怪盗
ずっと何かが足りなかった。
家族、友人がいて毎日帰るところがあって食べるものもある。お風呂にだって入ることができるし、ベッドで布団に丸まって眠ることもできる。勉強だって日常生活に困らない程度にはできた。それなのに、ふとした瞬間心がそれと入れ替わる。
「もっと」
「もっと」
「まだだ」
「もっと」
この時は最悪だ。感謝しなければならない人への文句が湧いて出てくるし、やたらと頭が冴えるもので、気付かなかった自分の欠点を的確にそして大量に見つける。それが心を返してくれるのはいつも気まぐれだ。とにかく外を歩きつぶしたり、目が逝くまでインターネットを眺めたり、眠るまでたくさん食べたりしているといつのまにか返却されている。
それの気まぐれに付き合っていたら、もう数十年経ってしまった。
はじめのうちは返却されるまでの時間、それに抗ってみたりもした。結局、返却されるまでの時間が長引いたり余計に奇行が悪化したりで、今思うと無駄な悪あがきだった。
??
ずっと見ていた。
楽しそうに遊んでいる。不満そうに謝罪している。寂しそうに待っている。必死に何かをこなしている。悲しそうに食べている。
いつ見ても気持ち悪かった。でも、目を離すことができなかった。いつも独りぼっちだったから、話してみたかったのかもしれない。気持ち悪いのはかわいそうだ。その気持ち悪いものをとってあげたくなった。
たくさんの時間がかかった。観察して、観察して、観察して、ほんのわずかでも綻んでいるところを見つけて、引っ張る。難しそうに聞こえるかもしれないがずっと見ているとだんだんコツをつかめる。そうして根気よく気持ち悪いものを掃除してきた。しかし、ある時から邪魔が入るようになった。掃除しても掃除しても綻びが増えていく。気合いを入れて作業するといきなり締め出されることもあった。
だから。
??
11月X日。予感はしていた。それは再びここへ訪れるだろう。マンションのエレベーターの稼働音。足音。玄関の扉をノックする音。開ける音。心はもう準備できた。でも最後くらい、それの姿を見てみたく思う。
ゆっくりと部屋の扉が開く。
その晩、私はそれに成った。




