ボイスレコーダー
昼休みの校舎裏にて、小野田は立ち竦んでいた。その眼前にいるのは彼女の宿敵――相良だ。
「金、持ってきたんだろうな?」
「い、いや……お母さんに頼んでも、お金を貰えなくて……」
「だったら親の金を盗んで来いよ!」
開幕早々、相良の怒号が響き渡る。彼女が小野田を殴り飛ばすや否や、スクールバッグからは小野田の私物が散らばった。その中身には、財布も含まれている。
「持ってないとか言って、嘘ついてるんじゃねぇのか?」
そんな疑心を口にした相良は、財布を拾い上げた。それから中身を確認し、彼女は三枚の千円札を抜き取る。
「やっぱり、持ってんじゃねぇか!」
この時、小野田の中で知恵が働いた。証拠を録音するとなれば、「具体的な内容」が記録される方が好都合だ。
「ああ、アタシの三千円が!」
咄嗟の判断により、彼女はそう叫んだ。その思惑を知らない相良は、こう返してしまう。
「たかが三千円だろ? それくらいでケチケチしやがって。次はもっと持って来いよ?」
――小野田の作戦は成功した。彼女は、相良に「三千円を奪い取ったこと」を言葉に出させたのだ。後は、暴行を認める発言を自然に引き出すだけである。ここで怪しまれれば、小野田の勝算は薄くなる。彼女は痛みに顔を歪ませつつ、誘導を開始する。
「アナタはどうして、そう簡単に人を殴れるの? 普通、殴る方も怖いはずだよ……」
その声色は、よく演技された「恐怖」を滲ませていた。相良はそれを鼻で笑い、こう切り返す。
「世の中はな、弱肉強食なんだよ。殴った奴が勝つし、殴られるだけの奴が負ける。だからアタイは拳を振りかざすんだ」
完璧だ。このやり取りが記録に残った時点で、小野田の勝ち筋は濃厚だろう。
「ア、アタシ……もう、帰っても良いかな?」
「どうぞご自由に。ただし、明日も金を貰うからな」
「は……はい……」
こうして解放された彼女は私物を拾い集め、それをスクールバッグに詰めていった。
その日の放課後、小野田はペン型のボイスレコーダーを携えて空き教室を訪ねた。
「やり取り、録音してきた」
この吉報に、復讐代行部の三人は歓喜する。
「これで、必要な証拠が揃ったわけだ。さっそく、音声データを確認してみるよ」
「ヒュー! これで俺たちは、相良に攻撃できるわけだ!」
「やるなら、とことんやらないとね!」
彼らは皆、乗り気だ。さっそく、宏太はボイスレコーダーの再生ボタンを押した。
「金、持ってきたんだろうな?」
「い、いや……お母さんに頼んでも、お金を貰えなくて……」
「だったら親の金を盗んで来いよ!」
「持ってないとか言って、嘘ついてるんじゃねぇのか?」
「やっぱり、持ってんじゃねぇか!」
「ああ、アタシの三千円が!」
「たかが三千円だろ? それくらいでケチケチしやがって。次はもっと持って来いよ?」
「アナタはどうして、そう簡単に人を殴れるの? 普通、殴る方も怖いはずだよ……」
「世の中はな、弱肉強食なんだよ。殴った奴が勝つし、殴られるだけの奴が負ける。だからアタイは拳を振りかざすんだ」
――録音は完璧だ。これだけの材料があれば、相良は確実に黒である。同時に、宏太は小野田の作為も察している。
「しかし、小野田さん。君は上手くやったよ」
「え?」
「記録に残ったらまずい発言を、全部言わせるように誘導しているじゃないか。カツアゲされて、暴行までされているのに、よくもそこまで頭が回ったものだ。大したものだよ」
彼の趣味は人間観察だ。ゆえにこの男は、人間の些細な立ち振る舞いにも敏感なのだ。
すでに作戦を考えてあったのか、潤也は邪悪な笑みを浮かべる。
「一日だ」
「え?」
「一日あれば、相良の風評は地の底だ」
少なからず、彼自身の見立てでは一日あれば復讐代行を完遂できる。依頼者でありながら恐怖を覚えた小野田は、無言で生唾を呑んだ。




