依頼を受けましょう
ざっくざっく、と小石が混じった土を踏み、二人は歩く。
「依頼受付所?」
「そうそう」
歩きながら声を上げる兎に、千秋はこくんと頷いた。
「依頼、まぁ簡単に言っちゃうとクエストな。俺たちプレイヤーに与えられる、任務みたいなもんよ。主に俺たちは依頼を、レベル上げしたり、小遣い稼ぎに使ったりする。まぁ、ゲームのメインテーマには直接関係ないけどさ、レベル上げってしといたほうがいいと思うんだよね」
「まぁ、確かに…」
友人契約(という名の罠)で、兎は千秋と共に行動することになった。一度は友人契約の確実性を証明するためとはいえ、消されかけて暫く千秋にびびっていたが、結果的に千秋と契約をしてよかったと感じざるを得ない。
予想通り、千秋はなんでも知っていた。
何をすればいいのかと途方に暮れていた兎と違い、「○○をしよう、そうしたら××をしよう」と次々に行動を指定してくれる。途方に暮れたまま何もせず、不意をつかれてライバルプレイヤーに消されることもない。助かった。
「兎は今レベルはどれくらい?」
「いやまだ何もしてない」
「じゃあ1か」
「千秋は?」
「えっと…」
呟きながら千秋は、左手の甲の緑色に染まった結晶に、右手で触れた。すると、結晶が光を放ち―――空中に画面が浮かんだ。兎はその画面を覗きこみ、「おお」と声を上げる。
「これが千秋の能力データ?」
「うん」
確か、ゲームを始めるときに案内人が言っていた気がする。結晶に触れると、能力データや〝箱庭〟の情報を見ることができる、と。
「5…みたいだね」
「へえ、すごいな」
もうレベル上げを始めていた、ということか。兎は感心した。
「すごくないよ。まだ弱いから、兎を護ることもできない。早々にレベルを上げにいった方がよさそうだよ」
「そうだなぁ」
千秋の言葉は、一理あった。弱い二人が一緒につるんでも、結局弱いままなのだ。このままではいくら〝箱庭〟についての情報を知っていたところで、意味がない。
「依頼を受けるには、まず依頼受付所で受け付けをしないと」
千秋はそう言って、前方を指を差した。
「あ、ほら。受付所が見えたよ」
「え、ああほんとだ―――…ん…?」
兎は眉を顰めた。千秋の顔を見て、もう一回前方に視線を向けた。
「………??」
目を擦って、前を見る。もう一回擦って見る。それでも結果は変わらないから、千秋の顔を眺めて、もう一回前を見る。しかし、何も変わりはしなかった。
「あれが、受付所…?」
「そうだよ?」
それは、一軒のぼろい小屋だった。ところどころ黒ずみ、ツタが壁を覆っている。手入れもされていないため、周りの草も伸び放題。そうして気になるのは―――DEATHの字、壁にどす黒い字で大きく派手にそう書いてある。え、何?死ぬの?入ったら死ぬの?
絶対入りたくない。
「いや無理絶対嫌だ俺お化け屋敷とか入れないんだよ体が拒否反応を…」
「何言ってんの、行くよ」
頑なに拒否しているにも関わらず、千秋は兎のことは一切気にすることなく小柄な兎を引っ張った。嫌だ嫌だと抵抗している兎だが、力は千秋の方が上だった。引きずられ、無理矢理入れられてしまった。
泣き泣き入った小屋の中は、外見(お化け屋敷とも見れる不気味さを醸し出す建物)とは全く関係ないレイアウトだった。
例えるなら、おもちゃ箱。おもちゃが床にたくさん転がり、積み木で城が創られている。
思ったよりも広い部屋の中で、もぞりと何かが動いた。大きな人形か何かだと思っていた物体が、動いたのだ。兎はびびって声をあげ、逃げようと足をばたばたさせた。だが、それを察知した千秋が咄嗟に襟首を捕まえ、兎の逃亡劇は始まる前に幕を下ろした。
「……あれれ、ちーちゃん?」
人形だと思っていた物体は、人間だった。更に付け加えれば、〝渡人〟だった。良く見ると幼さが残るふっくらとした可愛らしい顔立ち、円く大きな垂れ目、ぶかぶかのボーダーのパーカーには猫耳がついている。栗色の髪をした少女は、眠そうにしながら、千秋に顔を向けた。
