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箱庭  作者:
tutorial
4/9

友人契約ってなんですか

眩しさがなくなって瞼をゆっくりと上げると、そこはのどかな村だった。小屋のような家が幾重にも連なり、人々が出歩く。

あの人たちは、プレイヤーではないのだろうか。

土や家畜のニオイ、人々の声。何度も思っているが、改めて感じる。ここは、本当に夢なのだろうか。本当に村の中に立っているようだった。太陽の光が降り注ぎ、鮮やかな青い空が広がる。日光の暖かさが、肌をゆっくりと撫でた。

村は、いつも見慣れているようなビルや大きな建物は存在しない。言うなら、昔の世界と言ったような―――そんな場所だった。村人は畑仕事をしていたり、商売をしていたり、随分と活気が溢れていた。


「って、あれ」

兎は目線をおろし、自分の服装を眺めた。服が、ぼろい。着ている服が随分と古くかび臭かった。いつの間にこの服装になっていたのだろうか、それとも最初からか。初心者の服装、ということだろうか。


兎は服装においていた視線を周りに向け、見渡した。

「…どーすりゃいいんだ?」

ゲームにログインしたものの、何をすればいいのかと兎は困り果て、とりあえず村を見回ってみることにした。

「らっしゃい、旅人さんかい?ちょっと見てかないかい?」

目が合うと商売人のおばさんに手招きされる、意思の弱い兎は手招きをされるがままに近付いた。おばさんは大きく笑い、並べてあった野菜を指差して勧めた。

「今日は新鮮な野菜が取れたんだよ、どーだい一つ…て、あんた、〝渡人(わたりびと)〟かい」

おばさんは目を丸くした。

「渡人?」

「その左手の結晶、異世界の住人の証さ」

どうやらこのゲーム〝箱庭〟の住人には、宇佐見が住む現実を異世界と考えているらしい。渡人、というのは、異世界から〝箱庭〟へと行き来する人間を言うみたいだ。つまり、〝箱庭〟のプレイヤーを言うらしい。


「おお」

よくよく見ると、左手の甲の結晶が緑色に染まっていた。先程まで真っ黒だったのが嘘のように、宝石みたいに輝いている。〝渡人〟の証、そして自分の階級が草である証だ。


「ここは、どこですか」

「ここは草街だよ」

「草街?」

「そうさ、新規の〝渡人〟の入り口とされる場所だよ」

つまり、初心者の街。ここにいるプレイヤーは初心者が多い、ということか。

「この世界には五つの街があるんだ。草街、地街、海街、星街、月街、太陽中心街。それぞれいろんな街の文化や名所があるから、回ってみるのも楽しいかもね」

ほうほう、と兎は頷き、お礼を言っておばさんと別れ、再び歩き始めた。

とりあえずどこに行けばいいんだろうか、ざっくざっくと土を踏みながらふらふらと歩いていると、肩を軽く叩かれた。

「!?」

いきなりのことで目を見開き、反射的に振り向く。

「やぁ」

にこっと笑ったのは、兎より頭一個分ほど背が高い胡散臭い青年だった。兎と同じく古臭い服装をした青年、イケメンなのが少し悔しい。青年はまっすぐで少し長い黒髪を掻きあげ、兎に近付いた―――と、同時に兎は後ずさった。


これは他人を蹴落とすゲーム、生き残るのが目的のゲームである。青年の左手の甲にある結晶はこの世界の言葉〝渡人〟の証である。まだ緑なので、初心者なのだろうが…油断は決してできなかった。


「あ、ちょちょちょ、警戒しないで逃げないでッ…おい逃げるなこら」

青年の制止を完全に無視して逃げようとするが、青年は思いのほか足が速くてすぐに捕まった。くそ、イケメンで運動神経抜群か。そして、夢の中でもダメ人間な自分って。兎は項垂れ、大人しく青年に捕まった。


「別にとって食おうって訳じゃないよ、倒す気もない。ねぇキミ名前は?」

「初対面に敬語を使わないような奴と仲良くする気はない、胡散臭すぎる」

兎は舌を出した。だが、後悔した。今自分は青年によって心臓を握られているようなもんだ。今の兎なら、赤子の手をひねるかのように簡単に消せるだろう。しかも捕まっている立場で、何を挑発してんだ!馬鹿!俺の馬鹿!と兎は頭の中で葛藤した。

だが、青年は気を悪くすることなく、そして言葉づかいを直すこともなく、話を続けた。

「俺は千秋、キミは?」

「…兎」

二度目の失態はしない。兎は、素直に名前を言った。

青年―――千秋はその名前を聞いて、「えらい可愛い名前だね」と目を丸くして笑った。千秋の言葉に、兎は口を結ぶ。


しばらく沈黙していた二人の間で、「…ねぇ、契約しない?」と千秋は突然口を開いた。

「は?」

いきなり何を言い出すんだ、こいつ。兎は眉を顰め、千秋の顔を見た。

「ナニソレ」

「友人契約」

訝しげな表情を浮かべる兎を見つめ、千秋は笑いながら続けた。

「このゲームってプレイヤー同士で消しあうゲームじゃん?」

「…そうだな」

俺は今、お前に消されることを警戒してるんだけど、と兎は言いかけて黙った。

「友人契約を結ぶと、俺はキミに一切攻撃ができなくなり、またキミも俺に一切攻撃できなくなる。つまり、仲間になれる」

「…そんな機能があんの?」

「あるよ。ちなみに、友人契約を交わした人たちだけがこの世界に残ったら、そのときは契約が自動的に破棄される。あとは、本人たちが契約破棄をお互いに同意した場合。それ以外は破棄できないよ」

「ほほう」

兎は警戒心をとき、頷いた。

正直、右も左もわからない状態で、このゲーム内に一人きりでいるのは辛かった。何より、いつ倒されるかどうかびくびくしているのも、一人だと空しかったのだ。


「どう?契約してくれる?」

なんか、俺より〝箱庭〟に詳しいようだし…と兎は頷いた。

「よっしゃ、じゃあ左手出して」

そう言いながら千秋は、結晶が埋め込まれた方の手を差し出した。兎もつられて手を差し出す。何をするのだろうか、と思っていると手を握られた。

「握手…?」

兎がそう呟くと同時に、握り合った手の上で、光が弾けた。きらきらと光が舞い散り、消えた。兎は呆然としながら、満足そうに笑う千秋の顔を見つめた。

「契約完了。左手で握手をすると、友人契約したことになるのさ」


千秋は柔らかく笑った。

「だからこうやって―――…」

突然だった。笑いながら、千秋は目にも止まらない早さで、腰に忍ばせていたナイフを手に取って兎に突きつけた。辛うじて、千秋が襲ってくることを察知した兎が、避けることもできずに目を瞑った。そして、衝撃が来ないことに首を傾げ、状況を把握しようと目を開けると、千秋のナイフの鋭利な刃先は、兎の鼻の先ギリギリで止まっていた。千秋は力を入れているようで、かたかたと腕を小刻みに震わせる。

「ほらね?」

「……ほらね、じゃねえ!!」

どうやら、安全なことを実証しようとしたようだが、兎は顔を青ざめさせて叫んだ。初めて(が、現実ではなく夢の中というのがまた微妙だが)命の危険にさらされて、恐怖を感じた。


兎は座り込んで項垂れた。

「解約してぇ…」

なんで契約しちゃったんだろ、と兎は早々に後悔した。


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