第一回戦 一章
第一節
盛夏の早朝。宮本 永見、17年分の人生は幕を閉じようとしていた。
特に命を危機に晒すような事はしていない。ただいつものように家を出て、いつも通りの通学路をたったったと歩いていただけ。...なはずだったが。
突然、腹の辺りがじんわり温かくなったと思えば、すでに意識は薄れていた。深い鉛の海にどっぷりと浸かった感覚だった。不思議と痛みはない。
今までの自堕落な生活を思い出しては、追憶に耽る余裕すらあった。しかし、やって来る記憶はどれも、あれやこれなどと呼べてしまうような有象無象。楽しかったのラベルが剥げかけたものばかりで、嫌だったのラベルは妙にはっきりと色濃く残っていた。
ーーあまり楽しくなかったかも。
その言葉を最後に、彼の意識はすうっと消えてしまった。
第二節
目を閉じる。
『やー....ね?ごめん。ごめんね 【現人神】くん』
『...』
目をあける。
『まさか、あんなとこまで飛ぶとは思わなかったんだよ』
『........』
やっぱりいる。
『それに...さ?こうして生き返らせて上げたし?』
....気がつくと、私は辺り一面が白い部屋....いや、白い世界にいた。そこで、この飄々とした態度の男が、何処からかひょいっと現れて、突然そんな弁明を始めた。今の状況はこんなものだ....いや、わかりずら過ぎるな。しかし、私にもよくわかっていないのだから。まあでも、それは私のボキャブラリーのせいであって、他の者....それこそ太宰 治とかであればもっと事細かに今の状況や心情をすらすらと言葉で綴って、一冊くらい執筆し始めるところだが私にはできない。そもそも前の私は理系だったのだから、今の感想すら適当なものが出てくる気配すら全くないのは当然ではないだろうか。と、まあ文豪どころか文系ですらない私には、ここは何処だとか私は誰だとか聞いとくべきだっただろう。しかし、先程も言ったが理系の私はその過程を飛ばして、口を開く。
『あなたが殺したのか?』
この状況的に最近流行りの転生系に出てくる神様ポジかと初めは思っていたものの、彼の口から出てくる言葉が、まるで彼が私を殺したかのような、それに対して言い訳をしているような内容であったため、それはないなと思った。理由は他にもあるが....まあわざわざ言うようなことだとは思わなかった。
『ははっ。ようやく口を開いてくれたね』
軽率な態度に少々憤りを覚える。返答になっていない返し。質問への返答を求めていたためにかえって苛立ちが多い。しかし、優しい人と学校でよく称賛された私にこうまで思わせるのは、彼の発する声のトーン的な物が、なにか気に食わないせいもあるだろうか....あるからこうなのか。
『.......殺したのか?』
余計に口を開かせないため、強く押す。
『それは、さっきから言ってるけど、事故なんだって。試し撃ちのつもりだったのに。』
今度は返答が帰ってきた。が、言い訳がましさは変わらない。やはりその試し撃ちで私は死んだのか。今更そのことに対して、大した怒りは感じない。それでも気になることがある。
『………じゃあ、私はなんだ?』
何故こうして生きているのだろう。当然の疑問だ。その当然な疑問に、
『君は...超越能力そのものだよ、これから始まるデスゲームのね』
ーー妙に納得してしまった。自分の腕を見たからだ。生まれた時から生えていたはずの腕を見たからだ。私から生えているそれは全く別のものだったからだ。
第三節
本日(正確な時間など知らないが)二度目、目を覚ます。あの時、つまり自分の腕が何かに変わってるのを目撃した辺りから、記憶がない。
辺りを見渡すと、そこには私にとって、いつもの高校への進路であり、いつもの帰路である場所、さらにはよく見かける近所の老人や別の学校の制服を着た高校生の歩く姿があった。つまり、日常がそこにはあった。
変わることがあるとすれば、そこにいたのは毎朝、家の鏡に映っていた馴染みある己の姿でなく、見知らぬ女子高生の姿だという事。そして、今の私が俗に言う幽体のような状態であること。そのくらいだった。見知らぬ女子高生は、前の私と同じ学校であった。制服が前の私が持っていたものとほとんど同じデザインだった為だ。前の私が通っていた学校の方向へと向かっていた。
第四節
私は、もうじき始まる、あるデスゲームの要素"超越能力"。数にして百の内の一つ。
