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我ら復讐代行部!  作者: やばくない奴
氷室師走編
33/33

嘔吐

 それからの数日間、師走(しわす)は様々な被害を受けた。ロッカーや机が荒らされているのはもはや当たり前で、化粧室の個室に入れば頭から水を浴びることとなる。そして彼は、よく体育館の裏に呼び出されるようになった。そこで繰り広げられるのは、複数人の生徒たちによる暴行だ。

「お前のことならいじめ放題なんだよな?」

「オレたちの分までいじめられてくれよ! 風紀委員長さんよォ!」

「ギャハハ! コイツ、涙目になってやがる!」

 暴力、暴言、嫌がらせ、そしてハラスメント。学校で生じ得るあらゆる悪意の受け皿が、今の師走自身であった。


 過度のストレスに晒された師走は、よく化粧室に行くようになった。彼は断じて、腹を下しているわけではない。

「うっ……おえっ……うええええ!」

 彼は嘔吐した。それも、生理的に必要な嘔吐ではない。彼は自らの喉に指を突っ込み、自発的に嘔吐しているのだ。


 師走はすでに狂い始めている。悪意だけではなく、全ての笑い声が自分に向けられた嘲笑に感じる――彼は今そんな状態なのだ。して、多くの生徒はそれを面白がっている。数多の露悪が繰り返されてきた南岬原高(みなみみさきはらこう)は、すでに倫理観を喪失しつつあるのだ。

「師走、金くれよ」

「ジャンプしろよ、持ってんだろ?」

「とりあえず一発殴るね」

 気づけば、周囲の人間のほとんどが彼の敵と化していた。この時、彼はこう考えた。自分は誰よりも孤独で、誰よりも救いを必要としている人間だと。今日も今日とて、師走は化粧室の個室で嘔吐する。そして頭から水を浴びせられるところまでが様式美だ。これまで、生徒たちは復讐代行部の存在によって抑圧されてきた。しかし師走が彼らを頼らないとわかるや否や、生徒たちの溜め込んでいた悪意が一気に爆発したのだ。


 一方で、そんな彼を気遣う者もいる。

「師走……大丈夫?」

――白宮絵里(しろみやえり)だ。例えその軸が歪んでいても、彼女は正義に生きる者である。同じく、師走には師走の正義がある。

「心配ありがとう。でも、大丈夫。ボクはいじめ被害者の苦痛を前提に復讐を否定した身の上なんだ……その代償を背負う覚悟くらいはある」

 無論、彼が大丈夫な状態ではないことは、火を見るよりも明らかだった。絵里は唇を噛みしめ、それから大声を上げる。

「やっぱり、こんなの見てられないよ! あーし、師走をこんな目に遭わせる奴らを許せない!」

 彼女は今、復讐代行をしたいと願っている。心の奥底から、魂の中枢から。されど、復讐代行部は依頼なしには動けない。それが悔しくてたまらない彼女は、目に涙を浮かべていた。一方で、師走も強情である。

「でも、他の生徒はいじめを受けずに済んでいる」

 それは歴とした事実だ。事実ではあるが、腑に落ちることではない。

「強がらないでよ。あんた、本当はつらいでしょ!」

 そう叫んだ絵里は、師走を強く抱き寄せた。その抱擁の温もりに、師走は泣き崩れる。

「うっ……ひぐっ……ボクは、ボクは! ボクは、風紀委員長なんだ! 絶対に、正義から外れてはならないんだ!」

 この期に及んでもなお、彼は正義に縋りつく。かつては理念だった正義も、今となっては唯一の拠り所なのだろう。


 絵里は言う。

「あんたが復讐を望まないのはわかった。せめて、あんたを想う人がここにいることだけは忘れないでいて」

 それは紛れもなく、純然たる善性に満ちた言葉だった。

「あ、ああ……ありがとう」

 ハンカチで涙を拭いつつ、師走はその場を後にした。



 その日の晩、師走はトリアゾラム錠を四錠ほど飲んだ。しかし強烈な動悸が彼を襲い、睡眠を妨害する。

「ボクは、明日も学校に行かないといけないんだ……ボクが、生徒の規範にならなければならない」

 そんな自己暗示をかけ続けてもなお、彼は眠れない。この晩、師走は一睡もできなかった。

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