扇動
その日の昼休み、絵里はホワイトボードに、署名の用紙と机の落書きの写真を貼り付けた。先ずは視線を集めるべく、彼女は声を荒げる。
「はい、皆! 注目!」
その一言に、学生たちは一斉にホワイトボードに目をやった。そこには用紙と写真が貼られているだけではなく、「犯人は石川」と書かれている。通例、多くのいじめは、自らが当事者でない限りは見過ごされてしまうだろう。して、南岬原高もまた例外ではない。されど潤也は、すでに石川が孤立する土台を確立したのだ。今この場には、石川を庇う者など一人もいない。仮に庇いたいと思っても、同調圧力に潰されてしまうのが関の山だからだ。
生徒たちは理解した。今この場で石川を糾弾しなければ、次に痛い目を見るのは自分たちだ。
「石川、最低!」
「謝りなよ、石川!」
「どーげーざ! どーげーざ!」
「どーげーざ! どーげーざ!」
「どーげーざ! どーげーざ!」
教室内に、土下座コールが響き渡った。そのリズムに合わせて手を叩く音は、事態の胸糞の悪さを物語っている。そんな中、復讐代行の依頼者である萩田は、少しばかり自責の念に駆られている。
「おれが復讐代行を依頼したから、石川が苦しんでいる」
「これは本当に、おれが望んだ結末なのか?」
「なんでコイツらは、おれなんかのために。いや、おれに興味なんてないのか? ただ、私刑を楽しんでいるだけじゃないのか?」
そう心で呟いた彼は、以前にも増して物憂げな表情でうつむいていた。そんな彼に構うことなく、絵里は扇動を続ける。
「石川。あんた、パンツ一丁になって土下座しなよ。断ったら、きっと痛い目を見るよ? だって、ここにいる全員が、あんたのことを嫌いなんだもん!」
「復讐を悪と言う奴もいるけど、復讐されるようなことをする奴が悪いんだよ!」
「あーしはヒーロー、あんたはヴィランってわけ。さぁ早く、服脱ぎなよ」
彼女の口から紡がれる「正義」は、あまりにも歪みすぎたものだった。それでも石川に憤っている生徒たちは、一丸となって彼女に同調する。
「脱げよ! 脱げよ!」
「土下座しろ! 土下座!」
「萩田に誠意を見せろ!」
こうなればもはや、石川が指示に従わない限り、事態は収拾がつかないだろう。石川は目に涙を浮かべつつ、制服を脱いでいく。そうしてパンツ一枚の姿になった彼は、全クラスメイトの前で土下座をする。
「マジでやったアイツ!」
「きめぇー!」
「写真撮ろ、写真」
生徒たちはこぞってスマートフォンを取り出し、石川の醜態を撮影し始めた。その屈辱はまさしく、社会的な死に等しいものだった。
――その日を境に、石川はいじめの標的と化した。
彼が机に暴言を書かれるのは当然の因果だ。他にも、彼の靴が隠されることや、あるいはトイレの個室にいる時の彼が水を浴びせられることもあった。
当然、この状況を作り出した者たちは、和気あいあいとしている。
「やっぱり、人って面白いね。いじめの主犯であっても、たった一本の導線に火が点けば立場が逆転するんだから」
「うーん、これは良いゲームだった。完璧だっただろ? 俺がアイツを孤立させる戦法は」
「あーしだって役に立ったよ! 石川にパンイチで土下座させたの、あーしだもん!」
――宏太、潤也、絵里の三人だ。曲がりなりにも復讐代行を趣味としているだけのことはあり、彼らは人間を壊すことに慣れている。そんな彼らには、もはや罪悪感など無かった。
それから一週間ほど、石川は凄惨ないじめを受け続けた。そうして心を擦切らしていった彼は、やがて登校拒否を繰り返すようになった。されど、そんな彼でさえ、数いる標的の一人に過ぎない。むしろ、校内で信用を失っただけで事なきを得た彼は、まだ救われている部類である。
次の復讐代行は、更に一線を踏み越えることとなる。




