少女と、神様
無限想歌が終わりそうなのでアップしました。
TiPs~全知全能の対価:孤独:神を殺すもの、神を救うもの
神が人を救うことをやめて、久しく経つ。
それはもちろん、人々の神に対する祈りがなくなったからーーーというわけではない。
古今東西、神への祈りは延々と子守唄のように歌われ続けているのが、現実だ。
なれども、神は救いの手を差し伸べない。
ーーーーもともと、神はそのような存在ではなかった。
全知全能である神は、命により生じるあらゆる意思を大切に育んでいた。
さながら、赤子のように。
母親が、あるいは父親が。
愛という、根源なき肯定の意思でもって、我が子に笑顔を向けるように。
けれど。
『それは所詮、人形遊び。どれほど命が意思ある存在だとしても、それらはお前の手のひらで踊る道化でしかない』
あるとき浮かんだ、一つの可能性が。
『祈りの声は数多あれど、おまえの為に誰が祈ってくれた?』
わずかばかりの疑念が。
『この世界はお前より成る、お前だけの、人形劇だ。脚本を描くのもお前なら、観客もお前』
それは、全知全能であるが故に生じる、一つの既決。
『無意味だな。ああ、無意味だ。なんの意味も無く、そして、価値もない』
あるとき生まれた可能性は、神に『孤独』という概念を突きつけた。
そして、自身の行いーーー果てには、世界の存在価値ですら、虚構である可能性もーーーー
………故に神は、意思を捨てた。個であることを、やめたのだ。
ただし、それだけのこと。彼は最後まで世界に価値があると信じていたし、それだけに、世界を滅ぼすようなことをしなかった。
そう、個を殺し、世界と自身の意識を切り離すことで、神はーーーー
『……』
ありもしない幻想に、「願い」をかけたのだろうと想う。
「神様のお願い」より抜粋
※
32番目の物語:RENGE-蓮華
プロローグ:神様の、生まれたわけ
LEDの放つまばゆい光の下で、パソコンの画面を見つめる女性研究員ーーーエッジは、眉をひそめた。
次いで彼女は頭の後ろで軽く手を組み直す。そして、向かいのデスクで自分同様に眉をひそめ、頭をかきむしっている上司に報告した。
「4番機、思考停止しました。ただし、下層の管理世界は依然として存在したままです。
どうやら4番は、個の消失だけで満足したようですね」
報告を受けたウォレットは、溜息を漏らした。
今回の研究結果はあくまでも彼の想定の範囲であり、ある意味では、彼の仮説を強く後押しするものだったのだーーーにもかかわらず、彼の口から零れ出るのは安堵も息でも歓喜のさけびでもなく、ただの、ため息。
そう、彼が神への道を探り始めて早数百年が経つのだが、彼が望む結果という意味では、うまくいったことなどーーーありはしなかったのだ。
「最上位の演算機(AI)を神に見立て、下層の空想世界の管理を任せる---うまくいかんな。
道筋は違えても、たどり着く場所は同じ」
タバコを吹かせながら、ウォレットは死んだ魚の目で部下を睨みつけた。
そんな彼に気づき、エッジはクスリと笑う。そして、一言。
「神のエンドポイントが自殺なんて、笑えませんか?」
エッジは一言、上司に声をかけた。もう少し、笑ったらどうだと。
彼女のそれは、端から聞けば喧嘩を売っているようにか想えない発言だった。それを、ウォレットは黙殺する。
この二人のやり取りは、数百年を共にした間柄だからこそ許される蛮行であり、おそらくエッジ以外のものがそれに及んでいれば、ウォレットはその者の存在を許さなかっただろう。
「残りは、1,7,9,番機か。他はいずれも、自死。その際に下層世界を破壊するかどうかは別として、いずれも……」
他の研究者たちがこぞって不味いと絶賛するコーヒーを口に含み、彼は思考する。
彼の思考の対象はもちろん自身の研究テーマであり、それはいたって、シンプルなもの。
彼が自身に課した、永遠の命題ーーーそれは、「神は何を考え、何を想っているのかーーー?」という、なんともアホらしいもの。しかし、本人は真面目に、その、あほらしいものに取り組んでいる。
その証拠として、彼は人間をやめた。人間をやめて、世界も渡った。生来の彼を知る者なら鼻で笑って信じないだろうが、「他人に頭を下げる」という荒技もやってみせた。エッジから言わせれば、もはやそれは、「魔法」の域らしい。
……まあ、彼の人格がどうこう言うのはさておき、彼の確立したモデルは斬新だった。
魔法が使えない異世界、姉妹世界αで生み出された無機演算技術及び、魔法世界の代表とも言える自身の出身-セントラルで生み出された魔法のいくらかを駆使して生み出された、神の思考をシュミレーとするモデル。
このモデルにおいて彼は、「神」と定義する「AI」に、「自由にできる世界」を与えた。
世界を与えられたAIは、その世界においては全知全能であり、そして、故に、「神」となる。
しかし、このモデルには当然問題点もありーーー
「まあ、でも、このモデルですと神の「原型」が室長ですし、この結果って、正確には神と成った室長が最後は自殺するってことじゃありません?要は、室長の根性が貧弱なだけって可能性も、視野に入れないとですね。あと……」
ーーーどうでもいいことのように、エッジは問題点を指摘する。
いや、それこそは、この結果を解釈する上での味噌だった。
