迷走する学生バンド
※今回登場する主な人物
・湊鍵太郎…一年生。初心者。担当楽器はチューバ。
・越戸ゆかり・みのり…一年生。打楽器担当の双子。
パートリーダー会議というものが、吹奏楽部にはある。
各楽器の代表者が集まって、部の重要な事柄を決める場だ。
川連第二高校吹奏楽部でも、それは今日行われていた。
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「はいはい。それでは今日は、先日メールでも連絡しましたように、コンクールの曲をどうするか話し合います」
部長兼、ユーフォチューバパートのリーダー、春日美里がそう宣言した。ホワイトボードの前に立ち、半円を描くようにイスに座っている部員たちを見渡す。
四月末に行われる、老人ホームへの慰問演奏。
それが終われば夏の大会――吹奏楽コンクールへの練習に入る。
楽譜の手配には二週間ほどかかるものもあるため、彼女たちは早め早めに準備を進めていた。
音楽準備室では部員たちの他に、顧問の本町瑞枝がデスクから生徒たちを見守っている。「アタシが決めるより、おまえらがやりたい曲をやったほうがいい」と言うこの顧問は、よほどのことがない限り口出しはしてこない。
美里は議長兼書記として、ホワイトボードに『コンクールの曲決め』と書き込んだ。
「さて、具体的な曲名を言っていただけると助かります」
「『エル・カミーノ・レアル』」
真っ先に言ったのは、ホルンパートの海道由貴だ。
メガネをかけた知的な雰囲気の女子生徒で、今ほどもきちんと挙手して答えるという真面目っぷりだ。
「エルカミですねー」と美里がホワイトボードに書き込む。
「ホルン目立ちますね。いい曲です」
「あたしあれ! 『アルメニアンダンス』!」
「あ、ワタシもそれがいいです」
元気に言ってきたトランペットの豊浦奏恵に、サックスの美原慶が同調する。「パート1でいいんですよね?」と確認した美里が、それも書き込んだ。
「アルメニアンってサックスソロあったような」
「またリードか」
「アルメニアンって、結構難易度高いよね……」
部員たちが口々に色々と言い始める。そんな中で、美里は唯一の二年生パートリーダー、フルートの関掘まやかに問いかけた。
「まやかちゃんは、なにがいいですか?」
三年生ばっかりだからって、遠慮しなくていいですよ、と言われ、まやかは遠慮がちに口を開く。
「あの、『レズギンカ』を」
「『ガイーヌ』ですか。組曲をいくつかピックアップするのもいいかもしれませんね」
「あれも結構、フルートきつかったと思うけど……」
由貴が冷や汗を流しながら言う。『剣の舞』という、最も有名な一節を抱えるバレエ組曲『ガイーヌ』。
その中の『レズギンカ』は、フルートがひたすらひたすらひたすらひたすら吹き続けるという、とんでもない曲になっている。
なんだかんだ言って、言いたいことは言ってくる関掘まやかだった。
後輩の意見も書き加えて、ホワイトボードを眺めた美里が言う。
「……なんか、あれですか。古典というか、ド直球というか。今年はみんなこういうのがいいんですか?」
「有名なのって一回はやってみたいじゃん」
「確かに」
人数が少ないということで、あまり有名な曲に挑戦できない川連二高だ。
しかし今年はわりと編成のバランスがいいということで、みなここぞとばかりにやりたいものを挙げてきている。
「では引き続き、やりたいものを。一人何曲でも挙げてください。幅広く決めていきましょう」
「『GR』!」
「『マチュピチュ』!」
「『メトセラⅡ』!」
「ううっ、ここぞとばかりに日本人作曲家の曲をあげてきやがりました……」
今までが外国譜ばかりだったせいか、堰を切ったように国内の有名曲が出てきた。言われた曲を美里が書こうとすると、会議の片隅で黒いオーラが立ち上る。
「いま……メトセラと言いましたか?」
ゆらりと立ち上がった小柄な影は、打楽器二年の貝島優だ。三年生のパートリーダー滝田聡司がいながら、彼女はなぜかこの会議に出席していた。
理由は、今から優が言う通りである。
「あなたたちそれ、打楽器何人必要かわかってますか? メトセラって、副題が『吹奏楽と打楽器群のための』ですよ?」
「いやとりあえずやりたいから言っただけ」
「管楽器の連中はこれだからーッ!?」
「まあまあ貝島。やりたいことやるのが一番じゃないか、な?」
「滝田先輩がそんなんだから、いっつも決まる曲決まる曲、打楽器七人必要とかそんなバカみたいなことになるんです!?」
現在、川連二高吹奏楽部のパーカッションパートの人数は、四人である。
とてもとても、打楽器主体の曲ができる数ではない。肝心なパートリーダーの聡司がこんな状態のため、優は曲決めのときは聡司にくっついて会議に参加していた。
優はがっくりと床に膝をついて、自らの思いを語る。
「私だって……私だって、『伝説のアイルランド』とかやりたいんです……」
「あれって打楽器何人必要だっけ?」
「八人……」
『うわあ……』
全員がお手上げだと思う中で、優が「私は千手観音になりたい……」と泣きそうな声でつぶやいた。「私は貝になりたい」ばりにその姿は悲哀に溢れていた。