その左手の甲には結晶が―――…
「階級、星!?」
水色に染まっていた。淡く輝く結晶に、兎は驚きの声を上げる。
「ねむい、おやすみなさい」
「バイト中に居眠りとは、いい度胸だね」
「…くぅ」
「永眠する?」
「よく寝たおはようございます」
少女の狸寝入りを見破った千秋が、懐のナイフに手をかける。それを察知した少女は慌てて目を覚まし、随分と緩い敬礼をした。
少女と千秋はとても親しげだった。気心が知れた仲のように、しかも千秋が優位に立って話をしている。彼女の左手の結晶は水色、階級が星である証だ。強さのランキングが、兎や千秋よりずっと上の順位であるということだ。
「だぁれ、そのほそっこい弱そうなの」
不意に少女が、兎に目を向けた。兎は少女の言葉が胸に刺さり、崩れ落ちた。完全に不意打ちノックアウトである。少女は首を傾げ、「どうしたの?」と訊く。
「ほそっこいとか弱そうとか言うな、失礼だろうが…このちっこいのは俺の友人、兎だ」
「お前も充分失礼だあほめ」兎は悪態づく。
「兎、この腹立つ顔したガキは、ジュナ。見かけたら蹴っ飛ばしてやって」
千秋は両方に両方の紹介をする。ジュナ、という少女は、ふらふらと立ち上がった。フリルのミニスカートがまた可愛らしい、小柄なジュナは立ち上がると小学生ほどにしか見えなかった。千秋は〝腹立つ〟と紹介するが、見ていると癒される。
「ジュナだよぉ、階級は星。兎だから…じゃあ、〝うーちゃん〟って呼ぶねぇ」
ふふふ、と嬉しそうに笑うジュナに、兎は頷いた。それにしても、この子が星か。ジュナの細腕で、どうやって闘うのだろうか。
「ま、ゲームに外見は関係ないからね」と、千秋は笑った。
なんで考えていることがわかったのだろう…兎が眉を顰めると、千秋は「分かりやすいから」と再び笑った。
「階級、太陽の中には小学生もいるしね」
「え!?」
千秋の爆弾発言に、兎は勢いよく食いついた。世界中の猛者を押さえつけて、上に立つ太陽はどんな者なのか。考えたことがなかったわけではない、が…それが小学生となると、自分にも狙えそうな気がしてならない。
「ま、外見は関係ねえよ。アサノは、この前あった喧嘩で山一つ軽く吹っ飛ばしたって噂だしな。見た目は可愛い狼少年なのに、あー怖い怖い」
「山…?軽く…?はは、冗談」
「冗談だと思う?」
千秋は意味深げに笑い、再び寝ようと寝ころんでいるジュナを踏みつけた。靴を履いているのに、酷いことをするものだ。ぐにぐにとジュナの背中を踏みつけていると、ジュナは体を起こした。
「とりあえず、草でもできる依頼ちょうだい」
「…ふぁ……めんどくさい……あ…」
欠伸をしたジュナが、目を丸くした。何かを思い出したようだ。千秋がその様子を窺っていると、ジュナは立ち上がって奥の部屋へと行ってしまった。兎と千秋が互いに顔を見合わせて首を傾げると、ジュナはとてとてと足音を立てて戻ってきた。
「そういえば、今日、ちょうどいい依頼が入ったんだよぉ」
「いい依頼?」千秋が聞き返した。
「経験値がたくさんもらえて、尚且つお金も結構もらえるやつ。内容見たけど、そんな難しくなさそうだし。やってみたら?」
ジュナは一枚の紙を千秋に渡した。
「……確かに」と、千秋は紙に目を通しながら、頷いた。
「何でこの依頼が、こんなに報酬もらえるんだろう」
「わかんない。ちーちゃん、うーちゃん、これやってみる?」
「わかった、受けよう」
千秋が承諾すると、持っていた紙が光となって弾けた。友人契約をしたように、光はきらきらと舞い散って兎と千秋の左手の結晶に吸い込まれるようにして集まった。
すっと光が全て結晶の中に入ると、千秋は笑った。
「兎、初依頼だ」
兎は何が何だかわからないが、とりあえず頷いた。