疑心暗鬼
その日、潤也は積極的に石川の友人と接触していった。
「石川の奴、お前のことめっちゃ見下してるぞ」
「え、嘘でしょ?」
「お前が女に媚びてるとか、フェミニストぶってるとか」
もちろん、これは彼がその場で取り繕った「嘘」だ。さりとて、彼の眼前の少年にはそれを疑う理由がない。結局のところ、元より他者のデスクに悪口を書くような人間は、大した信用を稼げていないのだ。
潤也は次々と、石川の友人に嘘を吹聴していく。
「お前の喋り方、障害ありそうって言われてたぞ。石川に」
「石川の奴が、お前の愚痴ばかり俺に聞かせてくるんだ」
「よぉ、明知。お前、石川にめちゃくちゃ嫌われてるぞ」
突拍子もない嘘を鵜呑みにする道理はない。さりとて、それで石川に一切の猜疑心を抱かない道理もない。友人たちは皆、やんわりと石川を避けるようになっていった。
ある程度の疑惑の種を撒いた後のある日、潤也は石川と邂逅した。ここで彼が告げる内容もまた、一つの「嘘」である。
「何人かの内通者が教えてくれたけど、お前、萩田いじめてたらしいな」
本来なら、その情報は石川本人か、もしくはその友人しか知り得ないものだ。その上、宏太による調査は署名活動に偽装されたものである。かくすれば、石川の視点から見た真実はただ一つだ。
「アイツら、道理で最近オレを避けてるわけだ! アイツらぁ!」
彼は激昂した。こうなれば残された道は、彼の交友関係の破滅だけである。この瞬間、石川は「友人だった者たち」を敵と認定したのだ。
それからの日々は、実に険悪なものだった。互いに疑心暗鬼になり、石川という共通の敵を持つ者たちが結束する。
「そっか、お前も石川の奴に陰口を言われてたんだな」
「もうあんな奴とつるまない方が良いよ」
「そうだな。それに、俺たちは何もリークしてないのに、アイツずっとチクられたって騒いでるし」
一度失われた信用を修復することは難しい。ましてや、一度に全ての友人から見放されたとあっては尚更のことだ。して、石川はどこにでもいる普通の高校生だ。そんな彼に、不可逆的な傷を癒す術などない。
――徐々に友人を剥がされた石川は、次第に孤立していった。
そんな校風を噛みしめつつ、彼を嗤う者がいる。
「ククク……復讐代行はこうでないと」
――潤也だ。この男の手にかかれば、他者の人間関係を破壊することなど、赤子の手を捻るようなものである。その横では、絵里が嬉々とした笑みを浮かべている。
「さっすが潤也! 後は石川の罪を暴露して、晒しものにするだけだね! あーし、正義、だぁい好き!」
「はいはい、正義……ね」
「もう! 復讐代行にだって、ちゃんと正義はあるんだよ!」
正義を信じる彼女と、正義を嘲る彼。相も変わらず、この二人の価値観はすれ違うばかりである。そこに現れた宏太は、眼鏡を直しながら指示を下す。
「それじゃ、絵里。今度は、扇動担当である君の番だ」
宏太が調査、潤也が計画と実行を担うように、絵里にも与えられた役割がある。
「もっちろん! あーしに任せてよ! でも、扇動って言い方、あんまり好きじゃないかな。あーしはただ、正義の勝つ世の中のために……」
「そうだね、君は正義だね」
「ねぇ! なんなの、宏太まで!」
己の正義を宏太にまで否定され、彼女は些か不服そうだ。依然として復讐代行に善性を見出している彼女を前に、宏太はやはり苦笑する。一方で、潤也は少し悪意の籠った微笑みを浮かべている。
「まぁ、正義でも悪でも、楽しければそれで良いじゃないか。絵里、全力で楽しめよ? お前の正義とやらを」
「うん! あーし、頑張る!」
「ああ、それでこそ復讐代行部の扇動担当だ」
一応同じ部に所属しているだけのことはあり、相容れない二人の間にも一定の信頼はある。
のちに絵里による扇動は、石川の味わう地獄を更に加速させることとなる。