「えーと……では、打楽器四人でもできる曲をちょっと考えましょうか」
えぐえぐと泣いている優を見かねて、美里が言う。「例えば?」と言われ、彼女はとりあえず頭に浮かんだ曲を言った。
「『ノヴェナ』とかどうですか?」
「確かに四人でもできるだろうけど……」
「一気に難易度が下がったなあ」
「中学ならともかく、高校でノヴェナはちょっとねえ」
「いい曲なんだけど、コンクールでやるのはちょっと」
「ううう。分かってはいましたがズタボロです……」
ほぼ全員から否定されて、美里も涙する。と、後ろから顧問の本町が言ってきた。
「少ない人数でできる曲を探すのはいいが、むやみに難易度は下げるなよ。自分たちにできるかできないか、そのギリギリのラインで選んだ方がいい」
『はーい』
もとより、今年はそのつもりだ。今まで挙がっている曲は、みな難しいものばかりだ。今年はやる気があっていいことだ、と本町は密かに思った。
「ちなみに、今まで挙がった曲は打楽器何人必要なの?」
「楽譜を見てないからなんとも言えませんが、五人はいるかと思います」
「あと一人か……」
「無理やり削れば四人でできるかもしれませんが、打楽器としては、楽譜にあるものはフルでやりたいです」
曲の雰囲気を左右する打楽器を削るというのは、確かにあまりよろしくない。
全員がそう思っていると、優が周りを見回して提案してきた。
「もしくは……どこのパートか、部員を打楽器に貸し出してもらえませんか?」
『…………』
「うわあ。全員目を逸らしやがりましたよコンチクショウめ」
打楽器だけではない。どこのパートだってカツカツだ。
よそに貸し出せるほどの人員はない。テレビ番組で取り上げられるような部活とは、全然違う。
人が足りない。打楽器そのものも十分には揃っておらず、チャイムや銅鑼は他の学校に頭を下げて貸し出してもらって、ようやく演奏にこぎつければ初心者も多く、レベルの平均点が下がる。
それでも代わりはいないから全員でいくしかない。
金賞が取れない。代表になれない。結果が出ないから学校からの援助もない。
そして少子化でどんどん部員は減っていく――。
テレビで見る世界とは、全く別次元だ。
これが現実によくある、学生バンドの姿だ。
だがそれでも――情熱だけは失わない。
「ま、愚痴ばっかり言ってても仕方ねえさ。みんなで考えようぜ。なにやるか」
「先輩が言わないでください」
聡司の発言に、優が突っ込む。そのいつも通りのやり取りをほほえましげに見て、美里が言う。
「そうですね。今までの流れを総合すると……」
「有名で?」
「各パートにそれぞれ目立つところがあって?」
「打楽器四人でできて?」
「それでも難しめの曲?」
「そんなのあるの?」
『…………』
痛いほどの沈黙が、あたりを包む。うーん、と全員が考え込んでしまった。
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その頃、隣の音楽室では後輩たちが練習していた。
大半の部員は他の教室に散ってしまっているので、今いるのは移動が大変なので音楽室に残っている打楽器パートと、重い楽器であるチューバを担当する湊鍵太郎だけだ。
打楽器は二人の先輩が会議に行ってしまっているため、一年生の双子姉妹、越戸ゆかりとみのりしかいない。三人で広い音楽室を占領している。
鍵太郎が酸欠で死にそうになりながら練習をしていると、ゆかりとみのりがなにやら不審な動きをし始めた。
なに始めるんだあいつら、と休憩がてら見ていると、二人は大きな木琴――マリンバを二人で叩き出した。連弾というやつだ。
なにかを練習しているようだが、どう聞いても今度の老人ホームでやる曲には、聞こえない。
叩き始めなのでいろんなところを間違えている。なのにどこかで、聞いたことのある曲だった。
「……なにやってんだ?」
鍵太郎が二人に訊いてみると、叩きながら二人は答えてくる。
「先輩たちがいないから、息抜きしようと思って」
「そうそう。鬼の居ぬ間に」
「鬼て」
たぶん二年生の貝島優のことを言っているのだろうが。
小柄でかわいらしい外見に似合わず、言うことは鋭い先輩だ。教え方も厳しいのだろう。
「鬼軍曹だよー」
「鬼教官だよー」
うんざりしたように、二人が言ってくる。その鬼がいるからこそ彼女たちは、こうして初心者ながらも早々と上達しているのだろうけれども。それとこれとは別らしい。
基本的に楽しいことが好きで、若干飽きっぽいところのあるこの二人だ。多少の息抜きも必要かもしれない。
結局今なんの曲をやっているんだと楽譜を覗き込んだ鍵太郎は、そこに書いてあった曲名を見て噴きだした。
「『スーパーマリオブラザーズ』……」
「ネットに楽譜落ちてたんだよ!」
「楽譜って何百円かで買えちゃうんだね! びっくりしたよ!」
どうりで聞いたことがあるはずだ。なんとなく形になってきたので、二人は楽しそうに、本格的に合わせを始めた。
《おまけ・参考音源》
エル・カミーノ・レアル
https://www.youtube.com/watch?v=wryX3z-PINw
アルメニアンダンス パート1
https://www.youtube.com/watch?v=1E1Og9UIg_o