ウォレット達は今回の研究において、神の原型に「ウォレットの魂」を流用している。当初の予定においてウォレット達は、AIが実発的に自我を獲得するのを待つ予定だったのが、研究を初めて200年ほどが経過した時点で諦めた。
「そんなことは、わかっている。そちらのモデルも諦めていない。そっちはそっちで継続しているだろうが。こっちのモデルはその待ち時間の間の『お遊び』で、それに、何だ。問題点を挙げるなら誰でもできる。君も魔術師の端くれなら、解決の糸口にを目を向けろ」
「いやでも、室長。あとひとつだけ、問題が……」
「聞こえなかったのか、エッジ」
半目で部下を見やるウォレット。彼の言うことはもっともであり、エッジとて、そう思う。
そして、エッジはこの状態の上司がもはや聞く耳を持たないことは、経験で知っていた。
だからというか、なんというか。
彼女は、今回気づいたあと一つの問題点をウォレットに翌日告げることにした。
今日聞いてもらえないなら、明日聞いてもらう。
それほどおかしくもない発想だと、エッジは想う。
ただ、この時エッジが口をつぐんだ事実は怒エラいことに分類されるもであり、
結果、翌日その問題点を指摘されたウォレットから「翌日に引き延ばしたこと」を口実に殺されかけるだがーーーそれはまた、別の話である。
32番目の物語:RENGE-蓮華
第一章:神様の家出
第一話:少女と、神様:姉妹世界α
この物語は、自称ボーシッシュな(美)少女である歩のもとに、自称神様を名乗る者からメールが届いたことに端を発する。
「ねぇ、千佳。神様って名乗る人からメール来てるんだけど、私どうしたらいい?」
「死ねばいいと想うよ」
パソコンに向かっていた歩は少しだけ視線をあげ、向かい側に座る妹に目を向けた。
言葉を交わす二人は、同じコタツで面と向かって座っている。ただし、歩はノートパソコンを開いており、千佳は参考書、という違いはあるが。
「え? 神様からメール来たら死ななきゃいけないの? なんで? このメールの神様、死神様?」
「スパムでしょ、それ。オネェちゃん、私のパソコンで変なとこいかないで」
取りつく島も無いとはこのことかと、歩は想う。いつからだったか、妹は完全に自分を信用しなくなった。例えば、このパソコン。このパソコンの所有者は千佳であり、自分ではない。時々借してもらうのだが、こうして二人が揃っている空間でしか、使用が許されていない。その理由はーーー長年の、信頼関係の、賜物……としかーーー
「え〜最近は行ってないんだけどな、そういうとこ」
千佳は軽口で姉に言ったつもりだったのが、当の本人の歩が、「そういうとこに行ったこと」を否定しなかった。そのことが、千佳の眉をピクリと震わせる。さしずめ、歩がパソコンを閉じた後、千佳はブラウザのキャッシュを総洗いすることだろう。
(う〜ん、そしてなんか、チャットのソフトが勝手に起動して……るんだけど?
あれ?わたし、メール開いた?感染した?)
口には出さず、歩は冷や汗をたらす。
俗にいうハッキングである可能性を考えランケーブルを抜こうとするも、線が無い。
そう、千佳のパソコンは無線LANだったのだ。だからどうということは無いのだが、歩は機械音痴の本分をおしみも無く発揮し、思考を停止させた。
パソコンがファンの回転数を上げ、PCの冷却を強化する。
勉強する千佳の前で、カリカリという音が部屋に木霊した。
その、数秒後。パソコンの画面にチャットパッドが起動し、バタンと言う音が響く。
誰かが入室した効果音だ。そこには、RENGEさんが入出しましたと表示されていた。
そして。
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ーーーRENGEさんが入室しました。
RENGE:初めまして、アユミさん。わたしは、異世界で神を演じていたRENGEというものです。諸事情あり、この度は神の役職を辞職し、この世界に流れ着くに至りました。
突然のメールとハッキングに驚いていらっしゃるようですが、なにぶん性急な性分故、ご了承ください。私には、あなたへの害意などありません。ただ、あなたと友人に成りたいだけなのです。
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画面を遺憾ともしがたい眼で、歩は見つめいている。
もはや、彼女の汗は冷や汗から脂汗に変わっており、彼女の心理状態を大いに反映していた。
(……そうか。この神様はRENGEっていうんだ。んで、このRENGEさんは諸事情あって神様やめて、そして、見知らぬ私に、いきなりメール突撃とかハッキングすると驚くの分かってた上で、友達に成りたいと申し出……気持ち悪−−−−)
思わず、歩はパソコンを閉じた。そっと、閉じた。
もはや、ご飯の時間だったからだ。いつまでもネットに沈んでいては、また母と妹に怒られてしまう。これまで二人の言いつけを守ったことは無かったけれど。
けっして、メールの神様から逃げ出したわけではない。
そう、そうなんだ。自分は、二人の言いつけを守るんだ。そのために、パソコンを閉じたんだと自分に言い聞かせ、その日、歩はご飯を日頃の三倍もお変わりして夕飯を平らげた。
やけ食いという、やつだった。