なので、私の体がこの女子高生から離れなくなったのは、この女子高生がプレイヤーに選ばれ、私の使役者に選ばれたからだろう。つまり、この時点でこの女子高生は、逃げも出来ず、隠れも出来ず。運命でこの先の地獄が決定づけられたのだ。
『さぁ、始めようへルシャーゲームを。』
ゲームマスターの一言で、この女子高生を含んだ日本在住の100名、そしてその周りの人々の人生が狂い始める。少し気の毒な気もするが......まぁなんだ、うちの相棒には頑張って生き残って貰いたいな。
『プルルルルルルルル!』
それは、始まりの合図だった。女子高生の持っていたスマホが大きな音を鳴らし始める。
「!? なっなに?」
スマホの音だ。そのうるさすぎる音は当然のように周りからの良からぬ注目を集める。
その視線に耐えられない女子高生....彼女は咄嗟に誰も居ないであろう、清掃があまりされていなさそうな公園に駆け込んだ。木や雑草がボーボーといいそうなほどに生え散らかして、荒廃しているような風景を映している。
公園のベンチに腰掛けた辺りで、初めて彼女の顔が見えた。
さっきまでは上からの俯瞰視点でしか見えなかったが、この身体に慣れてきたおかげもあってか、彼女の顔を覗き見ることができた。
そして、彼女は見知らぬ彼女ではなく同じクラスの潮目 藍那だと判明した。
第五節
潮目さん、藍那さん、どんな人からもさん付けで呼ばれている。呼び捨てが出来るような距離まで親しくなれた人がいないからだ。
いや、前の私にすら数人は友達が居た。つまり、彼女が自ら、意図的に、来る人拒むの姿勢をとっていたのかも知れない。
思えば、彼女の声を聞いたのは先の戸惑い声が初めてだったかも知れない。そのレベルだった。
ゲームでいう、そこに居はするものの、話す目的もコマンドも無い為、話せない。別に話すこともない。そんな人柄自体が曖昧で軽微なNPCだった。
それと、今では、毎日欠かさず通ってはいるが、中学時代の彼女は不登校気味であったため、同中が多いうちの高校では少し浮いていた。しかし、そのミステリアスさと1000人に一人くらいの顔の良さがあった為に中高、関わらず告白とかされてたし(成功した人は勿論いないどころか、フルでシカトされた人もいた)、前の私の....無論今の私の記憶にもしっかりと残っている。
これまでで察した人もいるだろうが、前の私は彼女と同中で、その頃から本当に曖昧で不透明な人という印象を受けていた。しかしそれでも高校生の普通の女子だった。
その彼女が、今まさにプレイヤーになったのだ。
ー知らないアプリが入ってるー
心の声が私へ漏れる。イヤホンをつけた時のような感覚で、慣れるまでは神経を逆撫でされるような感覚になる。
ーっ! 勝手に開いた!?ー
スマホの画面に大きく文章が表記される。
【ようこそ潮目 藍那さん ヘルシャーゲームへ】
潮目はその文章だけでなんとなくは察した様だ。
おそらく、最近流行りのデスゲームモノの漫画の影響で、思考がそっち寄りにネガティブになっているのだろう。普段なら厨二な杞憂だとすかせるが、今回ばかりは違う。
それは杞憂でなく、幻想でもない。ノンフィクションだ。
セーブもロードも有りはしない。一回きりの人生を賭ける。ルートも正攻法もない。
どこがエンディングなのかさえわからない。そんなゲームが始まる。潮目は勘づいていた。
【制限時間168時間26分 生存人数100人 死亡人数0人 目標生存人数80人】
普通ならこれの意味を理解しきれず、もしくはそれを拒んで、取り乱したり無視をしたり悪戯だと軽く流したりして、ゲームマスターからの見せしめ等が必要になる所だろう。もし理解出来てしまったとしても、現実を受け入れられずあがく。それが普通の反応であろう。つまり、そんな中で、手で自分の顎を撫でながら冷静に頭を巡らせ、生き抜く手段を模索するなどという行為は、流石ゲームマスターが選び抜いたプレイヤーだというべきで、彼女のどこが常人たり得ていないかを指し示していた。
潮目は本物のデスゲームであることを理解したうえで、楽しんでいたのだ。それも無自覚に。言葉にできない期待。言葉では追いつけない昂ぶり。純然な感情が潮目の中で渦巻いていた。
「......ゲームみたい」
潮目にとってはそうなのかも知れない。しかし、潮目がそうであるように他もそうなのだ。だからこそ頑張って生き残って貰いたい。
【潮目 藍那さんの超越能力は....
