒奈の横を、小さな影がゆっくりと通り過ぎていく。
触覚のように伸びた二本のアホ毛を揺らしながら。
「はいその遅刻者、獅堂要ストップ!普通にスルーしようとするな!」
衣緒奈はその小さな影の頭を掴み、強制的に静止させた。
「おはよう」
そんな状況にもかかわらず、止められた当の本人の要は、無表情のままいつも通りの口調で衣緒奈に挨拶をする。
「はい、おはよう。でも挨拶の前に、何か言うことはないかしら?」
「さあ?普通朝は『おはよう』でしょ?」
遅刻の自覚と反省をして欲しい衣緒奈の気持ちを無視するかのように、要はあっけらかんと言い放った。
「いや、とりあえず遅刻を謝れ」
怒りを通り越して呆れる衣緒奈だが、これはいつも通りの二人のやり取りでもある。
しかしながら、昨日の終りの会であれだけ衣緒奈に念を押されたはずなのに要は普段通りの登校を貫いてきたのだ。
しかも冬馬と要は普段から遅刻が多い理由により、彼らには口煩いくらいに注意したにもかかわらず。
それをまるで気にしていないかのような口ぶりの要に冬馬は関心さえ覚えたが、そんなものはもうどうでもよくなった。
要が来たことで、自分がここで怒られるのを待つ意味もなくなったのだ。
というか時間が押しているのだから、早急に教室に向かうべきなのである。
冬馬は二人を無視して教室へと歩き始めた。
「すんまそん」
「すんまそんって。まったくあんたは・・・って、冬馬!なに勝手に行こうとしてるのよっ!!」
さっさと歩いて行く冬馬に気付いた衣緒奈が冬馬に叫ぶが、冬馬は足を止めて軽く衣緒奈たちの方に振り返って答える。
「お前らの漫才に付き合ってられるか。それに獅堂で最後ならもうここにいる意味はないだろう」
「はぁ。まあ、確かにそうね」
さすがにそれは衣緒奈も分かっているのだろう。
衣緒奈は要の説教を諦めるかのようにため息をついた。
「ん?」
そして冬馬は再び教室へと向き直ろうとした時、強い視線を感じた。
「なんだよ獅堂」
要が冬馬をジッと見つめていたのだ。
変わり者と言われている要のことだから、自分の後ろにいる誰かを見ているのか?とも思ったが、明らかに要の視線は冬馬へと注がれている。
しかし冬馬の問いかけに、要はまったく答えようとせず、じっと冬馬を見続けていた。
「なんだっつってんだよ!俺の顔になんかついてるってのか?」
じっと見るだけで、体を動かすことも、声すら発しない要に苛立ち、冬馬は声を荒げてしまう。
だがそれでも要は、冬馬のことをじっと見続けていた。
「黙ってねえでなんとか――」
「ちょっとあんたたちやめな――」
そのわけの分からない行為に怒りが爆発しかけた冬馬はさらに声を荒げ、そんなふたりを仲介しようとした衣緒奈が止めに入る、そんなふたりの声にかぶさるかたちで、
「大丈夫」
要は目を閉じてそうつぶやいた。
「はあ?」
「え?」
あまりに唐突な反応と訳のわからない返答に困惑する二人を尻目に、要は冬馬の横を静かに通り過ぎ、教室へと歩を進める。
「悪いモノじゃなさそうだから、大丈夫・・・」
そして冬馬の横を通り過ぎる瞬間にそれだけつぶやくと、ゆっくり校舎の中へと消えてしまった。
「何なんだあいつは・・・」
追うことも忘れ、呆れ顔で要を見送った冬馬に衣緒奈が返す。
「あの娘が変わってるのはいつもの事でしょ。それよりさっさと教室にいくわよ」
確かに要は普段から変わっていた。
教室では誰も居ない虚空をじっと見つめ静かに座っているし、たまに校舎裏や中庭の隅を彷徨っている。
そしてオカルト研究会なる同好会をつくり、
そこで怪しい儀式を行っているという噂もある。
まあ最後のは聞いた話なので確証はないのだが、兎に角かわった女ということには変わりない。
そんな彼女の唯一仲がいい友達が衣緒奈だということも、さらに彼女の不思議さを強調しているようだった。
「まじで訳わからねえな」
冬馬はそうつぶやくと、早足で校舎に入り、一段飛ばしで教室へ向かう階段を駆け上がる衣緒奈に続き、教室へと向かうのだった。
バンっ!!
