教唆
昼休みの教室にて、由依はさっそく師走に声をかける。
「そういえば、君は復讐代行部の存在を是とはしていないみたいだね」
元より、師走は正義を愚直に追求する性分だ。そんな彼が復讐代行部の存在を悪く思うのは、言うまでもないことだ。
「当然だ。ボクは私刑を好まないし、ましてや藤谷潤也のような怪物を頼りにはしない」
「さっすが風紀委員長! でも、仮にだよ? 仮にもし、自分がいじめの標的になったらどうする?」
「対話を試みる。潤也はともかく、大抵の人間には善性があるはずだ」
少なからず、師走は潤也を性善説の例外として処理していた。もっとも、これまでの潤也の悪行を鑑みれば、彼がその結論に至るのも必然でしかない。由依がそんな彼に声をかけたことには、もちろん大きな意味がある。
「ふぅん。君はそう思うんだ。だけど、痛い目を見ないように気をつけた方がいいね」
「どういうことだ?」
「他の生徒をいじめれば、やがて復讐代行部が動き出す。つまり復讐代行部を頼らない君は、唯一の狙われやすい標的で在り続けているわけだよ」
無論、この会話はクラスの全員に聞かれている。二人のやり取りを横目に生徒たちは理解する。
――この会話は、実質的な教唆だ。
師走は問う。
「脅しのつもりか?」
やはり相手の誘導が露骨すぎたのか、彼はこれを脅迫と受け取った。それでも由依は、体裁を取り繕うように言葉を濁す。
「いや? あくまでも、私は可能性の話をしているだけ。いい子ちゃんが報われるほど、世の中は正しく出来てはいないからね」
その言い分も一理あるだろう。仮にもし善人が報われることを確約されていたら、そもそも復讐代行部の活動も成立し得ないからだ。
「……何も言い返せないな」
そう零した師走は、自嘲的な微笑みを浮かべた。
この会話に、二人の人物が割り込んでくる。
「いざという時に復讐代行を頼むかどうかは君の自由だ、師走。ただ、正攻法でいじめっ子を裁くにも証拠が必要になる。君が望むなら、証拠を集めることくらいは手伝おう」
「あーしとしては、やられたらやり返さないと無意味だと思う! いじめって、いじめる方に非があっても、いじめられる方に原因があると思うんだ」
――宏太と絵里だ。絵里の意図を邪推した師走は、少しばかり睨みを利かせる。
「いじめられる方が悪いと?」
「違うよ。ただ、いじめられる人間は環境が変わってもいじめられる。弱者を攻撃するのは、多くの人間に備わった本能だもの!」
「悲しいことだが、そうかも知れない」
形は違えど、両者ともに善性を愛する人柄だ。胸糞の悪さを噛みしめながらうつむく彼に対し、絵里は得意気にこう語る。
「だからこそあーしたちがいるの。復讐代行が機能している環境下なら、他者の恨みを買うことが怖くなるはずだからね」
事実として、彼女たちの存在は校内の抑止力として機能していた実績がある。さりとて、それは復讐代行の正当性を担保するわけではない。
「それでも、ボクはキミたちのやり方が嫌いだ」
それは師走の答えだった。そして、絵里にも一切の迷いがないわけではない。
「あーしも時々思うんだ。潤也のやり方は過激すぎないかって。だけど、潤也は結果を出している。潤也がいないと、復讐代行部が成り立たないほどにね」
やはり彼女は、潤也のやり方で部が回っていることを不本意に思っていた。同時に、彼女は「結果」を否定してもいない。言うならば、これはアンビバレンスというものだ。
由依が間接的な教唆を行った以上、多くの試練が師走を待ち受けていることだろう。その覚悟を呑み込み、師走は宣言する。
「……ボクは、ボクのやり方で秩序を守る」
「大丈夫なの?」
「大丈夫かどうかは問題じゃない。ボクだけは、最後まで正しく在りたい」
もはや、それは正義感というより、執念に近かった。