第六節
「に....逃げないでください!」
「い、いや無理でしょ!」
潮目は全力で逃走する。スマホに気を取られていた潮目に一本のナイフが襲い掛かった。それをなんと潮目は避けた。頭に飛んでくるナイフが今にも突き刺さろうというところで、潮目は頭をかがめたのだ。その上、無駄のなさそうな動きで逃走、手に持ったスマホでナイフの飛んできた方向を激写を回避後にやってのけたのは潮目の超人さによるものだろうか.......それはもう今更か。
走りながら、先程激写した写真を確認する。
「あの人もプレイヤーなのかな」
小柄で全体的に薄暗く黒い服を着ている少女の姿が映る。それだけ確認した潮目はスマホから視線をフイっと離した。しかし私は別に潮目のように急いで走る必要もないので、その少女のほうをじっくりと観察する。少女の前髪がぼさっと目のあたりにまでかかっていて、髪の間から時折ちらっと覗かせるたれ目は少女の必死さを表すようにぱっちりと大きく開かれていた。ダボっとした一見運動とは縁遠そうな服装をしている。しかし、少女の動きは常人のそれではなく、いつかテレビで見た、パルクールのような身軽さでこちらを追ってくる。やはりあの時話したゲームマスターの言葉は本物だったのだろう。
『因みに、プレイヤーの身体能力は超越能力関係なく底上げしてるのさ。車に轢かれたり、警察程度に捕まったりされてもつまらないしね・・・あっ しねって言っちゃった。気を悪くしないでね?』
イマイチ、ゲームマスターのキャラは定まっていないような、パッとしないような感じだ。
「は、早く出てきてください」
話を少し戻そうか。潮目は、通りの角を曲がり、一本道を駆けていく。途中の信号すら、気にしてられない。
なんとなく、隣の家の塀に目をやる。
そこまで少女がきていた。
具体的には、すぐ隣の家の塀に飛び取ろうとしていた。それと同時に、ナイフが少女の後ろあたりから、襲いかかる。
咄嗟に細い方の道へと方向を転換する。分かれ道をいくつも曲がり、走る。家と家の間を全速で走る。道か怪しい所でも足を止めてられない。
その間、上から五、六本のナイフが、襲いかかるが、先ほども言ったように、全速で走っている為、危なげなく避ける。視認してからで間に合っているように見えた。先程よりも広い場所に出る。
ここらの土地勘など勿論ないので、何処かはわからない。これは潮目も同じだろう。
その勢いで、潮目は近くの物陰に身を潜める。思いの外、相手の足が速いから、一度隠れて背中を能力で攻撃しようと作戦立てた。
ーーやってしまいました、お相手の姿が見えなくなってしまいました。今恐らくどこかに潜んで、隙をうかがっている可能性が高いです。
ーー私の能力は、明らかに対面が強い。出来る事なら、相手を常に視界に入れておきたかったのですが....
手に持ったスマホをちらっと確認する。
ーー時間がない。探すのに手間取りすぎた。まずいです、まずいです、やばいです。
生きたい。死ねない。死にたくない。死にたくない。
【自爆まで残り6分】
ーー....これしかない。
ポケットに入ったポーチから、いつものを取り出す。
....?
「何してんだろう。あの人」
潮目は物陰、正確にいうと大きめのマンションに取り付けてある階段の裏に隠れる形で相手を観察していた。すると、相手の少女は、こちらは近くだが別のマンションの階段を上っていく。上っていく。上って上って、
「....まずいかな」
一瞬こちらを見てきたような気がした。しかし、少女は上って行く。ここで潮目は失態に気づく。今までは、なんとなくその場を離れないほうがいい気がしていた。しかし、それは野生の勘とかではなく、無意識に気づいていたのだ。後ろにも前にも、ここ以外は、全体的に背が低く、死角らしい死角がないことに。
それに構わず、少女は上っていく、走り登る。そして屋上、おおかたゴールとも思える場所まで常人、いや人間には考えられない速さで上り詰める。そして、その建物よ縁で手をばっと広げる。
ーー見てる?純恋。
・・・・すっ。
落下。
落ちて行く。
ーー逃げてみろよ。
【並々ならぬ愛のナイフ】
がしゃしゃららららん。そんな音と共にこれまでと同じ見た目のナイフが大量に、それはもう大量に現れ、少女と共に落ちる。
少女は、ゲームが始まってから、なんとなく使い方を理解出来ていた筈だった。しかし、自覚には時間が必要だったのだろう。それは....