と、教室の黒板が衣緒奈によって強く叩かれる。
「あんた達これで本当に『ベストクラス展賞』を取れると思ってるの?全然普通のアイデアばっかりじゃない!」
公立星見高校2年B組。
朝早く人もまばらな他の教室とは違い、クラス全員が揃った教室に、衣緒奈の声が響き渡った。
「確かに食堂一品無料券一週間分は魅力的だけど」
「いい加減妥協してよくね?」
「時間もねえしなあ」
クラスメイト達は長引く話し合いに妥協を示し始めていた。
冬馬達の学校は、学園祭などでの生徒達のやる気を向上させるため、生徒達を競わせて一番になったクラスに商品を与える、というスタンスをとっている。
そして今回の学園祭では、一番集客率のあったクラス展のクラスには、一日に食堂のどれでも一品が無料になるという金券一週間分が貰えるというものだ。
いつも食堂を利用する生徒は勿論、弁当を持ってきている生徒でも、その券が2000円ほどで売買できるので、かなり魅力的な話である。
その金券をゲットする為、集客が見込めるアイデアを皆で話し合っていたのだが、今日まで話し合いが縺れてしまったのだ。
ちなみにクラス展案を実行委員に提出する期限は、今日の昼までということになっている。
だからこそ朝早くにクラスの皆が集められたのだが、クラス委員長である衣緒奈が納得できるような案がまったく出てこなかったのだ。
確かに衣緒奈の言うとおり、喫茶店やお化け屋敷といった感じで、特に目が惹かれるようなアイデアは出ていない。
唯一変わったアイデアというと、衣緒奈自身が出した『UMA屋敷』という、お化け屋敷のお化けをUMAにしようという案だけだった。
「確かに委員長の案変わってると思うけど、
まだ普通の案のほうが、人を集められそうな気がするよな」
クラスメイトの一人が隣の生徒に不満を漏らす。
確かに衣緒奈の案は面白くはあるのだが、お化け屋敷は恐怖の象徴でもあるお化けだからこそその価値があるのであって、よくわからない生物のUMAに出てこられても怖いというよりビックリするだけである。
「うっ・・・。ま、まあ時間もないことだし、やっぱり普通の案で妥協するしかないのかしら」
衣緒奈も自分の意見の欠点を理解はしているらしく、衣緒奈も妥協という考えに寄りつつあった。
そして集まった時間から大分経ち、他の教室に生徒たちが登校し始める時間になる。
今日の昼が案提出の期限とはいえ、クラス皆で話し合える機会はもう、この朝の時間帯しかないのだ。
もう誰しもが妥協案でいくだろうと思ったそんな時だった。
「ちょぉおーーーっと待ったーーーーーっ!!」
クラスメイトの一人が大声を上げて立ち上がった。
「お困りのようなので、我が良きアイデアを授けてやろうっ!!」
立ち上がったのは屋敷貴人。冬馬のよく知る生徒だった。
別段友達という訳ではないのだが、貴人にはいろいろ世話になっている。
なので彼がどれだけ変な生徒なのかを冬馬はクラスメイト以上に知っていた。
(屋敷の野郎、また変なことをやらかす気だな)
多少の不安を覚えるが、冬馬は黙って成り行きを見守る。
というか冬馬はこの話し合いにほとんど参加していなかった。
冬馬自身勝手にやって欲しかった話し合いだったが、あまりにも衣緒奈が参加しろとうるさいのでしぶしぶ参加したに過ぎない。
「まったく。案があるならさっさと言いなさいよね。時間無いんだから」
「HAHAHA、実にいいタイミングだったであろう?」
衣緒奈の怒りを軽く流し、貴人はなぜか黒板の前の衣緒奈の横へと歩を進めた。
そしておもむろに黒板に文字を書き始める。
パシッ!
