クリーム色の幸せ
クリーム色の壁がいい。
付き合ってちょうど一年目の春、明が同棲をしようと言った。
そして、部屋を選ぼうと不動産屋に入ったとき、彼が真っ先に言った一言だ。
別に壁の色に興味なんてなかったけど、なるほど。
一年間住むと壁の色の重要性というものがわかってきた。
「白ってさ。嫌なんだよな。寝起きにはまぶしすぎるだろ?」
壁の色になぜそこまでこだわるのかを聞いたとき、明はそう熱く語った。
(他にもなにか言っていたが、そこしか覚えていない。)
確かに、日当たりの良いこの部屋の壁が白だったら、少し眩しすぎたと思う。
それに明のことだからきっと
「りほ。眩しいからいっそ寝室の窓なくさないか?」
なんて本気で言いだしかねない。
その点、クリーム色の壁はいい。
白と違い朝の光を反射させず優しく受けとめるので、寝室全体は優しい光でいっぱいになる。
朝日に包まれる寝室は、どこか異国の地を思わせるほど美しい。
私の大好きな明の寝顔は、優しい光を受けて淡く輝き、
その彼の小さな子供みたいな寝顔を見ながら、頭を撫でる。
そこには、確かに二人だけが共有できる朝の空気があって、光があり、世界がある。
とても幸せだ。
この幸せの命運が、まさか壁の色ひとつにかかっていたなんて。
明には感謝してもしたりないくらいだ。
「ん。りほ?」
今日もいつも通り明の寝顔を見ながら頭を撫でていると、くりっとした大きな目が半分開いた。
晴れているのだろう。
部屋はいつも通り優しい光に包まれている。
「おはよう、明。」
「おはよう。」
猫みたいなあくびをひとつすると私に小さくキスをする。
「相変わらずだね。」
小さくくすっと笑うと明は不思議そうな顔をした。
「なにが?」
「相変わらず猫みたいだなと思って。」
「うるせーな。」
そう言って髪を掻き揚げた茶色の髪は、光と混じってやわらく溶けた。
まるで、エスプレッソにミルクを注ぎこんだように。
「ねぇ。今日何の日か知ってる?」
彼のことだからきっと覚えていないに違いないのだが、
悩む姿がおもしろいのであえて聞いてみる。
「え、今日?なんかあったっけ……?」
「正解はですねぇ~~」
「あ、まてまて!言うな!今思い出すから!!」
「制限時間は1分ですよ明さん。」
「短いなおい。」
んーと唸って悩む明はやっぱりかわいい。
「あ、そうだりほ。」
「ん?ヒントはあげないよ?」
「いらねぇよ。左手、見てみ。」
そう言う明の顔は、どこか勝ち誇った顔をしている。
言われるがままに左手に目を落とす。と、
そこには昨日の夜までは確かになかったものがあった。
薬指の上で、朝日を受けて美しくキラキラと輝く宝石。
「明……これって」
しかしそのあとの言葉は彼の唇によって塞がれてしまった。
あぁ、やっぱりあなたにはいつまでたっても敵わない。
「結婚しよ。りほ。」
付き合ってちょうど二年目の春の朝。
明の声は、やわらかい光の中で優しく響いた。