『この能力には、攻撃用ナイフの生成とそのナイフを真っ直ぐ飛ばす狙撃の二つがあってね。それもね無限に出来るわけじゃないんだ。体力とかとは別にゲームでいうMPみたいなものがあってね。それを生成と狙撃の時に消費するんだ。でもね、これには別の強さがあってね』
それは、高揚感による強化。感情の昂りに応じて生成が大量に、狙撃を強力にできること。実際、いざこの能力で人を殺そうとした時の高揚感で、少女はナイフをあんな頻度で生成、狙撃出来た。では、これがもし、彼女自らの死に際だったら?
「最っ高のテンションだ!」
あの方向に奴がいることはこのアプリでわかっている。
死ね!粉々になっちまえ!
第七節
どかんっ。どがん。がらん。どがどが。じゃららん。
どがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどがどが、どがん。
大量のナイフが、非現実的なことに、潮目の潜伏しているマンションを次々に破壊して行きながら、降り注ぐ。
「ははははははははははははは〜〜〜〜」
少女は、宙で潮目をがっちりと捕捉し、周りのナイフはどんどんと潮目へ飛んでくる。
「いや、無理ゲー過ぎだろ」
速度も威力もチェイス中のものとはまったく持って違う。持ち前の勘を働かせ、なんとか躱せている。
いくら潮目でもきついか?そういえば、ゲームマスターが【並々ならぬ愛のナイフ】は、彼女の、プレイヤー全体を見ても特に強い想いから創ったと言っていた。
初戦の相手には向かなかったのかも知れない。また、そうしている間にも少女は、笑いながら、落ちながら、こちらを追い詰めて行く。
潮目も体力的にそろそろキツそうな顔をしながら、はぁはぁと息を上げかけている。
「たぶん、落ち切っても骨折くらいで済むな」
時間切れは狙いづらい。そもそもあと何十秒で終わるのか。
少女の飛び降りから、ほんの8、9秒。潮目は、避けるのに必死で、作戦を立てる暇は、ほとんどない。一方、少女.... 雪乃 有紗は、まぁ何も考えてないだろうな。強いて言えば、エクスタシーになっている。 しかし。もともとは【並々ならぬ愛のナイフ】は、彼女の雪乃 純恋に対する愛情が、愛憎が燃料になる筈の能力だったが、今となっては、全く違うものだ。
彼女にとって純恋は呪いであり、救いでもあった。病弱な妹というお涙展開必至のキャラに、雪乃 有紗の妹は、属していた。属していた。
だから、姉は生きなければいけなかった。生きていないと純恋も生きれないから。
【自爆まで残り2分1秒】
「ははは!はははは?ははははは!」
ナイフの勢いが増す。増す。増していく。
「これやばいか.....」
『....どう死にたい?』
はたと、ナイフの雨は止んだ。
「ははは!ははは....は?」
『...どう死にたい?...』
「な、なにあいつ?」
雪乃 有紗の目の前、いや目の横というべきだろう、そこにそれが現れた。
顔の見えないほどにフードを深く被った、男?恐らく、体格から見て、男だ。猫背?というよりも膝を曲げず、此方を覗き込んで来るような。...こちら?私のことか?あれは私をみているのか?
確かに視線が此方にも向いた、しかしそれは潮目を見たからであって。
しかし、それに限らず異質であった。今まさに落ち続けなくてはいけない雪乃 有紗の体は、宙に浮いているかの様であった。あの男(?)もである。
『貴様はどう死にたい?』
「五月蝿いな〜あ゙!」
ひらひらとワンピースを揺らして、鋭い目つきで睨みながら、手を出す。
【並々なら......
『【並々ならぬ愛のナイフ】』
フードの男は、半ば遮るように、そう言った。
「あがっ?」
「は?」
何故だろう?なんて今更いうのはアレなので言わない。けれども、しかし、意味不明。
雪乃 有紗の超越能力である筈の【並々ならぬ愛のナイフ】をフードの男が行使したように見えた。実際、先ほどまで潮目を襲っていたナイフが雪乃 有紗の両腕、両足を16本程の数で、ズタボロにしていた。
『これで死にたいのか』
「あが、が?..す..純恋?」
『純恋で死にたいのか?』
「んあ?..いたっ...?なんです、あなた」
『どう?どう死にたい?』
「姉ちゃん生かして、一緒に生きたいに決まってるじゃないですか。」
『それじゃ弱い。......死ね』
「そうですか。そちらこそ死んでください【並々ならぬ愛のナイフ】」
大量の、大量の、ナイフが頭上に生成される。やはり、姉への愛は宇宙並みなのだろう。そして、ナイフが降り注ぐ。
『【ーーーーー】』
フードの男が、聞いたこともない発音を発する。
「なにして.....」
きらんっどごーん。
【制限時間162時間49分 生存人数99人 死亡人数1人 目標生存人数79人】