そして書き終えたところで、どこから出したか分からない指示棒で、その文字をピシッと叩いた。
黒板には『使用人シャッフル喫茶』と、ご丁寧に装飾までくわえて書かれている。
「さて皆の衆、これが今回の作戦名である」
怪しげにメガネを上げながら、貴人が真剣な面持ちで話す。
その良く分からない案に衣緒奈が怪訝な表情を示した。
『使用人』と『喫茶』という単語から、メイド喫茶のようなものを想像するが、シャッフルという言葉がどうにも気になって仕方がない。
そんな衣緒奈の疑問をよそに貴人が続ける。
「そして作戦内容だが、基本的にメイド喫茶と執事喫茶を合わせたものと認識してもらってかまわない。だがしかぁしっ!!」
と、ここで貴人がさらに声を強調し、よく分からないポーズをとる。
「それだけでは普通のメイド喫茶と変わらず、しかもその案は他のクラスにとられているだろうから客数はあまり増やせないと想定される。そこでこれっ!シぃャッフぉル!!」
今度はシャッフルという言葉を強調させると、わざわざ指示棒をしまって平手で黒板を叩いた。
そこでようやく衣緒奈が、貴人の言葉の意味を理解する。
「ああ、なるほどね」
「フッ、君の想像通りだよ、白鳥候補生」
衣緒奈の理解を喜ぶように、にかっと笑った貴人はさらに続ける。
「そう!このシャッフルとは!店員であるメイド、執事うち、その半数に自分の性別とは逆の衣装を着て給仕をしてもらう!そのことを大きく広告することで、客数は通常時の倍、いや、三倍になることは確実だろう!」
誇らしげに言い終えた貴人の言葉にクラスメイト達が沸き立つ。
「へえ、確かにその案は面白そうね」
「面白くはあるよな」
「私男装やっていいよ~」
意外にも貴人の案は、いい評価を受けているようだ。
「ちなみに普通のメイド、執事、そして男装、女装を誰にしてもらうかは、見た目を考慮して我と委員長を含め他2名ほどで選定していきたいと思っているが、男装、女装する者はさらに、校内の有名人を優先的に選ぶつもりだ。 こうすることにより、他のクラスや学年からの客もかなり期待できるだろう」
(屋敷君のことだからなにか変なことでも企んでると思ったけど、勝手に選ばれる訳じゃなくて私も参加出来るのなら大丈夫よね?)
貴人にしてはまともなアイデアに公平さも加わりかなり安心感があるので、衣緒奈も次第に乗り気になってくる。
しかし、あれこれ危ない所がないか思考を巡らせる衣緒奈に見えないように、影で貴人の目が怪しく光っていた。
その笑みを一瞬のウチに、元の怪しげな顔に戻した貴人は、衣緒奈の方を向き笑いかける。
「そう、例えば委員長が男装で執事とか・・・」
「わ、私!?」
いきなりの発言に驚き、自分を指差しながら貴人に顔を向ける衣緒奈。
「うむ。委員長はかなり校内では有名人ではないか。女子生徒にもモテているとの噂も聞いている。そんな委員長が男装してくれるなら、かなりの客数を期待出来るであろうからな」
メイドでも恥ずかしいが、男装で執事なんてもっと恥ずかしい。
とは思うものの、衣緒奈自身男装にはコスプレの様で少し興味もある。
それに今までで一番面白そうな案であり、客層もつかめそうな案なのは確かだった。
「ま、まあ、この案は面白そうだしいいかも知れないわね」
衣緒奈はそういうとクラスメイト達の方へ向き直り、皆にも意見を求めた。
「私はこの案、いいと思うんだけど、皆はどうかしら?」
「いいんじゃね?面白そうだし」
「だな、これなら十分賞を狙えそうだし」
クラスメイト達の反応反応は上々で、自分の案が通ったことを確信した貴人は誇ったように軽く自分のメガネを上げる。
「フッ、決まりだな。衣装の方は我に任せてくれたまえ。なに、悪いようにはせんよ」
変なことをすることに定評のある貴人の案なので多少不安がのこるが、他にこれ以上の案もでないだろうということで、満場一致のもと冬馬のクラスの出し物は『使用人シャッフル喫茶』に決まったのだった。
「じゃあウチの出し物は、使用人シャッフル喫茶ということで、時間ないから準備頑張っていくわよ!」
「おおおおおおおおお!」
衣緒奈の掛け声と共に、文化祭へむけクラスみんなのテンションが、どんどんあがっていくのが感じられる。
「まあ勝手に頑張ってくれ」
しかしそんな中、冬馬だけは冷めた反応だった。
人とのかかわり合いを避けている冬馬にとって本来避けたい行事であり、うるさい衣緒奈に折れて会議だけ参加していただけなのだから仕方がない。
そんな冬馬がこの雰囲気に呑まれるはずもなく、一人気だるそうに窓の外を眺めたその時だった。
「・・・ん?」
今朝助けた少女が、窓の外からガラスに張り付いて教室内の様子を見ていた。
どうやら窓際にいる冬馬は近すぎて気付いていないのか、教室の前の方を眺めている。
「こいつ・・・朝の女?何やってんだ?窓の外から・・・・・・っ!!」
少女を見上げるさなか、冬馬の心ににある疑問がわきあがった。
(ちょっとまて、この教室は3階。それに窓の外には人が立ってられる足場なんてなかったはずだ)
冬馬の教室は校舎の三階にあり、窓の外にはテラスのような空間などない。
だとしたら彼女はどこに立っているのだろうか。
彼女はいったい・・・?
