太陽はやはり恐ろしい人達でした
ザザラ山は、思っていたより足場が悪かった。山の中には道はあるものの獣道のように小規模で荒れ、足を踏み込めば地面がボロボロと崩れる。
ゲームの中だから、体力もHPに関わっているようで、まだHP満タンである兎と千秋は、息一つ乱していない。
「兎、大丈夫?」
それでも歩きにくいのは変わらず、何度も転びそうになりながら楽々と歩く千秋の背中を追う。千秋は何故か歩き慣れているようで、すいすいと先へ進んだ。たまに振り返っては兎の遅れを待ち、再び歩き続けて差が広がり、また待つ。その繰り返しだった。
「そういえば、千秋は種族は何にしたの?」
「俺は戦闘だよ」
「へぇ、俺とは違うんだ」と、兎は初期設定の時を思い出した。
魔法、という言葉に惹かれて、魔法種族にしたことを覚えている。千秋はそれを聞き、「兎は魔法種族なんだ?」と笑った。
「魔法種族ってさ、空とか飛べるのかな?」
「空を飛ぶっていうよりは、浮くって言った方がいいかな?スキルの中に、浮遊効果があるはずだから、レベルを上げていってユーサに行けばスキルを使えるようになる」
「ユーサ?」
「魔術の里、ユーサ。ユーサの長に会いに行くと、魔法を使えるようにしてもらえる。ユーサは地街の外れにあるから、そのときに寄ろう。ちなみに、戦闘種族がスキルを使えるようになるにはエルガっていう溜まり場に行かないといけないんだ。エルガは地街内にある、店の名前なんだけど…ユーサに寄ったあとでいいから、寄ってってもいい?」
「いいよ。地街内にあるなら、俺より先に行っておきなよ」
そんな会話をしながら、山道をずんずん進んでいく。
「もうちょっとで山頂だ」
千秋は兎の様子を窺いながら、前を指差した。兎は目を丸くして「もう?」と零した。もっと大変だと思っていたけど、意外と簡単に山を越えられちゃうものなんだな。千秋は兎の疑問を聞き、苦笑した。
「ザザラ山は、草街を囲む五つの山の中で、一番小さいからね。トンネルを使わずに近道をしたいなら、ザザラを通る。ただね、ザザラは―――…」
千秋は言葉を切り、指を差した方向に目を向ける。兎もつられて、山頂に視線を向けた。やがて、坂がなだらかになり、景色は見晴らしの良い野原になった。
「うおおお、てっぺん着いた!」
思わず兎が感動して、山の向こう側に見える地街を覗こうと走り出した。
走り出して、ぴたっと動きを止めた。確かに、周りを見ればザザラは山としては小さい山で、ここは山のてっぺんである。ここを真っ直ぐ降りれば、確実に地街に着く。
地街はとても活気に溢れていた。草街とはまた別の、発展した街のように。村、という感覚ではなく、名前の通り街と言えるくらい大きく、建物も立派である。
山の上で、そんなことを思い、視線を下に向けた。
「ねえ、千秋」
「…」
「なんで」
山の向こう側がないの?そんな問いは、言わなくても伝わっただろう。千秋は兎の後ろにいて、まだこの〝惨状〟を見ていないが、千秋の先程の様子から言って知っていたのだろうから。
確かに、草街からザザラの頂上に登るのは思いのほか簡単だった。でも、降りるところがなければ、近道にならないではないか。地街側のザザラ山が、ごっそりなくなっているのだから。
兎の一歩先に、足場は存在しなかった。
兎は驚いて一瞬で三、四歩後退した。地街側の山は、大きな何かに抉り取られたような跡があった。しかし、小さくても山だ。何が山を抉り取ったのだろう。そこまで考えて、一つの考えに至った。
「太陽の、仕業?」
太陽、ランキングで言えばトップの階級。この〝箱庭〟の中で七人しかなれない、最強の面々と噂の太陽。左手の結晶は、白。見つけたら全力で逃げなければいけない。理屈はわかっていた。戦いに巻き込まれたくもないし、兎自身そうしようと思っていた、けれど。
「こんな…」
圧倒的な力を目の前で見せつけられて、はたして自分は冷静に逃げられるのだろうか。兎は恐怖で、肩を震わせた。
この前あった喧嘩で山一つ軽く吹っ飛ばしたって噂だしな―――千秋の言葉が、脳裏をよぎった。冗談だと笑っていた自分を、今すぐ蹴り飛ばしに行きたい。冗談なんかではない、ここでは〝力〟が絶対である。ここまでの力があるなら、その気になれば今すぐにでも一番になれるではないか。ゲームだって、支配できる。
とんとん、と千秋が兎の肩を叩いた。
「ここは、太陽のメイとアサノの喧嘩の跡地。最近ここら辺に、二人がうろついているらしい。けど、触らぬ神に祟りなし。何か気に食わないことをしない限りは、襲われないよ」
「なんで、そんなことが言えるのさ」
「さっき、こう思ったでしょ。太陽がその気になれば、このゲームを支配することだってできるんじゃないか、って。確かにね、可能だと思うよ。どんな奴でも太陽のもとには敵わない、そのくらいあいつらは強い」
また思考を読まれた。千秋には、読心術の能力があるのだろうか。兎が少し警戒したのを見て、千秋は苦笑した。
「けど、それをしないのは―――…」
千秋は歩いて、兎の前に立った。太陽の喧嘩が作ったという山の崖の際まで行き、落ちないだろうかと心配している兎に振り返って、はっきりと千秋は言った。
「絶対的な力があるからさ」
「絶対的な…力…?」
「太陽の一番、つまりランキングトップに位置する誰かがいる。そいつは何故かランキングで公開されず、噂も流れず、どんな奴か、どのような容姿なのか、何もかもが謎。でも、そいつが一番にいて、太陽の面々を支配する限り、なーんにも起きないさ。それに、太陽連中は馬鹿な奴らじゃない。支配したところで他の太陽六人に潰される、そんな暗黙の了解のもとに、この〝箱庭〟の力の均衡が保たれている」
「トップの人は、何でランキングに公開されないの?」
「さぁ?そこまではわからない」
千秋はくるりと踵を返して、来た道を再び歩きだした。
「まぁ、ここに来たのは兎が、〝太陽が山を軽くふき飛ばせる〟っていうのをまるで信じてなかったから、ちょっと見せようと思っただけだから。さて、薬草取りに行こうか」
「おい、それってつまり」
山頂に来たのは、無駄足なのか。
兎は千秋の背中を追いかけながら、口を尖らせた。コノヤロウ、こっちが何も分からないのをいいことに…と眉を顰めながら。
そうしてゆっくりと足を止め、後ろを振り返る。
「……」
できれば、太陽には出会いたくないな。と、胸の中で小さく祈って、先に行く千秋を追いかけた。
しかし、兎のこの小さな祈りは、すぐに打ち砕かれることになる。