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夏生詩集2

銀杏の木の下で

作者: 夏生

言わなきゃいけない

僕から言わなきゃ駄目だ

彼女は許してくれるだろうか


彼女の大好きな銀杏の木の下で

僕と彼女が出会った記念の日に

彼女に言わなければならないことが

あった


扇型の銀杏の葉

黄金色をはらはらさせて

僕の目の前に音もなく落ちてゆく


熱いものがこみ上げてきて

僕はあわてて、瞼を押さえた


しっかりしろ

彼女に泣き顔なんて

見せるな!


木枯らしが黄金色の葉を巻き上げてゆく

陳腐な失恋コントみたいに


「遅くなってごめんなさい。もう帰っちゃったかと

思った」


彼女はうれしそうに微笑んだ


「おお」


僕は上着のポケットに手を突っ込み

ながら、足で銀杏の葉の山を蹴った


「きれいね、銀杏が、ほら、キラキラして」

「おお」

「やっぱりこの木が一番きれい」

「おお」

彼女の微笑みの前に黄金色の銀杏が

舞い落ちる


毎年、変わらない彼女の微笑み

変わらず黄金色に染まる銀杏の木を

僕は見上げた


「泣いてるの?」

「違う。あんまりきれいだからさ…」


言葉が喉元で詰まってしまった

銀杏の葉の形はぼやけて

黄金色だけになって、降ってくる


「あのな…」

「もう駄目だって。私、怒られちゃった」

「誰に?」

「誰って訳じゃないけど。だから、もう会えないの」


彼女は僕に近づくと、悲しげに笑った


「ほっとしたろ?」

「あなただって。私なしでも大丈夫でしょ?」


三ヶ月前に知り合った人のことを彼女は

知っていた


まだ恋人でもなく、友達でもない間柄だ、と

言っても、彼女は信じてくれなかった


「あなたの心には私よりも気になる人が

出来たのよ。認めなさい」

「ごめんな」

「もう会いたくないから。呼ばないでね」


「怒ったか。そりゃそうだよな」


彼女は微笑み、違う、と言って僕を抱きしめた


「あなたから解放されて嬉しいの。もう二十年よ。長かった」

「そんなに嫌だったか」

「私の名前を叫んで、海に入って溺れそうになった

あなたが嫌だった。私のことばかり人に話すあなたが嫌だった。あなたを一人残した私が一番酷くて嫌だった」


僕は涙を流すまいと堪えて、手で顔を拭った


「元気でね。絶対に元気で幸せでいてね」


僕と彼女の間に銀杏の葉が、舞い落ちた

彼女を引き留めようと手を伸ばしたが

届かなかった、彼女は、いってしまった


握りしめた手を開くと

黄金色の銀杏の葉が一枚

輝きを放っていた




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