(いったいコイツは・・・何者なんだ?)
そう思い少女の顔を見た瞬間、ようやく冬馬の存在に気付いた少女と冬馬の視線が合わさった。
すると彼女は顔をパッと明るくし・・・。
「やっと見つけたで~!」
そう言いながら窓ガラスをすり抜け教室へと侵入してきた。
「なっ!!」
あまりにも唐突に起こった思わぬ事態に、冬馬は驚いて身を引く。
その行動が悪かった。
冬馬の座っていたイスがバランスを崩してしまう。
いきなり不可解なことが起こって動揺している冬馬が、この事態を冷静に対処出来るはずもなく、冬馬は勢いのままに倒れ、隣のクラスメイトのイスの背もたれに思いっきり頭をぶつけてしまった。
「きゃああああああ!」
ゴキャッ!
という生々しい音と共に、そのイスの持ち主である鳩野静羽の叫び声があがる。
「お、大鷹君!?」
もの凄い音共に倒れた冬馬を心配して静羽が冬馬を覗き込む。
「なになに!?いったいどうしたの!?」
そしてその騒ぎに気付いた衣緒奈も冬馬のもとに駆け寄ってくる。
「ちょっと冬馬!大丈夫!?」
衣緒奈に体を揺すられるも、どんどんと薄れ行く意識の中で、冬馬は心配になって覗き込むクラスメイトに混じる少女を見た。
クラスメイトの少し上から冬馬を見下ろす少女。
私服ということ以外クラスメイト達となんら変わらない。
ひとつだけ違うところがあるとするならば、空中に浮いていななければあり得ない位置から冬馬を覗き込んでいたことだ。
ガラスをすり抜け、空中に浮く少女。
(コイツはいったい・・・なにものなんだ?)
そして思考のフェードアウトとともに、冬馬の意識もフェードアウトしていくのだった。
「う~ん」
目を覚ました冬馬の目の先には、白い天井が広がっていた。
背中にはやわらかい布団の感触を感じる。
どうやら気を失っている間に保健室へと運ばれたらしい。
「ったく・・・マジで何なんだよあいつは」
イスから受けた頭痛と、頭に残る不可解な疑問を振り払うかのようにあたまを振る。
シャー
そうしているとベッドを仕切るカーテンがゆっくりと開かれた。
「お、大鷹くん、・・・もう大丈夫?」
そこには冬馬の隣に座っていた静羽が心配そうに冬馬を見つめていた。
「鳩野?・・・おまえ、授業はいいのかよ」
「え、あ、あの・・・もう、お昼」
普段から物静かで臆病な静羽は、冬馬にビクつきながらもたどたどしく答える。
「昼!?」
あわてて時計に目をやると既に昼の12時をまわっていた。
「おまえ、看病しに来てくれたのか?」
一応静羽の性格を考慮し、なるべく優しい口調で聞いたつもりの冬馬だったのだが、静羽は冬馬の言葉にビクッと反応して、ぶんぶんと首を振った。
一応静羽は、保健委員をやっているのでそうかと思ったのだが、どうやら冬馬の想像とは違っていたようだ。
「い、いつも・・・矢追先生とお昼・・・食べてるから」
静羽が消え入りそうな声で答える。
矢追先生とはこの保健室の主、保健医の先生で、若くて物腰の穏やかな感じだが、割と積極性のあるいい先生だ。
生徒と年が近いこととその容姿から男女共に人気がある。
特にその胸の大きさから男子の間ではファンクラブまであるほどだ。
冬馬はそのことにはまったく興味がないのだが、たまにケンカの傷を見つかって、保健に連行されて治療を受けさせられているので、普通の生徒よりは多く関わりを持っていた。
「で、その矢追さんはどこなんだ?俺の傷のことも聞きたいんだけど」
そういってあたりを見回すが、静羽以外誰も居ない。
「先生は・・・し、職員室に呼ばれて・・・ひとりに・・・。ご飯食べてたら・・・お、大鷹君が起きたみたいだったから・・・」
「そうか・・・」
「と、とりあえずは・・・先生戻ってくるまで安静にしててって・・・」
そう言うと静羽はそそくさと食べ終わった弁当を片付けはじめた。
