生徒指導室
翌日の昼休み、復讐代行部の借りている空き教室には、一人の少年が訪ねてきた。ここに来る者の多くは依頼者だ。当然、宏太たちは依頼が来ることを想定している。
「おや、師走じゃないか。何をやられたんだ?」
「お前が俺たちに頼るとは、南岬原高も終わってんな。用件、言えよ」
「あーしたちに任せれば、どんな事件も解決するよ!」
来客は氷室師走――風紀委員長だ。当然、正義を重んじる男が復讐を望むはずはない。
「ボクは依頼があってここに来たわけじゃない。キミたちと話をしにきたんだ」
それが彼の第一声だった。この瞬間、宏太と潤也は身構えた。少なくともこの二人には、後ろめたいことをした自覚があったのだ。一方で、復讐代行を正義だと思っている絵里だけが、無垢な表情で首を傾げている。
さっそく、師走は話を切り出す。
「この前のキミたちの行動は目に余る。どうやったのかは知らないが、石川を孤立させたのはキミたちなんだろう?」
たちの悪いことに、宏太と潤也は証拠を残していない。ゆえに、師走には彼らを有罪と断定することができないのだ。案の定、二人は煙に巻こうとする。
「さぁ、知らないね。石川本人が問題を起こしたんじゃないの?」
「いじめグループは悪意を前提とした共同体だ。そういう集団が一番瓦解しやすいんだよ。何せ、正しくない人間同士が正しくない利害のもとに集まってるんだからな」
それが彼らの受け答えだった。宏太たちは、己の罪を認める気など更々ないだろう。師走は深いため息をつき、嫌味を言う。
「悪意を前提とした共同体は瓦解する――ねぇ。さぞかし、キミたちは瓦解しないんだろうね」
潤也の主張が正しければ、復讐代行を目的とした集団もまた、綻びを前提としたものということになる。そこを突いた師走の判断は、極めて合理的なものだろう。その場は数瞬ほど静まり返った。
そこで沈黙を破るのは、潤也だ。
「だけどまあ、クラスで石川を公開処刑した誰かさんは、少々やりすぎたかも知れないな」
そう言い放った彼の目は、絵里の方に向けられていた。言うならば、彼は絵里をトカゲの尻尾にしたのだ。その意図を知ってか知らでか、師走はこう告げる。
「白宮絵里……キミを生徒指導室に呼び出すよう、先生に言っておくぞ」
真相がどうであれ、絵里が最も目立つ行動を取ったことは確かだ。絵里は肩を落とし、それから潤也を睨みつけた。
その日の放課後、絵里は生徒指導室に呼び出された。彼女を待ち受けていたのは、担任教師の五十嵐だ。
「絵里。君は、事の重大さを理解しているのか? 君の公開処刑によって、石川は不登校になった。何か弁明はあるか?」
その態度は極めて高圧的だ。無論、絵里はここで屈するような人間ではない。
「先生がいじめを野放しにしたから、あーしが動かざるを得なかったんだよ」
「それは先生の落ち度だが、だからと言って私刑が正当化されるわけではない」
「共同体の悪性腫瘍を取り除いて、何がいけないの? あーしはただ、腐った学校に外科手術を施しただけだもん!」
彼女の紡ぐ言の葉の一つ一つは、決して追い詰められた弱者の苦しい言い訳ではない。彼女は本気だ。白宮絵里という女は、本気で復讐代行を正義だと考えているのだ。五十嵐は肩をすくめ、半ば全てを諦めたような顔をする。しかし、彼はなんとか話を続行する。
「これはただの外科手術じゃない、ロボトミーだ。君が石川を壊した。君が生徒たちの道徳を壊した。君のしたことは、極めて深刻なことだ」
「先生は、綺麗事だけでいじめを無くせると思ってるんだね。世の中、そんなに甘くはないよ」
「私刑を煽った人間が裁かれないほど甘くもないんだがね……」
やはり歪んだ正義感を持つ者には、対話など通じない。それを痛感した五十嵐は、頭を抱えるばかりであった。