冬馬は校内ではかなり恐れられている存在なので、そんな冬馬と、気の弱い静羽がふたりっきりで居たいとは思わないだろう。
「ま、まあなんだ、伝言ありがとうな、鳩野」
あわてて保健室を出ようとする静羽にお礼の言葉をなげかけると、静羽は扉の隙間から照れたような顔を見せ、お辞儀をして走り去ってしまった。
「ええ反応やね〜。可愛い娘やん」
「そういうもん――――」
静羽が消えたドアの向こうをみつめ、ため息をつきながら、冬馬は横から聞こえてきた言葉に反応してゆっくり振り向くと、
「――――かよ?・・・」
散々冬馬をかき乱してきた少女が、ベッドに手とひざをつき、不思議そうな顔で冬馬を見つめていた。
「うおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」
あまりにも唐突な登場に、冬馬は雄たけびを上げ、ベッドから飛び退く。
「お、お前!いつからそこにいやがった!?」
「え?ウチはあんたが運ばれてからずっとここにおったよ?」
冬馬の叫びに不思議そうな顔で少女がそう返す。
(ずっと?でもさっき鳩野は一人になったって・・・)
冬馬の頭の端でふと静羽の言葉が蘇り、少女に対しての不穏な感情が湧き上がる。
「まあさっきまでは、そこのカーテンの裏におってんけどな」
そう言ってベッドの奥の方を指差す。
(か、隠れてたなら気付かないことだってあるか)
そう思い、いろいろ思考をめぐらせていたが、そもそもまず少女にしなければならない質問を冬馬は思い出した。
「そうだよ!一番しなきゃならない質問があったじゃねえか!」
いきなり叫ぶ冬馬に首をかしげる少女。
「俺が知りたいことは一つ!」
冬馬はそう言うと少女を人差し指で指差した。
「お前はいったい何者なんだ!?」
「え?うち?」
なぜそんな質問をされたのか、まったく分かっていない様子で少女は冬馬に聞き返す。
「教室でのことだ!お前は三階の窓の外、足場のない場所に立ってた。その後ガラスをすり抜けて教室に入ってきやがっただろう!あんなこと手品だっつって片付けられる話じゃねえ!」
「あれ?あんたウチが見えてるんとちゃうの?」
四つんばいの格好で不思議そうに頭をかしげて冬馬を見上げる少女。
返ってきた答えは、冬馬の質問の答えとは到底思えない返答だった。
「あ?どういうことだよ?」
得体の知れない少女に冷や汗を流し、怪訝な顔で聞きなおす。
「おかしいなあ。見えてんのやったら分かってると思ってんけど・・・」
そう言ってまた少女は不思議そうな顔をする。
「まあええわ。とりあえず自己紹介しとくな」
少女はそう言いながらベッドから降りると、警戒を解かない冬馬の前に立った。
「ウチは琴平あゆむ。3年前に死んだ幽霊や」
そして微笑みながらその豊満な胸に手をあてると、自分の正体を明かしたのだった。
「よろしゅうな」
少女は握手をしようと冬馬に手を差し出すが、冬馬は目を点にして固まっていた。
「?・・・どないしたん?」
「は・・・はあ!?」
保健室周辺に、冬馬の声が響き渡る。
確かに今までの少女の行動を見ていると、幽霊ということも信じられなくもない。
しかし冬馬にはどうしても少女が幽霊だということが信じられなかった。
それも仕方のないことだ。
いくら少女の行動が不可解で、幽霊にしか出来ないような行動をとったとしても、冬馬には少女がハッキリと見えてるし、足だって普通に見えてる。
さらに会話も普通に出来てるのだ。
そしてもう一つ、冬馬にとって彼女が幽霊だと信じられない理由があった。
そう、
彼は今朝、
少女に触れていたのだから。
《予告》
琴平あゆむと名乗った自称幽霊の少女。
信じられない俺だったが、現実が彼女を幽霊だと肯定していく。
そして俺は奇妙な運命へと身を投じていくことになる。
それはまるで、月が徐々に顔を見せ始めるように。
次回、七の夕月『既朔』